こぐれ日録 KOGURE Diary 2017年1/9〜1/15


こぐれ日録1040 2017年1/9〜1/15A

1/9(月、成人の日)

昨日はずっと家にいたので、今日は、7時20分すぎに家を出て、近鉄急行をうまく乗り継ぎ、10時22分には江戸橋駅へ。ナベゲンさんのお芝居『コーラないんですけど』をようやく観られた。今度は畑澤聖悟さん(畑澤が弘前劇場にいた時、ポケモンを全部ベッドでいう冒頭が忘れられない)の作品もみたいが、帰りに、コーラをいっぱい飲むというDVD『俺の屍を越えていけ』(70分)を買ったので、まずはこちらで楽しむ予定なり。

駅近くだから劇場には行けるはず(駅からははじめて)が、工事中で津あけぼの座の看板が見えず周りをすこしうろうろしてしまう。チラシを持たず、やはりスマホだけだと迷い出すと分からなくなるものだなあ。上浜郵便局を見つけてほっとする。

黒いスウェット上下の二人。チョークの白い線。ままごとのようだが、もう国境はすぐに越えられる儚いものだという隠喩のようでもある。
迷彩色の上着を取っ替え引っ替え。小5の息子と母親、大きくなった息子と50歳代ぐらいの母親。最後は老女になった母。二人が入れ替わるが不自然でないというか、まあ、そういう表面的リアルを越えて、物語は進む。よくあるような設定だが辛く切ない。
ミラーボールがこんなに物悲しく回るなんて。繰り返される台詞と微妙にずれてていくシチュエーション、演劇としての詩ってこういうことなのかもなあ。いや、カノンとフーガなのか。

それは近未来なのか、もうすぐそこなのか、アメリカではもうずっとあっているような、日本もあるような。黒沢清『トウキョウソナタ』を思い出す。
白いソファーと脇テーブル。置かれているのは、タブレット端末。ほとんどゲーム用。スマホ。バイオリンの木組み。音響がむやみと大きい、それも印象的な虚しさで、最後の静まりに導く。

渡辺源四郎商店第26回公演『コーラないんですけど』、11時すぎから85分。津あけぼの座。
▼作・演出:工藤千夏
▼出演
三上晴佳
工藤良平
音喜多咲子
<日替特別出演>近藤強(青年団)
<声の出演>宮越昭司
【あらすじ】息子を決して戦場に送りたくない母親は、自分が代わりに行くと言い出した・・・。
【解説】柔らかなタッチで戦争を描いた『真夜中の太陽』の作者・工藤千夏が、日頃からその個性を熟知している渡辺源四郎商店若手俳優のために書き下ろした新作。

雪見だい福を食べて、名鉄名古屋線を越え、紀勢本線を越える。
真綿らしい分譲住宅。大きな観音様、工事中。裏庭から、三重県総合博物館へ。
ミエムというらしい。
忍者展は最終日でもあり、子供がいっぱい。外でも遊んでいる。おもったより大きくないが、撮影大歓迎の忍者体験など展覧会の今をすこし垣間見て、津駅へ。これは県道一本なので迷わず。


1/10(火)

いま鞄にある文庫本と新書(いつも小説とそうでない本を2つ入れている)。どちらも味わい深く、いぶし銀の光沢、手触り。
堀江敏幸『雪沼とその周辺』(新潮文庫、2007年)。短編なのに、藤沢周平さんの海坂藩(うなさかはん)の世界のように、雪沼地域の息遣いが聴こえる。
大浜啓吉『「法の支配」とは何か―行政法入門』(岩波新書、2016年)の「はじめに」より引用。
「憲法が国を作るのであって、国が憲法を作るのではありません」
「『法治国家』は、立憲君主制の当地原理です」
「『法の支配』の根底にあるのは、『自由で平等な尊厳ある個人』と『社会』の観念です」
「日本人の多くは国家を社会の中に埋没させるか、あるいは国家と社会を同一視しがちですが、それはしばしば国家の役割が限定されていることを忘れた結果だと言えるでしょう。国家の役割はあくまでも社会の足らざるところを補完するか、社会に奉仕することによって、個人の人権を護ることにあります」

