こぐれ日録 KOGURE Diary 2010.7/5〜7/11


こぐれ日録700 2010年 7/5〜7/11

7/5(月)

ようやく、夏のボーナスが出た。
徐々に支給日が遅くなっているような気がする。
京都橘高校3年生に「文化政策」という選択科目を教えていたが、その当時それを受講していた学生が児童教育学科に入ってもう4回生になっている!ということを、偶然スクールバスで一緒になって気づく。早いものだ。

3回生ゼミ・4回生ゼミにも、「レポートの書き方」という、明日、都市とアーツを受講している1回生たちに配る予定のものを配っておく"http://www.kinjo-u.ac.jp/bungaku/modules/tinyd1/pdf/pdf04_howto_report.pdf"。特に、長い文章の引用方法を伝えたいため。

3回生の男子で、マジックショー(奇術ステージ)の芸術性とその変容というテーマで卒研をはじめている学生の発表。これは、アーツ論と連動していることを確認させるのだが、なかなか、他の学生がぴんとこないようだ。面白い、少なくともユニークなテーマ(たまたまその学生の趣味)だと思うのだが・・

4回生は2名。来週はアルバム撮影だ。ビギナーズユニットの体験と制作手伝いを卒業制作的研究に出来そうなきがする。陶器の現代的活用研究では、まず、たとえば、喫茶六花とか、知っている方の食器悉皆調査などからはじめるとか、手づくり市での出展作家さんへのインタビューとかが、ありかも知れない。

文化政策研究センターのところでは、卒業生が(織田ゼミ)が、来ていた。陶灯路の関係か?

「めくるめく紙芝居」をグーグルで検索していたら、浜松で林加奈さんがやっていたものが出てきて、5/22にもその再演があったと聞く。林さんはまたいったのか、もう林さんであるから「めくるめく紙芝居」という固有名詞性はなくなっていくのか?
いずれにせよ、エイブルアートみたいにうるさいことをいうつもりはないけれど、これはかなり奇妙な感覚である。浜松のたけぶんセンターというのは、エイブルアートの播磨さん一族のたんぽぽの家の関係が緊密な久保田さんというかたが館長で、どうも、エイブルアートという方面には近寄りたくないキモチがどうしてもぼく自身はあるのに(NO-MA関係者にはより強いのはもちろんだが)、このめくるめく紙芝居が伝播しているという事実をどう受け止めるか、しばし、ココロ揺らいで以下をつぶやく。
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エイブルアートとアウトサイダーアート(ぼくは、アウトサイダーアーツ、そのなかの実演芸術部分をアウトサイダーライブとよぶ)の違いって、浜松にも山科でも「めくるめく紙芝居」があるように(いまそれを知って、そういえば林加奈ちゃんからたけぶんというところでするとはぼんやりきいていたけれど、チラシもなにももらっていなかったんですが)変わらないといえばそうなのです。

が、図式的にいうと手段と目的が逆になっているところがあって気持ち的な対立を生むのかも知れません。
つまり、アートでエイブルな人生を(広い意味の福祉を)!という感じと、既存のアーツの外側にある未知のアーツを!というアーツを目的(目的というのが言いすぎなら主要な祖運在理由)にしてしまいがちなアウトサイダーアーツのあり方の違い。

もちろん、アーツよりにぼくはなってしまいますし、福祉団体だったら、福祉を目的にしてしまう、というような違い。自分たちの偏向を意識して語るといらぬフリクションは避けられるのですが、なかなか、そうもいかない当事者の方がいて困った去年がありましたね。
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夜は、瀧廉太郎との関係で気になっていたシューベルトの伝記風映画、『未完成交響楽』(1933年、88分、脚本・監督はヴィリ・フォレスト)を楽しむ。ずいぶん、脚色されているのだが、そういう演出は演出として、シューベルト像を作ってきた映画として味わい深いし、瀧がかなわないと思った相手シューベルトがまたこうした貧乏と屈辱的な生き方を余儀なくされていたのかも知れないと思わせられて、興味をそそられる。当時もオペラが最高のヒット・評価対象だったから、オペラがヒットしなかった31歳の短い人生をシューベルトはどう思ったのか、日本における悲劇的天才、とりわけ、ベートーヴェンの影で苦悩するイメージがあるのは、どうしてか・・・あれこれ思いつつ。


