こぐれ日録 KOGURE Diary 2017年4/24〜4/30


こぐれ日録1055 2017年4/24〜4/30A

4/24(月)

3つの演習。
半期ごとに成長実感アンケートをスマホから入力するということになって、それに15分ほどかける。結構な量だと学生。
ダブルスクールって何ですか?とも聞かれたりする。

3回生ゼミのグループのうちで、お寺で野外映画上映という企画を考えているグループがいるので、笠原寺へ。150名ぐらい入りそうだ。

4回生ゼミでは、すこしエントリーシートについてや、第一志望ですかと聞かれたときにどうするのかとかいう話を学生同士などでしている。こういう場が前期では必然だろうと思うしいい傾向である。

そのあと経営学科有志が、京都・文化ベンチャーコンペティションに今年度も応募したいが、その対策についての相談があったり、演劇部の学生が、劇団しようよの演出助手になったといって、チラシを持ってきたりした。彼女は、本格的に演劇への道へと行くのかもしれない。いまも、学内の公演で役者として出ているということ。


4/25(火)

いま、新書でミクロ経済学のシンプルな解説を読んでいるが、いろいろ気づくことが多いし知らなかったなという用語もある。飯田泰之『飯田のミクロ』(光文社新書、2012)。ボーモルさんがこんな理論も出していたという意外感も。

1限目授業、74名。13時からは打ち合わせと部長会。山急バスに間に合う。

帰ってぼんやり。人名のNHKの番組が面白い。人名探究ばらえティー。録画で観たのは「子」の歴史。前は「山田さん」だった。

上方落語の番組で、桂雀三郎『三十石』。枝雀や米朝でも聴いたことがあるが、それぞれの特徴があって何度聴いても面白い。


4/26(水)

もうすぐ5月。ちょっと先週半ばまで、ハイ状態だったようで、この1週間はその反動がきたように思う。まあ、なんとか乗り切りそうだ。65kgに戻すのは道半ば以下だけど(笑)。

イベントデザイン演習はグループワークなので、うちのゼミ生(3回生)の中には、2回ゼミをしているようだという学生がいるが、どうも嫌ではないようなので安心する。

学生部委員会のあと大学評議会。
そのあと、新しい単位取得型のインターンシップの文章のチェック。
そうそう、大学生が50周年ということで、K山くんから、3日間になるので、そのためのファンドレイズなどの相談あり。

ビル・コンドン『ドリームガールズ』。とてもおもしろく、しかもショービジネスにおける芸術営的にも見応えがあったなあ。ミュージカルそのものもブロードウェイで観たいと初めて思ったぐらい。
モータウンレコード、スプリームスの3人組。ダイアナ・ロス、メアリー・ウィルソン、フローレンス・バラード。ダイアナ・ロスしか知らないけれど・・・モータウンは、デトロイト市だからか。1960年にできた。そう言えば、モデルがスプリームスのザ・ドリームズとビートルズとのツーグループショットがあったりしていた。

ビル・コンドン『ドリームガールズ』2006年、131分、ドリームワークスSKG/パラマウント。
<ブロードウェイの大ヒットミュージカルを「シカゴ」の脚本を手がけたビル・コンドン監督が映画化。モータウンによってブラック・ミュージックが白人文化へと広く浸透していった60年代から70年代のアメリカ音楽シーンを背景に、女性ボーカル・グループが辿る波瀾万丈のサクセスストーリーを豪華なキャスト陣で華麗に綴る。主演はビヨンセ・ノウルズと「Ray」のジェイミー・フォックス、共演にエディ・マーフィと新人ジェニファー・ハドソン。
 1962年、アメリカの自動車産業の中心地、デトロイト。エフィー、ローレル、ディーナの3人は音楽での成功を夢見て“ドリーメッツ”というグループを結成し、新人オーディションへの挑戦を繰り返していた。中古車販売会社のカーティスはそんな彼女たちに大きな可能性を見出し、マネジメントを買って出る。そして、地元で抜群の人気を誇るジェームズ・アーリーのバック・コーラスに抜擢されると、彼らのパワフルなステージはデトロイトのみならず全米中の注目を集め、一躍スター街道を歩み始めるのだったが…。<allcinema>>

