こぐれ日録 KOGURE Diary 2010.3/1〜3/7


こぐれ日録682 2010年 3/1〜3/7

3/1(月)

『障害のある人の実演芸術「パフォーミングアーツ」に関する調査研究事業』の原稿を書く日・・だったはずなのだが、早朝、書き出すためのタイトル案目次案を考えただけで一日をツイッターなどで過ごしてしまった。

タイトル・目次案:『交響する福祉へ―「アウトサイダーライブ」の萌芽から』。
はじめに―「ボーダレス」な宮沢賢治―
第1章 パフォーミングアーツを拡張するアウトサイダーライブとは
第2章 アウトサイダーライブに出会うアーツマネジメント術
第3章 福祉政策としてのアウトサイダーライブの可能性
おわりに―交響圏が公共圏と並立する社会―

次女が数日前から東京の下宿をひきあげて帰ってきた(でもまたフランスに出かける)のだが、その引越し荷物が届く。アニメーションの研究に日本に来ている留学生のフランス語メールを日本語化するお手伝いをしているのを見ていると、わが家もなかなかに国際化してきたなあと思う。
長女がポルトガルの子供の手作り遊びの本などを持ってやってくる。伏見稲荷で撮影してもらったカメラマンもタイ人だったそうで、ここにも国際化が進行しているし、その撮影の目的は、はなの英語ファイルづくりでうまくいくかどうかは知らないが海外に紹介するためのものだそうだ。

ツイッターでは、障害と障礙(障碍)の明治以降の使い方についての調査(考察)に出会って自分の思い込みを修正する。ただ、政策論的には、「障害」のままでいいのかどうかは、議論は続くと思うし、個人的なサイト記述などではいままでどおり「障碍」表記のままでいようと思う。

ただし、上記の厚労省の報告書原稿はタイトルが「障害」なのだし、これはこれで従ったほうがいいだろう。

他方、まったく無自覚だったのは、「子ども」という用語のイデオロギー性。漢字表記は「子供」でよかったのか、とはじめて知る。「コドモ身体」論をアウトサイダーライブ論にすこし援用するかどうかも副産物としてでてきたりもした。


3/2(火)

なかなか2009年度『障害のある人の実演芸術「パフォーミングアーツ」に関する調査研究事業』の原稿が進まない。もうすこしさらりと始めたらすぐにかけたのに、間をあけてあれこれ本を読んだりしたので、未消化のままになってしまっているからかも知れない。

結局、見田宗介さんの社会理論を援用するだけにとどめ、かなり迷ったが、それ以外の文献、特に感銘を受けた、広井良典『コミュニティを問いなおす―つながり・都市・日本社会の未来―』(ちくま新書800、2009年)の引用や紹介は見送ることにした。

福祉政策では「ケア」が重要なサービスであり用語であることはわかるのだが、自分として「ケア」とアーツマネジメントとの関係がいまいち整理できていないということも一因している。文化政策や限界芸術では「環境づくり」、あるいは少しつっこんで「サポート」という言葉までがマッチするところがあり、このサポートとケアの関係、アウトサイダーライブでは、ケアが相互化し、別のものになっていく瞬間があるというようなことをぼんやり思いつつ、今後の課題にしてしまった。

ただ、この新書は、都市と住宅、公有地のことと福祉政策との有機的連携の示唆はじめ、いままで列島改造論以来の問題を実証的に示しており、うちの都市環境デザイン学科の基礎学年においての必読書の候補になるのではないか、という思いは変わりない。


3/3(水)

3月に入ってからずっと、原稿書きで家に閉じこもっていて、暖房代がもったいなあとエアコンを切っていたら、鼻水と咳が出だした。なんとか、原稿ができる。1万字を少し越えたぐらいにはなったが、かなり抽象的な議論に終始した嫌いがある。しかしながら、この報告書には、アンケート分析や個別ケースの聞き取り、さらには、大津プリンスホテルでのアウトサイダーライブのメイキング記事などが詳しく掲載されるので、全部を読めばなんとか言いたいことを汲み取ってもらえるだろう。

