こぐれ日録 KOGURE Diary 2010.6/14〜6/20


こぐれ日録697 2010年 6/14〜6/20

6/14(月)

55歳も54歳もほとんど同じなのだが、アラカンという言葉ができた為に、何か違うステージのように思えるのも可笑しい。脱マスコミ、脱ビールがアラカンテーマかな。

大学を研究されている方からメッセージをもらう。残念ながら、東山青少年活動センターに行く時にぶつかっている。大学のメールボックスにその方などが書かれている、高校生向きの大学選びの本が生協から届いていて、うちの大学も看護や建築などの項目に載っている。

第7回アトリエ劇研演劇祭参加作品、ディディエ・ガラス『アルルカン、天狗に出会う』。満員でびっくり。
何で面白いのかは最後近くまではまったくわからず。
天狗が南無阿弥陀仏をアルルカンである登場人物(ガラスに近い)に教えようとするというところで、うとうとしていた自分が目覚める。その違和感は、翌朝、富山には「念仏天狗」というような民話があると知ったりして、いささかは解消するが、でも、どこか腑に落ちない。

最後の鞍馬天狗のフランス人風カリカチュアはちゃんと真似しようとするからとても面白かった。


6/15(火)

サッカーを見たからではないのだが、どうも、いささか睡眠が4時間ぐらいが続いていて、ぼーっとしている火曜日である。イベント論が予想外にツイッターしたことも起因しているのかも(笑)。< http://togetter.com/li/28951 >

日本がカメルーンに勝ったというニュースを見て、色々幸運だったとしても、岡田監督へのバッシングも勝つととりあえずなくなるのだろうな、と小沢一郎バッシングと比較したりもする。

スポーツとアーツとの違いは、結果がわかりやすいかどうでないかである。政治も選挙だけはスポーツと同じような結果が歴然とあるが、やはり、「敗れた大義」については保留すべきであり、アーツ政策は、その作品の時代には早すぎる作品だけが結果、残るという極端な言い切りさえできるのかも知れない。

イベントには、だから、スポーツのほうが似合う。アーツなら、有名人ものとか、はやっているもの、ただただ容易に感動したりできるわかりやすいもの、深さや複雑さや未知の部分がない、始める前からメッセージが決まっているようなものになる。つまりは、市場芸術かお稽古芸術である。

13時から2回生ゼミ。かえっこ委員に、みんなの5/30の反省点と改善点をまとめてもらって、全員にメール配信する。これは今年はじめてしてみたこと。かえっこ委員にまとめてもらっている間に残りのみんな(いなくなった連中もいたかも?)、交換されなくなったおもちゃ、あるいは、こわれたものなどをどうするか?を考えてもらいながら、部屋を片付けてもらう。

おもちゃをぬいぐるみとプラスチックなど硬いものに大別。そのなかに音のなるものがあるので、それは、めくるめく紙芝居用にとっておく。2回生には、メックを紹介していないのであるが、秋からはうまく数名でもいざなうべきなのかも知れない。ただ、1回生が3名いるので、どうしたらいいのか?意外と気を使うテーマかも。

読書中の本の感想をメモっておく。
鷲田清一『わかりやすいはわかりにくい?−臨床哲学講座』(ちくま新書、2010.3)をぽつぽつとかみ締めながら読んでいる。
生きてきて、ふと振り返る、そういうときに、この本がそのきっかけを与えてくれるような、そういう、少し息の長いつぶやきのような、ためいきをついているようで、じつは、息をいつもより深く長く吐いて、しぜんと新鮮な空気が肺にひさしぶりに入ってくるなあ、と思ったりする13章である。

問いについて問い、こころは見えるのか見えないのか、について、考える。
ふるまいが、振ると舞いの組み合わせ。
顔と人格について、共に食べることについて。食文化のタブー、観念と整理。
con-」(ラテン語の接頭辞で、ともに)の意味はよく知っているのだが、「panis」がパンというラテン語だとは知らなかった。
だから、カンパニーとは、共に食べること、そこから食い扶持をともにするという共同経営という意味があるのだという。アーツカンパニーでは、一緒にまかないをしてご飯を食べ、反省会で飲食を共にすることが、かなり重要な意思疎通であり次の企画の発端にもなるのは、この言葉の由来からだったのだ。