<エフィー(ジェニファー・ハドソン)、ディーナ(ビヨンセ)、ローレル(アニカ・ノニ・ローズ)の3人組は、コーラスグループ“ドリーメッツ”を結成し、成功を夢見てニューヨークへ旅立った。やり手マネージャーのカーティス(ジェイミー・フォックス)に見出され、大スターのジェームズ・“サンダー”・アーリー(エディ・マーフィ)のバックコーラスとしてデビューするが……。>
<黒人のレコード・レーベル、モータウンの伝説的な黒人女性グループ・スプリームスのメンバー、ダイアナ・ロス、メアリー・ウィルソン、フローレンス・バラードがモデル。メアリーの自伝“Dreamgirl: My Life As a Supreme”がベストセラーになり、『ドリームガールズ』としてブロードウェイで上演された。>

脚本 ビル・コンドン
原作 トム・アイン
製作 ローレンス・マーク
共同製作
デヴィッド・ゲフィン
製作総指揮 パトリシア・ウィッシャー
出演者
ジェイミー・フォックス
ビヨンセ・ノウルズ
エディ・マーフィ
ジェニファー・ハドソン
音楽 ヘンリー・クリーガー


4/27(木)

買っていたDVDを楽しむ。あっという間。もうすこし長くても良かったけれど、初期カラー映画だしね。
音楽もあるけれど、基本はさらりとした喜劇。禁酒時代へのライトな批評もできそうだ。
でも、どこか教訓的でもあるし、そういえば、エリック・ロメール監督にもそういうタイトルのシリーズがあったなとか思い出したりもした。
ダグラス・サーク『僕の彼女はどこ? 』(1952年、89分、HAS ANYBODY SEEN MY GAL?カラー)ユニバーサル。
監督: ダグラス・サーク
製作: テッド・リッチモンド
原案: エレナ・ホグマン・ポーター
脚本: ジョセフ・ホフマン
音楽: ヘンリー・マンシーニ 、ハーマン・スタイン
<ロック・ハドソンがスターの階段を駆け上るきっかけになった、ダグラス・サーク初のカラー作品。ある富豪の老人が、昔自分がフラれた女性の家族に遺産をやろうと思い立つ。今の自分があるのは彼女にフラれて、奮起した結果だからだというのだが…。>

http://ameblo.jp/cinephile/entry-10051751778.html より引用
< 歌って踊る場面は多くはないが、ドイツ時代に音楽映画を数多く作っていたらしいサーク監督の演出は手慣れた印象を受ける。パイパー・ローリーが歌う『ねえ、ちょっとキスしてよ。』や、ドラッグストアでの歌とダンスは面白い。
 身寄りのない独身の大富豪フルトン(チャールズ・コバーン)は、死期が近いことを悟って、初恋の相手で、プロポーズしてふられた今は亡き女性の家族を相続人として選び、全財産をゆずることにしたが、家族が心の美しい人かどうかを確かめるために、身分を偽って、亡き女性の夫が経営するドラッグストアの店員になって、家族の様子を調べることにした。
 ためしに10万ドルが銀行に誰かから振り込まれたということにして、家族の反応をうかがうことにした。ところが、10万ドルの大金を手にして(現在の貨幣価値だと3億円くらいだろうか?)のぼせあがった家族は、丘の上に豪邸を購入し、娘(パイパー・ローリー)の恋人だったドラッグストアの店員のダン(ロック・ハドソン)とは、身分が違ってしまったから別れるように言い聞かせ、町で一番の金持ちのドラ息子カールとの縁談を進める。その後、いろいろドタバタ騒ぎがあったものの、結局、お金は人を不幸にするだけだという結論になってハッピーエンドとなった。
 ダグラス・サーク監督の作品の中では、特にすぐれたものではないが、ラストシーンは陽気な雰囲気の中にも、やがて死を迎えるだろう孤独な老人の去りゆく姿が、哀愁がただようにも見えて、余韻が残る。>
参考 http://feiyuir.seesaa.net/article/125235225.html

