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伊藤多喜子の「別冊 邦楽ノート」
vol.4

Live Report 2003/3/29
京都造形芸術大学 舞台芸術研究センター 上演実験シリーズvol.8
門 gate@京都芸術劇場 春秋座

出演/キム・ウニ、パン・ヒョネ、AYUO、高田和子、長須与佳、
   観世榮夫、山田せつ子、カン・テファン、カン・ウニル
   砂連尾理+寺田みさこ

会場に入ると、舞台上にはやや大げさな黒い造形物が少し離れてふたつ、回り舞台でゆっくりと回っていた。一目で男性の作品だと感じる。歌舞伎小屋みたいに春秋座の客席上部をぐるり囲むように吊られた赤い提灯が、場違いでどうしていいのかわからない気持ちになっている。
手前に少し低い演奏者用ステージがあり、譜面台の置き方で、演奏者は客席に半分背をむけダンサーを見ながら演奏するのだとわかった。まさに、理にかなっている。

まず最初は、録音音源をつかった日本の砂連尾理と寺田みさこのパフォーマンス。そして韓国のパン・ヒョネ(モダンダンスを基礎にしたコンテンポラリーダンス)、キム・ウニ(伝統舞踊を基礎にしたコンテンポラリーダンス)のソロパフォーマンスに日本の三絃、琵琶、電子音などの演奏。音楽だけのセッションをはさみ、後半で日本の山田せつ子、観世榮夫のソロパフォーマンスに韓国のヘグム(胡弓のような楽器)、アルトサックスがつくという構成で、すっきりしてわかりやすい。

その演奏だが、即興を得意とする韓国のカン・テファンとカン・ウニルにくらべて、日本の3人は全体的にかなり固い。残念ながら1+1+1=3というだけの演奏では、この恐ろしいほどテンションの高い韓国人ダンサーに対峙するのは無理だろう。ダンサーを見ながら演奏できるはずなのに、ダンサーを見ている様子がない。

結局、計算上3にしかならないものを4にも5にも膨張させる不思議な力(魅力)を発揮しようと思えば、その「場」における演奏者どうしの関係性と、精神性、柔軟性にたよるしかない。あるいはその条件をととのえる第三者の存在。その、上乗せされた部分にこそ、芸術の本当の面白さがあると私は思う。

その間も、ずっとゆっくり回りつづける舞台。
脇にある別のセットにぶつかりそうでぶつからない、でも中途半端な高さで気をつけないとダンサーの頭にあたってしまいそうだ。これが「門」の造形? 背景もすべてが黒いので威圧感と不安定感が先立ち、集中がさまたげられる。結局、この回る舞台美術が面白く生かされたパフォーマンスは最初の2人組、砂連尾理と寺田みさこだけだった。この「門」にたったひとりのダンサーが立ち向かうには、ちょっとスケールが大きすぎると思った。

最後の観世榮夫だけは、能舞の圧倒的な存在感で「門」があったことさえ忘れてしまいそうだったが、ふたつの造形の間をぬけてゆっくり向こうに去ってゆくとき、横から当たる光に姿がふっと浮かんだり消えたりして、そこに「門」があったことをようやく思い出した。

主催/京都造形芸術大学 舞台芸術研究センター


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