こぐれ日録 KOGURE Diary 2017年3/13〜3/19


こぐれ日録1049 2017年3/13〜3/19A

3/13(月)

いま、読んでいる文庫本は、佐野眞一『甘粕正彦 乱心の曠野』(2010年、新潮文庫)。同じ著者の『阿片王』と対をなすドキュメンタリー。佐野さんの特色は、まず、いままで悪党とみなされがちだった主人公をかなりかっこよく描くことと、バイブレーターへの言及も半端なく、そのために、誰の話だったかと迷路に読者を落とし込むことかも知れない。

佐野眞一さんの単行本、『巨怪伝ー正力松太郎と影武者たちの一世紀』(文藝春秋、1994年)はものすごく面白くて、いろいろ読売新聞社とかニッポン放送網とかの裏事情を中心に分かった本だった。戦前の正力松太郎さんの話も面白かったが、いまは、戦前の当たり、大正の終わりから昭和の初めにかけてがとても気になっている。それは、どうもいまの日本がこの軍国化していくこの時代ととても似てきているからだ。

ちょうど、脇役の茂木久平(もぎきゅうへい)という人物の脇道部分を読んでいて、茂木さんが板舟権疑獄に連座されて逮捕(1928.8)という下りを見て、なんだかいまの都庁都議会は、これの再現みたいやと気づく。
p277 <板舟権疑獄とは震災で消失した日本橋魚市場の築地移転をめぐる保証金問題に端を発した東京市議会の疑獄事件である。>

思い込みで行く場所を間違えると言うのは、前からよくするが今日も、同じ間違いをした。
三条と五条を行ったり来たり。
この前は、挨拶を自分がするのに、勝手に、最初が学長だったから最後は副学長だと思い込んで慌てた。
そうそう、今日は、中央体育館で挨拶をしたが、僕を紹介する課長さんが、前の学生部長の名前で僕を紹介しはってこれは向こうが慌てていた。


3/14(火)

山住正己『教育勅語』 (朝日選書、1980年、朝日新聞社) が届くので、まずは拾い読み。
いま、森友学園・稲田朋美防衛大臣関連で、テレビなどでも教育勅語の解説をしていたりしているので。山住正己さんという方が唱歌の研究を早くからしているということも知ったりもする。

引用
p130
<…たしかに19世紀の日本では、日常の徳育の指針としては、儒教以外に見当たらなかった。そこで教育勅語では、(儒教の:小暮注)五倫のうち「長幼序あり」「夫婦別あり」をそれぞれ「兄弟ニ友ニ」「夫婦相和シ」などというように、若干の手直しをしたうえで、。徳目として並べたてた。道義退廃をなげき、天皇による指針の提示を願っていた地方長官たちも、たいていは儒教の教育を受けてきたのだから、彼らにとっても、これらはなじみ深い徳目だったろう。>
p130-131
<しかし勅語の思想は儒教そのものではなかった。……勅語の全体的な構造を見ると、国家に緊急の事態が起これば、あげて国に身命を捧げるべきことを説き、日常の道徳も、この究極目的のための手段として位置づけられていた。儒教は、みごとに利用されたのである。王道思想は、人間の良心・徳性という内面まで支配するものとして利用され、しかも最終的には、…武をもって立ち国を守るという覇道に優位があたえられていたことになる。>

p263
<…学校教育の現場を見ると、小中高校の多くの教育では、文部省の学習指導要領にのっとった教育が行なわれており、こういう国歌の設定した基準がないと不安に陥り、あるいは自信を喪失する父母や教師が多く、ここに日本の弱点が集中的に現れている。
<日本人の間に、このような弱さが現にあるとき、教育勅語的な道徳に対して感覚的に反撥するだけでは、国家による思想・文化の統制を許す危険がないとはいえない。国家の決める基準を求めるという姿勢を改めていくには、それこそ教育勅語体制に封印されていた探求の自由を一人一人が主体的に獲得し、自主的に真理を求めていくことであり、それは感覚的反撥からの大きな前進となる。>

p264
<(教育基本法がめざす)この普遍人類的価値を志向する個性的な文化は、実際には、それぞれの地域に根を下した個人によって創造されるものである。江戸時代に各地域にあった独特の学問・文化は、文字政府の中央集権体制の下、中央に集中されることにより、中央と地方との文化面における格差は大きくなった。この中央集権は同時に、普遍人類的な文化に対し謙虚な態度でのぞむことを忘れさせてしまったのである。それが教育勅語体制であった。>