近大で2つの授業。
劇場文化論、第5回目は、5/12(水)まで飛ぶ。
とりあえず、資料を帰ってから作る。3限目の授業と法的部分は同じにしておいて、強調するところで調節。


4/28(金)

読み終わった自伝的小説、?樹のぶ子『マイマイ新子』(新潮文庫、2009年、2004年マガジンハウスより単行本)。いやあ、ほろっとなり放し。おじいさんと9歳の新子との強いシンパシー。友達との遊び、冒険、ケンカ、仲直り、友情、別れ・・・
一番は、新子の好奇心と独立心、そして妄想力。

『この世界の片隅に』⇒片渕須直監督⇒アニメ映画『マイマイ新子と千年の魔法』⇒その原作経、という道筋。原作を読んでまたこのアニメを見直したくなる。

【コラム】『マイマイ新子と千年の魔法』が描かなかったもの - 未完の映画評 http://urx.red/Ddsg
< 新子の父親・東介は元特攻隊員で、おばあちゃん・初枝の弟は広島の原爆で死んでいます。だから新子は、その意味がよくわからなくても、「特攻隊」や「原爆」という言葉が嫌い。また新子は、戦後10年のこの年に、家族と共に被爆地ヒロシマを訪れ、その復興ぶりを目の当たりにし、できたばかりの平和記念資料館では被爆地の惨状に息をのむ。
 また時代背景として描かれるのは戦争絡みだけではない。映画ではわかりやすく田舎の女の子・新子と都会の女の子・貴伊子の対比が描かれるが、原作の中の新子の家はもう少し複雑な環境になっている。
 おじいちゃんの代に不在地主で田んぼを取り上げられた、元はそれなりの地主。シゲルの家は元そこの小作で、今でも新子の青木家には腰が低い、といった感じ。
 そしてこれが小説ならではと感じたのは、子どもの目を通して、少しずつ時代の変化が描かれていく点だ。映画『マイマイ新子と千年の魔法』ファンなら思わずニヤリとしてしまう貴伊子のライバル“金山食堂の宏子”、その金山食堂こそが、当時まだ珍しかった洋食屋として時代の波を物語る。元小作だったシゲルの家も分け与えられた田んぼを売って自転車屋を開き、いずれはクルマ屋にしたいと考えている。鼻たれ小僧・シゲルが将来を口にするくだりは、こいつもいずれは大人になるんだなぁと思えて微笑ましさと共に頼もしさを感じる。新しいなにかが始まるということは、古いなにかが終わることでもあろう。>

行政学の3回目。金曜日が一番遅い。国家公務員の採用と進路、その過程としての天下りと渡り。いいか悪いかという規範ではなく、どうしてそれは起きてきたのかという存在を考える。

京都府庁で会議。13時半から16時過ぎまで。
終わってから、京都の小劇場演劇世界について質問を受ける。
私もそんなに詳しくはないが、みなさんが思っているよりも、狭い世界だということは分かってもらったようだ。
京都府とすると、小さな演劇やダンス企画を対象としたりすることではなく、もう少し、文化芸術の格差是正とか地域創生的なことと関係づけられないか、との問いかけでもあった。

例えば、NPO法人京都舞台芸術協会など法人格のあるところか、そこをベースとする実行委員会が全体的な窓口か主催になって、演劇フェスを、観光客の京都洛中集中是正の一環として、京都市外で1ヶ月ぐらいに渡ってする(夏休みとか3月ぐらいとかになるか?)ことなどは考えられないかとか、そういう話になった。

真っ先に頭をよぎったのは、利賀村のこと。そして行ったこともないが、鳥の劇場や豊岡市の動き。大きく言えば、エジンバラ・フェスティバル。

夜観た映画はBS日テレの録画。アラン・J・パクラ『大統領の陰謀』。
どうも、すこしはっしょていたようで、興味深いドクメンタリータッチでしかもミステリ風なのでDVDを注文することに。

