こぐれ日録 KOGURE Diary 2017年7/10〜7/16


こぐれ日録1066 2017年7/10〜7/16A

7/10(月)

3つのゼミ。来週は祝日なので、再来週で15回目=お終いとなる。
3回ゼミでは、85歳の詩吟先生が来て、みんなで詩吟の「いろはにほへと」をやってみる。
先生がいないとどんどんできなるなる。一緒だとできそうなのだが。

4回ゼミは楽しかったな。卒業アルバム撮影会とゼミ学生写真づくり。
18時から、しみせんで、第3回市縁堂2017運営実行委員会。
市縁堂への道をどう作るか。
未来の寄付用お札を作ろうか、などなど。

水曜日のレジュメを作ってみる。イベントデザイン演習。以下、その一部
・・・・・
今回は、イベント研究に、「映画やテレビドラマを活用できる」の巻
その前に、少しだけ、文化的なイベントが、じつは鶴見俊輔さんが唱えた「限界芸術」でもあることに触れておこう。
これは、私の重要な研究ターマの一つで、それが一見、生活の一コマ、決まりきった儀式に見えるものでも、実は、芸術としての輝きや工夫、そして、心に響くものでもあるということなのね。
つまり、冠婚葬祭を人生イベントととらえ、そこに芸術演出というアーツマネジメントのひと味を加えてみようという実践課題なのだわ。

★ 限界芸術論@鶴見俊輔さん
?生活と芸術との交じり合ったところにあるもの。限界政治、限界学問も同じ。
?いままで、芸術(アーツ)は、ハイアートとポピュラーアートというような二分法であった。
?純粋芸術は、専門芸術家が創って専門的鑑賞者だけが享受
?大衆芸術は、経営者(プロデューサ)が専門家を使って、大衆という鑑賞者(消費者)にヒットするように創られた作品(商品)

★ 鶴見俊輔『限界芸術論』(ちくま学芸文庫、1999年)p16
「生活の様式でありながら芸術の様式でもある」様式=フォーマット社会システムの様相「職業として芸術家になる道をとおらないで生きる大部分の人間にとって、積極的な仕方で参加する芸術のジャンルは、すべて限界芸術にぞくする」
「芸術の意味を、純粋芸術・大衆芸術よりもひろく、人間生活の芸術的側面全体に解放する」

★ 冠婚葬祭やごっこ遊びは限界芸術
?限界芸術とは・・・非専門家によって創られ、非専門家によって享受される芸術
?つまり、人類の一番初めにあったもの。祭りや葬式。
?個人としても、一番初めに愉しんだアーツ。遊びといってもほとんど同じ(たとえば、ごっこ 遊びは演劇だし、落書きはもちろん美術、体をくねくねするとダンス)
?小さな子は詩人で音楽家で俳優でもある

★ 冠婚葬祭マネジメントとは
?本来は限界芸術マネジメントということ。
?限界芸術は非専門的なのが特色。
?ところが、結婚式にも、専門企業や司祭さまが登場する。レストラン(外食)も。
?つまり、資本主義の進展→経済外部化の一つ。個人サービス業の拡大。
?ただし、俳優の多くは素人であり、手作りを助ける専門家がいるだけ、と考えることができる。そして、アーツ的には企業も宗教家も素人

でも、お葬式とか結婚式研究といっても、観察しづらい。そこで、ドラマを活用することに。あるいは、テレビでの結婚式ドキュメントとか有名人の送別式とか。

「ごめん、愛してる」初回を見たが、アイドルピアニストがコンサートホールで直前心配しているところがあって、これは、アーツマネジメントそのものであり、音楽イベントとしてのポスター利用とか価格とかあれこれに面白く、ヒロインの女性がアーツマネージャーかと思ったらスタイリストとあってまたびっくり。でも、マネージャーというか音楽事務所の人いないじゃんとか思いつつ、テレビじゃからなあと思ってみたりする。

カジノとヤクザ。定番の組み合わせ、日本もそうなるのかねえ。カジノというのも、イベントに近いものがある。非日常とゲーム、賭けという遊びの要素の一つ。イベントも常に賭けという誘惑が入る(野球賭博とか、相撲八百長とか)。

