こぐれ日録 KOGURE Diary 2010.9/13〜9/19


こぐれ日録710 2010年 9/13〜9/19

9/13(月)

朝、天満橋から、大阪府庁へと歩く。
突然、目が痛くなってくる。昔こういうのがあったよなあ・・・光化学スモッグだ。
なんとか、府庁のなかの案内所のソファーで一服してなおる。
3階へ。北のエレベーターのところで来るようにといわれて、いうとおりに行く。
外務省があって、このまえ、二女とビザの関係でいったな。

大阪楽座事業も8年目。
後期のこの審査で終了ということ。つまり、政権が変わったこと(お手紙が来ていたな)、そして、タクシー会社の社長さんによる寄付が終わったということだ。それにしても、合計4000万円の浄財。
ありがたいことだった。

近代建築物という文化財だがそれを文化的に活用することが大切な文化資源と、それを活用することとともに、文化事業の内容への工夫を通じて、大阪のアーツマネジメント、文化振興に役立つ事業ができたなあと思う。
とりわけ、文化事業の主体が法人化したり、実に工夫をするようになられてきたこと、そして、自分で新しい文化資源を発見し交渉する能力をつけてこられたことにほとほと感心した。

ぜひ、終わったとしても「楽座」精神とそのデータベースはこれからの文化政策の糧にしてほしいと強く願っている。


9/14(火)

政治学概論2の準備ばかりしていたこの夏だったが、今日で一応の区切り。
14時からの民主党代表選挙に釘付け。

日本の「戦後保守」政治の系譜を勉強するのにぴったりの民主党代表候補であった小沢一郎さんの15分間のスピーチでひとくくり。
なんか、いささか、田園都市国家構想を思い出させるフレーズもあり、その変わらない持続力に感嘆した(はじめ、声が裏返りどうしたのか?と思ったが、それはすでに結果を知っていはったからかも知れない)。

41年前、27歳で初当選した小沢さんは、官僚依存から政治主導へ!を主張し、それをいままさに実現する一歩手前にいる・・・切々と説明する演説だった。旧い言葉だが、田中角栄を筆頭とする戦後党人政治家の系譜ということになるだろう(大平正芳さんは、党人政治家とは言えないだろうが、大蔵省の課長や大臣秘書官からの転出なので、自分は官僚政治家ではない〜官僚政治家は局長以上〜といっていたそうだ:色々な面で楕円政治家)。

まさに、岸さんや吉田さん、福田さんなど官僚出身政治家たちが戦前と変わらない政治をすることに対する異議申し立てだったわけで、それが40年も続いてしまったのだなあ(軍部天皇制官僚翼賛からGHQ・アメリカジャパンハンドラーズの巧妙な官報複合体コントロールに変わっただけであったから)。

9/21は、織田先生の代わりにする都市デザイン論があるので、そろそろその準備をしなくちゃいけない。
でも、1回生のみ(2回生以上は金曜日の1限目にとれる)ので、本当の(織田先生の)授業をちゃんと受けたい人は来年度に回すようにいえばいいから、シラバスと違う(去年は織田先生のもののままだった)とか、「都市とアーツ」と同じではないか?とはいわれないだろう(たぶん)。

ねたとして、山科区交通問題研究会(http://www.city.kyoto.lg.jp/yamasina/page/0000088568.html)があるので、これをうまく使うと、いいし、ツイッター様様だが、野村歩さんの「潜在住民論』論文も活用させていただいて、去年よりは、アーツマネジメントや文化政策的でない部分を増やそうと思いつつ、でも、志賀直哉もやりたい(ということは、忠臣蔵は割愛か?)なとか思ったりする。山科文化資源発掘として・・・

