こぐれ日録 KOGURE Diary 2010.3/15〜3/21


こぐれ日録684 2010年 3/15〜3/21

3/15(月)

昭和の始め頃に書かれた柳田國男の「民謡覚書」を読み出している。柳田國男全集第11巻。
でも、なかなか進まない。彼自身も難儀しているのがわかる部分もあって、これは一つには、音楽的要素が大きいものなのに、歌詞のみで議論しているからではないかなあとか思って、歌詞を適当にこちらで歌ってみたりする。すると、妻がふざけているのと勘違いして雑談してくるので、けっこう、その食い違い的掛け合いも面白いといえばいえる。

なにせ、「鼻唄考」(昭和7年:1935年)っていう題名はいまでもかなりのインパクトがあるのではないだろうか。しかもずいぶん壮大な構想ではじまる。民謡の起源云々の考察からはじまり、恋歌よりも仕事歌、広い意味での作業する歌が日本における民謡の中心であるという仮説があって、「所謂鼻唄はそれが更に零落して、よそ心になつたものである」となる。

おっと、「零落」といえば、神様が零落して妖怪になるという柳田説を思い出す。もちろん、零落した鼻唄よりも、もっと、柳田は流行唄や観光のための祭礼への失望が大きいようなのであるが。

まだまだ、この柳田民謡論は読み解けない。でも大正15(1926)年の「民謡と都会」という論稿にすでにこういう歎きを書いているのには、じつに驚くし興味深い感慨に陥る。柳田國男全集第11巻p100
「・・・文化の中央集権とでも謂ふべきものが、最近は一層盛になつて来た。我々都会の旅人には聴かすまいとしたり、たまに耳に入ると脇に居て苦笑ひをしたりする人が、どの村にも多く居て主として外客に接して居る。自分の村の昔に対して敬虔に、若干の自負を持ち得るほどの人は次第に少なくなって行くそうである。」

昨日までに読んだPHP新書652、佐藤孝治『〈就活〉廃止論―会社に頼れない時代の仕事選び』(2010.1.29)。
段取りができたりする人材(段取り力+コミュニケーション力+専門性)はじめ、これを読んでいると就活の〈ステップ0〉に対応するのに、アーツマネジメント活動を大学に入ってすぐにすることがぴったりではないか!と思えて、読んでいてふむふむ、と思えてくるのが不思議。〈ステップ0〉とは、自分で考えて行動して仕事ができるようになることだからだ。社会に責任を持って仕事ができること。

「利益を生み出せる新しい仕組み」を創り出せる人を変革人材というそうだが、ここの利益を価値に広げるとまさしく、アーツマネージャーにぴたりとあてはまるのである。いまのメック(めくるめく紙芝居プロジェクト)にはアーツマネジメントのセミプロ学生がいるわけだし、去年卒業した4人とも4回生までずっとメックをしていたのに、ちゃんと就職しているのも肯ける。

それはそれとして、新しいゼミ生たちなどもこのブログを読むはずなので、以下、企業が求めるものをこの本から抜書きしておこう(p104〜107)

〈ステップ0〉での差(採用したいと思われる人材):
◎ コミュニケーション能力、ものごとに対する主体性(自分の頭で考えられる度合い)、これが自分の強みと明言できる能力、これだけは一所懸命やってきたといえる経験。
◎ 大学生活をふくむいままでの人生において、自分と異質な人々とどれだけ接してきたか、思い通りにいかないことについてなんとかしていく経験をつんできたか、ということ。

企業で活躍できる人とは:
@ 顧客を幸せにする付加価値のある商品やサービスを創る(何もない所から価値を創る人)
A 顧客に品やサービスの価値を伝え対価をいただく(その価値を広める人)
B 無駄を省き、効率をアップしてコストを抑える(コストを下げる人)


3/16(火)

昨日は、土日の疲れもあってどちらかというとぼーっとしていたが、今日は、午前中に京都府の会議(文化力創造懇話会)があっただけだが、それでも少し休みモードから動き出すきっかけもあった(アルティのある建物での会議において、ほんとに「発信」という言葉はお役人さんたちは好きなんだなあとは思うけれど、まあ、その発信満載については最近はなんとも思わなくなっているから不思議。高校生の文化事業が多い次年度について、狭義の高校だけではなく、総合支援学校の高等部や各種専門学校などを含んで高校生世代と広く捉えるように要望しておく。あと、「未来銭湯」の情報を国民文化祭の担当さんに教えたり)。

