こぐれ日録 KOGURE Diary 2017年3/6〜3/12


こぐれ日録1048 2017年3/6〜3/12A

3/6(月)

録画していたファンタジー映画。けっこううまく作っているし、景色を観ているだけで観光した気分になるのがいいかも。
アメリカのグラフ誌「LIFE」が廃刊したのが10年前だったのかとか、少し知識が増える。あと、グリーンランドの住人の感じがかなり予想外。

ベン・スティラー『LIFE!/ライフ』 (2013年、114分、20世紀フォックス。THE SECRET LIFE OF WALTER MITTY)
http://movies.yahoo.co.jp/movie/LIFE%EF%BC%81%EF%BC%8F%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%95/347535/
<凡庸で空想癖のある主人公が未知なる土地への旅を経て変化していくさまを、ベン・スティラー監督・主演で描くヒューマンドラマ。夢を諦め、写真雑誌の写真管理部で働く地味な中年男性が、ひょんなことからニューヨークをたち世界中を巡る旅を繰り広げる様子をファンタジックに映し出す。物語の鍵を握るカメラマン役で『ミルク』などのショーン・ペン、主人公の母親役で『愛と追憶の日々』などのシャーリー・マクレーンが共演。壮大なビジュアルや、主人公のたどる奇跡のような旅と人生に目頭が熱くなる。>
ベン・スティラー:ウォルター・ミティ
ショーン・ペン:ショーン・オコンネル
クリステン・ウィグ:シェリル・メルホフ
シャーリー・マクレーン:エドナ・ミティ
アダム・スコット:テッド・ヘンドリックス

http://eiga.com/movie/79144/
<ジェームズ・サーバーの短編小説をノーマン・Z・マクロード監督、ダニー・ケイ主演で映画化した「虹を掴む男」(1947)を、ベン・スティラーの監督・主演で新たに映画化。1936年の創刊から2007年に休刊されるまで、世界で幅広く読まれたアメリカのグラフ誌「LIFE」の写真管理部で働く臆病で不器用な男が、人生変える波乱万丈の旅に出る姿を描く。LIFE誌の写真管理者として毎日地下鉄に乗って通勤し、変化のない日々を過ごすウォルター・ミティ。彼の唯一の楽しみは、むなしい現実から逃避する刺激に満ちた空想をすることだった。そんなある日、LIFE誌の最終号の表紙を飾る大切な写真がないことに気付いたウォルターは、カメラマンを探すため一大決心をして一歩を踏み出す。>

岸信介さんについての伝記みたいな新書を読み終わっていたので、抜書きを作る。
http://kogure.exblog.jp/23699340/
大平正芳さんを少し相対化するようになった(絶賛からの距離)ように、岸さんを敬遠していたことからの相対化というためには少しなったかも知れない。


3/7(火)

ようやく読み終わった小説。
津島佑子『黙市(だんまりいち)』(新潮文庫、1990年。1979年単行本)。
電車の帰りは小説を読むことにしていて、すこし桐野夏生ワールドをおやすみして、静かな味わいの短編をゆっくり読んでいた。だいたい三条から淀ぐらいで1編が読み終わる。

中年の女性が一人称でだいたい語るのだが、太宰治さんの娘さんというようなことはあんまり関係はないような(すこしはあるような)、リアルと夢との行き来もなかなかに凝っている。
やはり、六義園が出て来る「黙市」は3年近く駒込に住んでいたこともあって、ぐっとくる。それにちょっと面白い。「石を割る」は桐野ワールドにも通じていてぐっと来た。あと「沼」、なんとなく大昔の庄内の野田(森友学園が小学校を建てようとしているところ)という場所がこんな感じではなかったのかとつい思ってしまう。

解説、川村二郎。p223-4
<作者は作品世界の自立性を確保するために生活を潔癖に遠ざける態度は取らない。たとえば「変死」した「私」の父親が太宰治を指していることは、大方の読者が作者の伝記的事実に即して理解するだろうが、作者はそのようなことさら隠そうともしなければ、さりとてもちろん、強調死もしない、ただそのような形で限定された自分の生活の条件を、そういうものとして受け入れた上で、そこから湧いてくる夢の形を作品に刻みつけるのである。>