第5章の時間論は自分にとって新鮮だった。川の流れとすぐに思ってしまう時間の諸相。そして、ホスピタリー論(待つことなく待つ?)。

p98
「自分たちのそばで起こった難事も、役所に苦情や文句をぶつけるばかりで、みずから解決するために奔走することを避けている。『問題』を自分の『課題』として引き受けるということを避けている。そんな親をまねてか、この頃の学校では、授業がつまらないと、こまくしゃくれた生徒は『先生の教え方が悪い』とクレームをつけることも少なくないらしい。」
ふー。

責任論もこういう風にいえるのね。「いま何が必要か、それを自分の『やりたい』ことのほうからではなく、他者からの呼び求めに応じて考え、そして動くということである。このことが、逆説的にもひとを受け身でなくす。『これ、わたしの所轄ではありません』というのではなく、『これ、わたしやっときましょうか』という感覚である。」p103

そうそう、これだこれだ、『これ、わたしやっときましょうか』という発言が出るのかどうか、それが出たら、ぼくのアーツマネジメントゼミは成功したといえる。
ここね、ポイント。


6/16(水)

1限目を終わると、1回生2名のTAM研。
のはずだったが、栗東市のある自治会の方々が織田先生を訪ねて来られていて、でも、先生がすこし遅くなっているようなので、お相手。いろいろ、ソフト事業のヒントを知りたいということで、チンドン太鼓を叩いたり、まちかど寸劇のまえのチラシを渡したり。

公務は、3つの会議。
次年度の開講科目をより学科主導にするには、どうしたらいいか。

読書は、灘高校出身(いわゆる新高1組さんではあるが、ぼくの12年前、つまり、橋本先生・宮原先生担任という意味でも緊密なる先輩)の橘木俊詔『灘校―なぜ「日本一」であり続けるのか』光文社新書447、2010.2。

自分がとてもよく知っていることについて、改めて別の人が書いた本を読むのは、やっぱりくすぐったいけど面白い。

二つ上の大森先輩(文芸部長としてぼくを柔道部から文芸部へと変えていった、現在は灘校の国語教師)や前田先輩(尊敬する永遠の革命青年)などが出てきて、ぼくが毛沢東選集を買ったり、こっそり文芸部のチラシのふりしてあるチラシを印刷していて、音楽のガマ先生に見つかりそうになったことなどを思い出す。

4つ上の中島裕氏(ゆうし、芸名「らも」)先輩(麻布校から転向してきた高橋源一郎先輩と同期)のことは実はぼんやりとした記憶(遠くで話していた様子ぐらい)しかない。
ただ、どちらか、たぶん高橋先輩の方のような気がするのだが、中一のときにぼくが投稿した詩を学内誌に載せてくれて(彼らは高校2年生)、どうして中一がこんな書けるのか?とつぶやいたということを大森先輩に聞いたという、かなり嬉しい記憶がある(間違っているかも知れないし、そうだとしても大森先輩も忘れているだろうな;笑)。彼らかその仲間たちが発行していて『蜃気楼』という雑誌を再刊したこと。それを含むバックナンバーを資金集めのためだろう、大阪駅で大森先輩と売りにいったことなど、とおきあわい記憶である。

前に買っていた、トーマス・ローレン『日本の高校―成功と代償』(サイマル出版会、1983)のことも言及されていて、こちらも拾い読み。この本の調査時点は1974〜5年だから、ぼくが卒業して1〜2年後ぐらいの灘校などの神戸の5つの異なる高校の文化人類学的サーベイ。


6/17(木)

昨夜、碓井学部長からも、明日は非常勤の日ですね、とか言われて、そうそう、木曜日は、正直、本務校に行かないので、じつにキモチがのんびりする。
といっても、京都橘大学にいても、ぼんやりと学生を眺めながら、丼などをU田さんから買って食べていたりしていることも多いのだが、やっぱり、ちょっと、気が張るし、くわえ煙草とかしていたら、注意もする。昔のように、うちの学科の学生かそうでないかの識別がほとんどできていたようなことはないが、それでも、うちの学科の学生だなあと思うと、ちょっと、観察がマメになったりするので、どこか神経を使っているのかも知れない。

ということで、近大へ。暑い。
今年は前半にがっつり映像なしで授業をやったので、あとは、映像中心で、ちょっと、文書を見せたりするという梅雨時戦術(介護実習とかで3回生が抜けるということもあり:近大は3回生以上しか受講しないので、ほどよい人数となっている)。

