こぐれ日録 KOGURE Diary 2010.7/12〜7/18


こぐれ日録701 2010年 7/12〜7/18

7/12(月)

ワールドカップサッカー、スペイン(長女はながスペインにも行くということなのでより親近感がでるし、何せ背が低いのが応援ポイント)がオランダ(オレンジずきでブルーナファンにとってはこちらも応援せざるをえない)に1-0で勝つ。延長戦での決着(PKでなくてよかった)。実力どおりだが、オランダもすごい。でも、オランダとドイツとのゲームも見たいなあと思う。同じようなサッカーだが、どう違って相手を探るのか、あるいは、同じタイプだからこその死闘になるのか。

政治の方は、どうもぱっとしない形(たとえば相撲と暴力団の関係をわざわざこのときにだすなど、法務官僚やマスコミの操作もあったのかな?)での参議院選挙があって、政権交替のあと少しは民主主義勢力が続くかと思ったら、市場原理主義勢力の撹乱なのか、民主党反小沢連合のオウンゴールなのか知らぬが、目も当てられない液状化現象の気配。

一番困るのは、各論、枝葉だけが、主要な政策方針についての本質的な議論を経ないで、成立してしまうこと―私の関心事でいえば、文化予算が動いたり、指定管理者制度などの市場原理主義的小泉竹中施策の撤去を経ずして、業界利益だけを優先するような形で劇場法などがこっそり通過したりすることだ。もっともっと基本が必要。つまりは、検察・財務を主要ターゲットとする官僚制(出先機関特会独法外郭仕分け含む)解体的改革とマスコミ解体的改革(クロスメディア禁止や記者クラブ廃止はいうまでもない)。

4限目の4回生ゼミは、卒業アルバム撮影。現役ゼミ生とOGが交流するということがいままでまったくなかったが、何かそういう機会もあったらいいなあ、とかふと思う。4回生は9月に一泊旅行かなにかを企画していて(アルバム委員たちが写真がほとんどないのでその撮影のためだが)、うまく、OGたちとの交流の次の日とかにするとか、ちょっと、夏休み、お盆ではないが、去ったものの復活企画もあればいいかな?と。

帰ろうとすると、6限目に都市計画論があるために残っている1回生(TAM研中心)がやってきて、日本映画鑑賞会のチラシを作っている。足踏みオルガンを久しぶりにあけて弾く。たまたま、ユーミンの卒業写真があって、一緒に歌う。幼稚園の先生たちを作る(それも数十年前の)研究室みたいだな。それにしても、いまの一回生は楽しみ。2005年度男女共学になって、4名のTAM研メンバーがきて、まちかど芸術を担ったあのときを思い出す。冠婚葬祭業になった者、ペンキ塗料の会社(一部上場だったはず)に入った者、フリーペーパーの編集、そして、農協職員。一人は遠いが、それ以外はたまに、めくるめく紙芝居にやってきてくれる。

帰って、歌舞伎名作撰DVD、壇浦兜軍記(近松門左衛門『出世景清』を題材とした五段構成の時代物の浄瑠璃)の3段目『阿古屋』を、坂東玉三郎で観る。76分、2002年歌舞伎座の舞台。
中村勘九郎(当時)、中村梅玉。

最後の胡弓の現代音楽風の弾き方に一番しびれる。これを鑑賞授業にするには、かなりの補助線を引かないと無理だろうな。またまた、面白い教材候補である。


7/13(火)

前期もぼつぼつ終わりへ向かっている。

大平正芳さんの「文化の時代」田園都市構想と楕円の哲学、含羞の美学などを軸にぼんやりと政治と文化と地域の関係を考え直そうと思っている。(下に重要な部分を抜いておく)

2回生ゼミの最後。夏休みにあるワークショップへの誘いと、他己紹介。どうしても20人が2つのアクティブなグループと男子のバラバラに分かれているので少し動かしてみる。8/2、懇親会。

5限目の都市とアーツでは山科社会福祉協議会のお二人が来られて、丁寧に地域のボランティア活動の紹介をしていただく。ぼくも大学のとき社協さんの基礎講座をうけてから文京区のボランティアセンターに通っていたことを思い出す。