7/6(火)

火曜日は、早く出かける。
何かと用事をすまそうとするが、3つも電話がかかってきたり、生協の仕事があったりしているうちに、山科区尺所のまちづくり推進課のお二人がこられ、2回生ゼミとなる。

かえっこバザールを伴うエコアクション宣言が9/11に変更になったので、困っていたが、その説明をしていただくとともに、お二人のお仕事、大学生時代からの経歴などを教えてもらうというキャリアガイダンスのような授業にさせていただいた。
A係長は、ちょうど、バブル末期、内定はもらえたがぴんとこなくなって、卒業後京都市役所へと入って、19年目。7年間、京都市立芸術大学の事務局をさせていたのでキャンパス、とりわけ女子学生が多いうちのような大学は馴染みなのだという。
一方、Dさんは、今年に社会人入社っていうのだろうか、海外協力のお仕事が長く、アフリカには2度もいってられたようで、農業技術と社会政策の目線で役所に入ったということで、とてもまた興味深い方だった。

昼休みに食事できなかったので、食事したあと、都市とアーツ。黒沢清監督の『蛇の道』が85分なのでバイオレンスのグロテスク表現について考えさせられる映画として一緒に見る。

まったくの続編ではないが、やはりつながっている同監督の『蜘蛛の瞳』を知っていることもあって、こちらはすっきりと内容がわかっているつもりなのだが(もちろん、さまざまな最後のシーンの解釈はありえる)、学生は最後の最後で混乱するようで、まあ、それぐらいは自分であれこれ解釈する楽しみというものだろう。でも、必死に聞いてくる学生が多くそれもまたかわいいっていえばそうではある。
来週に授業アンケート。おお、ずいぶん、苦情がくるかもね。まあいいじゃん。

そうそう、地域公共人材開発機構に22名の人が勉強と採用という形になっているのだが、その名簿などが送られてきて、とても知っている人の名前(オジーさん)があってびっくり!なるほど。そうかって感じだった。


7/7(水)

アーツマネジメント論。
小劇場演劇論の1回目。

そのあとTAM研。
かわいいなあ、チラシを下の壁にきれいにはってくれている。

生協の委員会(緊急)。大学評議会。
劇団態変韓国公演を共に実現する会世話人会。
パギやんこと、趙博さんも来てくれて、出逢いの会が秋にかなり盛大にライブ的に行われる方向で話合い。
楽しみになってきた。寄付も少しずつ振り込まれている。

今日は、大学内に笹をたてて、よるの、あかりイベントにまちづくり系の学生たちがあれこれやっている。
違うなと思ったこと(少なくともアーツ系のうちのゼミ生だったら叱るだろうこと)は、ぼくが、飾りの色紙をつなげたものに書くと面白そうだったからそこに書こうとすると、そこには書くなと拒否し、書くようにしているものだけに書けというのである、まあ、まちづくりゼミなどのステレオタイプなマニュアル学生たちは・・・・

まったくもってわかっちゃいないなあ、参加者の自発性の意味を!と思うし、まずもって、失礼ではないか・・と心で思って、でも、何も言わず去る。しかし、アルバイトでマニュアル管理されているから、同じようになっているのだろうとは思うけれどね。

だいたい、梅雨時の新暦で七夕なんかしなくてもいいのに!と毎年思うのだが、雨が降らないとほっとするわけで、中国のお話がやってきて、もともとお盆の行事だったようだがなあ・・・新暦でもいいか、雨がふらなかったら・・・
まあ、習俗はあれこれ変遷するし、まあ、あとでたなばたの輻湊的な民俗学的事実は調べるべきだろう、とか思いつつ、いくつか、願い事をつるした。
◎ ちゃんと生きる
◎ ちゃんと死ぬ
◎ 痛風いや
◎ 孫ほしい
◎ 深い眠り
◎ 惚け防止


7/8(木)