会議のあと、京都御苑にて、桃の花を愛でる。行きは京阪三条から地下鉄で、570円(丹波橋乗換えだと690円)。ずいぶん違うので、帰りは神宮丸太町までゆっくり行く。ここから八幡市駅までだと380円なり(ということで、コロッケなんぞを買ったりした:かぼちゃコロッケ美味)。梅は特に白梅は散っている木が多いが、まだ、少し梅もあるし、糸桜がかなり咲き出した(2〜3分咲き?)ので、梅、桃、桜が見られる御所である。

いま、映画監督ではちょっと自分的にはぴったりかどうか微妙な二人の監督作品を見る途中で、一人は、岡本喜八監督作品で、もう一人は、アメリカのロバート・アルトマン作品。
特に岡本作品はセットで買っているので、春休みに見終わる必要もあるので、朝、4時半に目が覚めたので、会議に出かける前に、一つ見ておく。なかなか面白く、前作(独立愚連隊)よりもライトなものだった(前のは失敗だったと監督は言っているようだが、でも、その解釈が分かれるようなところが逆に面白いとぼくには思えたしもしたのだが)。

岡本喜八監督作品『独立愚連隊西へ』(106分、1960年度)。佐藤允は主人公級だが、同じぐらい、新人だった加山雄三が出ていてそこがちょっとワサビ利かない理由かも知れない。でも、加山雄三はここではそんなに臭くはない。あと、若い水野久美が個人的にはぐーっときたな。フランキー堺が中国兵隊の指揮官なのでコメディ性が一義的になるというきらいあり。京大に留学した中国人が情報将校としてスパイ的な仕事をしているところが一番シリアスかな。まあ、日本兵が日本兵を打つ問題性は前作同様あり。

帰ってみたのは、ロバート・アルトマン監督作品『ザ・プレイヤー』(1992年、124分)。ハリウッド批判、ハッピーエンド至上主義へのシニカルな批評が一応あるものだが、それなりに娯楽にもなっていて、時間の長さは感じられない。ソニーご一行とか日本人レストラン(カラオケで英語の練習をする日本人?)とかがこの時代を現している。脚本家の売り込み。プロデューサーがクリエイティブ関係よりも絶大なる力を持っている(消費者はかみさま)ということを判りやすく描いた映画。じつは封切りした当時に一度観たのだが、全くそのストーリーを覚えていなかった。葬式シーンはやっぱりずいぶん気になる。


3/17(水)

たまたま、柳田國男さんの馬子唄(まごうた)の話を読んでいたのだが、観た映画も馬借たちが中心の戦国映画だった。

岡本喜八監督作品『戦国野郎』1963年、98分。「独立愚連隊」「独立愚連隊西へ」から、ゆるやかに続くコメディタッチの時代劇アクション。出ている人も佐藤允が木下藤吉郎役で出ているし、いわゆる岡本組の面々が多い。「西へ」つながりで、加山雄三が主人公になっていたり、敵方風だが、水野久美が村上水軍の女性の親方だ。

そうそう、馬借たち。自衛組織として、中世から戦国時代までは、なかなかの自立的集団だったようだ。その若い後継者が、さぎり、星由里子。

種子島鉄砲を運ぶ話。織田対武田。馬借対水軍。いくつかの対立項があって、物語は進行する。一番底流には、時代の表舞台を争う人たちと、それとは別の自治的世界を選ぶ人たちとのコントラストがある。もちろん、岡本監督は後者をクローズアップすることが、反戦ともつながって、主要なテーマにしているのだろう。

アウトサイダーライブ研究会の報告書で、別に1000字の原稿を書いてメールしておく。 はなが毎日ブログを書いていて、そのねたに苦労していたり、家族模様もいろいろあり。


3/18(木)