19時にすこし遅れたが、京都学生芸術作品展2010、第1回学生マネジメント委員会。
チラシをまずつくり、そこに、ブログの所在をのせたいので、それが大きなテーマ。
とりあえず、キャッチなことばとして、「アーツ・バー」が誕生。よかったよかった。
ことしは、アーツ・バー@元立誠小(Arts Bar @Rissei)となるか、アーツ・バー2010か。
・・・・・・・・・・・
福永文夫『大平正芳―「戦後保守」とは何か』中公新書、2008年。より、抜書き(勉強用メモ)
p273-4 「文化の時代」
《 大平(正芳)は、高度経済成長後の日本社会のあり方として、「経済の時代」から「文化の時代」への転換を唱えた。(中略) 大平は一見抽象的なこれらの課題の解決を、「田園都市構想」と「家庭基盤」の充実に託した。それは一方で文化の重視と人間性の回復を、他方で雇用、老齢、健康、住宅、余暇、文化、教育等への適切な施策をともない、財政支出の拡大を予想させるものであった。その意味で一般消費税の導入―財政再建のための増税は将来の財政力の活動、言い換えれば「文化の時代」にふさわしい国家の積極的な活動に備えたものであった。
《 それはまた、臨調路線の新自由主義の競争原理に基く、効率と経済的豊かさを優先した小さな政府、規制緩和、民営化とは趣を異にする。行財政改革以外のもう一つの選択肢を示し、社会の統合と政府の「復権」をめざす試みであった。》

p275-6 「含羞の人」
《 彼(大平正芳)は政治を多元的・機能的にとたえ、政治に何ができるか、政治は何をなすべきか、そして政治は何をしてはいけないかを問い続けた。そのリベラルで、デモクラティックな政治姿勢といい、彼は政治の限界を弁(わきま)えた含羞の人であった。
《 他方、大平は政治をすべての国民がそれぞれの立場で、それぞれ得意とする楽器を手にして参加するコーラスに譬えた。そして、政治家の役割を国民の政治参加を促すお手伝いに限定する。・・・・
 ・・・・
《 大平には、岸、福田や中曽根のような国家主義的色彩も、「乃公(だいこう)出でずんば」という大上段に構えた姿勢も見えない。権力の行使についてきわめて抑制的であり、懐疑的ですらあった。また、何度か触れたように岸に見られた戦前志向もない。大平は、戦後の歴史のなかに身を置き、戦後民主主義と平和感覚を正面からとらえ、国民とともに民主政治の定着に努めた。歴史・言葉・文化の持つ重みを、含羞を持って受け止めることのできる政治家であったと言えよう。》


7/14(水)

今朝は、教室変更がうまく伝わらないこともあり、いまいちな水曜日のスタートだったが、事務的な表も作ったし(2012年度に手直ししたいカリキュラム的な改善案)、滋賀近代美術館の方々によるヒアリングも忘れかけていたが思い出したし、美味しい枝豆を今井先生にもらったし、まずまずだったな。

(滋賀県の美術館さんに、館長ツイッターとかどうですか?とすすめてみた。
十和田市現代美術館館長<"http://twitter.com/TowadaArtCenter" target="_blank">さんをフォローしているので。

あと、悲しい例として、こちらも
"http://blogs.itmedia.co.jp/dyamaoka/2010/07/post-b993.html" )

U限目、TAM研(たちばなアーツマネジメント研究会)のみんなに、京都学生芸術作品展の学生マネジメント委員会参加(8/6の19時から、キャンパスプラザ)を伝えたし(2回生にももちろん伝えたかったが、時間が押したので、コピーを渡しただけになったなあ)。

そして、一回生が率いる新TAM研2010初企画、日本の古い映画を見よう会は、小津安二郎の「生まれてはみたけれど」、「お早う」の、子供を主人公にした映画の二本立て。
1932年の名作無声映画を最後まで学生に見せたのは、もうずいぶん前の授業以来だと思う。

最後は、ぼくを入れて4名だけになったが、最初はけっこう多かった。113教室、モニターが新しくなったら、映画の上部が切れてしまうのが欠点だなあ。

こうして続けてみるとディテールの相同性もそうだし、父と息子、兄と弟、色々比較できるし、食卓、洗濯など主要なモチーフを学生も見られたと思う。戦前はカメラが動くなあ、小津映画。


7/15(木)

11時までが、一週間で一番のんびりできる時間。
でも、京都学生芸術作品展2010学生マネジメント委員の募集というペーパーを作って流す。

近大、7/17(土)の補講の件、4/8の代わりとして、4/8の前(たぶん、4/2ぐらい?)に事務局に伝えたはずだったがうまく伝わっていなかったみたいなので、あわてて、同じ時間、同じ教室ですることに。

帰って、滝廉太郎の新書を読んでいるので、CDを聴きなおし、楽譜を注文する。
はなちゃんに、すこし見せようかなと思っているので。

三國連太郎と左幸子主演なので、『飢餓海峡』(内田吐夢)関連として買っていたDVD、山田典吾監督(脚本も:原作:中沢啓治)の『はだしのゲン』(1976年、107分)を見る。どこかで見たような気もする(テレビ?)が、はじめてだったかも知れない。出だしがあまりにもテレビ的でまずいなあ〜とか思っていたが、けっこう、どんどん面白いなあと見ている。映画作品としてではなく、非国民とは何かを考えるために・・・