去年作ったシラバスを調べてみる。
・・・・・
科目名 都市デザイン論  クラス b  単位数 2
担当者 小暮 宣雄   配当回生 1回生〜

テーマ
都市の空間、社会、文化を地域に添ってデザインする。

(獲得目標)
山科地域を事例としつつ、地域の文化と都市の歴史を知りその活用方法を学ぶ。
地域の空間、社会、文化のデザインについての企画を学習し実際にやってみる。

授業の内容
第1回 講義の進め方、「都市デザイン」の概念について
第2回 文化政策における都市デザイン(ソフト分野)の意味
第3回 山科の文化資源とその歴史を探る(1) まちさがし〜大宅寺から一里塚まで
第4回 山科の文化資源とその歴史を探る(2) まちあそび〜志賀直哉が住んでいた頃
第5回 銭湯など街角、縁側の資源に注目する
第6回 伝統的な祭りの保存と活用 〜文化プロデュースと都市デザインの関係とは?〜
第7回 伝統産業、職人芸を学ぶ 〜産業おこしはまちおこし(活性化)になるか?
第8回 まちづくりとまちつかい、まちおこし、まちづたえ
第9回 蓮如がいた山科、室町時代の寺内町を思う
第10回 神社と寺院と都市デザインとの関係を探る〜キャラクターと妖怪との関係〜
第11回 「山科まちづくり企画〜地域イベントを中心に」の書き方提示
第12回 地域イベントの意義と技術〜スラムダンク(井上雄彦)のイベントを通じて
第13回 忠臣蔵の舞台、山科を映画で探る(1) 大石内蔵助の史実と虚構
第14回 忠臣蔵の舞台、山科を映画で探る(2) 歌舞伎との関係
第15回 まとめ  企画書提出
授業以外での学習方法
山科のイベントなどに参加し、できるだけ、山科の文化ポイントに出かけて、観察し記録をとること

成績評価の方法
小テスト20%
授業中課題50%
参加度30%


9/15(水)

ようやく猛暑が楽になったかな。椥辻駅から歩くこともできたし。
食堂で学長がいたので、態変の韓国公演支援カンパを依頼する。
演劇部顧問なので、ゼミ生がきて、ハンコをつく(合宿許可)。

昨日の民主党代表選挙まで、小沢一郎さんが仕方なく立候補していただき、とてもどきどきしつつ充実していたので、今日が、石清水八幡宮の大祭であることをてっきり忘れていた。
八幡市駅へ向かいだして、その夜店にびっくり。すると雅楽の音が頓宮にて。
同じ演目のようだな。

13時から17時まで、
これから入学する人たちが一番初めにうけることになる教養科目などの再編成についての会議。
これは、色々、文科省の考え方もかわってきたようで、それに応じての措置という部分(許可のために必要なこと・・・)もあるが、より、きちんとした基礎的科目の整理がどうしても必要になっている7からで、ぼくは、4つ以上担当しているので、どうしても意見を言うことが多くなる。

なんで、行政法とかあるのか?とかいわれて、それでも、行政法1と行政法2があって、これはあまりにも専門的だろうと去年、行政学に一つかえて、教職資格(あるいは、公務員受験)用の選択にしたりしたのだとかいろいろこちらでつぎはぎの科目説明をしたりする(もともと、文化政策学部ができたときに行政法の大家である田村先生がおられ、これは彼の専門領域として授業されたのだが、それは10年前の話。でも法律や政治をちゃんと授業できる専任講師がいるのだが、かわりにぼくがしているのだ)。


去年に作ったアーツ演習?を具体的に考えている。いままでに決まったとことは以下のとおり
10/23は、1000人で音楽をする日に参加  万博公園
11/6は、A級ミッシングリンクのお芝居鑑賞  AI・HALL
11/20は、京都学生芸術作品展鑑賞とマネジメント 元立誠小学校<
学外授業はこれを予定。11/6には、鑑賞助成金1000円がでるので、バック予定(学生料金1500円はまず払うこと)。
万博公園の入場料は、20名以上だと団体割引になり、TAM研で措置できるかも知れないので、12時に集合とする予定。
・・・・・・・・・・・
科目名 アーツ演習?
担当者 小暮 宣雄
配当回生 2回生〜
講義期間 後期
履修条件 定員 50

テーマ
さまざまな芸術(アーツ)を鑑賞し、言葉化する。

授業の目的(獲得目標)
アーツのジャンルを知り、触れたことのないアーツへの接近に勇気を持つ。
実際にいくらかはアーツにじかに(ライブで)触れる。
触れたアーツを言葉にする練習を続けるようになる。

授業の内容
第1回 オリエンテーション・・・(注)土曜日、3時間(2つの時限)で行う予定(原則は隔週だが異なる場合あり)なので、2回分がほぼセットになっていると見てください。
第2回 鑑賞とは何か・・・音楽を例にして
第3回 アーツのジャンル、その創造と鑑賞の関係
第4回 美術工芸デザインにおけるそれぞれの特質、その鑑賞とは
第5回 美術館と画廊における展示の実際を知ろう
第6回 映画の誕生から今日までの駆け足映画史
第7回 映画を鑑賞するこつを知る・・映画のなかでその演出と役者をクローズアップして考えていく
第8回 演劇のざっとした歴史
第9回 劇作家とは、演出家とは
第10回 演劇鑑賞・・・学外授業の予定:ここでは一応演劇を想定しているが、受講者および実際の公演の予定を見て適宜ふさわしい実演芸術を決める
第11回 アフタートーク・・・学外授業の予定
第12回 ダンスをざっと知る+伝統芸能の入門の入門
第13回 音楽、ライブとしてのコンサート
第14回 オペラとミュージカル、あるいは、映画と記録映像の関係について
第15回 まとめ アーツを言葉化する演習