新年度の準備をしているようでなにもしていないような・・・

午後から、四条へ。
大学生協亰滋・奈良地域センター/大学生協京都事業連合理事長会議@コープイン京都。 ここは、けっこう行っているのだが、三条からとかなので、四条通りからゆっくりと柳馬場通を歩いたのははじめてかも知れない。
なかなか、渋いお店が目に付く。菜根譚(和漢同薬)とか、いろいろ。

とくにコープイン京都のすぐそばの鈴木松風堂さんは、紙の体験工房と喫茶レストランが別にあったりしてなかなかの展開みたいだ。キャラクターがあまがえるなので、お袋をつれてくるといやく歓ぶだろうけどなあと思って、突然の雨になか、ちょっとアイフォーンで写真。

さて、理事長会議。卒業式とかあれこれが各大学あり、なかなか集まらなかったがそれでもぎっしりと報告などがある。役員報酬の算定体系の標準づくりや登用、評価、退職金などのあり方検討会報告。共済連合会設立と地域ブロック運営について・・・

一番興味深かったのが、第45回〈2009年)学生生活実態調査で、全国(経年変化をみるために、31大学分のもの)と京都滋賀の資料である。
参加生協は、京大、同大、同志社女子大、立命館、龍谷大、京都教育大、京都工芸繊維大、奈良教育大、滋賀県立大、滋賀大、そして、京都橘大
男女比も自宅・自宅外比もそれぞれほぼ1:1。3615人サンプル。
1-1 一ヶ月の収入はバブル崩壊後、最低額に。
1-2 仕送り額が3割減。仕送り0が10%越える
1-3 奨学金が収入の第2の柱に―アルバイト収入を越える
1−4以下略
・・・
3-1 食事の金額は減少傾向。昼食は390円
 1回の外食価格は、食費支出の減少とあいまって下がっている。有額回答の平均では朝食で201円、昼食で390円、夕食で699円という状況。
ただし、食べていない、とか、無回答+0円が別途ある。昼食を例にすると(括弧書き内、20001年京都,09年全国)
食べた:85.4%(84.3,84.4)
無回答+0円:32.7%(26.6,30.0)
有額平均:390円(405円,405円)

なかでも、いまうちの生協で「読書奨励」のための書籍購入応援制度づくりというのを企画中ということもあって、読書の調査項目が気になった。まず、全国調査のまとめより
@ 1日の平均読書時間は24.7分で04年以降最低に。まったく本を読まない人も37.8%に上る。
A 97年以前は現在の調査項目とは異なっているが、読書時間が「ほとんどないし」の人が85年は19.4%、97年には41.0%までに増えたが、現在の調査結果での30分未満は54.1%と、24年前と比較しても読書時間の減少が見られる。
・・・・
D 1ヶ月の生活費のうち、「書籍代」は自宅生2000円、下宿生2370円。・・80年には自宅生が4240円、下宿生が5350円だった「書籍代」は09年にはそれぞれ半額以下まで下がった。支出金額全体に占める割合も自宅生が10.3%から3.5%に、下宿生は6.5%から2.0%まで下がっている。
E 1ヶ月の購入冊数も「勉学・研究」の本が1.2冊(有額回答平均2.4冊)、「勉学・研究以外」の本が1.8冊(有額回答平均3.1冊)、「雑誌」0.9冊(有額回答2.0冊)で、1冊も購入しない人がそれぞれ50.1%、42.3%、50.8%と06年以降最も高くなった。

これを京都滋賀11生協で観ると(括弧内は06年,有額回答平均)、
「勉学・研究」の本が1.1冊(1.4冊,2.3冊)、「勉学・研究以外」の本が1.6冊(2.1冊,3.1冊)、「雑誌」0.9冊(1.1冊,1.9冊)。
1日平均読書時間・・・0分:38.5%(35.8)、平均:26.6分(32.1)、有額回答平均43.6%(50.5)


3/19(金)

子供たちが来たりいなくなったり・・いなくなるとすこし呆然となる。海外でもすぐに声は聞こえるとはいえ。

妻とふたり。iPhoneの録音とか録画の機能を使って、詩集の朗読というのを撮ってみた。
授業につかったりもできるか?とはじめ思ってやってみたのだが、単純に面白いのである。
金子光晴さんに西脇順三郎さん。ポポイとかパパーイとか、順三郎さんの晩年の詩には、金子光晴さんとか草野心平さんとかが読み込まれていて、交互に読んでみたりするのも面白い。
詩集を写しながら声だけ録音していくと、自分が読む速度と頁めくりが同調して、ちょっと紙芝居と同じ感じがしたりして。ツイッターにアップしようと思ったが、著作権の問題とかもありそうで、やめる。