今日は、『歓喜の歌』を使って、内容(公的アーツプレースにおける公務員のあり方論)と同時に、そのメディア本体である落語への接近を試しつつ、「落語」が文化芸術振興基本法の第11条の「芸能」の一つである、というように、それとなく文化法学をにおわしたりするという展開。
去年に比べても文化政策論的な部分(行政や政治の関係)は減少させている。すると、終わってから熱心な男子学生が、どうして、「芸術」(8条)と「メディア芸術」(9条)に分けて条文を作っているのか?そのアーツの区分の内容的違いは何か?と聴きにくる。

たぶんであるが、アーツの本質や分類学というよりも、「振興策」上の区分だろうと簡単にいなすが、それでも、写真が「メディア芸術」でなく、映画がそうである理由を言うので、まあ、少し政治的な話などをする。来週の予定は、能、狂言をちょっと見せて、小劇場演劇を鑑賞という流れにするつもりだったが、もう少し、政策論を入れてみるか。と嬉しい誤算。

かえってのんびり。
今日も、クリント・イーストウッド監督・主演作品を。『ペイルライダー』(1985年、116分)。
『許されざる者』を思い出しつつ、15歳にもうすぐなるという娘役をしている女優さんに惹かれながら。
金塊を手掘りする人たちのコミュニティづくり(アメリカのリベリタリアンの理想的自治精神)と、水圧式で環境破壊をもろともせず、西部を開発する資本家のすがたの対比。明確な図式ながら気持ちの良い決闘、そして、別れが待っている。
ふと、西部劇って、寅さんシリーズみたいかもなあ、と思ったり。


6/18(金)

3時半に起きたこと、すごい大雨だったこともあり、午前中でエネルギーが切れた金曜日。

でも、5年前になる、西成のむすびさんの紙芝居が京都橘大学へ行ったというビデオを見せたり(ずいぶん劣化していたな)、15年前のヘリオス・米田さんたちのスキヤキのフェスの映像を見せたり(ここには、ぼくの禿頭が映っている)した1限目を通過、2限目の政治学概論でははじめて、私語の防止にいささか成功(?)したような・・・

どうしたかというと、共通の敵を作って国内の団結をするという話を復習にしていて、たとえば、この教室内に、私語を中止してもやめない人たちを一時的な病気あるいは障碍として位置づけ、互いの幸せのために、その「私語やめられない症候群」認定を受けた人たちを一端治療のため隔離し、政治学を勉強したい学生と私によって習熟度別学習のように別教室化することも出来るけれど、どう?みたいな話をしていると、静かになったんだな、これが。確かに、いまどきかも、イジメには敏感だから、彼らは。もうすこしマイルドにいったけれど。

ただ、よく考えてみると、ぼくの授業だけを見ても(もっとうるさい教室はいっぱいあるそうだが)、もっと、私語している科目だってある。では、どうして、この政治学概論Tだけ苦情が絶えず(去年は学級崩壊寸前になったので、正直無駄なこと:ノート提出などの義務付けをすることでより混乱を増加させた)、かつ、制止しろ、追い出せという意見が強くでるかというと、それは、現代ビジネス学部の学生よりも他学部の学生がマジョリティを形成していること、そして、その中心の人たちが資格認定のこともあるのかもしれないが、かなり真剣に聞こうとしているからで(まあ、他の授業でもそういう人たちは結構いるので、相対的だが)、いい勉強をさせてもらっている。

あとは、「私語やめられない症候群」がマイノリティではないような教室の対策があるが(座席指定、TAの強化、補習、丁寧に判らない言葉を判るように解説することなどなど)、いまのところ、自分は幸いにそこまでにはいたっていないし、いまの3回生の一部が「私語やめられない症候群」のピークを形成していることから、なんとか沈静化するかも知れない(でも、常に注意は怠らずに)。

午後は中間レポートの採点とか準備、特に前半授業の終わり方の確認と、来年度開講授業の確認。

第7回アトリエ劇研演劇祭、三度目の『旅行者』。ただ、半分は韓国の役者さんで、韓国語、意味は昔見た日本語台詞を少し思い出すのみ。シチュエーションはわかるのだが、これがステージとして成立しているのかどうか?はわからなかった。脚本:田辺剛、演出:ウォン・ヨンオ。
でも韓国語のリズムはずいぶん慣れたし、どんどん好きになるという効果があった。ただし、日本語の台詞がこんなに狭いところで、こんなに大きいと、無意識に耳を塞ぐようになってしまい、つい、別世界へといってしまいがちになる。


6/19(土)

大学院のアーツマネジメント1の授業は3名。
はじまりは、文化庁のほか、国際交流基金や財団法人地域創造(私にとってかなりやばい思い出を想起させる愛憎半ばの組織ではあるが)も国の文化政策をになっているという話のあと、各国の文化行政予算や組織比較。韓国については留学生もいるので、ちょっと詳しくディスカッション方式にて。