授業以外での学習方法
なにせ、美術工芸デザイン、映画、演劇ダンス、音楽、伝統芸能などアーツは多岐にわたるので、少し受講者の興味によって重点化していくことにする。
土曜日に2〜3回は学外に出る(ので、現地集合になる。ただし、やむをえない理由で欠席になっても別のもので代替出来るようにする。授業以外におけるアーツの鑑賞についても、評価するので、積極的に鑑賞すること。何はともあれ、基本は鑑賞する姿勢とそれの言葉化である。

参考書
1. こころのたねとして こたね制作委員会 ココルーム文庫 2008

成績評価の方法
授業中課題 40 参加度60

成績評価方法の備考
出席をして、そのあとに常にきちんとアーツの言葉化をしていることを最重視する。出席できない場合も配慮するが、どのようなアーツを見るかはこちらが色々提供するので、参考URLや掲示板を注意してみること。


9/16(木)

テレビは野球とたまにサッカー。ツイッターで朝ズバなどがいかにひどいかを知るのみ。
新聞もほとんど見ない。サンテレビで阪神戦があるか?衛星で中日戦がたまにあると喜ぶ程度。
でも、たまに知り合いが出たり(いま、現代のことばは、隈地茉歩さんがすごく深いことを書いている。浅くつまらないことを書く人が大半だが)。

昨日の朝刊に、映画『パリ20区、僕たちのクラス』について、識者が見たという記事があったそうで、妻が抜いていた。彼女は二女がフランスのリヨンで小学校の授業にかかわり、実際に、リヨンとパリにもいったこともあり、切り抜きしていて、京都シネマでやっているとぼくも一緒に調べたので、行くことにする。50歳以上のペアは二人で2000円というのも魅力だな。

「劇映画だが、舞台は実在する公立中学校。24人の生徒役も同行生徒というドキュメンタリー手法で撮影した」と記事にあるとおり、もう、とてもすごく得るところが多く、途中で、中国人の移民の子フェイとその親の国外撤去危機のところで、泣いてしまうし、このような多国籍、多文化の子供をよく、一人の先生だけでやっていくなあと感心しきりだった。

そうそう、ベルリンフィルが春の祭典を子供たちとするイベントをドキュメントする映画を想起させ、それと対比を考えさせられる映画だし、とても、繊細でしかも大胆。あぶないような台詞(差別問題を引き出す)がちりばめられ、でも、劇映画だからこそそれがぎりぎりでコントロールされている。『ともだちのお家はどこ』的なつくりというとすこし説明できるかも知れない。

『パリ20区、僕たちのクラス』の原題は、Entre les murs。監督がローラン・カンテ(日本ではほとんど知られていない)。2008年、128分、でもあっという間。そのさきがずいぶん未定であるし、ほろ苦い。このクールさがフランス。フランス語への信頼と権威的な扱い、でも、旧植民地への贖罪的意識。

ぼくたちが韓国朝鮮籍市民と向き合うときとの共通点や違いなども感じつつ、でも、こんな授業がしたいと思わせる。そんな原作者で中心役者としての教師フランソワ・ベゴドーがすごい。でも、若禿(向こうの人たちは禿かくしのアデランツみたいなことはしないようだし、とてもいいなあといつもみる)。

チーズくさい白人が少数派である13歳ぐらいのクラス。でも、背が高く、もうとても性的には大人。この感じ、もう大変だろうと思うが、すごく対話する教師がすごい。かばおうとして、差別用語的発言疑惑(ローティーンの女子だけに、ただの悪口なのか、元の意味「娼婦」なのかというのはきわどくなる)で指弾されるのとはこちらも同じ。触らぬ神に祟りなし、で逃げないことで、ぼくも似たようなことを何度したことか!