以下、出来上がったものの目次だけをアップする。
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交響する福祉へ―「アウトサイダーライブ」の萌芽から
【目次】
第1章 ボーダレスな世界―「限界芸術の作家」としての宮沢賢治―
(1)「春と修羅」より
(2)学校芸術、農民芸術―限界芸術の場づくり者としての賢治―
第2章 実演芸術を拡張し刺激する「アウトサイダーライブ」
(1)アウトサイダーライブの定義
(2)限界芸術との関係
第3章 アウトサイダーライブに出会う場―家庭、施設、劇場、寺社、カフェ・・・
(1)アーツプレースを探せ―アーツマネジメント学からの接近
(2)アウトサイダーライブの多層的な場
@ プライベートな場所・関係におけるアーツ
1-1.お一人アーツ
1-2.親密圏アーツ
A パブリックな場所・関係におけるアーツ
2-1.公共圏アーツ
2-2.組織内アーツ
B コモン圏アーツ
第4章 福祉政策としてのアウトサイダーライブ―交響圏と公共圏―
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3/4(木)

午前中、昨夜一応できた原稿を寝かしながら、これでいいのかなあ、と見ている。
風邪はまだ治っていないがマスクをしながら、中之島へ。
ABCホール。若い女性の2名客など、若い人が多い。どうもうちの学生もいるようだが、最近目がちゃんと見えないということもあるし、学生の顔の区別が怪しくなっているので、知らないふりをしている。あちら側も連れの女性と話しこんでいるし、私のことは、手拭を頭にまかないとまずわからないみたいだ。それに深い帽子にマスクマンだしな。

ヨーロッパ企画第28回公演『曲がれ!スプーン』作・演出:上田誠。ふるぼけた街角が丹念に舞台セットになっている。サイコな人たちの念力カフェ。クリスマスイブ。「初演から数えると、じつに4演目となる公演」だそうだ。もともとは「冬のユリゲラー」(その前は「あの娘にサイコキネシス」として世に出そうとしていたらしい)というもの。なんだか聞いたことがあるが、多分見ていない。でも、安心して楽しむお芝居で、一般的な講談や落語(立川談志とか異端的な落語もあるけれど)にかなり似ている(パタンが一定で鋭い社会批評はほとんどないが、何回聞いても、楽しいという意味で)。

行き返りに、とても興味深い新書を読む。天沢退二郎『謎解き・風の又三郎』(丸善ライブラリー033、2001年)。とりわけ、宮澤賢治が、自分の教え子の沢里(旧姓:高橋)武治さんに、冒頭のウタ「どどどどどうど・・・」を作曲依頼に行く話が心に残る。ここに、限界芸術ってどういう意味なのかが凝縮して現れているように思ったからだ。もちろん、原稿が色々なところに書かれ、何度も何度も推敲されていて、彼の死後、編集がとても大変になっていること(稿本が、この曲を沢里が作られなかったことでできなかったことが決定的)。そして、だからこそ、こんなに謎解きが面白く、解答はまるで一つではないことが確認できる。

かえって、フランソワ・トリュフォー短編集『アントワーヌとコレット(20歳の恋)』(1962年、29分)と、処女短編『あこがれ』(1957年、19分)を見る。「5つの都市での恋愛」って全体でどんなものだったのだろうとか、思いつつ、でも、アントワーヌ・ドワネルはまだ20歳なので、『都と菜は判ってくれない』のアントワーヌの面影があるし、前の映画が出てきたり(寝室で煙草を二人で吸っていて友達の父親に見つかるところ)する。レコードづくりがおかしい。

いま帰ってきている、次女と思い出話もする。以下、ブログに書いた話。
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【小学校での思いがけない寸劇の効用(思い出話)】
彼女が小学校3年生のとき、担任の先生が産休になり、若い女性の先生が代理に入られました。
ギャングエイジだったのでしょう、若い先生の言うことなんかききません。
校長先生が代わりに来られたりしたそうですが、大変な状態はなかなか変わらなかったそうです。

で、このあたり(誰がどうして演劇をしようといったのか?とかの導入のところ)はまた詳しくきかなくちゃいけないのですが、
いつしか、休み時間に寸劇をすることがこの崩壊気味のクラスで始まったそうです。
ちょっと、道徳の授業にかぶさってもみんな先生も観客になって?楽しんだりもしたそうです。
いちばん、大変だった男の子たちが一番熱心にそのお芝居をしていたそうで、だいたい10分とか、それぐらいのものだったようですが、勉強どころではないぐらい、それにみんな夢中になったそうです。

じつは、この頃、次女が書いた戯曲?のようなものを見た記憶があります。
たしか「クレジットカードマン」、そのあと、いくつか書いていました。覚えているのは、途中に1行追加したくなると、そのあとを全部消しゴムでゴシゴシしているので、挿入の仕方を教えようと思ったという記憶があったからです。
でも、妻にきいても、その戯曲ノートは保存されていない(まあ、劇作家に彼女はなることはまずないでしょうから、いいんですが)。内容は、単に、Aコープカードとかいろいろカードが出てきて、どっちが強い、とかそんなたわいもない内容だったそうです。