昨日書いた、共実の通信のタイトル「橋の朋だち」の由来エッセイみたいなのを改訂する。とくに最後のところを変える:《したがって、「橋の朋だち」というタイトルには、農民芸術を唱えた宮澤賢治をファン・ウンドの「朋だち」として甦らすとともに、私たちも、韓国と日本との虹の架橋を共に実現する「朋だち」として、劇団態変や韓国の人たちと一緒にやろうではないか・・そんな気持ちがこもっています。》

なお、このコラムのタイトルは変わらず。《おお朋だちよ 君は行くべく やがてはすべて行くであろう―ファン・ウンドの物語に宮澤賢治の「農民芸術」が響いてきて―》

ドイツがスペインに負けた。アルゼンチンから4点を取ったのが嘘のように攻撃が出来ない。スペインは背が低く(長髪もドイツとの対比で面白い:ゲルマンとラテンの違い)、でも果敢に動く。パスの精度の高さ。これでワンタッチと思いがけない動きが加味されればもっと加点できただろう。

暑いなあと思いつつ近大へ。
この前、10分ちょっと小劇場演劇の紹介という感じで見せたのだが、『お祝い』よりも好評ぐらいだったため、MONO『―初恋』を最後まで観る。ところが約1名だけ、ずっと「面白くない」を連発してそれしか書かない受講生がいて、彼女は「維新派」ずきなのだということ。

きっと、維新派という存在に大きく影響されたということなのだろうが、逆に考えると美術関係の彼女にとって、維新派はうごく(音楽も踊りもある)美術インスタレーションという目線で見ているからだろう、と思う。美術好きは演劇ぎらい、とりわけ、物語のリアルな感じ、嫌なものを見させられる感覚があることもあり、その点維新派ではそれがなく、すきなのだろう。でも、もう少し好き嫌いだけでなく、世界を眺められないものかなあ。ホラーやバイオレンスとは違うんだけど・・

帰って、妻が帰ってくるまで、立川志らくのシネマ落語E.T.を見る。話し方が、立川談志と同じく高飛車(いいまわしは、師匠や先輩方ととても似ていて、すこし気になるところではある)。そのなかで、映画をざっくり斬るところが面白い。宮崎駿がダメ・苦手(きらいっていったかな?)、ディズニー映画やランドがまるでだめ。鼠ぎらいだからっていう理由にしていたが・・

E.T.がメインなのだが、そのためには、とても長くて面白い古典落語「子別れ」があり、こえが、やっぱりなかなかにうまく出来ている落語作品で、彼も子供とかいい感じになっていく。E.T.は天狗になっていて、その子天狗と、荷台を引く八百屋さんが大事な置き換えとなっていて、まあ、ぼくはこの映画がまるで面白くないのであるからか、「子別れ」で十分なのに、なんで、こんなことをしているのかなあ、マルセ太郎さんとはえらい違いとは思ったが、たとえば、『トウキョウソナタ』とか『河童のクゥの夏休み』とかだったら、聴きにいこうかなあとは思う。


7/9(金)

都市と文化資源、なんと今日でもう15回目でラストだった。
京都文化ベンチャーコンペティションに応募するように仕向けているのだが・・・

1970年前後のチンドン屋さんのニュース番組を見た後、富山市の全国チンドンコンクールやそれに出る人たちの各地の実際の活動映像を見る。で、あと1回して、チンドン音楽がどんなルーツからどうなってきたかを話そうと思っていたら、来週は休みでしょ、と学生。むむ、しくじった。苦労して作ったプリント、どうしよう(実は中島みゆき論も用意していたのであるが、これはまったく出来なかったし、ちょっと主題からはずれすぎだったが、後期のアーツ鑑賞演習に活用できるかも知れない)。

今日の感想をちょっとだけ:
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◎ 今となっては見られない、モノクロのテレビは物珍しい。ファッションスタイル・習慣・遊び・ちんどんはとても興味深く、目をひきつけるものがありました。ちんどんに携わる人びとの、ちんどんに賭ける想いや、またそのその姿勢は心を動かされるものがあり、特に同年代の女性のまっすぐな心意気には胸を打たれました。私は、ちんどんを実際に見たことがないので機会があれば見てみたいと思いました。