また、イベントとヤクザ稼業との因縁にも注目しよう。江戸時代から戦前までにかけて、興行師とヤクザとの関係はじつに深いものがあった。神戸芸能社が山口組芸能部からできたことはあまりにも有名であり、美空ひばりほか一流の歌謡歌手はここに所属していたのである。
では、どうして、イベント興行には堅気(かたぎ)があまり手を出さなかったのか?これは皆さんへの課題としてみよう。

TOKIO長瀬智也「ごめん、愛してる」初回から切なさ溢れる展開に「すでに涙」「最初から泣いた」の声
https://mdpr.jp/news/detail/1699444
<【長瀬智也/モデルプレス=7月9日】TOKIOの長瀬智也が主演を務め、女優の吉岡里帆が連続ドラマ初ヒロインを務めるTBS系日曜劇場「ごめん、愛してる」(毎週日曜よる9時〜※初回25分拡大)が9日、スタート。初回から切なさが溢れるストーリーに大きな反響が寄せられている。
今作は、2004年に韓国KBSテレビで制作され「冬のソナタ」(2002年)をしのぐ最高視聴率を記録、その年の韓国ドラマ界の各賞を総なめにした究極のラブストーリー。幼いころ母親に捨てられ不遇な環境で過ごしてきた長瀬演じる主人公・岡崎律が、吉岡演じる愛情深い女性・三田凛華と出会い運命を変える。・・・>


7/11(火)

1限目、14回目の公共政策入門。
明日のイベントデザイン演習では、もうすこし結婚式イベント研究をしたあと、少し、限界芸術論のこと、そして、イベント興行がどうして堅気の人ではなく遊侠の人たちが関係したかを探索することに。

いま読んでいる新書。
知っているようで、ちゃんと通史として文部省の歴史を知らなかったので、どこから内務省が支配しだしたかとか色々分かって面白い。高等文官試験の合格者であえて文部省に入るという人が稀有だったことも初めて知る。

辻田真佐憲『文部省の研究ー「理想の日本人像」を求めた百五十年』文春新書、2017.4。
<いまどき「天下り」スキャンダルで、事務次官までも辞任した文部科学省。
戦前は内務省文部局、戦中は陸軍省文部局、戦後も自民党文教局、日経連教育局などと揶揄され続け、つねに「三流官庁」視されてきた。
しかし、侮ってはいけない。
文部省はこの150年間、「理想の日本人像」を探求するという、国家にとってもっとも重要な使命を担ってきたのである。
明治維新後は「独立独歩で生きてゆく個人」、昭和に入ると「天皇に奉仕する臣民」、敗戦直後は「平和と民主主義の担い手」、そして高度成長時代には「熱心に働く企業戦士」――すべてに文部省は関与してきた。
そして、グローバリズムとナショナリズムが相克する今、ふたたび「理想の日本人像」とは何かを求める機運が高まっている。
気鋭の近現代史研究者である筆者が、イデオロギーによる空理空論を排し、文部省の真の姿に迫った傑作!>


7/12(水)

イベントデザイン演習のあと、お昼休み、ダンスサークルのイベント。
都市環境デザイン学科の学生たちが結構目立っているようで。
学生部委員会のあと、すこし早く帰らせてもらった。ちょっと一休みしたいので。

テレンス・マリック『天国の日々』。
リチャード・ギアがまだ若い。ブルック・アダムスという女優さんは独特の顔。妹のリンダ・マンズという女優さんはおとなになって活躍しているのかしら。
イナゴの大群、火。
それまでは美しい麦畑、川、池。綺麗な遠景。曲芸の飛行機も面白く。シェークスピアの旅芸人みたいで。
農場主サム・シェパードの館。孤独だが裕福。
天と地、いや地下ほどの格差の暮らし。
底辺の放浪気ままな生活。でも労働はきつく争いも絶えない。
暖色系が目立つ始まり。鉄工所なのか鋳物工場なのかはあったが、後はのどかな田園、農場。汽車。