どうしてセンター試験の頃って寒くて雪が降ったりするのだろうねえと部長会が始まる前に話している。
こちらは、京都橘高校、女子バレーボールも男子サッカーもどうして初戦から強豪と当たっちゃうんですかねえという雑談。
明日は、多くの県庁が来ていただけるUJIターン説明会。学生や父母も130名ほど登録している。

帰って、録画を観るが、いまの3回ゼミ生がコミケや同人誌を卒論テーマにしているので、特に興味深かった。
「本漫画と文化多様性〜世界に拡散する絵物語コミュニケーション〜2011/7/2 放送大学テレビ特別講義」、出口弘先生、同い年くらいやろうなあ、2011年の特別講義なので、2017年版を確かにまたして欲しいもの。絵物語としての漫画、アニメ、そしてゲーム。

日本漫画と文化多様性〜世界に拡散する絵物語コミュニケーション〜2011/7/2 放送大学テレビ特別講義 | 古代アレクサンドリア図書館と視聴覚室の収蔵資料目録
http://takeocom.com/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%BC%AB%E7%94%BB%E3%81%A8%E6%96%87%E5%8C%96%E5%A4%9A%E6%A7%98%E6%80%A7%EF%BD%9E%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AB%E6%8B%A1%E6%95%A3%E3%81%99%E3%82%8B%E7%B5%B5%E7%89%A9%E8%AA%9E%E3%82%B3/
より引用
<初放送は2011年なのですでに「ちょっと前感」があるものの、その感覚自体に二次元コンテンツ業界の移り変わりの速さを感じてしまう今日この頃。講師は東京工業大学大学院の出口弘教授。幅広い分野で活動している様子の出口教授の個性はフェイスブックの自己紹介からも伺えます。
まずは当時のマンガを中心にしたメディアとその周辺のお話を、まったく興味ない人にもわかりやすく解説。
 沢山のマンガ雑誌や単行本が持ち込まれたスタジオで講義が始まるのだけれど、現在はこのなかで何割のマンガ誌が生き残っているのかと思うと、最前線に送られる前の兵士たちの記念写真のように見えなくもない(チト大袈裟か‥‥いや雑誌業界で生きてきた自分としては他人事ではない)。
 2011年の時点で痛車や聖地巡礼といった現在も続くヲタ文化はほぼ出揃っていて目新しくも古さも特に感じないのは、すでに充分に成熟しているとも新しいモノが出てきていないとも言えるのでしょうかネ。
 しかし歴史を遡れば、江戸時代から日本ではアマチュアの創作活動が盛んで、当時は「連」と呼ばれていたそうな。
 ‥‥という流れでアマチュアイベントとしてコミケの解説が入り、ウッドストックよりも一回のコミケのほうが動員数が多いんだと知って一瞬ヘ〜と思うが考えてみりゃさもありなんだナ。
 日本マンガの海外人気の代表例として「ヘルシング」が取り上げられ、諏訪大社で東方イベントが行われたりなど、知らない人は感心、ヲタには常識なんだろうな〜的な解説が続くが、世代が幅広い放送大学生向けの講義としてはジャストバランスといったところなんでしょうね。その分野に興味を持った人向けの新書みたいな感じですかな。
 そして、いよいよ「絵物語」の歴史の解説が始まる。
 絵物語表現の歴史は少なくとも江戸中期に遡り、現在のマンガに近いスタイルは明治以降の新聞マンガの影響で確立したものだが、絵物語としては江戸から連続している。
 という本講義の核心であろう話とともに北斎漫画から当時の絵手本を紹介。そして、同人誌の隆盛を文化の中心と周縁という視点で語りつつ講義を終えます
 筆者も語れるほど詳しくないけれど、江戸期の黄表紙本を紹介する本などをチラ読みしたところ、現代風にアレンジしたら結構そのまんま少年向けマンガやラノベでも通用しような設定やアイディアに満ちた本が多くて驚いたことがあります。そのうちに本ブログで紹介したいところであります。
 こういうテーマになると、「なぜ日本人は絵物語(漫画アニメ含む)がこんなに好きなのか?」といった話になることが多いんだけど、それは絵画文化だけでなく、高い識字率に加えて、昔から娯楽本がビジネスとして成り立つほど経済が発展していたからなんだよ! という雑文をいつか書いてみたいと思っておりやす。
 この特別講義はちょくちょく再放送されてますが、放送大学によりネットで公開されているので、興味有る方はタイトルで検索してみてください。
 そして、放送大学にはその後の展開と現状を盛り込んで更新された講義を期待しております>