p265
<…今日の課題は、思想・文化の統制によって人々を萎縮させる政策をしりぞけ、発達する可能性をもった子どもの能力や精神を、各地域、各学校・教室など、子ども・青年たちが生活し育っていく場で、多種多様な文化を開花させようとの寛容であると同時に積極性をふくんだ方針を貫いていくことである。そして、こういう文化の交流によって普遍的で個性豊かな文化を一人一人が享受しながら、しかもそれをいっそう発展させていく可能性を育てることである。>

ウィキペディアより
<山住 正己(やまずみ まさみ、1931年1月30日 - 2003年2月1日)は、日本の教育学者、東京都立大学名誉教授。父は戦前期の大蔵官僚である山住克己。
東京大学教育学部卒。同大学院を経て、1959年日本女子経済短期大学講師、1960年「わが国初等教育における唱歌教育成立過程にかんする研究」で東大教育学博士。1972年東京都立大学人文学部助教授、1981年教授、1993年から1999年まで同学長、1994年定年退官。教育科学研究会委員長。音楽教育を専門としたが、教科書問題や日の丸・君が代問題でも発言し、市民運動にも取り組んだ。…>

9時から部長会、そのあと学生部委員会。お昼は中央体育館で学内合説の挨拶、大学評議会、学部教授会、全学懇談会、研修。そのあとの自己点検委員会は学生部長はメンバーではなかったので、18時すぎに終了。
そうそう、昨日も僕のゼミの卒業生が合同企業説明会にいたし、今日もいた。あと数日前卒業したゼミ生もいて、ずいぶん大学に自分もいるんだなと実感。


3/15(水)

午後、3日目の学内合同企業説明会、最後まで立ち会った。今日もゼミ生OGがいてあれこれ。
B to Bの会社が多いのが最近の特徴(意図的でもある)。
たまたま福岡県の企業さんでその関西の責任者の方が宮崎県出身だったこともあってじっくりと企業さんの説明を全部聞いて、なるほど企業それぞれの個性って色々あるんだなあと感心してしまった。工場は京都府内にもあるのでそこから来られたそうだ。

ツイッターで作家高橋源一郎さんの暫定版らしいが、教育勅語の口語的訳が出ていたので、アップしておく。いま、教育勅語にはいまの日本にも通じる徳目が書いてあるという方々(稲田朋美さんなど)が引用するものもそのあとにアップして比較しておこうと思う。

高橋源一郎さん@takagengen による教育勅語の現代口語訳 
https://twitter.com/takagengen/status/841888318962950147
https://twitter.com/takagengen/status/841888785570902016
https://twitter.com/takagengen/status/841889527677521920
https://twitter.com/takagengen/status/841890089936510977
https://twitter.com/takagengen/status/841890552702500865
https://twitter.com/takagengen/status/841891151326154752
https://twitter.com/takagengen/status/841891583976964096
https://twitter.com/takagengen/status/841891915083743232

はい、天皇です。よろしく。ぼくがふだん考えていることをいまから言うのでしっかり聞いてください。もともとこの国は、ぼくたち天皇家の祖先が作ったものなんです。知ってました? とにかく、ぼくたちの祖先は代々、みんな実に立派で素晴らしい徳の持ち主ばかりでしたね。

きみたち国民は、いま、そのパーフェクトに素晴らしいぼくたち天皇家の臣下であるわけです。そこのところを忘れてはいけませんよ。その上で言いますけど、きみたち国民は、長い間、臣下としては主君に忠誠を尽くし、子どもとしては親に孝行をしてきたわけです。

その点に関しては、一人の例外もなくね。その歴史こそ、この国の根本であり、素晴らしいところなんですよ。そういうわけですから、教育の原理もそこに置かなきゃなりません。きみたち天皇家の臣下である国民は、それを前提にした上で、父母を敬い、兄弟は仲良くし、夫婦は喧嘩しないこと。

