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伊藤多喜子の「別冊 邦楽ノート」
vol.12

Live Report 2004/5/22
水谷川優子&マーク・ゴトーニ@和歌浦アートキューブ

出演/水谷川優子(チェロ)
   マーク・ゴトーニ(ヴァイオリン)

一昨年ご縁をいただき、その後電話とメールのやりとりだけでほとんど親友になってしまったチェリスト水谷川優子(みやがわ・ゆうこ)さんの演奏を聴くのは、今日が初めて。実際会うのだって二度目なのに、同い年の私たちは同級生の再会のような感覚。
和歌山市内に来るのも初めて。噂には聞いてたけど、和歌山城がこんなに大きくて美しいお城だったとは。そして万葉集にも詠まれたという和歌浦の不老橋でバスを降りたとたん、あっと声をあげて、しばらくあたりを呆然と見回してしまう。黒い岩の小島と見事な老松。「箱庭」の実物がそのままそこにあった。

潮の香りがする不老橋のすぐたもとに建つのが、まだ新しいスポット「和歌浦アートキューブ」。小さなキューブ(四角い部屋)がコテージのようにいくつか独立して並んで、それぞれで何かの会議やら練習やらで人が集まっている。
主催者の綛田さんに挨拶して楽屋を訪ねると、すらっと長身の優子さんが相変わらず品のいい笑顔で迎えてくれた。ちょうど、楽屋の外廊下に机とイスを出し、ヴァイオリンのマーク・ゴトーニ氏と食事中。なるほど、欧州人らしいなと思う。

キューブのひとつを使った今日のコンサート昼の部は「こどものためのコンサート」。
ほとんど小学生ばかりの会場で、私はスタッフのふりをして端っこのイスに腰掛ける。
ほどなく南国を思わせるグリーンと白のドレスで登場した優子さんの、はたして何のためらいもない、深くあざやかな音。貴女の音、じつは聴かなくてもよーく知ってたのよ、と私は心の中で少々自慢げに言う。

「みんな、ムーミン知ってる?」会場の子どもたちがいっせいに手をあげた。マーク氏の母国フィンランドはムーミンの生まれた国。人間よりもずっとたくさんの動物たちが棲んでいるというフィンランドの童謡をマーク氏がヴァイオリン独奏。「ぼくの大好きな人は、体が曲がってて、馬が見ても笑う、でもぼくにとっては大好きな人」という変わった歌詞だそうだ。クラシックではちょっとないような不思議な和音で、やっぱりどこの国でも、こういう素朴で不思議な魅力をもった音楽はあるんだろう。

優子さんのチェロ独奏曲は『大きな古時計』。木が軋むように弦を鳴らす音は、彼女のおじいさん(指揮者の近衛秀麿氏)をイメージしてるんだろうか。
そして二重奏では『赤とんぼ』と『荒城の月』。このアレンジがすごい。だいたい、こういう“みなさんがよくご存じの曲”をやったとたんにがっがりさせられるのがほとんどなのだ。ところがこの二曲、そしてアンコール曲に和歌山で作られたという『まりと殿様』のアレンジは、有名クラシック曲にぜんぜんひけをとらない。さらに容赦ない演奏テンション。“みなさんがよくご存じの曲”なんかやらないほうがいい、と思っていた私も今日から考えを改め、「アレンジと演奏によってはOK」ということにした。
あとで「あのアレンジは優子さん?」と訊いたら「父なの」と答えた。作曲家の水谷川忠俊氏。失礼いたしました。

夜の部は一般向けコンサート。ヘンデル、バッハといった西洋のクラシック曲でありながら、このチェロはなんと日本的な、「間」を読んだ呼吸だろう。反対にヴァイオリンはもったいぶらずにクールな演奏。二人の会話はドイツ語のようだったが、演奏ではそれぞれの母国語を話しているようだ。

前半最後に、ピアソラを大変敬愛しているという水谷川忠俊氏の編曲で『ピアソラへのオマージュ』。宮廷の音楽でも、子どものための練習曲でもない、アルゼンチンの下町で暮らす人々がその瞬間の自分の気持ちを表現したタンゴという音楽。
「たとえ自分の醜い、汚い部分であっても、ありのままに自分をさらけ出す音楽というものに、クラシックをやっている私は一種のあこがれを感じます」

楽章の合間にチェロの弓を持ち替え、譜面をめくる右手の優雅な動き。生まれも育ちも上品な大人の女性、私の憧れの彼女はいったいどんなものをさらけ出したいと思っているのだろう。昼の部、夜の部と二度もこの曲を聴いたのに、二人の演奏はなぜかぎこちなく、残念ながら何も理解することができなかった。

後半はコダーイの二重奏。今までクールに弾いていたヴァイオリンの呼吸がこの曲でとつぜん深呼吸となる。彼の本当の母国語はこれかもしれない。優子さんの長い黒髪にモノトーンの絞り染めのドレスがよく映えて、日本女性の美しさに、目も耳も心も満たされた気分になる。

和歌山在住で世界的に活躍されている能楽師、松井彬氏がこれで『舟弁慶』を舞ったという話を思い出した。この二人と松井彬氏、大鼓の大倉正之助氏で昨年夏にフィンランド・ヘルシンキ公演を行っている。しかし能を想像しようにも、この曲調からはどうしても能の動きが浮かんでこない。
もしやと思ったが、この日の打ち上げで松井彬先生にお目にかかることができた。やっぱり松井先生も今日のコダーイは自分が舞ったときとぜんぜん違う雰囲気で、不思議に思いながら聴かれたそうだ。それをきいて、次回はどうしても能とのセッションが観たくなってしまった。

翌朝、一足早くホテルを出た私に優子さんが「ありとあらゆる意味で自分の世界を狭くしない事、これで随分進める。周りがどんなに狭くても! がんばろうぜ」というメールをくれた。がんばろうぜ!と、私も思った。

主催/あーとプロジェクト和歌山


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