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伊藤多喜子の「別冊 邦楽ノート」
vol.13

Arts Report 2004/7/31〜8/29
音戸アートスケープ ゲニウスロキ2004展@広島県安芸郡音戸町

参加作家/伊東敏光、岡平愛子、岡本敦生+野田裕示、加納士朗、木村東吾、
     河野隆英、櫻井友子、高橋佳江、中村圭、長岡朋恵、藤原勇輝、
     前川義春、槙原泰介、吉田樹人、米倉大五郎、和田拓治郎

ちょうど両親の里の呉市から少し先だし、父が車を運転してくれるし、お墓参りのついでに「音戸アートスケープ ゲニウスロキ2004展」を見に行くことにした。音戸の瀬戸といえば、広島を代表する民謡「音戸の舟唄」。道中ずーっと頭の中で「ヤーレーノ、船頭可愛いーヤーエ、エー音戸の瀬戸でヨー」と唄ってしまうのは私だけ?

チラシには「音戸の渡し船」で瀬戸を渡って会場まで行くように書かれていたけど、今日は時間がないので車で音戸大橋を渡ってインフォメーションセンター(観光会館うずしお)へ。お盆前のとくに暑い午後だったので、冷房のきいた建物の中に逃げ込んでとりあえずほっとする。

案内パンフレットをもらうと地図があって、音戸町内のけっこう広い範囲に作品が点在している(作品はAからPまで合計16点)。ここのロビーにさっそく展示されている大きな作品は、広島市立大の伊東敏光先生。じつはずいぶん前にお会いしたことがある。もうほとんど記憶がうすれてしまったけど、頭脳明晰で優しそうな方だった。

作品タイトルは<「過去と未来を知る者の抜け殻」を中心としたインスタレーション音戸編>。古い材木の上に、赤錆びた色の鉄でできた人間。ていうかこれが抜け殻? 歩く姿の抜け殻は、前に出した足はずっしりと地面を踏みしめ、後ろに残る足は下のほうが細く細く消えかかっている。前のほうの足が未来なら、この細く消えそうな足が過去なんだろうか。そしてこの細い足をもう一歩前に出した瞬間に、またこの足が太くなり、こんどは逆の足が細くなって消えていく・・。
抜け殻の周囲には、舟形に古い食器や火鉢などが置かれている。音戸の老舗料亭旅館「戸田本店」(現在は料亭)の倉庫に眠っていた食器類だそうだ。

それから気が遠くなるほど暑い日差しの中を、日傘をさし、覚悟をきめて母と二人で歩き出す。父はあまり興味がなさそうで、ここで待っていると言う。私はやっぱり父親似ではないのだ。

地図を見ながら効率的に歩こうと思うのに、あまりの暑さで地図に集中できなくなり、イライラしてまあいいやと足の向くまま歩いていると、同じく鑑賞中の男性が道を教えてくれた。私と母のほかには、若い女性の二人組、年輩の男性が一人、あるいは若いカップルなど。

呉の長浜という小さな海辺の町で育った母は、音戸の路地ごしに見える海や、軒先の丹精こめた鉢植えを見ては、子どものころの思い出話をひっきりなしに話しつづける。
瀬戸内のどこでも見られる典型的な漁村風景。このアートイベントがなければ、わざわざ音戸の町を母と歩くこともなかったろう。今初めて、アートのおそろしい力を知る。

高橋佳江氏の<present>。こんにちは、と若い女の子(作家本人)がまるで看板娘のように待っていてくれた。イスが2つしかないミニマムな理容店。いろんな色のつるつるした丸いタイルが床にも壁にも貼ってある。これって、呉の祖父母の家にもあったタイルだ。棚とかあちこちに、かわいい手作りの人形が大勢座ってこっちを見ている。
「これ、音戸町の皆さんの靴下で作ったんです。あとでこの人形を皆さんにお返しするという企画です」と説明してくれた。かわいい人形。でも音戸町の人って、こんな派手な靴下履いてたんだ。

その先では白いペンキ塗りの古い建物(もと歯科医院)の前におじいさんが座っている。どうやら地元の案内スタッフだな。「どうぞどうぞ、こっから入って」と小さな裏口を教えてくれた。おじいさんがいなかったら絶対に通り過ぎていた。

靴のままがらんとした木造建物の二階に上がると、米倉大五郎氏の<無題1〜8>と書かれたモノクロ写真が壁に貼ってある。古びてるけどたぶん新しい写真。とくにいい風景でも何でもない、そのへんの田んぼと山。耳鳴りがするほどしんと静かな、しかもサウナみたいに蒸し暑い部屋で謎解きをしてみる。わからん。部屋のまん中に大きなハチが死んでたけど、これは関係ないよね。

外に出ると、おじいさんが退屈してたんだろう、はりきって次の会場へ案内してくれた。「暑いのに、大変ですね。今日は当番なんですか」ときくと、「はあ、交替で出とるんです」。地元の人たちの協力もすごいけど、これをコーディネートした人もすごい。いったいどれほど大勢の人が、何度もここへ足を運び、挨拶したりお願いしたり断られたり感謝したり・・したことだろう。

急斜面に張り付くように建っている古い木造アパート。細い石段がそのままアパートの下へもぐり込んで左に曲がり、部屋の入口に続いている。斬新な設計。靴をぬいで四畳半の部屋に上がると、窓から海が見える。しかしすぐ左に続く部屋は、一面の赤いジャングルジムが占領している。木村東吾氏の<朱の間>。不自然なのに違和感がないのはなぜだろう。朱色の細い角材を1,300本も組み合わせた造形の下に、葛の葉が絨毯のように茂っている。あとで知ったがこれは本物の自生カズラで、このアパートは少しずつ自然に喰われていってるのかもしれない。

窓から見える音戸の瀬戸。わりと涼しい海風が吹き上がるのに、汗が流れつづける。このアパートの一番奥の部屋で、今もおばあさんが一人で暮らしているそうだ。入口のところに「ご自由にお飲みください」と、麦茶と紙コップが置いてあったけど飲まなかった。

もうお墓参りの時間がなくなってしまうので、残念だけど途中で切り上げてインフォメーションセンターに戻る。今年は祖母の初盆、音戸で白い盆灯籠(広島の浄土真宗「安芸門徒」の風習、2年目からは五色の和紙と竹で出来た灯籠をお墓に立てる)を買っていこう。
直視すると悲しくなるからいつも見ないようにしていた瀬戸内の漁村風景を、ゲニウス・ロキ(ラテン語で地霊の意)のせいで、母とゆっくり歩いて見てしまった。

主催/音戸アートスケープ実行委員会


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