そして、友だちは信じ合い、何をするにも慎み深く、博愛精神を持ち、勉強し、仕事のやり方を習い、そのことによって智能をさらに上の段階に押し上げ、徳と才能をさらに立派なものにし、なにより、公共の利益と社会の為になることを第一に考えるような人間にならなくちゃなりません。

もちろんのことだけれど、ぼくが制定した憲法を大切にして、法律をやぶるようなことは絶対しちゃいけません。よろしいですか。さて、その上で、いったん何かが起こったら、いや、はっきりいうと、戦争が起こったりしたら、勇気を持ち、公のために奉仕してください。

というか、永遠に続くぼくたち天皇家を護るために戦争に行ってください。それが正義であり「人としての正しい道」なんです。そのことは、きみたちが、ただ単にぼくの忠実な臣下であることを証明するだけでなく、きみたちの祖先が同じように忠誠を誓っていたことを讃えることにもなるんです。

いままで述べたことはどれも、ぼくたち天皇家の偉大な祖先が残してくれた素晴らしい教訓であり、その子孫であるぼくも臣下であるきみたち国民も、共に守っていかなければならないことであり、あらゆる時代を通じ、世界中どこに行っても通用する、絶対に間違いの無い「真理」なんです。

そういうわけで、ぼくも、きみたち天皇家の臣下である国民も、そのことを決して忘れず、みんな心を一つにして、そのことを実践していこうじゃありませんか。以上! 明治二十三年十月三十日 天皇。


国民道徳協会現代語訳(佐々木盛雄さんによるものらしい)
http://www.meijijingu.or.jp/about/3-4.html
 私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。
 国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。
 このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。
〜国民道徳協会訳文による〜

一般的な現代語訳
教育勅語の現代語訳 http://www.kyoto-kyoiku.com/kihonhou/tyokugo.htm
 天皇(明治天皇)ご自身がお考えになるに、天照大神(あまてらすおおみかみ)以来の天皇の御先祖たちが我が日本を建国するにさいし、その規模は広大で、いつまでもその基礎が揺(ゆる)ぐことのないようにされ、さらに、御先祖たちは身をつつしみ、国民をたいせつにして、後の徳政のお手本を示された。天皇の臣民である日本国民は、いつの時代も忠孝をつくし、国民が心を一つにしてその美徳を発揮してきたこと、これこそ我が国体(天皇制社会)のもっともすぐれた点であり、教育の大もともここに根ざしていなけれはならない。
 お前たち臣民(児童・生徒)は、父母に孝行し、兄弟は仲良く、夫婦も仲睦(むつま)じく、友人とは信頼しあい、礼儀を守り、みずからは身をつつしみ、人びとには博愛の心で親切にし、学業に励(はげ)み、仕事を身につけ、さらに知識をひろめ才能をみがき、人格を高め、すすんで公共の利益の増進を図り、社会のためになる仕事をし、いつも憲法を大事にし、法律を守り、ひとたび国家の一大事(戦争)になれは、勇気をふるいたて身も心もお国(天皇陛下)のために捧げることで、天にも地にも尽きるはずのない天皇陛下の御運勢が栄えるようにお助けしなけれはならない。こうすることは、単に天皇の忠良な臣民として行動するというだけのものではなく、同時に、お前たちの祖先が残したすぐれた点を継承し、それをほめたたえることにもなるのだから。
 このような教えに従うことは、まさしく我が天皇の祖先たちが残されたおさとしで、皇室の子孫も臣民もともに守るべきものであり、之(これ)を過去現在のどの時代に当てはめても間違っていないし、国の内外、世界中に当てはめても誤りではない。自分(天皇)は、お前たち臣民たちとともに、このことを自分自身によくいい聞かせ、その教えを守り、君臣一体となってその徳をより高めたいと思う。
 明治二十三年十月三十日  御名(明治天皇、睦仁(むつひと)) 御璽(天皇の印)


