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伊藤多喜子の「別冊 邦楽ノート」

Live Report 2002/8/16

ノートジャパンの邦楽ノートvol.2
第二集 津軽三味線と大道芸 @広島市東区民文化センター

出演/セ三味ストリートDX
    萩原遼(津軽三味線)、ピエール小野(津軽三味線)
    ゲスト:池田昌紀子(津軽民謡)

最初に解説しておくと、この企画を実現させるには相当の勇気を必要とした。なぜなら私自身が今回の出演者「セ三味ストリート」のメンバーとは別流派の津軽三味線の師匠についており、通常、こんなことを計画した時点で厳重処分か破門はまちがいない。幸いなことに私の師匠はかなり現代的な感覚をもっている方で、結果的には暗黙の了解をいただいていた。
そこまでしてこれをやりたかった理由は、とっくに21世紀を迎えているというのに、邦楽界がいかに因習に縛られた暗黒世界であるか、それを打破するには自らのクビをかけてでも、流派のちがいやナワバリに関係なく自由な活動を行い、「邦楽」という音楽を自然淘汰の掟にさらす必要があると思ったからだ。
邦楽が本来の音楽として健康的でありつづけるためには、正しい情報公開と、できるだけ多くの選択肢のなかから個人の自由意志で選択できる状況を整える必要がある。そのためには、音楽に対しては真に謙虚な姿勢で、また不条理な意見やいやがらせには毅然とした態度でのぞむべきだと思う。そういう私と「セ三味ストリート」萩原遼君の考えが一致して意気投合、低予算のなかで無理して東京から3人も来てくれたのだ。

広島東区民文化センターの本番前日、男性2人は経費節約のため夜行バスを使って早朝広島入りしていた。8/15、お盆の真っ最中。時間はたっぷりあるし、楽器と荷物を預けて、これ以上ない暑さの中を宮島へ。
2人とも宮島は初上陸で、小野君は宮島が本当に島だったことを知って驚いている。遼君はカキが大好物らしく、我慢できずに名産の焼きガキ(夏なので冷凍もの)をあっというまに食べてしまった。
宮島の商店街を歩きながら、彼らは土産物のしゃもじに興味を示し、なにやら相談している。なんと、しゃもじを三味線のバチにしようとしていた・・。
「いつもネタをさがしてるんです」と、事もなげに大きなしゃもじを3本買い、それぞれ「邪道」「外道」「非道」と文字を入れてもらう。自分たちを揶揄した言葉らしい。

話が前後したが、彼らは大道芸的津軽三味線ユニットで、肩車、サボテンなど肉体的パフォーマンスをしながら津軽三味線を弾くのがウリなのだ。三味線弾きが「ネタをさがす」という自由な感覚に、私はちょっと楽しい気分になってきた。

宮島を引き上げると、新幹線で追っかけてきたヴォーカルの昌紀子ちゃんと合流して広島駅前地下広場に向かう。ここで最初の大道芸パフォーマンス。大道芸といっても市の肝煎りなのでちゃんとステージやイスを出してくれて、お客さんもいっぱい。セ三味のみんなは広島どころか関西以西が初めてなのでかなり緊張している。
ところがパフォーマンスがはじまってみると、あきらかに西日本のものとちがう、北国の香りのする三味線と昌紀子ちゃんの明るい歌声、見たこともないパフォーマンス、それから芸人というより誠実な新米教師のような遼君のトークは、きまじめな広島人のハートをがっちりつかんだようだった。最後に投げ銭を集めるときは誰も入れてくれないのではと心配したが、千円札が山ほど入って私のほうがびっくりしてしまった。

そのあとは隣接するデパート屋上のビアガーデンでパフォーマンス。ところがこんな大がかりな音響機材が必要になるとは思ってなかったのでセッティングに手間取り、予告していた開演時間から15分近くも押してしまう。すると、会場にいたおじさんがやってきていきなり「いつまで待たせるんじゃ!!はよせんかい!!」と怒鳴られる。
ただでさえガラの悪さで全国的にも有名な広島が一層のイメージダウン。そういえば最近ジャズばかり企画してるから開演時間を守るという認識が遠のいていたかも。

しかしまたもや開演すると、とにかく面白い曲芸弾き(注:曲弾きではない)津軽三味線に、「モー娘。」級の可愛い昌紀子ちゃんは歌唱力抜群、会場の若者たちは酔っぱらいながら大声援で盛り上げてくれる。なぜか作業服のボンタンズボンに地下足袋の遼君と小野君が、肩車して上下二挺(ちょう)で三味線を弾くわかりやすい姿には子どもたちも大喜び。ふと見るとさっきのコワイおじさんたちのグループも、着物姿の女将さんらしき人と一緒に全員が両手をあげて拍手喝采。がんばれよ、若造!

翌日の東区民文化センターでは第一部がワークショップ。10数名の参加者に津軽三味線を持ってもらい、「撥付け」と「カマセ」という津軽独特の技法を体験してもらう。さすが新米教師は解説も構成もうまい。それに遼君はインターネット上でも「三味線メーリングリスト」の主宰者だけあって、全国各地、各流派の信頼筋からの情報をもとにしたトークは面白く貴重なものだった。
最後は参加者から自由に質問。やはり「邦楽界はカネとしがらみの恐い世界」という常識についての質問が多い。それにも若い彼らは臆せず堂々と自分の見解を述べる。我ながら、久々に胸のすくようないい企画だ。

第二部はいよいよトーク&コンサート。スタジオ1という小さなホールで、力いっぱい最後のパフォーマンスをみせてくれた。昌紀子ちゃんも含めて3人の津軽三味線合奏。お客さんはやや年齢層が高いので、ちょうどお盆に里帰りしてきた息子と娘のような錯角をおぼえたのかもしれない。とにかく広島でこんな拍手と笑い声がたえないハイテンションな津軽三味線&民謡のステージは、私の記憶にあるかぎり伊藤多喜雄以来であった。


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