途中で1名が抜けて、アーツマネジメント指導対象の二人の1回生のみになる。
一人がめっくの助成金獲得について、とても熱心に取り組んでくれる方向になってきたので、その流れて、紙芝居をやってみせることにした。
韓国からの留学生は韓国語辞典で紙芝居を調べていたりしている。
すこしだけ、1930年からの紙芝居通史。簡単に話すのはむずかしい。

墓場奇太郎からの流れを話していくと、無声映画、恐慌、失業対策、教会紙芝居、教育紙芝居、軍国(イデオロギー)紙芝居、GHQ検閲、街頭テレビ、街頭紙芝居の衰退、教育紙芝居の衰退(紙が豊富になっていくことで)・・・貸し漫画、少年漫画雑誌、アニメと流れていくものを数分で。

とても面白かったのは、数種類の紙芝居を実際に演じお客になってみる経験。とりわけ、こども参加型の紙芝居がなかなかに面白い。これを新しく作ることがとても創造的だなあと改めて思ったこと。
あと、TAM研を再生させたあの2名がめくるめく紙芝居に参加したらいいなあ、と一人の院生(ルカッチ)が言ってそれもそうだなと思ったのでメモっておく。

終わって、少しアーツマネジメント論のレポートに目を通したあと、東部文化会館へ。4回生2名が、大きなスケジュール表を作っている。DJの音楽がなかなかに面白い、予想外にこれは受けるかも。

18時からかえっこバザールの準備。6〜7人来る予定だったが、3名のまま、スタート。段ボールの移動が大変だったし、平台を運んでいて、情けないことに、指に怪我したりもしたが、無事、ある程度のカタチにはなって終了。一人はどうしても、サッカー!ということで帰り(1点差で負けるって彼女はいっていて、結局予言的中)、そのかわりに一人きたので、4人で、餐間へ。明日は少しアルコール減らさなくちゃ。「先生、意思弱いですね」といわれる。ホントに駄目な私。

12時前に帰るとあんまり出ていない男子ゼミ生からメール。明日は何時にどこに集合ですか?
いやあ、そんなメールをよく直前に出来るものだと、呆然となる。それより、男子って5名ゼミにはいるのに、ひとりぐらい肉体ワークの今日に来いよなあとか思って。


6/20(日)

第6回子どもの文化フォーラムの概数。 1000名。
うち、
かえっこバザール、200組(人数は推計で250〜300)。正確には、199枚アンケートを渡した(回収できたのは、82枚、41.2%)。
京都橘大学生、都市とアーツ受講組が77名。かえっこやかみじゆうスタッフ(ゼミ生)が、35名ぐらい。
NPO法人山科醍醐こどものひろばさんのスタッフ約50名。

9時前に京都市東部文化会館へ。輪ゴムとか買っておく。
一番足りなくなりそうだったのは、メンディングテープ。足りないと思ったのは、買いものかご。
それと、かえっこカードはまだあったが、枚数を確認しておき、少し追加すべきかも。
もし、区役所の予算があれば、カード以外にハンコも少し追加しておき、あと幟とかバンダナももうすこし欲しい。

NPO法人劇研/かむじゆうのぼうけん団『かむじゆうとめくめくのそら』山科バージョンは、予想以上に面白かった。よく500人近くの大きなホール向きに改訂してくれたととても感心し感謝する。
それに、2回公演で、それも午前中と午後というなかなか大変な連続。

作・演出:米谷(まいや)有理子、出演、大熊ねこ、芦谷康介、大木湖南、伊藤真希。
美術:柴田隆弘、照明:藤原康弘、音響:奥村朋代、制作:上田千尋。

60分バージョンだが少し長くなっていたかも知れない。こどもたちが舞台にあがって紙飛行機をつけたりする時間分かも。ともともは紹介されたが、藤原さんのタイガーマスクが見られなかったのが唯一の問題かな(笑)。

ぜんぜんのぞくことが出来なかったのだが、黒子沙菜恵さんや五島さんたちのダンスワークショップも午後あっていた。
雨いっぱいのとき来た黒子さんが、かえっこ会場を興味深く見ていたので、あまったおもちゃを舞台美術にしたダンス作品を作らないか?と誘ってみた。まあ、どなたか、あまったおもちゃをアーツなどに使いたい方がいたら、すぐに提供するので、よろしく!


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