で、このクラスなのですが、ものすごく仲のいいクラスになって、他のクラスがうらやむほどになったのでした。
じつは、このクラスの有志たちが、4年生になったときでしょうか、この臨時の先生のお家までとことこ京成電車に乗って行きたいという話になり、だったら、先生の近くの美術館に寄ってからいこうと思い、私が連れて行ったぐらいでしたから。
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3/5(金)

金満里ソロ公演『天にもぐり地にのぼる』 監修:大野慶人、作:金満里。
at 大阪・心斎橋 ウイングフィールド、以下の5つの場面が、17時35分から約50分。
第1場面 パンドラの匣
第2場面 世の悪
第3場面 銀河鉄道の夜 
第4場面 サルプリ (振付:金君姫)
第5場面 九寨溝の龍

蓋が開いた白い箱が3つと、蓋がついたままの白い匣(はこ、「手箱、蓋つきの小箱」という意味や「檻」という意味がある漢字)が真ん中に一つある。金満里が上手から転がってくる。ゆっくりと、蓋の開いた箱のそばに一つずつ接近する。覗いたり気配を感じたりしているようだ。回るときの腕の使い方などをぼんやりと楽しみながら見ている。床とそんなに格闘しているという風にも見えず、ただ、乳白色のレオタードが白い箱とであったり、足で少し蹴ったりするのが面白い。そして、真ん中の匣へ。
蓋が開いたとき、彼女が開けたのか自動的に開いたのかが見分けがつかず。なかからは、青い火がまんなかに灯る珠が出てくる。
おっと、これって西九条の倉庫で、やんぢゃさんがそれで踊った珠かもしれないと頭を掠める。

続いて、第2場である。「世の悪」とある。林檎の誘惑でアダムとイブが楽園を追い出されるのとは違う話であるが、展開的には、同じような続き方である。箱(匣)はすでにない。珠のみ。珠を守るのか、珠がすでに悪なのか。珠と金満里。珠を持っている彼女が珠に拒否されているようにも見えるし逆に珠に包摂されてしまうことに対峙しているようにも見える。

そして、たまたまだが、電車の中でiPhoneで「風の又三郎」を読んでいた自分がこうして「銀河鉄道の夜」に接続することの驚き。しかも、とても予想外のいでたちで。おお、この大きすぎる赤い帽子はなんだ!体がその帽子から下りてくるベールでぼんやりと覆われてしまう不思議さ。
乳白色のレオタード自体が銀河だったことを隠されることで思い当たらせるとしても、上半身のなかでよく動く部位である首の動きを拡大させる装置でもあるが、また、海の中の巨大イソギンチャクのようにも妖しい。ステレオタイプの「銀河鉄道の夜」を越えて、赤い深海を行く潜水鉄道である。しかも夜なのか朝なのかも不明。

ここで、暗転により、衣装が大きく変わる。白い白いチョゴリ、「サルプリ」、韓国の古典舞踊を継承する金君姫による振付。指の曲がり動きがより目覚しく、目の使い方も様式化される。5部構成のシンメトリーさをこの後半2つは完全に受け止め、この作品全体にクラシックという形容詞を拒否しないという宣言のような舞台である。激しい音楽。嗚咽のように、でも、踊りは柔らかく優しく私たちを揺さぶる。

そして、ラスト。ここでも着替え。おお、美しく暗い深部へ。このシーンはすでに大野一雄さんの関係で数年前に踊られたものだという。九寨溝の滝(瀧)にはきっと龍がいるのだと確信させる舞台に引き裂かれるように張り付いて、溶暗。

素顔、褻の日常から、俗世間の稼ぎのような第2場を通過して銀河鉄道を載り、違う純白の世界に来た金満里が、たどり着く龍穴の漆黒。シンメトリックでしかもブリッジ的に構成されたかっちりした舞台作品だということだけは判る。言葉にできない、という作品も多いが、この作品は、言葉にしたくて、したくて仕方がなくなる、という類の、でも、実際しようとすると、なかなかできない、というタイプの繰り返し鑑賞したくなる作品である。

