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伊藤多喜子の「別冊 邦楽ノート」
vol.3

Live Report 2003/1/10
斎藤徹コントラバス・ソロ・コンサート@広島市南区民文化センター・スタジオ

出演/斎藤 徹

ベース(コントラバス)ソロの企画は最近すごく流行ってるような気がする。それも誰かが誰かのまねをして、ではなくて、あちこちのベーシストが自然に「ソロで演奏してみたい」気分になってきている、時代の要求みたいなものを感じる。

斎藤徹のソロが聴けるのはめったにないチャンスらしいが、私の印象ではこの人こそソロ演奏の企画にもっとも近く、そしてふさわしい人だと思う。はっきり自分の音と言葉があり、相手が音楽でも詩でも現代アートでも、また相手が無くてもお構いなし。
とてつもなく大きな器でひょいとすくい上げてしまうような包容力。

この日、彼はまず自分の新しいベースを紹介した。その楽器は120年前につくられてからずっとベルギーのお城に眠っていて、数年前に発見された「新品」だという。そのまま博物館行きのところをどうにか阻止して入手したらしい。楽器の一番上の部分にはライオンの頭部が彫りこまれ、まるで馬頭琴。弦をのせる、三味線でいうと「駒」はずいぶん大きくて前につき出てるし、弓はパイプみたいな形をしている。
「これは、えーっと女性・・なので、ジルベールという名前をつけました」と恥ずかしそうに言われると、ジルベールが箱入りお嬢様に見えてくる。それにしても120年の眠りから醒めていよいよ弾いてもらえると思ったら、よりによって斎藤徹とは・・。

案の定ジルベールは、三味線でいうと「糸巻」のところに風鐸をぶら下げられたり、木彫のマッシュルーム形のものを弦の間にはさまれたり(プリペアド・ベースとでもいうんでしょうか?)、しかもそれに鈴がつけられたり、2本の弓でバシバシ叩かれたり、あらゆる独創的な方法で、ベースとして出せる音は全部出すぐらいの勢いで演奏されるはめになった。

さらに今回はソロということで、即興ばかりでなく多彩なプログラムが用意されている。西表島でつくったという琉球音階の曲や、韓国の伽耶琴を模した曲、ピアソラの作品、バッハの無伴奏曲など。例えば花のめしべがぐっと伸びて、わざわざどこか遠くの花粉を得ようとしてるかのように、自分の音楽も世界中から吹いてくる風を得ようとしている、というようなことを語った。

一曲ごとに違った表情をみせるプログラムを充分堪能しながら、一方で私が思うのは、どこかある国の「風」をうけた音楽の自由さと斬新さ、でも遂にその1曲で終わりそうな不安感だ。たとえば伽耶琴を模した曲に2曲目があるのか? それは1曲目とどう違うのか、あるいは伽耶琴そのものとは別のどんな価値があるか?

しかし、あらゆる方向で次々にチャレンジしてくる斎藤徹をみていると、そういう私の発想自体が因循で保守的にも思えてくる。ある人に言われた「次の時代を見すえて“前のめり”に創作活動する美術系アーティストはたくさんいるのに、音楽系アーティストはほとんどいない」という言葉を思い出す。
斎藤徹は、どうりでいつも美術系アーティストと一緒に名前が並ぶのだ。今回、その理由がわかった。

主催/黒田敬子 氏


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