1/11(水)

帰って最後の謎解きのところだけ残していた、『ナイル殺人事件』をまず観る。
ジョン・ギラーミン『ナイル殺人事件』1978年、140分、英国。
監督 ジョン・ギラーミン
脚本 アンソニー・シェーファー
原作 アガサ・クリスティ『ナイルに死す』
出演者 ピーター・ユスティノフ
音楽 ニーノ・ロータ
菫色映画:ナイル殺人事件 - livedoor Blog(ブログhttp://blog.livedoor.jp/cocoroblue/archives/51857105.html
<船の上の全員が容疑者。クリスティの名作『ナイルに死す』の映画化。
原作を読んだのは数十年前になるのに、これは犯人も動機もよく覚えていた。それだけ子供心に面白さを植え付けた作品だったのだと思う。
もちろん犯人が判っていても充分楽しめる出来だった。何しろあのポアロが出てくる。
そして金持ちが集まって、親族、恋人、雇用関係に至るまで人間関係が絡み合い、殺人事件が起こり、最後はサロンに全員が集まってポアロの推理を聞く。これだ。
最近のクリスティ映画に足りないのはこれ。オーソドックスで良い。使い古された手法で良いから、こういう推理劇が見たくてたまらなかった。>

その後、娘はなも観たという映画、DVDにて。
社会連帯組合という協同組合のあり方が当事者主義の一つの形なのだろうな。
廃材をモザイクするのがいいし、健常者の家に出ていくところもスリリングだが興味深い。後は、性的な問題、暴力の問題・・・いろいろ考える要素があってアウトサイダーアーツ研究には最適なり。

『人生、ここにあり!』(2008年、111分、イタリア語: Si pu? fare<やればできるさ!>)
監督 ジュリオ・マンフレドニア
脚本 ジュリオ・マンフレドニア・ファビオ・ボニファッチ
原案 ファビオ・ボニファッチ
製作 アンジェロ・リッツォーリ
出演者 クラウディオ・ビシオ
<、1980年代ミラノ近隣における脱施設化(Deinstitutionalisation)、バザリア法施行の時期の人々のつながりを描いた2008年公開のイタリアの映画である。>
http://eijipress.co.jp/kaorueiga/?p=249(根本かおるさん) より
<病院を出て自由な社会生活を送るどころか、毎日を無気力に過ごしていた元患者たち。彼らがやっているのは、「仕事」とは名ばかりの、「切手貼り」という市からお情けで与えられた「慈善事業」でした。
持ち前の熱血ぶりを発揮せずにいられないネッロは、彼らに「施し」ではなく、「自ら働いてお金を稼ぐこと」を持ち掛け、床板張りの仕事をすることを決めます。
元患者たちはネッロの自宅の床を練習台にして、次第に床板張りの技術を身に付けていきますが、「自立」には程遠い日々。そんなある日、仕事現場で材料の板が足りなくなり、苦肉の策で廃材を使って仕上げたところ、それが大評判になるのです。
これこそ、「アール・ブリュット」!
精神疾患の「弱み」を「強み」にし、これをきっかけに彼らの仕事は180度転換します。
バザリア法という法律ができて、その結果、元患者たちは社会に出ることを余儀なくされたと言うのに、仕事のクライアントたちに敬遠されることを恐れ、「元精神病患者」ということを隠してビジネスをしているのです。
そんな建前と本音も正直に描いているのが何ともイタリア映画らしくて、憎めません!
お金を自分で稼ぎ、薬の量を少しずつ減らしていったことで、元患者たちはセックスにも目覚め、「人を好きになりたい」「物を買いたい」という人間らしい欲求もようやく生まれてきます。
それは、決してハッピーなことばかりではありません。
それでも、イタリアでは、現在では2500の社会連帯組合が存在し、3万人の精神障害者を雇い、人々に雇用と社会の中の役割を提供し続けているのです。>