山住正己『教育勅語』 (朝日選書、1980年、朝日新聞社)のここの部分が大事だな。
p130
<…たしかに19世紀の日本では、日常の徳育の指針としては、儒教以外に見当たらなかった。そこで教育勅語では、(儒教の:小暮注)五倫のうち「長幼序あり」「夫婦別あり」をそれぞれ「兄弟ニ友ニ」「夫婦相和シ」などというように、若干の手直しをしたうえで、。徳目として並べたてた。道義退廃をなげき、天皇による指針の提示を願っていた地方長官たちも、たいていは儒教の教育を受けてきたのだから、彼らにとっても、これらはなじみ深い徳目だったろう。>
p130-131
<しかし勅語の思想は儒教そのものではなかった。……勅語の全体的な構造を見ると、国家に緊急の事態が起これば、あげて国に身命を捧げるべきことを説き、日常の道徳も、この究極目的のための手段として位置づけられていた。儒教は、みごとに利用されたのである。王道思想は、人間の良心・徳性という内面まで支配するものとして利用され、しかも最終的には、…武をもって立ち国を守るという覇道に優位があたえられていたことになる。>

参考に原文
朕惟フニ我カ皇?皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ?ヲ樹ツルコト深厚ナリ
我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ?華ニシテ?育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス
爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ??ヲ成就シ進テ公?ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ一旦緩?急?アレハ義勇?公?ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ
是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾?先ノ遺?風ヲ顯彰スルニ足ラン
斯ノ道ハ實ニ我カ皇?皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ?ニ遵守スヘキ所
之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト?ニ拳々服膺シテ咸其?ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ
  明治二十三年十月三十日 御名御璽


3/16(木)

いままで使っていたスマホが2年以上前なので、そろそろ買い換えようと近くのソフトバンクへ。
なんやかややっているとずいぶん時間が経ってしまう。
テレビでは籠池劇場が中心で小池劇場は隅に霞んでいる。
防衛省の日報問題も国としては大問題なわけで、米国、北朝鮮、韓国と同じように日本国も何だか不安的な政治情勢になってきているのかも知れない。

夕方大学へ。
強化サークルの関係の会議。
そのあと懇親会。
弓道やバレーボールの顧問のお話とか普段は知らないことが多くて興味深かった。

甘粕正彦さんが日本の歴史上の人物で嫌いな人として、自分中心の猟官運動ばかりしていた菅原道真と、器の小さかった乃木大将を挙げていたという話を読んでちょっとおもしろかった。好きな人物は、人のために尽くして損ばかりしている悪源太義平だと言う。「歴史は決して真実を伝えません。つまらない男が偉大な人間のように扱われたり、本当は立派な人間が名も知れず生まれたりするものです。」(佐野眞一『甘粕正彦 乱心の曠野』p437)

この下りを読んで、エジソンとかをすぐに思い浮かべる。あるいは、野口英世とか。


3/17(金)

ゼミなどの学外授業についてすこしまた具体化しなくちゃと思いつつ、鴨川を渡る。LINEをゼミの通信に使うかどうか、アンケートをいま取っているが、いいえという人はいない。ただ、メールとLINEとどちらでもいいという反応が意外と多い。LINEをメインにしながら、大事なものや添付するものはメールにして、LINEでもメール見てねというのがいいのかも。

art space co-jin(きょうと障害者文化芸術推進機構)が、文芸会館の通り道にあるから便利。
地図と電車やバス。好きな人は徹底的に楽しく遊べるのだなあと見ていて思う。

二人展「ストップ・ヲォッチツーリズム」共生の芸術祭「ストップ・ウォッチ」関連展示
古久保憲満・中川雅仁 二人展
<昨年12月に京都文化博物館での展示を終え、2月にけいはんなプラザ、3月に市民交流プラザふくちやまへと巡回する、共生の芸術祭「ストップ・ウォッチ」。その出展者の中から、「旅」をテーマに古久保憲満と中川雅仁の二人展をart space co-jinで開催いたします。時間だけではなく空間をも飛び越えていく想像の世界をお楽しみください。>
https://www.facebook.com/artspacecojin/

『人形浄瑠璃 文楽 京都公演2017』京都府立文化芸術会館、13時半から16時すこし前ぐらい。
Program B 世話物の名作 『近頃河原の達引(ちかごろかわらのたてひき)』
 四条河原の段・・・豊竹咲甫太夫
 堀川猿廻しの段・・・竹本千歳太夫

京都で文楽が愉しめるってほんとありがたい。入り口で文楽人形と記念撮影をしている。
最初に解説。これがまた上手い。豊竹咲寿大夫。
縦型の字幕電気装置。上手を見ていて、ふとわからなくなると下手を見てまた正面や上手の太夫さん、三味線さんを見る。

