Arts Calendar/Art's Report site/《Report from TABISAKI》08/10/20


岩村原太の「万国文化中心報告」vol.243

ももいちみ●西陣ファクトリーGardenでの冒険

 セレノグラフィカ2人の踊り手、その役柄や役割を衣裳で造形する試み、シリーズ最終作「ももいちみ」
を無事に上演できました。ダンスをめぐる雑感、振付や会場の印象を軽い筆致でまとめたエッセイ、そんな
味わいを最後に残す作品群に育ち始めたと思います。社会や人間の哲学を作品に絡めることが出来れば尚、
深いものになるでしょうけれど、今の私たちでは、その境地にはまだしばらく到達できません。

 このシリーズ作、始まりは冗談のようなきっかけではありましたが、亡くなられたアルティの船坂さん
には、本当に私たち精一杯の、誠実な上演をご覧いただくことが叶って何よりでした。めったに見れない
モノを見た、という感想、それが励みとなって西陣での実験を続けてきました。実験というよりは冒険な
のですが。

 その冒険、つまり、音楽を踊る、その単純な動機がこの連作の全てだということです。音楽「で」踊る
事が不得手な私たちのチームは、これまでの作品では場合によっては敢えて、音楽を無視して、ダンスす
ることを続けてきています。作品の趣旨があり、上演の機会があり、その組み合わせの可能性の中で、最
も無理の無い音楽を探し選び出し、空間の定位のために、その音楽あるいは音を使ってきました。

 空間の定位とは、その舞台・客席を含めた劇場全体または上演空間の、奥行きと幅の規定、あるいは、
作品空間の性格付け=世界観の表示です。実際の振付作業、あるいはダンス作業には個々に課題や挑戦も
あるはずですが、岩村の技術演出的観点からは音楽を使うという意識のほうが強く、音楽を踊る、という
問題意識(あるいは課題感覚)を明確に稽古場に持ち込んだのは、このシリーズが最初のことです。

 通例では音楽「を」踊る場合、その音楽に奉仕して、必要に応じては文学的素材まで加味して、目で見
る音楽、とでも言える程のスペクタクルを上演したりします。我々は音楽を解釈する論理的創作は放棄し、
代わりに視覚的要素としての充実を「衣裳による物語」に預け、多分に直感的な、意図的な思考停止状態
を作ろうとします。

 音楽は自信に満ちた演奏、特に人気のある著名曲は実上演空間を何倍にも誇大に感じさせることが出来
ます。登場する2人は音楽に踊らされるのではなく、その音楽で踊るわけでもなく、その華麗な音楽空間
にただ自然体で存在しようとします。決して身体にその音楽を聴かせない。身体は音楽とは別の理念で踊
らなければなりません。

 ここでは音楽が舞台美術であり舞台装置となります。私たちの「音楽を踊る」姿勢は、音楽の舞台美術
が実現するかどうかの実験、音楽の舞台装置がどういうダンスを招来するかの冒険であるわけです。その
ため、衣裳には殊更に物語性の強い既製服を選択します。私たちがその音楽をどう観るか・見ているかを
衣裳で補強し、ダンスを構築する。ですので衣裳とダンスの内容には、実は、直接的な関連が無いのです。

 ダンスから発想して衣裳を作り舞台美術を造る世間並みの手順と逆の方法を取る理由は、男女デュオに
ありがちな一般的・物語的・情緒的な人間関係を作品から切り離し、このデュオの持つ魅力がそれぞれの、
踊り手の、豊かな人生経験に裏打ちされたものとして個別的な人物造形が可能となるよう仕掛けたかった
ためです。

(2008/10/20)


岩村原太の「万国文化中心報告」の扉へ

無断転載禁止 掲載:アーク編集室