宮沢賢治さんとかだったらいいのだろうけれど、まあ。普通の方々よりもろもろ私は恥ずかしいとかそういう感情がかなり欠落しているのかも知れない。だから、私は恥ずかしくなくとも、それを見て恥ずかしいと思わせてしまう可能性があるのである。これもまた面白いことだけれど・・・

夜見たのは、ミュージカル映画とはいえないかも知れないが、それに近い岡本喜八監督『ああ爆弾』(1964年、95分)。和物音楽と洋物音楽を登場人物に振り分け、新旧交代の時代性を見せる趣向である。
狂言を使うはじまりとか、かなり面白いなあと思ったのだが、浪曲に御詠歌などなど音楽ジャンルが多すぎて途中からは少し飽きてくる。後年の『ジャズ大名』に通じるのだろうが、この手のものはあんまり基本得意ではないようだ、自分は。

ただ、DVDの解説に、木全公彦さんが以下のように書いてあって、これは別に調べる必要を感じた。
《 ところで、本作『ああ爆弾』は、石原慎太郎が東宝で映画監督をする際に助監督が反対闘争をした結果、その引き換えとして助監督から監督に昇進させるという約束を東宝重役陣から引き出したときに、岡本喜八が一番手として監督に昇進するきっかけになったシナリオだと言われている。・・》

もちろん、そういうダーティなきっかけのものだから、つまらない、という話ではないし、部分部分、興味深い点はけっこうある。南無阿弥陀仏(元親分役の伊藤雄之助は先祖から真宗だというので)と南無妙法蓮華経(元親分の本妻役・越路吹雪が新宗教にかぶれている設定)とが逆転してしまう下りとかなかなかにシュールな政治的批評。また、爆弾についての肉体的感覚が戦争体験者としての岡本監督ならではの扱い。クルーゾー監督の名作『恐怖の報酬』みたいなスリルがあるというのではないけれど。


3/20(土)

風が強く、温度が上がる。ようやく、梅小路公園に行こうという気持ちになる。
はじめ、AI・HALLでダンスがあって、これをソワレでお願いしていたのだが、白井剛さんのダンスが大学に来ていて、こちらはソワレしかなく、AI・HALLの方をマチネにかえるかどうか、ためらっているうち、時間が過ぎたということもあって、これも運命かもと思って、京都駅の20番ホームからビッグカメラを通って、西へ。

こういう賑やかな所を通って京都めぐりをするのはイマイチなのだが、コンソーシアムにJR京都駅から行くとか便利かも。
APAホテル。このあたりにもけっこうあるなあ。少し前の政権と大いにつながってきた会社。
粟嶋堂と呼ばれる臨済宗のお寺に、人形供養の展示あり。けっこう、供養されていて妖怪とかとの関係もあり興味深い。雛人形などもずらり。
京都豆腐会館、畳屋さん、小さな浄土宗のお寺。
通りを渡るとウォーキングする人たち向けの表示の横に、(仮称)京都水族館建築計画の概要の標識あり。写していると、数人の人たちが、水族館反対の運動があるそうよ・・とか話して通りずぎる。このあたりで働いている人たちには話題になっている模様。

入ると芝生で、ボール遊びの人たち。子供のほか、学生みたいな集まりもあり。入って右側も芝生があったりなかったりで、ボール遊び一組。ただ、フェンスで中に入られないように多くはなっている。立ち退くらしい倉庫が見える。

その水族館予定地の西隣がかなり古いJR宿舎。けっこうある。ここが予備駐車場になるところだそうだ。
木登りをしている子どもたちのそばに池。小さな森みたいなところに、ミツマタの花あり。たしかに、枝がミツマタになっていた。緑の館は200円がいる。着物では無料というキャンペーン期間にいまはなっている。すこし閉ざされた感じがするな。
蒸気機関車館。ちょうど終わりごろ。ここは大人400円。でも、かなりにぎわっているようだ。この西側に京都鉄道博物館がJRによって、水族館よりもあとだが造られるということ(弁天町の交通博物館はなくなる、あるいはなくなった?)。