アラン・J・パクラ『大統領の陰謀』1976年、138分、ワーナーブラザーズ。
ダスティン・ホフマン:カール・バーンスタイン
ロバート・レッドフォード:ボブ・ウッドワード
ジェイソン・ロバーズ:ベン・ブラッドリー
ジャック・ウォーデン:ハリー・ローゼンフェルド
ハル・ホルブルック:ディープ・スロート
マーティン・バルサム:ハワード・シモンズ
ネッド・ビーティ:ダーディス
スティーヴン・コリンズ:ヒュー・スローン
メレディス・バクスター:デビー・スローン
<1972年6月17日、首都ワシントンD.C.のウォーターゲートビルで働く警備員のフランク・ウィルズ(演:本人)が建物のドアに奇妙なテープが貼られていることに気付き、ワシントン市警に通報。民主党全国委員会本部オフィスに侵入していた5人組の男は不法侵入の罪で逮捕された。
入社してまだ日が浅いワシントン・ポスト紙の社会部記者ボブ・ウッドワード(演:ロバート・レッドフォード)は、社会部長のハワード・ローゼンフェルド(演:ジャック・ウォーデン)から、民主党本部における不法侵入事件の法廷取材を命じられる。窃盗目的で押し入ったと思われていた容疑者たちの所持金が多額であった事と、所持品の中に無線機や35ミリカメラ等不可思議な物が含まれていたためである。予審が行われている裁判所に赴いたウッドワードは、共和党系の弁護士が傍聴に来ていることに不自然さを覚える。さらに容疑者のうちの1人、ジェームズ・W・マッコード・ジュニアが、CIAの警備官だったことを告白したとき、ウッドワードはこの事件が単なる物盗りの侵入事件ではないことを直感し、踏み込んだ取材を開始する。
一方、先輩記者カール・バーンスタイン(演:ダスティン・ホフマン)もこの不法侵入事件に興味を抱いていた。彼はウッドワードの書いた原稿を焦点が甘いと指摘し、推敲してみせる。ウッドワードは反発しつつもバーンスタインの手腕を認めざるをえなかった。2人の熱意を感じたローゼンフェルドは、ベテランの政治部記者に任せるべきだと主張する編集局長のハワード・シモンズ(演:マーティン・バルサム)を説得し、2人を担当記者にする。
当初は政府機関の厚い壁に阻まれ五里霧中の状態であったが、ローゼンフェルド、サイモンズ、編集主幹のベン・ブラッドリー(演:ジェイソン・ロバーズ)等、社の幹部の叱咤を受けながら取材を進めていく内に、僅かながら現れ始めた情報提供者や以前からのウッドワードのニュースソースである謎の人物ディープ・スロート(演:ハル・ホルブルック)からの助言・示唆により、現大統領リチャード・M・ニクソン再選委員会の選挙資金の流れの不自然さに行き着く。それによって侵入事件の全貌が次第に明らかになってきた。>


4/29(土)

人間座スタジオ。椅子ぎっしり。40プラスアルファ。平台4枚のベンチだけ。男が後で椅子二つのみ。
努力クラブのやりたくなったのでやります公演『フォーエバーヤング』14:06-15:18。開場のあと少しして、雷雨があったようで、無音のはずの音響にアクセントあり。
作・演出:合田団地。
楠 海緒(女1としておく)、川北 唯(オセロット企画、女2としておく)、大石 英史(男としておく)

はじまりが特に微かな小声、途切れる会話。具体的なことは、昼に話し尽くしたのかも知れないが、抽象的な自分のだめさを女2はずっと言い募る。女1は、腹黒いかも知れないが、高校時代から一貫して優しい。ただ優しくしつつ、悔いがずっとあるようで、ドライブの時、男にそれは永遠の悔みやなあとか言われて、それも仕方がない、それが嬉しいのでとか男に言っている。

終電が出てしまった、かなり郊外の駅前のベンチ。何も音ない隙間をその通り、空っぽの人間座スタジオにて演じる。ずっと座っているだけ。あ、コンビニで買いに女1はするぐらいが動き。
男は女1と結婚すると言う。地元のプチ同窓会での出会い。男はビールを飲まないと寝られない。夜中のドライブ。女1は心配するが、男はちょっと結婚後を思ってしまって心配になったのかも。