原題の「Entre les murs」。壁の中というのは、公立中学校、それも20区というような、その地域自身貧しく息苦しい場所のまた区切られた閉鎖空間のなかで起きていること、という意味かと思う。が、壁という障壁の間をなんとか行き来する先生と生徒、生徒間の間という意味かもなとフランス語にはまったく自信がないが、思ったりもする。

1968年以来、成績評価について、生徒代表が関わるというのが、実に興味深く思ったし、弊害(内部情報の漏洩)もこの映画のようにあるはずで、でも、それをすることで、生徒に自分での自律と責任を求めているのだろうと思われる。また、保護者代表が参加する懲罰委員会などの教職員会議の様子もまたすごく活発である意味政治的であって、多文化共存の理想と現実を感じるとともに、でも、このような議論と公開、そのなかでの成長ということしか、手はないのかとも思う。


9/17(金)

小沢一郎さんのことを思っていたら、こんな詩の一節が見つかった。
宮澤賢治『春と修羅』補遺より:宮沢賢治全集?(ちくま文庫1986)p154
・ ・・・・・・・
こんなことを今あなたに云ったのは
あなたが堕ちないためにではなく
堕ちるために又泳ぎ切るためにです。
誰でもみんな見るのですし また
いちばん強い人たちは願ひによって堕ち
次いで人人と一緒に飛騰しますから。
( 1922.5.21)

この詩はタイトルがなく、冒頭が欠落している。賢治の詩にはそういうのが多いのだが、「天人たちの/水素よりもっと透明な/悲しみの叫びをいつかどこかで/あなたは聞きはしませんでしたか」という前半から、この最終節へと続く、悲痛なのに美しく心洗われる詩が、人間の営みの、といわけ、政争や権力抗争というような場面における、人間の覚悟の有無について、考えさせられるように思ってしまう。

さて、今日は、ツイッターもだらだらしながら、やはりだらだら、後期の授業計画を考えていた。
2つ、予想外の授業をすることになってしまっているので、6つのはずが、8つである。
さらに大学院も久しぶりにするし、いつものことだが、他大学での授業が2つある(木曜日)ので、じつに頭がごちゃごちゃになる。

15回がマストで、テストをするなら16回。ぼくはテストはしないが、まあ、ゆっくりと16回ぐらいしてもいいようにもおもうし(、まあ、15回にして、そのつどそのつど、小テストあるいはミニミニペーパー(出席管理を含む「参加」度評価)を出させ、欠席した分、そのミニミニペーパーを出させるというやり方を前期に引き続き徹底的にすれば、いいかとも思う。

悩んでいることの一つは、行政法?が月曜日5限目にあり、月曜日4限目が4回生ゼミなので、卒業研究の中間報告をすると、どうしても、この行政法?を1回休講することになる。ところが、月曜日は祝日を授業日に変えても(10/11が授業。とはいえ、1/10の成人式は休日のまま)、15回プラステスト回にしかならないので、まあ、後期授業調整日(テスト回)である1/21や1/29などあたりにするしかないか。あるいは、5限目の続きとして、6限目をあてると、たとえば、映像を使った授業ができるのだが、さてどうか。学生に聞くしかないか。


9/18(土)

今日は、二つの公演、二つの展示(イベント)を楽しむつもりだったのに、最後の公演(ユニット美人さん)は場所がわからずにやめてしまった。中日はヤクルトに弱いんだから、もっと必死に探せばよかったと悔やまれる。そのかわり、夜はすこし恥ずかしいぐらい本音のツイートをしたりもした(飲んで打つのをやめねば・)

それにしても、ぼくのカバンには招待していただいたのに、行かなかったり、忘れたりした公演チラシと招待状がいっぱいだ。南船北馬さん「4のシ点」なんて、なかなか面白いタイトルだったのになあ、dotsさんの「カカメ」もさきら付近で担当の人にあったのにね。すんません。そうそう、15日の加藤健一事務所「木の皿」(京都府立文化芸術会館)、これは久しぶりなので楽しみにしていたのに、日にちを間違っていたりしたな。

あと、今日あったのに、お詫びもしなかったこととして、これも京都府の椿昇さんのトーク9/3なども入っている。椿さんって、兵庫県の人とばっかり思っていたが、いまは京都造形芸術大学の先生になってはったのか、いまはじめて気づく。

さて、社会文化論で、見田宗介『宮沢賢治―存在の祭りの中へ』(岩波現代文庫)を教科書に使うことにしていることもあり、アートステージ567へ行った。びっくりしたのはここを運営しているホンダさん(女性の方)が賢治ゆかりの方で、567は、コロナからとられていて、コロナは、小岩井農場パート4の謎の行「(コロナは八十三万二百・・・)」などから取られていること。

ここは、30〜40名ぐらいの素敵な空間が二回にあり、お酒の倉庫だったのだっけ、そういう場所だ。
第2回京都・賢治の祭りが開催されていて(9/21が賢治の命日ということもあり)、宮沢賢治の朗読を聴いた。すこし楽器を鳴らす人がいらっしゃったが、それをするのなら、もうすこし楽器の演奏を大切にされたほうがいいなと思ったり、詩の朗読の場合にある、語尾を延ばす朗読がどうもぼくは得意ではなかったことを思い出したり(上田假奈代さんですら、その痕跡があったのだから仕方がないかも)、でも、とても有意義で楽しかった。