テレンス・マリック『天国の日々』(1978年、95分、パラマウント。Days of Heaven)、原作・脚本もテレンス・マリック(1943年生)監督とのこと。
<20世紀初頭のテキサスの農場を舞台に、雇われた労働者達の姿と、人間の弱さと脆さを描く。ネストール・アルメンドロスによる徹底したリアリスティックで美しい映像が高く評価されている。
<第一次世界大戦が始まったころ、語り手のリンダ(リンダ・マンズ)と彼女の兄ビル(リチャード・ギア)、そして兄の恋人アビー(ブルック・アダムス)は、農場の麦刈り人夫として雇われてテキサスに赴いていた。ビルは、「そのほうが世の中を渡りやすい」ので、アビーとは兄妹であると偽っていた。
農場での仕事はきつく、アビーは手を傷めてしまった。ビルは医者の馬車から薬を盗みに行き、医者が農場主のチャック(サム・シェパード)に余命1年を宣告しているのを聞いた。・・・>


7/13(木)

近大も14回目、ラス前。
まとめに近づけねばならない。小劇場への言及をすこし具体的にするために、席数を眺めてみる。やはり、東京下北沢は関西よりも少し大きいなとか思う。

なべげんさんのサイトで演劇DVDを買っていて、今日見たのは、少し短いものをと94分の渡辺源四郎商店『さらば!原子力ロボむつ 〜愛・戦士編〜』。2014年の再演ということ。にしすがも創造舎、なかなかに本格的なステージができるところなのんだなあ、行ったことはあるが観たことがないのがちょっと残念。

それにしても、冒頭のすごい津軽弁。半分以上分からない。それを強制的に聞かされているのは、東京への闘いで捕まえた都民の捕虜。犬として「リンゴ大国」に捕まっていて、人以下になっているのが、実に皮肉に面白い。そのリンゴの国でも、リンゴは絶滅していて、もうなんとも絶望の三乗ぐらいで、デストピア過ぎて、喜劇に転じているようにも思う。

<永遠ということばなんて、知らなかったよねえ>

渡辺源四郎商店『さらば!原子力ロボむつ 〜愛・戦士編〜』作・演出:畑澤聖悟。
http://www.festival-tokyo.jp/14/program/farewell-to-nuclear-robot-mutsu-soldiers-of-love.html
<10万年後、人類は??。核廃棄物をめぐる人気SF劇の最新版
 舞台は青森県内の架空の町。高レベル放射性廃棄物の受入れを決めた町長は、その無害化と、人々の未来を見届けるため、コールドスリープに臨む。やがて目覚めた彼が目にしたのは??。
 2012年に初演、温かくも切ない人情喜劇でありながら、人類の技術開発の夢と限界、その責任のありかを鋭く問い、大きな反響を呼んだ渡辺源四郎商店の『翔べ!原子力ロボむつ』。岸田戯曲賞候補ともなったこの初演版を下敷きにした新バージョンが、にしすがも創造舍に登場する。核廃棄物の処理に要する時間は10万年。気が遠くなるほどの長い時間を前に、町長は、そして現代を生きる私たちは、何を思うだろう。
出演:
工藤由佳子、三上晴佳、工藤良平、宮越昭司、音喜多咲子、奥崎愛野、佐藤宏之、夏井澪菜、松野えりか、畑澤聖悟、山田百次(劇団野の上、青年団リンク ホエイ)、三上陽永(虚構の劇団)、北魚昭次郎 青森中央高校演劇部(蝦名和希、白石竜也、松尾健司、我満望美、尾崎花梨、折舘早紀、末安寛子、和田祐依、赤坂玲雄、吉田夏海、榊史也、豊嶋未沙樹、畠山宏介、吉川侑里、小谷ありさ、松村美里、是川詩乃、三上優葵、山口真実、森雪杜、木村慧、堀慎太郎、三津谷友香、太田奈緒、木村紗智子、近藤三鈴、金野里音、菊池果歩、山崎亜純)>


7/14(金)