◎ チンドンについて、老人ホームでやったり、コンテストがあったりいろんな所でやっているんだと思った。とても古い時代からある芸術なのに、今現在も残っているとはすごい。日本特有の鉦の楽器とトランペットやクラリネットなど洋楽器が合っていて、とても聴いていておもしろい。曲調は江戸時代のように思えた。若い人がチンドンをやっている事が驚きだった。こうやって日本の文化がずっと続いていけばいいと思う。古くからの正統派チンドンもいいが、若い感じの斬新なデザインも親しみやすい。
 ただ単に演奏するだけではないらしく、どうすれば、お客さんを呼び込めるか考えなければならない。楽しく演奏し、笑顔を振り撒いて、そこで客とのかけひきもあるとは・・・目には見えない難しさがあるのだなと思った。チンドン屋はまだ見たことがないが、実際に見てみたい。関西でもやっているのかな。人形ぶりが遠くで見ると、大人も赤ん坊も本物に見えた。
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2限目、政治学概論は教科書が先週終わったので、予告どおり、戦争映画。でも、学生たちにはまったく視たことがないようなモノクロームな日本映画なり。岡本喜八『血と砂』前半。慰問学生楽隊がとてもびっくりの取り合わせだったようで、もちろん、フィクションなのだが、軍楽隊のことなどはちょっと史実として話しておけばよかったかも知れない。八路軍との戦いというと、日本軍が八路軍だと間違ったりいつものようにとんちんかんな出席票を読むクリスタリカフェ。

午後は、京都橘大学文化政策研究センターからずっと前に言われていた原稿書き。7月中なのだが、色々忙しいので今日の朝から取り掛かり、精華小劇場に行く前に完成する予定だったのが、けっこう長引き、今夜の観劇は取りやめて、写真なども選んだりして、19時すぎに山を下りる。
原稿はこんな感じ
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文化政策研究センター原稿
「アウトサイダーライブ」としての「めくるめく紙芝居」について
〜アール・ブリュット、障碍者芸術などの用語整理とともに〜