12時半、新春の集まり。D201教室。理事長と吹奏楽部の話しなどを始まる前にちょっとする。
UIターン就職フェア。18の県など自治体の就職担当者が集まって賑やかに始まるので、13時から7分ほど挨拶。学生や父母の140名ほどの参加、B201教室。
その後、学生部委員会。大学院のシラバス入稿した後、大学評議会。急いで、フェアの個別会場で、まだ熱心に学生たちと県などの方々が話し合っていた。良かったね。


1/12(木)

アトリエ劇研。満月。昨日が旧暦の討ち入りの日。
akakilike公演『Allow』アトリエ劇研、19時半から1時間弱。
竹谷嘉人さんというライブペインターが登場、4枚の白いキャンバスに描き出す。
最後は、上手と下手、青と赤、ヒトガタが白く抜けているような。真ん中の2枚は最後くっついてなんだか懐かしいような都会、それが崩壊していくように見える、たぶん抽象的なものだったのだろうが。

倉田翠さんがまず動く。関典子さんも短い振付けられた動きをカノンのように追う。斉唱になったりすこし一人が辞めたり。同じ動きだと、身体の大きさや曲がり方、手のディテールなどの違いがよく見えて面白い。
とりわけ、楽しかったのは、関典子さん主導で柔軟みたいなのをする所。もうすごく動く。いつもこんな激しい体操をしているのかしら。これを観られただけでも十分なほどに。

<京都を拠点に演出家・ダンサーとして活動するakakilike主宰の倉田翠と、かつてH・アール・カオスなどに出演し、近年はソロ活動を中心に他ジャンルとのコラボレーションを多く手がける舞踊家、関典子との初のデュオ。そこに、ライブペイントの全国大会で優勝二連覇中、イラスト界で活躍しながら異業種とのアートコラボも多数行う、今大注目の絵描き、竹谷嘉人が加わり、舞台作品を創ります。
演出|倉田翠
出演|倉田翠、関典子、竹谷嘉人>

大学院の授業も最終回。
ウィリアム・モリスを研究した論文を一緒に読む。大芸術に小芸術。用語的には昔なので色々突っ込みたくもなるが、労働が芸術になっていくにはどうしたらいいのかというテーマはどんどんその実現が遠い世界になったよねえとか話しながら授業を終える。ちょっとまた限界芸術とフォークソングという論稿も読むがピンとこなかった院生もいたようだなあ・・


1/13(金)

名前だけ知っていたダグラス・サークという監督の映画を最近見出したばかりだが、さすがにうまいし面白い。6作品目、『突然の花婿』。悪ガキの存在、主人公アルバとその新妻を邪魔するだけではなくなってしまうところが一筋縄にいかないところだし、子供だからこそだ。あと妻の母親の演技、裏表感も半端ではない。

ダグラス・サーク監督『突然の花婿』1952年、80分、ユニバーサル映画。
比較的有名な作品群は全く観ていない(中古しか無くそれがとても高い)のが残念だが、それでも1950年代というのは日本だけではなくハリウッドでも黄金期だったのかも知れない。
トニー・カーティス、パイパー・ローリー、スプリング・バイントン、ドン・デフォー