行政学、1限目。金曜日はまだ13週目。授業アンケートを忘れずに。
来週のレジュメづくり。
14時に無事終了。演劇部が来て、合宿のこと、そして1回生の入部のこと。8名も入ったそうで、なかなかに充実しているな。これは、2回生の作・演出の彼女の存在も大きいだろうし。

相撲、休場多し。身体を休める暇がなさすぎるのかも。立合いがなんだかゆっくりになったように思う。
フェイスブックで卒業生モッチーのブログがあることを知る。彼
女の知らせは学部卒としては一番活発に目にできる。
霊園・墓石のご提案 墓女 望田 彩香 のブログ https://mochidaayaka.wordpress.com/

阪本順治『顔』、周りを中年の女性群に囲まれながら、京都みなみ会館で観たのは2000年だったのかと思いつつ、DVDを楽しむ。藤山直美さんならではのボケ方に笑いもあったことは思い出すが、ほとんどディテールを忘れていたので、初見みたいなもの。
どうしようもないような人たち。でも、どこか憎めない。ぎりぎりの世界で見せる優しさ群像。
阪本順治監督ってかなり好みやなあと確認。『団地』を慌てて注文する。

阪本順治『顔』(2000年公開、123分、)
<『どついたるねん』『王手』『傷だらけの天使』シリーズで男性の持つ世界観を独特の技法で描いてきた阪本順治監督が、喜劇女優・藤山直美を迎え、初めて女性を主人公にして作り上げた異色の犯罪映画。2000年度の日本国内の映画賞を多数受賞した。福田和子の事件をベースにしている。
35歳になっても家に閉じこもっていた冴えない女性が、衝動的に妹を殺害してしまったことをきっかけに家を出て逃亡する。初めて飛び出した外の世界を転々としながら、さまざまな人たちとの出会いによって人の温かみと生きる意欲を見出していく。
吉村正子:藤山直美
 35歳で長年ひきこもり状態の女性。外に出る事は殆ど無く母が営むクリーニング店でも店頭に立つ事は無く2階で修繕の仕事をしていたが、ある事件がきっかけで外の世界に飛び出す事になる。
池田彰:佐藤浩市
中上洋行:豊川悦司
中上律子:大楠道代
狩山健太:國村準
吉村由香里:牧瀬里穂
 正子の妹。姉とは容姿も性格も全く似ておらず、姉の正子を馬鹿にしている所がある。
吉村常子:渡辺美佐子
 正子&由香里姉妹の母。クリーニング店を営む。>


7/15(土)

10時からと13時からの合同医療機関説明会に挨拶をする。
理学療法学科の先生方と接するのは珍しいのでとてもいい機会でもある。
インターンシップ事前研修の最後。終わってからの報告会をインターンシップのみんなで企画したり当日担当したりするということで、その部分も実に興味深かった。
ゼミでもこれぐらい積極的だったらどんなに嬉しいかw

13時から、経営学科の1回生のインターゼミナール、ポスターセッション。中央体育館。16時までだったようでとても体力もいる企画だった模様。私は、インターンシップの教室を覗いたり、京都市の仕事をしたり。

16時すぎにタクシーで毘沙門堂を目指して行ってもらう。四宮を通るのね。前に一度行ったことのある春秋山荘へ。岩下徹さんの姿が見える。

岩下 徹(ダンス)即興セッション、17:10〜18:20ぐらいか。
岩下さんのダンスの強弱、変わらないなあと思うところもあるし、何か、すこし枯れた渋さがましたように思える瞬間があったりとまずは即興ダンス三昧。音の掛け合いも煩すぎず、しかも神秘ぶるところがいささかもないのが気持ち良い。

前半は、春秋山荘の前のお庭。少し荒れているような、そうでもないようなところ。
まだ、即興パフォーマンスも一つの家的なまとまりと親密さが出ていた。25分ぐらいか。
ドネダさんのソプラノサックスが尺八や能管のようにひしぎ、息だけになる。
久しぶりに即興音楽を聴くが、そんなには意外でもなく、それよりも岩下さんとの絡みが可笑しい。ベトナム系のフランス人だというニンさん。バスドラムを横に置いて叩かないで皮膜の振動を使ってシンバルや鉦などを響かす即興。これもそんなには驚かないが、3名の間合いを一番支配しているようにも思える。
前半は、やはり低音が不在ということをどうしても意識する。近くの川のせせらぎをすこし意識。