2001年度から5年間、「関西女性と希望のアーティストファイル」(略して「タフ」)は、アーツマネジメントを学ぶ学生たちのアーツ(諸芸術)の現場として、そして京都橘大学文化政策研究センターが行う、山科地域とアーティストとの出逢いを創出するアウトリーチ企画として毎年行われてきた。
そのファイナル、タフ5(2005年)のテーマは、まちかど、そして、演劇。この組み合わせから、1930年代、大不況時に誕生した街頭紙芝居を選び、ジャンル越境的なアーティストとして注目していた林加奈さんをフィーチャー、いままでに見たこともないようなアーツを創ってほしいと依頼した(もう一人はいまアトリエ劇研のディレクターになっている田辺剛さんで、学生なども出演する連鎖的まちかど寸劇を創ってもらった。http://twaf5.exblog.jp参照)。
この「まちかど紙芝居」は、近くの保育園、高齢者施設、そして、知的障碍者とその親・支援者から構成されるNPO団体「太陽クラブ」と芸術家・林加奈さんや学生+施設・地域のスタッフとのコラボで創られていく(岩屋保育園「海のひと」、特別養護老人ホームヴィラ山科「理想の結婚ってなんだろう」、太陽クラブ「アザッチの一日」)。そして、まちかどを廻り、最後は西成区の生活保護受給のおじいさんたちの紙芝居集団「むすび」さんと一緒に大学内で公演をして無事終了した。
翌年、知的障碍者とのコラボだけは何とか継続しようと、林加奈さん・アーツマネージャーの井手上春香さんらと「めくるめく紙芝居」を立ち上げ、07年春「ハニャマのハミューダ島物語」を四条の大善院(4/21)、山科の東御坊(4/22)のそれぞれ本堂で初演。08年春には第2作「京都プチ山うさぎ事件簿―宇宙行ってきたんじゃな〜い、みんな楽しいんじゃな〜い、めくるめくんじゃな〜い」を同じく東御坊(3/30)にて行い、秋には同演目ショートバージョンを清水焼団地楽陶祭で公演した(10/18)。
2009年春「ハニャマのハミューダ島物語」再演(東御坊5/30、初演は普通の大判紙芝居用紙だったが、このときは「プチ山」から採用した巨大巻紙形式に再製作したもの)、そして11/1にはいつもワークショップさせていただいている京都市山科青少年活動センターの「やませいまつり」に参加。新作「ザ・マイクマン〜おんがくの のろいは ほんとうに おもしろい〜」を上演(雨でテニスコートからスポーツ室に移動)し、今年はなんと林加奈さんなしで、同じくやませいまつり(11月7日、日曜日)で、「プチ山」の再演を行うために、猛練習中である。
さて、この「めくるめく紙芝居」のような、障碍者はじめ正規の芸術教育や名声と無縁の人たち(アーツの外部にいる人たち)が中心となるアーツ領域をめぐっては、いま活発な研究と実践が始まっている。そもそもは、前世紀の半ば、フランスの美術家、ジャン・デュビュッフェが「アール・ブリュット(生の芸術)」と名づけたのを、イギリスの著述家ロジャー・カーディナルが「アウトサイダーアート」と英語化し、日本においても1990年代から関心が高まってきた。
このアウトサイダーアートが絵画から徐々に彫刻、陶芸、インスタレーションへと広がると必然的に、身体表現としてのダンス、演劇、そして音楽へとその興味関心が広がってくる。
2009年度筆者が関係する滋賀県において厚生労働省による全国の障碍者アーツ大会「アートはボーダレス」を行うときも、音楽・演劇・ダンスなどの実演芸術をどう呼ぶかはいまだに定まっておらず、ここで思い切って「アウトサイダーライブ」という名称を考案した。すなわち、「アウトサイダーアート」は視覚芸術分野、「アウトサイダーライブ」が実演芸術分野、それらを含むさまざまなアーツを総括して「アウトサイダーアーツ」と呼ぼうと提案したのである。
なお、身体障碍者のみで演じられる劇団態変のような先端アーツは、確かに「障碍者(による)芸術」ではあるが、一般的なアウトサイダーライブと同じにはできない。障碍者にしかできない作品であるという面では、精神障碍者や知的障碍者のアーツとも共通する独創性があるのだが、劇団態変には、作品の製作過程(見とどけ)がすべて身体障碍者によっていること、受ける芸術的な評価を表現者である障碍者自身がとても意識する点で他の先駆的芸術家と何ら変わらないことから判断すると、尖ってはいるがアーツのアウトサイドではないといえよう。
とはいえ、山科ローカルなめくるめく紙芝居も、来年3月には韓国公演を行う劇団態変も、その障碍を克服して健常者アーツに近づくという発想ではなく、それぞれの障碍そのものに個性として向き合い、その結果アーツの可能性を拡大する点は同じであり、これからますます、アウトサイダーライブや障碍者芸術に、いっときも目が離せない状態が続くことは疑いがない。   2009文字  小暮宣雄
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7/10(土)

烏丸ストロークロックの新作にワクワクしながらも、大作(その過程をちゃんとフォローできなかったことが悔しいが)のあと、時間がないなかでの短編3つなので、それが、この前の5年もかけてできあがった『漂白の家』の次にひかえる作品の萌芽になるのか、ちょっとした挿入の間奏曲なのか、わからないまま、でも期待を大きくしてアトリエ劇研へ向かう。知っている人が多くて、うるさいおっさんだったかも(帰りにオジーさんにあってまたあれこれ)。

烏丸ストロークロック短編集『仇野の露』台本・演出:柳沼昭徳(1999年、柳沼が近大文芸学部演劇・芸能専攻に在学中に烏丸ストロークロック結成。全部で75分と上田千尋さん。
ギターの生とテープがかぶる音楽の使い方にまずしびれる:山崎昭典さん(帰り、CDを購入)。
きっと、3月の『漂白の家』の音楽の人かと思ったが、違っていた(前は、中川裕貴さんだった)。