校務の日。部長会が9時から11時半まであって、インターンシップ推進委員会(仮)はすでにずいぶん進んでいた。単位取得型インターンシップの事前、事後研修は土曜日がメインなので、早めに2回生担当の教員には特に知らせて、歴史遺産はじめ土曜日に学外授業などを入れなくてはならない授業との調整をしてもらおうと言うことに。13時から大学評議会、14時半から学部教授会。そのあと公共政策士関連のFD。

政治的にはアメリカはトランプ大統領の登場、北朝鮮はミサイルやマレーシア殺害と大きく揺れているようだ。日本でも南スーダン自衛隊が心配だし、共謀罪に係る法案(テロ等準備法案というんだっけ?)がいよいよだし、国内では豊洲だけではなく、豊中の小学校認可をめぐる森友学園をめぐる問題が波紋を呼んでいる。

いろんな点が出ているのだが、大阪維新が大阪府市を動かすようになって、公立の施設や機関を廃止して、企業や民間法人に委ねる新自由主義的施策がどんどん出てきたことと、この私立小学校認可が関係していることは地方行政論的には重要な論点である。あと、教育委員会における教育長の力が強くなっていることなども、近年のことなのでまた勉強する必要がある。

あと財務省のなかではマイナーな理財局がクローズアップするのも珍しい。前の迫田さんという理財局長が国税庁長官になったというのも、多分、珍しいことなのだろう(検索したが、主税局長が多いが例がないわけでもないようだ)。今の佐川さんという人はどうも迫田さんと同期というから、同じ道を辿ることはないだろうが。

安倍昭恵総理大臣夫人はどういう立場なのかも、議論があって、公人にも2種類あり、すなわち公職者と公的人物(パブリック・フィギュア)とからなるという考えが興味深く、有名人で政治的な影響力がある場合は公的人物となるという解説が興味深かった。

国交省の木造や木質化の補助金もこの案件で初めて知ったわけで、設計のキアラ建築研究機関も京都市などで活躍しているようだ。

そうそう、幼稚園ではすでにそういう指導要綱になっているようだが、同じように3歳児以上は保育所でも、国旗に親しむとか、国歌や唱歌などに親しむ(だったっけ?)ということに2018年度から変えようとしているようだ。塚本幼稚園で歌っている軍歌はないけれど、戦前の唱歌もかなり国家主義的な歌詞も多くて、なんとなく、あそこまで極端で戯画的ではなくとも、ソフト森友化する幼児教育のあり方も気になるところである。


3/8(水)

今日は思いがけないオフ(学部長だったらありえない)。それにしても、新年度のサッカー部は楽しみだな。
本格強化開始の京都橘大新入部員に綾羽FW菅河、高岡一MF旅家、比叡山FW並松ら。京都橘高10選手も進学へ | ゲキサカ http://web.gekisaka.jp/news/detail/?210941-210941-fl

夕方、待望のはなのCDが届く。4月はじめからアマゾンなどで購入可能。小暮はな:ヴォーカル・コーラス・ウィンドベル。永田雅代:ピアノ・メロディオン・オルガン・アコーディオン・トイピアノ・ウィンドベル。ロケット・マツ:マンドリン・メロディオン・アコーディオン。関島岳郎:チューバ・レコーダー・ホイッスル。西村直樹:ギタロン。関根真理:パーカッション。埴一郎:パーカッション・コーラsy・ギター。

1曲だけライブで聴いたことがない歌(一羽のカモメ)があって、ここに、CDのタイトル『AZUL(アズール)』(ポルトガル語で「青」)が歌われている。
「飛べよと カモメ あんたも飛べるはずさ
 飛べよと カモメ 涙もいつか海になる
 さようならAZUL カモメ 
 AZULに漕ぎ出していく
・・・・」

小暮はな『AZUL』2,700円(税込 2,916円)
曲名リスト
アンドリーニャ
朱いさかな
MOJITO
ホタルの庭で
おかっぱ頭〜愛情42〜
一羽のカモメ
誰かが誰かを
AVIA
Gr?ndola Vila Morena
タンポポのように
かもめの住む街

iPhoneを新しくしようとかいろいろ思ったが結局ずっと家。
籠池理事長さんが自治省に入省したという話があってのけぞる。もし昭和51(1976)年に入っていたとすると僕の2年先輩になる。わー。