演劇出身の方はマイクを使わず、やっぱり聴きやすい。アナウンサー的な人、アニメ声に会話のところがかわる人など、まあ、こちらの好みではないが、いろいろいらっしゃるなあと思う。無理に声色を変えないでも、いいのではと思う。文楽とか落語などを思い出しつつ。

でも、朗読というのは、アマチュア活動としては、なかなかにいいものだと感心した。古典をまず勉強できるし、音読するから、まずどう読むかを調べなくちゃいけない。そして、声を出すので、腹筋が鍛えられ、みんなで聴きあうから付き合いが高まる。ぼくだったら、こういうふうにいうなあ、私だったら、それはできないなあとか思いしゃべりあう楽しさが見えてくるようだ。青空文庫をiPhoneで探して、文字が声になるところをぼくも楽しんだ(間違い探しではなく〜ぜんぜんみんな完璧〜、意味の確認とどう表現されているかを確かめるために)。

「ツェねずみ」とか「なめとこ山の熊」の話はしみじみ。若いときに読んだのとは違う感慨が生まれる。ぼくの好きな「北守将軍と三人兄弟の医者」(竹崎利信さん:秋浜さんのお弟子さんとかいってはった)が最後というのがしびれる。ぼくたちの途中一回手拍子する。

そのあと、京都文化博物館6階の和室で、高校生の1000点もの展示を見る。
青春の1ページ・ART ZONE KYO〜飛び出せ!高校生の情熱〜。横田さんがほんとによくやっているものだ。想像以上に楽しかった。清涼殿に座るという体験もしたな。まゆまるくんと口紅ちゃんも来たし。

1階の京都アートフリーマーケット2010秋もはじめてみる。百万遍の手づくり市みたいなものかな。まあ、京都府庁がずっとするものではないだろうし、「アート」とあるが雑貨中心なのだが、カエルをとりあえず探す。お袋はカエルに目がないからだ。カエル工房があってよかった。


9/19(日)

すこし遅れてめくるめく紙芝居ワークショップにいき(林加奈さんにダンスの振り付けを熱心に学ぶ〜ちょっと近藤さんが林さんに対して熱くなっていたが、これは彼女がいないあとも主体的にやろうとする第一歩になるんじゃないかなあと思ったりもする)、すこし早く退出して、四条へと向かった。

昨日、見つけられなかった、アートコミュニティスペースKAIKA。なんだ、すぐだ(まあ、ツイッターで昨夜つぶやいたらさっそく反応がありすぐにわかったからだけど)。
昨日は、そのコンビニ(ファミマ)の2階だったのだが、案内の人によって案内板が見えなくて、コンビニだから違うと思ってしまったのだ。チラシの地図をよくよむと、小さな字で新町高辻交差点の北西角1Fがファミリーマートのビル2F」と書いてあったのだが、昨日は18時半あたりだったので、暗くて、もう目がみえずらい私には、そこまで見られず、てっきり、新町通りを上下すると見つかる(五条警察を曲がって、そこから上昇したのだが)と思ってしまったのだ。
まあ、ここだけではないが、地図で★をつけるというのは、初めての場合、どちらが入り口かがわかりづらいので、工夫がいると思う。

で、61席で満員につくった新しいスペースKAIKA。60〜70ぐらいのキャパ。今回の劇団衛星『ブレヒトだよ!』(作・演出:蓮行)では、横に長い客席となっている。2年前に東山青少年活動センターで発表した作品の再演だった。前説で、登場人物が「ブレヒトだよ!」というと終わります、だから、終演時刻は「ひ・み・つ」というのがおかしい。ぼくは、正直始まったとき、何かそういえば見たなと思ったが、一瞬映画だったかしら?とぼけをかましていた。まあ、すぐに、ファック・ジャパンが演じる劇団人畜無害(これって、大審判でもこういう名前でなかったけ?)の話ぐらいから思い出す。

一番新鮮に思ったのは、黒木陽子が独白する長台詞で、えっと、前これあった?と終わって3階のパーティ部屋AKIKANで蓮行さんに聞いたら、時事ネタ部分は違う(スマートフォンにかわっている)が、尺も同じということ。なんと記憶力にない私だろうと思ったが、すぐに忘れるということは、いつも、新鮮!ということでもあって、いいことかも知れない、老いるということは。クラリネットとギターのミニライブもやっていた。


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