後半は、すこし長く、座る岩もない駐車場。奥に幼稚園と保育園が所有しているのだろう、たけのこが採れるという竹林。前半が庭という小宇宙だとすると、後半は広場という中宇宙。そして、ソプラノサックスが見えなくなって、その背後のもっと大きな世界も感じさせられる。

途中でミンミンゼミのような音。川のせせらぎ音が強くなる。そしてそれを通奏低音のように感じることができている自分。どうもこの間に、自分の耳を調整しているのかも知れない。コントラバスの不在というようなことへのこだわりが消えて、無音の音を作るニンさんの枯れ葉パーフォレーションからそれでの終わりを思う存分楽しむ。
満喫する夏の初め。雨雲も広がりそうに思っていたら、まさかの夕日。明るさとその終わりの寂しさ。ニンさんの枯れ枝インスタレーション。まさに動き擦る舞台美術家さんだ。

岩下徹さんは、より大胆に遊ぶ。寝転がりから、竹林の前の材木への登頂。でも、もちろん青年のような機敏さではなく、慎重に、と観ている方もすこしヒヤヒヤする。

制作の志賀玲子さんらは、雨天のために100個のレインコート。これが地面のシートになって実に助かる。塩飴、そして水分の販売と至れり尽くせり。お二人は近くに住んでいるので、そのご近所さんも来てはったかも知れない。山科にはセレノグラフィカの隅地茉歩さんも住んでいて、二人で鑑賞している。毘沙門市の方が挨拶に。あと、楽の会の清水さんとも久しぶりに会う。

隣にいた3人組と話すと白州にいて田中泯さんに出会ったとか、また違う女性はびわ湖ホールでの山海塾に感激して来たとか。野外ならではの交流も嬉しい。

岩下 徹(ダンス)、Michel DONEDA (soprano saxophone)、L? Quan Ninh (percussion)
齋藤 徹(contrabass)*病状の変化により齋藤さんは出演されません
<日時>2017年7月15日(土)午後5時開演(開場4時30分)
<会場>山科/春秋山荘
※庭での上演を予定しています。座席のご用意はありません。雨天決行
<料金>3,000円<主催>岩下 徹
<共催>パラボリカ・ビス/風來展[風媒の種子]@春秋山荘 2017/7/1〜7/30
<プロフィール>
◆岩下徹 Toru Iwashita(ダンス)
山海塾舞踏手。ソロ活動では、かつて精神的危機から自らの身体を再確認することで立ち直った経験を原点とする<交感としての即興ダンス>の可能性を追求。代表的な活動として、無音・即興・60分を条件として踊る「放下」、その場にある音で踊る「みみをすます」、音楽家や画家等との即興セッションがある。障害の有無を問わず共にある場をさぐるダンスワークショップや、湖南病院(精神科/滋賀県)でのダンスセラピーの試みを継続実施中。日本ダンスセラピー協会顧問。滋賀県立総合保健専門学校、桜美林大学、神戸大学非常勤講師。今回、齋藤とは11回目、ドネダとは7回目、レ・クアンとは4回目のセッションとなる。*岩下徹写真(C)清水俊洋
◆ミッシェル・ドネダ Michel Doneda (ソプラノサックス) http://influx-website.wix.com/influx
http://puffskydd.free.fr/
1954年フランス南西部生まれ。1980年よりインプロビゼーションを始める。演奏と同時にIREA(Institute Research and Exchange between arts of improvisation )の創立,フリブストの創立に関わる。多くのアーティストとの出会いの中で、独自のアプローチを開拓している。レ・クアン・ニン、ドーニク・ラズロ、ベニアト・アチアリ、マーチン・アルテンバーガー、バール・フィリップス、ポール・ロジャーズ、齋藤徹、沢井一恵とレギュラーに演奏を続ける。世界中のインプロビゼーションシーンとの関わりを深め、ヨーロッパ各国の他にもアフリカ、アジア、日本、アメリカ、カナダ、南米、ロシアへツアーを行っている。参加CDは50枚を超える。
◆レ・クアン・ニン L? Quan Ninh (パーカッション)
www.lequanninh.net 1961年パリ生まれ。ヴェトナム系フランス人。5歳でピアノを始め、10代で打楽器を始める。ヴェルサイユのコンセルバトワールでシルビオ・ガルダのクラスに入学。最優秀で卒業。
ドーニク・ラズロ、ミッシェル・ドネダとの出会いよりインプロビゼーションの世界に入る。1986年からカルテット・エリオスの創立メンバーとしてジョン・ケージ、ジョージ・アルペギス作品を演奏・録音。1992年フリブスト(他のジャンルのインプロバイザーとの交流を目指す)の創立メンバーとなる。マーティン・アルテンバーガー(チェロ)と現代音楽作品演奏と即興演奏を行うアンサンブル・イアタスを始め、ヴィンゴ・グロボカールの作品を委嘱・初演。現代音楽、ダンス、詩、映像、写真とも共演を続け、参加CDは40枚を超える。
◆齋藤徹 Tetsu Saitoh (コントラバス)