3/9(木)

9時から学生表彰式。この制度などもすこし考える必要があると前から思っている。
2つの書類作りをしたあと、三条駅へ。
旧立誠小学校3階。すでに多くの人。中野量太『湯を沸かすほどの熱い愛』。
去年の秋、話題になっていてこうしていま観られたのがとても嬉しかった。
そして想像以上の感動。みんなと一緒にグシュグシュ。でも、絶望ではない力強さがある。
すこし普通でない親子の関係などが多いけれど、だからもうあっという間にラストへ行くし、1時間ぐらいでもう満足に近い展開。

高校時代にこういういじめがあるのだなあと思ったが、僕も小学校5年生の時、鞄を校舎の裏の花壇に数回放り投げられた事があった。まあ、場所を男子がいつも教えてくれて、どうして女子数名からそういうことをされたのかいまだに分からない。
「幸の湯」は足利あたり。関西の銭湯には富士山などのペイントは少ない。タイル主流。
高足カニ、緩和ケア、探偵親子、蒸発夫。手話の使い方が憎いぐらいに上手い。
そうそう、まだ観られていない映画の一つに、深田晃司『淵に立つ』がある(5月にDVDがでるからまあそれをゲットするか)・・・

中野量太(脚本も)『湯を沸かすほどの熱い愛』2016年、125分。
立誠シネマ、13時から本編上映。
宮沢りえ:幸野双葉
杉咲花:幸野安澄
オダギリジョー:幸野一浩
松坂桃李:向井拓海
伊東蒼:片瀬鮎子
篠原ゆき子:酒巻君江
駿河太郎:滝本
配給:クロックワークス
<宮沢りえの「紙の月」以来となる映画主演作で、自主映画「チチを撮りに」で注目された中野量太監督の商業映画デビュー作。持ち前の明るさと強さで娘を育てている双葉が、突然の余命宣告を受けてしまう。双葉は残酷な現実を受け入れ、1年前に突然家出した夫を連れ帰り休業中の銭湯を再開させることや、気が優しすぎる娘を独り立ちさせることなど、4つの「絶対にやっておくべきこと」を実行していく。会う人すべてを包みこむ優しさと強さを持つ双葉役を宮沢が、娘の安澄役を杉咲花が演じる。失踪した夫役のオダギリジョーのほか、松坂桃李、篠原ゆき子、駿河太郎らが脇を固める。>


3/10(金)

京都橘大学の卒業式。
10時は、文学部と看護学部、健康科学部。
13時半からは、現代ビジネス学部と人間発達学部。
合計で、学部生だけで980名。

この卒業式で吹奏楽部が演奏してくれた曲⇒『ニュルンベルクのマイスタージンガーより第一幕への前奏曲』。トライアングルもやってたが、シンバルを鳴らすところ、やった!ってどうしても思ってしまう。
あと、吹奏楽部の演奏では、校歌がいつもよりゆっくりしたテンポであったのと、退出の手拍子楽曲はスタスタいけるような音楽だったのが特筆すべきところ。

終わったあと、ブライダル企業に入る学生の一人が勤めることになるかも知れないレストラン(アカガネ)で食事。4人の仲良しグループに当日たまたま入り込んだと言うもの。謝恩会パーティがはじめて学科としてはなかったわけ・・
ねねの道の辺り。和服姿の人たちが多いので、袴の卒業生たちが浮き上がらない景色だった。


昨日までに読み終わっていたドキュメンタリー風ノベルとでも言うようだが、興味深い歴史小説だった。
西木正明『其の逝く処を知らず 阿片王・里見甫の生涯』(集英社、2001年)。単行本なので、装幀も凝っている:AD:長友啓典、デザイン:加藤茂樹・K2。

阿片王里見甫さんのことを読むには、まずこちらを読んでから、複雑な構成でその関係者まで詳細に書かれた、佐野眞一『阿片王 満州の夜と霧』をそのあと読むほうがいいと言われていたが、佐野さんの本を読んでいたことで、こちらは小説として一気に読めたのも確か。

