Arts Calendar/Art's Report site/《Report from TABISAKI》08/12/10


岩村原太の「万国文化中心報告」vol.252

すみだトリフォニーホール●タイタニックの秘密

 「タイタニック」という映画があって、巨大客船の沈没が丁寧に描かれたことで記憶に鮮明な映像ですが、このホール、巨大なシューボックスが今にも舞台に沈み込みそうに傾いて、不思議な緊張感と、静謐な安定感に支配されているようです。

 舞台は水平を保っていますが、客席床も天井も、基本的には舞台側に向けて大きく勾配がつけられています。その印象を強めるのは3階と2階のサイドギャラリー席。
白の石灰岩を磨き上げた立派な縁飾り、太さ50cmはある幅広の強い線が、どの客席から見ても目に入ります。天井と平行になって大きく舞台に傾きこんでいます。

 舞台の側壁もその太く白い長方形のラインに逆らわず、傾いたプロセニアムのように舞台に突き刺さっています。舞台床が波立ってはいないもののじわじわと水位を上げ続ける浸水面で、ホール全体がパイプオルガンだけを残して水底にのめりこんでいくように見て取れます。基本の壁材は深い色に磨き上げられたマホガニー、天井とパイプオルガンの両脇は白の壁装ボード、パイプオルガンはオークと錫パイプ。

 ストーリーがあるとすれば、ボストンかピッツバーグに有った大邸宅の応接間、その抑制された調度品の渋い輝き、しっかりした石造りの建物が、訳あって傾き始めたそのとき、天井から金色と銀色の光が射し込んで来て、絶妙な按配で全体がストップ、パイプオルガンが栄光ある無重力状態を獲得して空間全体を維持している。

 もちろん音響的に、シューボックスと大ホールの両美点を兼ね備えているように思いますし、照明的にも舞台側が低いので無理なく環境を整えることも出来、より大発明なのは、この石造りの大きな長方形の額縁が客席からの視界を錯覚させること。

 3階席からは舞台をこの長方形の枠の下に眺めます。強烈な平面観でごまかされパイプオルガンと同平面に座っている感じ、舞台と相対している感じになります。舞台の音がそこから湧いて来るのではなく、舞台から真っ直ぐ届いているように聞こえます。雄大な景色を全て眼下に納め、リラックスして音の響きに身を委ねられます。

 また2階席からは3階と2階、両方の額縁が視線のガイドラインとなって前へ伸び、少しうつむき加減にはなるのですが、3階席も1階席も視野に入らず、贅沢にステージヴューを独占することが出来ます。舞台側壁が自分の座っている高さと同レベルに感じられることから、演奏家に正対した、同じ居住空間を共有している雰囲気になります。音はたっぷり響いて大きなスケールなのに、視覚的にはごく親密です。

 そして1階席。大空間なのに居心地の良い色彩計画の恩恵を全て味わうことが出来ます。適度に舞台も遠く、天井から降り注ぐ音を全身で受けとめる感じ。沈みゆく大客船のボールルームに幻想的に奏でられる天上の音楽。リアルな直接音が届きにくいせいか、穏やかな気分で太鼓の演奏を眺めることが出来ました。

(2008/12/10)


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