7/16(日)

梅雨はあけていないはずなのに、猛暑。
ピッコロシアターの冷房は、少し強くて鞄の長袖シャツが活躍。

文学座創立80周年記念・文学座公演 紀伊國屋書店提携『中橋公館』ピッコロシアター大ホール。14時ぴったりから15分の休憩挟んで16:53まで。前半の初めに少し違和感を覚え、違うことを考えてしまったが、そのあとは少しずつ、この真船豊さんという文学座創設メンバーの世界、そして文学座のドラマ手法に馴染んでいった。
戦後すぐに公演された作品を今に再演するという長いインターバルにまず驚く。
支那人という言葉が普通に使われていて、それも逆に新鮮。悪い意味でもいい意味でもなく。
日本人と中国人という比較が、北京で生まれれた日本人というどちらに所属しているかが曖昧な家族の目線で相対化されて。

作:真船 豊 
演出:上村聡史
<北京で終戦を迎えた中橋家に、父・徹人が遠方から久々に帰宅する。今なお医療奉仕に中国大陸を駆けまわる徹人とは対照的に、病弱な長男・勘助は母・あや、妹たちと共に異国の地に暮らしながら、中橋家の支柱の役を担ってきた。勘助のひとり息子・良助は熱烈に予科錬を志願して、今、内地で終戦を迎えている。家族が不安と焦燥に駆られるなか、徹人だけは現実離れした認識しかもたず、周囲をあきれさせていた。
晩秋になり、一家は引揚船で帰国することになったが…。 >
石田圭祐=中橋徹人(勘助の父、蒙古などへ行き阿片中毒治療をするのが使命と思っているが、家族のことはノータッチ)
浅野雅博=中橋勘助(父とは違って病弱、家計を担っているが息子・良助のことは家の女性に任せていた)
倉野章子=中橋あや(徹人の妻、良助の面倒を娘二人とともに育てる)
名越志保=深沢幸子(勘助の次妹)
吉野実紗=深井愛子(勘助の末妹)
浅海彩子=長谷茂子(勘助の長妹、夫と子供の世話、甲斐甲斐しく)
木津誠之=長谷政治(茂子の夫、怖がり、中橋公館によく来る)
福田絵里=吉村徳子(茂子の長女、男の子を産むことに)
内堀律子=長谷道子(茂子の次女、女学生)
相川春樹=長谷春夫(茂子の長男、丸坊主の学生)
越塚学=吉村雄一(徳子の夫、技術者なので北京に在住できる)+支那人コック
前東美菜子=アマ
名越志保=アマの少輩(娘)

アマ=東洋に在住する外国人に雇われる、現地人のメイド。阿媽。


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