[参考]
「其の逝く処を知らず〜阿片王・里見甫の生涯」西木正明著を読む
http://ameblo.jp/kenmatsu-fs/entry-11662934359.html
<第二次大戦中の中国における我が国の阿片取引にまつわる人物といえば、この里見甫の名がまず上がる。何とも不思議な人物であり、ある意味では戦前の日本人らしい人であったとも思える。この人物の評伝として、以前に佐野眞一著『阿片王−満州の夜と霧』を読み、このブログでも感想を書いたことがあった。同じ人物について、何故西木正明氏の著作を読んでみようと思ったかといえば、西木氏の著作『ルーズベルトの刺客』を以前読んだことからであった。・・・・・

 そして、その時代の上海とか、陸軍の諜報関連の話ということになれば、満州建国の内情と絡んで、甘粕正彦やこの里見甫に辿り着くのは言わば必然と言える様な巡り合わせであるように思える。佐野眞一が甘粕と里見について、それぞれの著作を発表しているのに対して、西木氏は里見の生涯を描いている。終戦のところから話が始まり、GHQに尋問されるのに答えていくという形を取っているのも面白い。そして、西木氏が里見という人物に惹かれながら、本書を書き上げていったことが読んでいてストレートに伝わってくる。

 そういった意味合いからみると、戦中の阿片取引の始まりから、その実態に至るところまで、時系列に沿って説明されていくので、非常に分かりやすい。そういう読み方をするだけでも、興味深いものがある様に思う。評伝としてみた場合、本書では里見という人をやや理想化しているように思える。確かに、彼の生き方は普通ではなく、欲望にまみれたという人生というには程遠い。ある種の諦念も感じさせられるし、何とも不思議な人物とも思える。そんな謎めいた人物の評伝であるだけに、西木版の里見と佐野版の里見を読み比べてみるというのも面白い。この人物の描き方としては、二人の描き方には結構違いがあって、それが著者のキャラクターの反映になっている様でもあり、興味深い。どちらがというのは、受け止める側がそれぞれに感じていけばいいのではないだろうか。

 西木氏の『ルーズベルトの刺客』、本書、そして和田妙子著「上海ラプソディー 〜伝説の舞姫マヌエラ自伝〜」と佐野眞一著『阿片王−満州の夜と霧』、『甘粕正彦 乱心の曠野』という辺りを読んでいくと、戦前、戦中の上海、満州辺りの事情や雰囲気などは、感じとりやすくなるように思う。何よりも、どれも面白い。これも読むべき一冊だと思う。


3/11(土)

東日本大震災から6年。『T/IT:不寛容について Regarding Intolerance』。京都芸術センターへ。15分前に開場。14:03〜15:03。

あとで、tolerate(寛大に扱う、大目に見る、フランス語にもあるのでフランスから来たものかな)の語源を調べると、「tol- : L.tollere = to lift(持ち上げる)」とあって、ラテン語tollereの持ち上げるという語源からだとある。排除しないで手で持ち上げているというところから寛容、受容というような意味になったのかも。

パフォーマンスを観ていたときに14:46。始まるときにトーク担当の田中遊さんが、3.11にも公演できることについての言及あり。そして、暴力の歴史へ。
激しい雨、正常位。これがあとになってまた写真になるし、確かに小学生以下はまだすこし早いかも。ダンス的面白さは後半。最近の記事などもあった。ポスト真実。ほんといまはフェイクの時代やからなあ。
そして、圧倒的なアリア(叫び)。

ダムタイプのステージがすぐに想起される設定。身体と映像のシンクロ、そしてズレがなかなかに興味深い。ただ、あなたは最近セックスをしていますか?などの質問の個数がちょいと多すぎるかなとかは思った。饒舌というまでではないが、もう少し、身体が前に出てもいいかも。でも熱演だったな。

