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伊藤多喜子の「別冊 邦楽ノート」
vol.15

Arts Report 2005/5/29
大阪楽所 第二十三回雅楽演奏会@国立文楽劇場

初めての国立文楽劇場(大阪市)。黒門市場には来たことがあるけど、文楽劇場がすぐ目の前にあったとは知らなかった。日曜の朝はさすがの黒門市場も鄙び た商店街のようだ。


文楽公演のほうは広島でも毎年春に行われる(もちろんこの春のも観た)が、本場大阪で観たら、きっと全然雰囲気が違うんだろうなあ。文楽のポスターがた くさん貼ってあるのをうらやましく眺めながら、昼過ぎに早くもロビーに出来ている行列に並ぶ。

今日の演奏会には大阪楽所(おおさかがくそ)結成時から参加、尽力されている篳篥の三浦進さん(広島県呉市在住)、それから笛の平井由宇さん(本名=美 智子さん。他の邦楽とちがってほとんどの人が本名のままなのに、雅楽でも「雅号」というのか、名前が変わっててパンフレットをみて驚いた)が出演されるので、私も身内のような気持ちでそわそわしてしまう。しかも平井さんは「講師演奏」の曲目で、音楽監督の東儀兼彦先生(宮内庁楽部元首席楽長)と5人だけで演奏するらしい。

それにしてもこの国立文楽劇場は「文楽」という大阪のいかにも庶民的な芸能の拠点であり、頭で描く「雅楽」のほうのイメージと一致しない。宮内庁楽部の先生方に指導をうける大阪楽所も、参加する会員は普通の一般市民という当たり前の現実を思いながら、「殿上人」の雅楽が初めて庶民の耳に触れた瞬間のことを想像する。

ようやく会場に入ってみると割に横幅の広いホールなので、少し後ろ寄りの席に座った。前半は管絃(楽曲のみ)で、ステージいっぱいにしつらえた高欄つきの楽舞台に演奏者が並ぶ。「黄鐘調音取」「青海波」「越殿楽残楽三返」を、クラシック曲の楽章のように拍手なくつづけて演奏。儀式のための雅楽では本来、拍手という習慣はなかったらしい。でも演奏会では妙なので、退場前に指揮者にあたる鞨鼓(かっこ)奏者一人が礼をして拍手の場面をつくっている。観
客はそういう作法に慣れているのをみると、やはり関係者が多いようだ。

「越殿楽残楽三返」の「残楽(のこりがく)」とは、「越殿楽(えてんらく)」のくり返しのメロディの中で楽器ごとにどんどん演奏から抜けていき、メロディ自体もとぎれとぎれになり、最後は箏(こと)だけが残って静かに終わるという面白い演奏法。頭の中に残る、聴こえないはずのメロディを聴くというみやびな遊びなのだそうだ。ところが今日の越殿楽は黄鐘調(おうしきちょう=洋楽のA音、イを基音とする調)。もっとも有名で聴き慣れた平調(ひょうじょう=洋楽のE音)の越殿楽とはなぜか完全に別物で、どうやっても耳に記憶することができない。同じ曲を単に移調しただけでなく、微妙にメロディラインの起伏が変わってるようだ。ぼーっと聴いてると何の曲かも判別できない。みやびな遊びには深い教養も必要らしい。

講師演奏は「盤渉調音取」「越殿楽」。つまりこの越殿楽も、私には耳慣れない盤渉調(ばんしきちょう)。さっきの黄鐘調もそうだったけど、平調以外の越殿楽は不安定で淋しい印象になる。季節によって音階が決まっているという雅楽なのに、今日のような爽やかな五月晴れに、どうしてこの淋しい越殿楽が選ばれたのだろう。そしてこの曲だけステージが暗くなり、サスライトで奏者5人を照らし出す幻想的な演出がなされた。

東儀兼彦先生の演奏は、以前、管絃のフルセットの中で聴かせていただいたことがある。そのときは大勢の奏者の中で特別に大きな篳篥の音が、ステージからすごい風圧とともに二階席まで吹きつけてきて度肝を抜かれたのだ。
じつは今日もそういう「風圧」を期待して聴き入ると、管絃五重奏の中では5つの楽器全体がバランスよく配分され、どれかが飛び抜けるということはない。そうそう、よく考えれば当然のことで、自分でも恥ずかしくなってしまった。その後の舞楽でも、兼彦先生はあくまでサポートで三の鼓を担当されていた。

後半の舞楽では、楽舞台の左右にそれは美しい襲(かさね)装束の管方が座る。距離的にかなり離れていて普通なら演奏が合いにくそうだが、中央後方に鞨鼓、三の鼓をはじめ打楽器奏者が座って両者を仲介している。その左右の管楽器群(笙、篳篥、笛)にはそれぞれ首席奏者(左音頭、右音頭)がいて、篳篥の左音頭が三浦進さん。左右の各音頭が交代で、所々でソロをとる構成になっている。同じ篳篥のソロ演奏でも、左と右の音頭では音色も演奏もぜんぜん違って好対照だ。雅楽は団体戦のようでも、意外と個人戦が楽しめる。

楽舞台には舞人が一人ずつ順に二人出てきて「振鉾(えんぶ)」の一節と二節、四人ずつが出てきて「喜春楽」「狛鉾」を舞う。曲ごとに趣向をこらした美しい衣裳、しかしどうしても私には左右の管方の襲装束のほうが美しく見えてしまう。それに今日の舞楽の舞はおとなしい感じで、その動作で観る人を惹きつけようとは思っていないようだ。(ちなみに厳島神社でみた「蘭陵王」の舞は、まるで魔物のような動きで目が離せなかった)

終わってみるともう4時過ぎ。楽屋を訪ねてみたら、長時間ずっと吹きっぱなしの奏者たちは汗びっしょり、ほぼ全員が白い下着姿でくつろいでいた。畳の楽屋が何部屋もあって、さすが、文楽も大人数だからその辺は充実している。久々にお会いする三浦さんご夫妻と平井さん、雅楽への熱意といかにも楽しそうな様子はまったく変わってなかった。これからまた夜公演が待っているのだ。そして打上げもきっと楽しいんだろうなあ。

あとでパンフレットをよく読んで、この大阪楽所がどれほど多くの人の強い思いで結成されたか、そのいきさつを知って感銘をうけた。今日の講師演奏、盤渉調「越殿楽」は、そのうちのある方の追悼のために演奏されたのだった。

主催/大阪楽所



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