記憶がずいぶん薄れてしまったが、以上覚えていること、ちょっとした自分の憶測メモ。
だいたい、5つの場面を総合すると、非常に緊迫したシーンとほっとするシーンが7対3ぐらいの割合で展開される。

そのあとに、アンコール。ここで驚く私たち(知っている関係者もいたかも知れないが)客席からやってくるマレビト二人(大きさはかなり違うけれど)。あまりにも天国的なチャーミングさ。満里さんの肩にかかる小さな手。AI・HALLの大野一雄さんと劇団態変のステージを凝縮するような、非常に親密的で甘美で官能的でしかも清純なシーンつき。


3/6(土)

昨夜はめずらしく風邪をひいて、マスクマンだったし京阪電車も一つ前で降りて地下鉄をぐるぐるするし、の弱体状態。そこで金満里ソロを見ていたので、途中、瞬間的ふーっとアッチへ行っては戻って、彼女がそのぼくの居眠りを見ているようでもあった。でも、その1時間のあいだ、まるで咳も出ず、そのあとビールも調子よく飲んで、帰ったのだが、もうぼろぼろの状態だった。

でも、今朝は私の風邪もずいぶん回復したようで、これはまさしくいいお芝居効果だと納得。今日もまたいいお芝居2つ見たし、少し前、とくに京都演劇には失望しかけていたこともあったのだが、これは違っていたのかもなあ、と反省するほどだった。

そうそう、昨夜、小泉ゆうすけさんから、劇団態変「ファン・ウンド潜伏記」韓国公演プロジェクト趣意書をもらっていたのだった。ただの思いつきだが、切れてしまったパスポートを取り直して韓国に見に行きたいなと思ったりもしたぐらいだ、2011年3月のソウルと固城公演には。

さて、東山青少年活動センター創造活動室、劇団飛び道具『海の夫人』作:ヘンリック・イプセン、演出:伊沢はるひ(主人公のエリーダ役でもある)。うちの卒業生の安藤きくさんが出演するということもあって、どきどきしながら、東山青少年活動センター。娘役ではなく、実に落ち着いた雰囲気でびっくり(お能のワキの役みたいに、この海辺の家族模様をスケッチする役だった)。90分ぐらいだったのもまた新鮮。もっと、重厚で長いように思っていたのに、実は、悲劇的な予感からどんどん喜劇へと進んで行く展開。

出始めは、実に幻想的。オーソドクスな客席配置。でも・・・
山口吉衛門や藤原大介が、そういう役柄ではないはずなのに、どこか可笑しく、笑っていいかどうか、ためらいつつ笑ってしまう客席の感じ。年配の女性が多かったのは、イプセン物だからだろうか。体が悪い彫刻をしている男性(たぶん、堀貴雄という人がやっているのかな:七井悠という人が海からエリーダを誘う若い船乗りだと思ったからだから、逆かも知れないが)をからかいながら一緒にいる妹を見ても、悪意よりも滑稽さの方が伝わってくる。

早く終わったので、下鴨東町に17時には着いてしまって、そのあと30分ほど、少し南に入った小さな喫茶店で一服。450円のシナモン(?)コーヒー。美味しかったが、いまどき若い人は400円するコーヒーを飲むのはためらうからだろうか、最近はアトリエ劇研や人間座スタジオ関係者やその観客さんもなかなか来なくなったと女性が話す。アトリエ劇研に早く着きすぎると寛げるところがない(前は古本屋さんがあった)し、食事もちょっとしづらい(いまは蕎麦屋さんがあるかな?)。

烏丸ストロークロック「漂白の家」シリーズ総集編『八月、鳩は還るか』。
脚本・演出:柳沼昭徳。18時すぎから、10分の休憩のあと、20時半前。前半が75分ぐらいあって、休憩後、これはすご〜いとつぶやく。後半は、もともと3時間で作ろうとしていたのかも?と思わせる感じがして、退屈するどころか、もっと見たいなあと思わせるし、そもそも、なんかもったいないぐらいだった。

制作するほうとしたら、いまどき3時間観劇は無理だろうとして2時間半に短縮したのかも知れないが、このような群像劇で出演者の一人ひとりが実に興味深いものだから、そのまま描けば、超大作、8時間ものぐらいにできそうな内容だから、その半分、あるいは、少なくとも3時間ぐらいは見ておきたいと思わせる。