Monochrome Circus + Kinsei R&D 新作公演『T/IT:不寛容について』京都芸術センター 2F 講堂 14:03〜15:03
出演:田中遊 (正直者の会)・長良将史
森裕子*・合田有紀*・野村香子*・小倉笑* (*Monochrome Circus)
演出:坂本公成 ・藤本隆行
振付:Monochrome Circus
音楽:山中透
ドラマトゥルク:Shinya B
映像:長良将史
照明・美術:藤本隆行(Kinsei R&D)
衣装:北村教子
舞台監督:渡川知彦(渡川組)
映像オペレーション:小西小多郎
宣伝写真:金サジ
フライヤー・デザイン:南琢也
制作:大籔もも
http://monochromecircus.com/current-production/
<T/IT:不寛容について
旧人類は 500 万年進化しなかったと言われている。そこに現人類が現れ、他の動物の殺戮をはじめた。手も知識もが「力」となり、より大きな力を生み出す創意工夫が文明を発展させていく。
やがてヒトは、「全能な力」を崇拝する。共に祈りを捧げ儀式を執り行うといった連携は、深い絆となり絶大な効力を持ち、ひとつの共同体となる。
同じ神を信じない者への弾圧は残虐を極めたため他者との共存を図るために「寛容」という概念が生まれなければならなかった。
そして共同体は、しだいに国家として社会のどの集団よりも上位に位置する権力となり「暴力を独占」していく。
ヒトは力に執着し、共同体は国家として暴力の正当化を進めた。武器は鈍器なものから
鋭利なものへ発達し、そして弾丸となった。創発性と残虐性は同根の果実でありわかちがたい。
でもだからと言って、わたしたちは飲み込まれるのか。>


始まる前に、展示も楽しむ。
京都の職人さんが造るものではなくて、造る過程で必要なものの展示が一番新鮮だった。

キュレータードラフト2017『スポンテイニアス・ビューティー −作家のいない展覧会−』 キュレーション:笹原晃平 京都芸術センター ギャラリー北・南。

http://www.kac.or.jp/events/20323/ より
<スポンテイニアス・ビューティー −作家のいない展覧会−』は、そのタイトルが示す通り、特定のアーティストによる作品展示を行いません。その代わりキュレーター(企画者)・笹原晃平が「京都」という街を7つのセクションからキュレーション(企画)するという新しいタイプの現代美術の展覧会です。
「スポンテイニアス/spontaneous」とは、「なりゆき・自発的」という意味の英語であり、本企画では「なりゆきの美しさ」に着目してキュレーションを行います。「なりゆきの美しさ」とは、街の中で忘れられてしまったもの、捨てられてしまったもの、無くなってしまったもの、消えていってしまったものの中に眠っている美しさです。これらは、ある個人の内省や感情からわき起こるものではなく、地域やコミュニティといったより大きな集団から創出される類の美しさです。それを個人的な意図や作家性を極力排除して、キュレーションという技術を最大限に研ぎ澄まして構成することで、一つの「展覧会」という形で見せていきます。
・・・・・・>

3/12(日)

夜は、昨日から見出したドラマDVD『岸辺のアルバム』(1977年、TBS)。山田太一さんの脚本家としての研究を少ししようと思っているのだが、なかなか観られず、ようやくだ。
今日は3話と4話。八千草薫さんはもう抜群の美しさ。竹脇無我さんもこの頃までは健在。
風吹ジュンさんの片思い的アプローチが微笑ましく、山口いづみさんが演じるお金持ちで帰国子女の丘敏子が魔女的役割。

ウイングフィールドへ。
サカイヒロトさんらしい映像、自主映画や映像製作にまつわる物語。
繰り返しが多い。昨日観た『T/IT:不寛容について』も暗いトーンで映像がライブでもあったりして、どこか繋がっている。でもこちらは私演劇なので扱う焦点はぐっと絞られていて。

すこしホール内の温度が高いせいもあるし、内容も悔恨と閉塞に満ちていることもあって、自分も頭痛と歯痛がしていた(たまたまだろうが)。でも外に出るとスッキリ。こういう連動することもたまにあるが、ちょっと最近では珍しい観劇体験だった。

工藤俊作プロデュースプロジェクトKUTO-10 第16回公演『あたらしいなみ』15:02〜16:18。
作 /サカイヒロト(WI'RE)、演出 /樋口ミユ(Plant M)。
出演/工藤俊作、久保田浩 (遊気舎)、保、佐々木淳子(劇団●太陽族)、石橋和也、うえだひろし(リリパットアーミーII)、大江雅子長橋遼也(リリパットアーミーII)。


KOGURE Diary/こぐれ日録》の扉へ戻る