猿回しのお兄さんのキャラクターがずいぶん滑稽にしてあって、悲しい話のなかにも可笑しさがあり、どこか、松竹新喜劇的でもある。三味線が伴奏とメロディで猿が動く。二匹の猿は足の担当の人が両手を使って見せる。こういう形が初めてだったので、なかなかに興味深かった。

18時半からは、京都市民活動総合センターでの会議。
2回生ゼミで一度、ここに学外授業させてもらおうかと思っている。


3/18(土)

エクステ2.5を見て(これは地下の小ホールだった)かなり興味を持ったので、今度は本公演を鑑賞した。男女混合のチームによるもので、もう一つ女性だけのチームによる公演もあるそうだ。なんとなく兵庫県ならでは、とかちょっと思ったりする。
正直、前半の声ががなりたてているように感じる部分があって苦手なタイプかなと思っていたが、後半に入るとぐっと心が入って楽しめるようになった。まあ、若い人たちだから力が余っているのだろうし、殺陣も多いので、声もどうしても叫び的になってしまうんだろう。

エクステ#3『夕ばえ作戦』神戸アートビレッジセンターKAVCホール。15:08〜17:10。
原作:光瀬龍(ハルキ文庫『夕ばえ作戦』より)
脚色・構成・演出:大塚雅史
<高校生のための演劇ワークショップ「Go! Go! High School Project」(通称:ゴーハイ)の卒業生から成る劇団「エクステ」>

17時から始まっていた「笑人(わろうど)カフェどんげね?〜こども食堂〜」に駆けつける。前に御陵駅周辺を散歩していたので、すぐに「天ぷらや笑人」さんが見つかって、しかも、子供たちがまだまだいっぱい。大盛況なのである。17時からはファイナンシャルプランナーでもある住山さんから「さんすう教室」もあったそうでだし、食後は読み語りがあったり、ミニ狂言教室が起きたりしていて、想像以上に素晴らしい会だった。

食事はとても美味しく、終わってから、茜霧島だけにすべきだったが、ついビール(サッポロ)まで頂いてしまった(実は昨年より2kgほど体重が増えていて、かなりやばい状態なのに)。
しかも近くに住む狂言師さんとか、山科でイベントをよく企画するという読み語りや紙芝居を得意とする人とかいろいろ新しい出会いがあった。

朝、はなから電話があって、7月はじめに京都でするCD発売記念ライブのことの相談あり。なかなか僕も力になれないが、一番はPRとその結果としての集客であることは間違いないので、笑人さんにもCDを渡しておく。ここのご主人、盛武さんは、やはりシンガーソングライターでもあるので、ギターもいっぱいあるしアップライトピアノもあり、PAも大丈夫そうなので、例えば、メインのライブの前日あたりに弾き語りすることもできるかも知れない。

3/19(日)

Nibroll/ミクニヤナイプロジェクト関西クリエーションバージョン 演劇公演『曖昧な犬』を見に、クリエイティブセンター大阪 ブラックチェンバーへ。久しぶりなので、地図とにらめっこ。公園が目印になってよかった。

作・演出:矢内原 美邦
出演:立花 裕介、白木原 一仁、生島璃空
チラシよりも一人増えている。でも、独り言なのか会話なのかすら分からないような叫びとつぶやきの交差なので、何人でもあんまり変わらないのかも知れない。ただ、空間を蠢く密度は高まっていただろうけれど。
この暗さはいまの社会にピッタリ。
閉じ込められて、記憶が白濁し、どこにも繋がらない。記録もとれないし残っていない。
それでも何らかの窓があるはず。ドアは閉ざされていても。
<小さな部屋に閉じ込められたふたり。光のないその部屋からは何も見えず、世界が続いているのかさえわからない。そんな不安と絶望の中で、未来に希望を見出せない人たちの物語。なにもない閉ざされた世界にあっても、それでも「最期まで生きる!」ことの意味を問う矢内原美邦最新作!>
70分ということだったが、14時すぎから始まって15:08ぐらいに終わった。3面舞台。
2階にカフェがあって便利。食事も可能だった。

帰り、スマホで高校野球。どうしても大阪を応援してしまう。履正社と日大三高。途中までは互角だった(履正社の方が打てなくて心配だったな。まあ、最後は勝ったが)。


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