確かにそんなに大きな公園ではない。くるりなどが中心になって行われた第1回の京都音楽博覧会とかいうコンサートイベントにふちがみとふなとさんや大工哲弘さんなどをみにいったことしかなかったので、日常使いの梅小路公園を眺めるのはなかなか興味深いこと。子供たちは土曜日ということもあり、雪柳で花飾りをつくって頭につけている少女とか、昔とあんまりかわっていない風景もあって和む。

七条口のコンクリのところが駐車場になるということ。判らず昨日はここが鉄道博物館になるのかと思ってしまった(そういうツイートした)。そこから、京都芸術センターまで歩いてみる。30分ぐらいはかかった。
銭湯(吾妻湯)とか、文具玩具の市川屋とか移しながら。気がつくと前にきたことあがる島原商店街。このあたりって、鷲田清一さんのふるさとだな。

京都芸術センターのギャラリーでは、展覧会てんとうむしプロジェクト「未来への素振り」があって、これはボランティア・スタッフと小山田徹さんと伊達伸明さんとが相談してつくっているもの。ほのぼのした小山田さんの南のトークする会場にはボランティア・スタッフの近藤祐子さんが緊張してスタンバイしている。展示物からお話をつむぐという連続トーク企画なのだそうだ。

北は、まっくら。ペンライトみたいなもので、照らすと文字が浮き上がる。「ホ」とか、星とかがアクセントになって楽しい。港千尋さんの写真の展覧会(シアターX)を思い出した。

2階の講堂に入る。おお、ここをステージにするのは、けっこうむずかしいのだが、今回の『still life 静物画』(構成・振付・演出・出演:白井剛)は、床をうまく浮き上がらせて、実に自然に味わい深い空間になっている。

舞台美術:杉山至、繊細な道具配置だ。音響:宮田充規(音響協力:斎藤学)、紙で鳴るオルゴールが白井によって鳴らされるのだが、その音がちゃんと音響に入っていたりして、こちらもそぎ落とした繊細さ。朝、茶道のDVDを見たのを思い出す(水も太陽が上がる前にとったものが、陽の気になるので、それを使うのだという説明もまた面白かったもの)。

そして、とりわけ、照明がこの入ったときの期待昂進を惹き起こすエレメントである。照明:吉本有輝子。それにしても吉本さんのファーストネームは本名なのだろうか。もしそうだとしたら親御さんはなんてぴったりの名前を子供さんにプレゼントしたことだろう。

上手奥に白い大きなキャンバス。人が立つ明かり。5名のダンサーが並ぶという象徴的なシーンを待っている。正面に小さな木のテーブル。上からランプ。テーブルの下にもなぜか小さな明かり。

床の照明。硝子の窓。白いカーテンが外にあって、今日の強風に揺れる。白いカーテンのない窓は暗い。外から照明があたっているのか?全体的に白熱電球かそれよりもうすこし暖かい黄色の照明。途中、数分青白い照明が客席後方からやってくるときあり(もっと最後にも一瞬あり)。

ころころするビー玉のような扱いが楽しかった。床を転がり、コップ間を動く。もっと多用されたのがスプーンである。コップとおでこ。面白い。ティッシュもすごいね。小道具は日常である。静物というのも些細な世界である、極小的ともいえる。プチブル?でもそこから世界が紐のようにつながる瞬間を捜しているとも見える。体がぐねっとする。床でおちおちする。関節の裏側を感じさせる。音楽は途中、弦楽器が入る。少し眠くなる。安心してしまうといけないな。

ああ、私の鑑賞力に問題発生である:緊張がもうなかなか続かないのだ。素晴らしいダンスステージだったのだが、悔しい気もする。

19:05〜20:47。敗北を認めたくないが、正直、自分は若くないと思った。というのは、1時間を過ぎるとき、もう終結だろうと思って、拍手の準備をずいぶんしたからだ。そのあと、40分ぐらい続く。その続いたなかで、かなり面白かったダンスもいくつかあったが、最初の50分間における集中ぐわいとはずいぶん違ってしまっていた。