面白かったのは、客席の反応がお芝居的でない事。隣のファックさんも結構笑っていた。
女1を演じている楠さんの笑いが止まらない。これは、楠さん自身の笑いの部分もあっただろうが、それもまたなんか相応しいような極私的演劇である。

女1が、優しさのバーゲンだとすれば、女2は、高校時代など若い時に、ずっと周りをバカにしていた報いで、しょーむない男しか寄ってこないのが自分の罰だと言う。女2は、実家に本当に戻るのだろうか。
東京あたりにいるのだが、ずっとテレビを観ているだけだと言う。

ドライブの中で、女2は眠ると言う。寝ているということで、男は女1に甘えたい。存在するが寝ているという状態。男は平気、女1は寝ていても女2がそこでいることで抵抗する。そして・・・
いやあ、まあ、これほど、短い時間でしかも展開の少ない会話。それでも、どこか、20数歳行きてきたことの途中での3人の存在には、うっすらとしたホコリ、陰、シコリなどが重なって、良質の私小説の中編を読んでいる味わいがあった。

少し、時間を使うことには苦労しつつ、ウイングフィールドへ。プロトテアトル『行進曲−マーチ−』、作・演出:FOペレイラ宏一朗。
FOペレイラ宏一朗さんはコンブリ団のアフタートークに出てはって記憶がある。それもウイングフィールドなので珍しく鮮やか。

プロトテアトル第6回本公演『行進曲−マーチ−』15時すぎから90分。2方向からの客席。確かに道が出来ている。いつもの舞台はその道がすこし広がっているところ。時に花が置かれ(そこで死亡した人を悼む路上に置かれるそれのようだ)たりする。

出演:小島翔太 豊島祐貴
西村花織(劇団しようよ) 西村智之 藤田和広 畑迫有紀
たっちゃん(西村智之)の夢とうつつ。夢が二重になっていて、覚めたかと思うともう一方の夢になっていて、進む方向が逆になっている。
たっちゃんの女友達は、きずな(畑迫有紀)だったような、でもそれは若いときで、結婚したのは、どうもえんちゃん(西村花織、まどか=円なのだろう)。
えんちゃんは、マイクでたっちゃんのおはこを歌ったりする。
なにせ、ザ・ピーナッツの『銀色の道』、渋いというか、もうレトロそのもの。でも歌詞につながる物があるのだろうな。
<遠い遠い はるかな道は/冬の嵐が 吹いてるが/谷間の春は 花が咲いてる/ひとりひとり 今日もひとり・・・・>

お昼に観たお芝居とどこか通じるところがあったなと思う。確かにこれは音楽(行進曲)が流れ、照明も忙しい。でも、その会話の途切れ方。存在の不確さのなかの微小な世界でのきずなの希求。どちらも、極めて、不器用そのものの真面目な生き様への願い、祈っていますの世界なのだ。
あとは、それをどう強靭化するか、演劇としての力へと転化していく方法論を築くかの勝負なんだろうな。

<近畿大学出身の劇団、プロトテアトルによる新作本公演は「夢」と「時代」と「時間」がテーマ。人生における「歩くこと」を停滞させている男が、無限に見る夢の中で、過去の記憶と、未来への希望と戦い、歩き出す物語。
人は歩かなければいけない。次の目的地へ。自らの足を使って。俺は歩きながら夢を見る。一歩一歩とまるで沼に沈んでいくように夢は深まる。永遠と続く道には、友や恋人や家族がいる。過去と現在と未来がつながる一本の道。進む。人は自らの足を使って。ゴールはあるか。それはゴールか。どこへたどり着くのか。勇気を奮い立たせる。ゴーンゴーンと音楽が聞こえる。いつかいつもいつまでも俺は鳴り響くその曲に合わせてまた一歩一歩。これは俺の行進曲だ。>

4/30(日)