たまたま大学1年生のときに、石川県珠洲市に数日宿泊したこともあるが、そこが一応の舞台となる。実在の都市名。でも、この農業を核に、家族のない(離れた)人たちの共同体、ひとつの擬似家族をめざす財団法人八月会はもちろんフィクションなのだろう。馬緤峠(まつなぎとうげ)も実在のようだ(http://minkara.carview.co.jp/userid/469775/spot/427466/)。

これに対して、君塚市「六川ニュータウン」というのは、フィクションの地名だろう。千葉の船橋市行田団地にいた自分としては、君塚市→君津市ってどうしても思うけれど、貝塚市とか思う人だっているだろうし。ニュータウン自体の虚構性をそのまま現した地名だろうと思う。

八月会のメンバーを結びつける、岡田ケンくんをめぐる劇中劇づくりのプロセス。でも、それは事実かも知れず、そうではなく、「共同幻想」的な虚構かも知れない。演劇作りに携わっている人たちだけの身内受け、あるいは、メタ演劇的思索好きの人たちだけの抽象度の高い話になりがちなテーマかも知れない。

しかしながら、72歳の男性はじめ、年齢層がとても幅広い出演者がそれを救ったようだ。
まさに、アトリエ劇研がシニア劇団を持つようになった効果がじつに出て来ているといえる。
つまり、客席と舞台との年齢層が幅広い(出演者の子供さんが出演者の奥さんといっしょに飽きないで見ていた)。ということで、自動的に、一定の年齢層、趣味趣向が共通する人たちだけが共鳴するような作り方、内容(モチーフ、比喩、道具)をあまり使えない、ということになるのだ。

それは、一方で創作者の自由度を狭めるという問題はあるが(イベント的に集客を考えると有名でわかりやすいメッセージの方がそうしやすいから)、その安易なイベント手法を避け、かわりに、何度もトライアルする(試演を重ねる)ことによって、相互が変わって行くことができれば―稽古を通じて理解しあえば、それは乗り越えられる課題だろうと思う。今回も、それが実に出ていた。ト書き的なこと、心理もしゃべる、でも、単に単純化するのではない、というすれすれの演出。それもまた今回のお芝居の醍醐味だった。


3/7(日)

スーツにネクタイ。京都橘大学現代ビジネス学部教員という名刺肩書きが珍しくきちんとマッチするお仕事でもある、第3回京都文化ベンチャーコンペティション最終審査会へ。場所はキャンパスプラザ京都5階。入るとここの予約の列が長く延びていたし、同時に2階で開催される「ベンチャーコンペで生まれたアート・ワークス展/ワークショップ」があるのだが、それに参加する「京色パステル」の原案者、高校3年生のIさんとその友人2名もワークショップの開催を待っていた。

1/30の京色パステルと金箔貼りのワークショップで作った自分たちの作品や宮津市の小学生たちが作った扇子絵などが小池先生の監修のもと、展示されている。京色パステルを作っていただいているゴンドラパステル大冠化学工業所のYさんにもお会いする。うちの生協に二度も来ていただいたそうだ。 最後に去年の最優秀賞の松田さんの漆のテーブルが設置され、あとで教えられるのだが、堀木さん(審査委員)の和紙のインスタレーションがとても引き立つ(ライトの当たり方が不十分だと夜のパーティで彼女は指摘されていたが)部屋でもあった。

「366日の花小紋」の寺本哲子さんたちのブースもあって、さっそく『花結び手帖』(青幻社、2010年3月25日)を購入(これはいま書いていて知ったのだが、写真がモトキシノブさんだ!)。第一号!
さっそく験しに自分や家族の誕生日をその花小紋の場所に書いていく。
いやあ予想以上に、家族に一冊あるとほんわかと楽しく会話が進むアイテムだ。(実際、帰ると、次女の友達の誕生日を書いたり、お袋の「個意ことば」があまりにもぴったりすぎてこわいぐらい、とか、大笑いで、占いものとは少し違うが、占いだって真剣すぎると変かも知れないが一定の効果があるのはこういうところかも知れないと思ったりもする。

妻と次女は、アトリエ劇研へ。帰ると二人ともとてもよかったようで、演劇がこんなに家族間であれこれ話せるものでもある、ということを改めて思う。妻は、プロジェクト・ナビを思い出したという。そういえば、妻とは北村想さんのお芝居を下北沢でよく見たなあと思い出す。
長女は福岡に20年ぶりに行けたようで、自分たちが住んでいた県庁の公務員宿舎に行ったり、西新小学校、高取幼稚園とか、アレルギー除去をしていただいてよく利用させていただいたイタリア料理店ラ・スターラを発見したりしたということ。


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