3つの短編、25分ぐらい平均か、ある、決定的(破滅と決断の)シーンがつながらず流れる。最後は決定的というのではないかも知れないが、それが続くと思うと心ふさがれるシーンという点では同じ。
はじめは、若い男女(田中浩之、川北唯)の『ふたりで悟った夜』。イメージトレーニングとかコミカルなところもあるが、若いときはもうどうしようもないと思ってしまうことが、中年以上になると、なんでそんなに大騒ぎにしたのか、と思うという類かな?と思わせて、実は・・という面白さ。最後の逆転がいささかコント的。じつは、3つのなかで、一番膨らませられそうなものかなと思いつつ、初期の鈴江俊郎戯曲を思い出したりもして。

二つ目は中年前期の二人。『怪火』。役者があまりにもうまくてこの味わいは沁みる。桑折現の役者姿というのを知らなかったように思って、やっぱりすごいマルチな才能なのだなあとびっくり。もちろん、阪本麻紀がこの演劇ユニットの中心であることはいうまでもなく、ある中途半端な世代の、表面的な存在の希薄さを火事で燃やそうとする一瞬が物語る独特の演出で簡潔にまとまあげている。

そして表題作。老年の中嶋やすきと新田あけみによるもの(身につまされて演戯として見られないのは近い年齢のためだろう・・)。
『仇野の露』。仇野(あだしの)は、化野と同じなのかは知らないが、念仏寺の無名でなくなった多くの仏様への挨拶演劇である。

ぼけること、妻がぼけても夫がぼけても、やはり二人はいぜん夫婦であり、親がぼけても息子や娘にとってその母であり父なのであるはず・・ところが、次第にその関係は揺るぎ目を逸らして、そういう関係事態が迷惑なものと化して行く。化る野にいまだ生きてあることの寂しさよ。 意外に消滅までの時間は果てしなく長く、なかなかにお陀仏できない私たち老齢化を宿命付けられた存在の哀しさは、それをステージとして示すことで、ぎゅっと抱きしめたい愛おしさへと転化する。

今日もまた、むだに、3時ごろ目覚めてしまった(妻のメール振動にて)こともあってかなり眠い。
13時から、大学院のリサーチ発表。私の担当の二人は、一人はシトフススキーにおける非ピューリタン的精神言及とアーツ鑑賞との関わり。もう一人は韓国の4つの文化芸術会館のケーススタディの基礎資料の発表。あと1年でだいたいの形にしてもらわなきゃいけない・・・

その他は、ぼんやりなるほどなるほどと聞く(反省としてはあんまりぼくが質問しないことだな)・・まちづくりの溜まり場の研究か、科学の創造性の勉強・・・しかし、直観とか創造性とか即興とか冗長性とか、マジックワードの数々。暗黙知も無意識と同じでマジック的だし、もうすこし、アーツのことも鑑賞したり研究したりしてから話してもらわないとかなりの欲求不満になる。まあ、それは、うちの初代文化政策学部長さんのときからそう思っていたことなので仕方がないとしても。


7/11(日)

妹の誕生日だった。電話する暇がなかったな。

創立25周年、劇団ジャブジャブサーキット第49回公演『蒼の組曲』作・演出:はせひろいち。ウイングフィールド。2時間はなかったが、かなり深い内容。エピローグが若干テーマを語るようになっていて、でも、もちろん、くどいというほどではない。

それに、SFだから、架空世界として一応は気楽に見られるけれど、やっぱり「しずかなごはん」的ないまの人たちの苦悩が充溢しているので、それだけでは止まるような内容ではもちろんない。

はせさんが平日、ヒライさんを急きょ演じていたようなので、こちらも見たかったのが少し残念なのと、唯一今回で気になったのは、題名。この題名だとあとでどんな物語だったか、手がかりがつかめなさそうで、それだけがちょっと気になる。再演のときは、ぜひ、副題をつけてほしいな。

夜は、小暮はなのヨーロッパ公演(行脚)の送別会。「料理処はな」にて。ワインと鱧。でも、いつものようにワインはあとに頭痛が・・・


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