http://webronza.asahi.com/culture/articles/2013050700012.html より
<物語:ラスベガスでリー(パイパー・ローリー)はGIのアルバ(トニー・カーティス)と、秘密裏に結婚する。朝鮮戦争から帰還し、リーの実家を訪れたアルバは、彼女が結婚したことを支配欲の強い母親(スプリング・バイントン)に話していないことを知る。母親は、リーを彼女の務めるセメント会社の社長ストゥルプル(ドン・デフォー)と結婚させようと決めていた……>
 『突然の花婿』の面白さのキモは、いかにして新婚ホヤホヤの夫婦を二人きりにしないか、という滑稽な状況を、あの手この手でひっきりなしに繰り出すサークの職人芸にある。つまり、いかにしてアルバとリーを二人だけにしないかという、その一点をめぐってドラマが転がり、笑いが弾けるのだ。もちろん、ラストはハッピーエンドである。
 その点で本作は、コメディという形ではあれ、さまざまな障害や困難を克服した1組の男女がめでたく結ばれるという、ハリウッド古典映画の一典型だ。
 そしてまた、こういう喜劇を撮れるかどうかが、じつは映画作家としての力量が問われる最大のポイントの一つなのである。――たとえば、ハワード・ホークスの“不肖の弟子”、ビリー・ワイルダーなどがこれをやると、俗悪で泥臭い作風になってしまう(『お熱いのがお好き』<59>のあのクドさ、冗長さ……)。
 いずれにせよ、軽妙洒脱な、あるいは荒唐無稽な軽喜劇を撮れるのは、ホークス、エルンスト・ルビッチ、ジョン・フォード、プレストン・スタージェス、マキノ雅弘、中川信夫、そしてサークといった稀有の才能だけなのだ(それもまた、映画史における残酷な事実である)。>

これから、ぜひ見たいダグラス・サーク作品を挙げておこう。「僕の彼女はどこ?」(52年)、 「心のともしび」(54年)、 「天の許し給うものすべて」(55年)、「自由の旗風」(55年)、 「風と共に散る」(56年)、「翼に賭ける命」(57年)、「愛する時と死する時」(58年)、「悲しみは空の彼方に」(59年)。


1/14(土)

めくるめく紙芝居は、新年会を兼ねて、NPO法人わくわくのお部屋にて。12時から15時。雪が降ってくる。寒波半端ない。
ケイコちゃんが今度はちびまる子ちゃんというので3冊ほど中古本を持っていく。
登場人物がとても多いので、ワークショップ当日にどんどんなり手ができるのが面白い。
「アルプスの少女ハイジ」のように一つの筋書きはないので、即興でお話ができるというのも創発的な感じがあって面白い。
ただ、僕は「佐々木のじいさん」がいいと強くKママがいうので、どんなキャラクターなのか調べなくちゃ行けない。

(参考) ちびまる子ちゃん(川田さん・佐々木さん) http://www.geocities.jp/chibi_maruko_chan_room/character/kawada_sasaki.htm

秋山はるかさんも久しぶりの参加。高知市にお里帰りしていたそうで、かわいい土佐弁のまま。
山科駅(地下鉄)、16時から箏曲演奏、寒そうだ。今日は東部文化会館で合唱ワークショップやそのあとの学生発表もあったのだった・・・

帰ってのんびりハリウッド映画を観る。こういうビッグデータ、監視カメラ、コンピュータ支配のお話がどんどん現実化するなあと10年近く前のディストピアを眺める。
D・J・カルーソー『イーグル・アイ』2008年、118分、パラマウント映画。シャイア・ラブーフ、ミシェル・モナハン。
<スティーヴン・スピルバーグ製作総指揮・シャイア・ラブーフ出演のSFサスペンス・アクション映画。『ディスタービア』で大ヒットを記録したD・J・カルーソーとシャイア・ラブーフが再びタッグを組んで制作された映画>
<まったく面識のない男女が、謎の女の脅迫で絶体絶命の状況に追い詰められる恐怖を描くアクション・スリラー>

1/15(日)

いま読んでいる新書、大内秀明『ウィリアム・モリスのマルクス主義―アーツ&クラフツ運動を支えた思想』(平凡社新書、2012年)。
ウースターソースの語源を知ったり、マルクスの三女とモリスが一緒に行動したり、エンゲルスって英国で実業をしてマルクスの晩年の経済を支えていたり、あれこれ知る。

未だ、1月15日は成人式という固定観念が消えない。
寒波、雪。
センター入試2日目というのはもちろん当事者なので知っているが、中学校入試もこの土日などの3日間というのは知らなかった。大昔、僕のときは3月最初の3日間だったからなあ。
西大和学園というところが洛南と同レベルまで評価がアップしているそうだ。灘中もぼんやりしていられないのかも。いまだに国語で間違った漢字2つを思い出したりする。「しゅちゅう」を掌中と書き間違え、「ほる」を掘ると間違った。特に前者は完全なうっかりミス。手中のような簡単な問題が出ると思わなかった。


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