弁解にはなるが、もうすこし、短縮できるようにも後半は見ながら思ったし、まだまだアイテム不足な感じはした。でも、もちろん、面白いんだけど、さ。ティッシュダンスや、一番清冽な二人の腕を並行にしてからダンスがここにあるんだから。


3/21(日)

春分の日。冷たい。明日が振替休日、アーツマネジメント連続講座「市民がつながるアーツマネジメント」のために・・・この関係(一応、監修)で、さきらに明日の午前中までいることに。

ミュージカルを見るのもずいぶんと久しぶりだし、地域ミュージカル(市民劇団)を見たというのは、東京で役人をしていてその関係で仕事として観て以来かも知れない。商業ミュージカルが市場芸術(鶴見俊輔用語では大衆芸術、加藤秀俊的に言えば「中間文化(芸術)」であるとして、さて、こういう地域ミュージカルをどう考えたらいいか?

栗東芸術文化会館さきら大ホールに13時少し前に到着。
ゲネプロ(本番と同じスタイルでの通し稽古)に間に合う。10分ちょい遅れで開始。休憩20分をはさんで2時間40分ちょい。本番も数分短いだけでだいたいこれぐらいのステージだった。

さきら創造ミュージカル『幻の蒼きイサザ』。
さきらの作品として7つめ、公演は一回再演があったので、8回目。2000年1月にさきら子供ミュージカルとなり、3作品目でさきらミュージカル、5作品目で、このさきら創造ミュージカルとなる。5作目までは、作・演出:生田智章で、前回の「湖国の神子」から、演出(脚色):大塚雅史、脚本(劇中歌の作詞も):児島秀樹となる。
音楽はずっと、丸山和範(作曲。編曲)で実際にピアノ指揮・・・さきらのミュージカルの特徴の一つは生音であり、今回は、さきらジュニアオーケストラのうち19名が同じコックピットに入っていて、最後の挨拶では、小さすぎて出てくるのにバイオリンをおいてこなければ上がって来れないチビッコさんも2名混じっていること。

チラシでは105名の予定で実際は104名の出演(今日だけの出演という人もいる)。ダブルキャストは平等性の問題(もあるが)というよりもいざというときの安全策的意味合いが大きいと聴いてなるほどと思う。今度から入学金みたいに1.5万円を取っていることも少しは関係しているのかも知れない。

久しぶりに鑑賞して、まず気になるのは、声のボリュームの大きさとそれに反比例するような歌詞の聞き取りにくさ(合唱は何でもわかりずらいものだが)。そして、ミュージカルでは当たり前のマイクの音(役者から出てこないという不自然さも伴って)。出演者の圧倒的な女性比率の多さ。

私は、ブリッコぽい「島田湖族」の演技は気にならない。時代考証とかいってもそんなに厳密なことはまるでできないので、確信犯的なもののほうが安心できる。でも、時代にあっていないことは問題ないが、島田湖族以外の人たちの衣装がマガリの農民も湖族も(面に出ていないが支配する側のサムライとかその部下とかも)衣装の色合いなど同じというのが、島田湖族のパープルを目立たせないという意図が判るとしても、当時の階層差を必要以上に(ステージ上にせっかく作っている対立軸を)消しているようにも思う。

子供たち初め、多くの出演者や保護者、関係者たちが、この経験を通して、音楽やダンス、演劇、舞台照明、音響、美術、制作に興味をもっていただくとともに、中世の歴史にも興味が出てくると嬉しいかぎり。栗東など近江の歴史的地理も。

今回の歴史的なものは、
1459年1月9日に日野富子(8代将軍足利義政の正妻 1440〜1496)に第一子が生まれたのに死亡。それを呪ったという嫌疑で、義政の乳母で側室(愛人)の今参局が沖島へ流罪。その途中で自害(1459.2.22)が原点。あと、堅田大責など、堅田湖族の話を、栗東の地名に置き換えた創作。明確ではないが、応仁の乱の前夜ぐらいの一応の時代設定なのだろうと思う。
浄土真宗(本願寺派)の歴史から見ると、比叡山の僧兵に本願寺焼かれて、蓮如が堅田に逃げていく頃になるのかも知れない。


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