花粉症が全盛期。ずっと家。
午前中は、不用品の整理、ゴミ出しを夫婦でする。
録画していた将棋。最近、若い人(今日は5段)が、年配の人(今日は9段)に勝つことが多い。
もうファンとも言えないが、中日の試合があったので、録画してすこし飛ばし飛ばし見る。いつものように貧打、あっさりとした負けぶり。

『映画 講談・難波戦記 ―真田幸村 紅蓮の猛将―』・・・授業用に買っておき、観てみたら、予想以上に面白く、『くっしゃみ講釈』とのつながりが分かるし、講談への導入にはなかなかいいDVDだと分かった。釈台(しゃくだい)に張り扇(はりせん、はりおうぎ)の講談。

上方落語もちょっと似ているなあ。見台(けんだい)に小拍子(小さな拍子木)。あと膝隠(ひざかくし)もセットだそうだ。

勝呂佳正『映画 講談・難波戦記 ―真田幸村 紅蓮の猛将―』
監督:勝呂佳正 出演:旭堂南湖 原作:「講談・難波戦記」(旭堂南湖口演)
製作・配給:株式会社フラッグ 協力:武蔵野エンタテインメント
<Blu-ray/96分/カラー/16:9/2015/日本
オープニング 九度山脱出 大坂入城 大坂冬の陣 大坂夏の陣 エンディング
<没後400年。徳川家康という強大な権力を持つ男の首に、あと一歩のところまで迫ったという、伝説の戦国武将、真田幸村。
いまだ老若男女を問わぬ人気を誇り、これまで数々の小説・漫画・ゲーム・ドラマ・映画で描かれてきた稀代の猛将。
この幸村人気の原点ともいわれる「講談・難波戦記(なんばせんき)」を、伝統を引き継ぎつつ、新たなる可能性にチャレンジし続ける講談師・旭堂南湖が口舌鮮やかに語りつくす。
戦国最後の戦い「大坂の陣」を舞台に、戦場を駆ける幸村、絶体絶命の家康、空を焦がす大坂城。
躍動する言葉に導かれ、見たこともない映像があなたの〈頭の中〉に拡がること間違いなし。
講談独特の話法「修羅場読み(しゅらばよみ)」で描かれる幸村の凛々しい姿は必見! >
<あらすじ>
時は戦国末期のこと。関ヶ原の戦いで西軍に加勢した真田幸村は、合戦が終わり西軍が負けると、住み慣れた信州を後にし、紀州・高野山へと引き籠って暮らすことになった。
高野山の麓・九度山に屋敷を構えた幸村。共に流された父が亡くなり、妻にも先立たれると、すっかり落ちぶれた様子で、近所の人々にも馬鹿にされる始末。毎日を無為に過ごす幸村の姿は、誰が見ても情けないものであった――
関東の大御所・徳川家康と大坂・豊臣秀頼の関係が緊迫してきた慶長19年。幸村の元へ、秀頼公からの大坂招聘の知らせを持った使者がやってきた。
徳川方の見張りの目が厳しい中、幸村が無事大坂へと向かうために取った策とは?そして大坂へ攻め込んできた家康を迎え撃つ幸村の計略とは?家康との直接対決の結末やいかに――! ?
<講談(こうだん)とは?>
日本の伝統芸能のひとつ。演者は高座におかれた釈台(しゃくだい)と呼ばれる机の前に座り、“張り扇"でそれを叩いて調子を取りながら、話を読み聞かせる。
演目は、主に歴史に関するもので、真田幸村はもちろん、水戸黄門、大岡越前、国定忠治、柳生十兵衛などの時代劇ヒーローの原点は、講談といっても過言ではない。
<監督:勝呂佳正 (すぐろ・よしまさ)>
1980年生まれ、静岡県出身。報道・情報・ドキュメンタリー番組を経て、2010年よりweb動画を中心に映像を制作。今回の作品が劇場映画初監督。
<出演:旭堂南湖 (きょくどう・なんこ)>
講談師。古典講談の継承、探偵講談の復活、新作講談の創造に意欲的に取り組んでいる。日本全国の講談会、落語会で活躍中。平成14年度「大阪舞台芸術新人賞」受賞。平成22年度「文化庁芸術祭新人賞」受賞。>


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