7/16(金)

昨夜はアルコール皆無というとても珍しいことをしたら、ぐっすり5時まで熟睡。ひとつには、もう、授業が終わりになってきていて、気の小さいぼくは、その無意識のプレッシャーからも逃れていたというのも理由だろう。

都市と文化資源は先週まで。今日、京都文化ベンチャーコンペティションの案を提出する学生が多い、それも政治学概論1のときに(笑)。政治学概論1も15回終了。でも、この授業は出席とそのときのコメント(小テスト2回)最重視なので、4回生などのために、あと1回ボーナスあり。でも、岡本喜八ワールドで『血と砂』だけではなく『独立愚連隊』(いまのところ、こちらの方がいいかな、と。『肉弾』を当初は予定していたが)を見ることで、映画表現としての戦争(政治の激しい場面でもある)について、より深く知ることができると思う。受講生でなくても、もちろんオーケー。10:40〜、821教室にて。

山科区から「交通問題」の研究会のメンバーのお誘いあり。「交通」は単なる運輸的なトランスポーテーション(運送)という意味だけではなく、コミュニケーションという意味もあるとは思うが、そのあたりはちらりといいたいなと思ってはいて。

てっきり、大善院さん(仏光寺そば)の「仏説阿弥陀経」ライブ(佐々木和尚さんとその息子さんのキーボード)が、16時半と思ってあわてて、雷の中でかけたら、18時半だった。で、はながポルトガルのお土産に祇園祭の山鉾の手ぬぐいを買うといっていたので、鶏鉾(ここは鑑賞とセットになっていたので、鉾にあがって鉦と太鼓演奏を間近で楽しむ:40曲ぐらいの囃子の種類を書いた帳面みたいのを持っている人が鉦の子どもたちを指導していて、次はこれね、とか見せている)と、函谷(かんこ)鉾の手ぬぐいをゲット。函谷鉾に行こうとして、身動きがとれずに往生する。

で、はなと一緒に、大善院さんさんへ。はなも河童の手のミイラ(笑)や、つちのこ(笑)〜でも寺宝だぞ〜を見たあと、和尚さんたちのライブ。きっと、マイクがなくてもよかったのかもねえ、とか、やっぱり、意味がわからなくてもお経がいいかもねえ、それに節があったほうがいいけど、そうすると、キーボードが難しいかもね、とかいいつつ、あとで和尚さんが意味とか教えてもらって面白かったとはなもいっていたし、なにせ、実に珍しく、発展性のあるライブだと思う。住職が本業であるお経をライブするのだから、有難いし、プロの味。しかもライブ。和尚のたっての願いもあり、はなも1曲。ギターが奥から出てきて、チューニング。「たんぽぽのように」。立って歌いたかったらしいが、上から歌う感じはよくないなと思って座ったということ。よく本堂に響いていた。

ぼくは、shin-bi(今月で終わり)の、宮北裕美さん(ダンサー)と鈴木昭男さん(サウンドアーティスト)のライブを楽しむ(前売りで2500円)。20:11〜20:25ぐらいかな。アンソンブルゾネの岡さんに始まる前娘たちの話をずいぶんしてしまった(おやばか爆発)。とりわけ、二女が言葉関係なので、つい、多和田容子さんともつながりのある岡さんとはドイツつながりっていう感じになってしまって。

おお、ライブの模様も書かなくちゃ。
「からだをどうぞ〜音とダンスの即興セッション〜」
まずは、宮北さんの一人、場所との対話、準備体操をみても彼女の体の特質とか動きの得意な形がよくわかる。で、鈴木さんが来て、まずは、手作りの台とガラス板を使って、お箸でちゃんちゃんっていう感じの音づくりなのに、そのバリエーションの豊富と思いがけなさとのつななり。
裕美さんは床と体との関係を中心に丁寧に踊る。

棒を引く鈴木さん。床がなるのか鉄がなるのか。なる間がなるのだろうな。間。二つの音の間を聞くのかも知れない。匣女。鈴木さんもあとで匣に入ろうとしたりして、笑いも多くて、じっくりと動くだけの裕美さんとすばやく動く裕美さんの幅もまたたのし。終わり方がうまくいかないのも、また味。


7/17(土)

近大(アートマネジメント論)の補講(4/8が京都橘大学の新入生キャンプだったため)。
土曜日なのに、平日と間違って鶴橋から急行にのって、なんとむかしいとこ会をした石切までいった。
でも、かわりによく本が読めた。そとが、なんだか気持ちよい天気。梅雨も明けたしね。
すこしずつ下界からあがっていくかんじがよかった。
もう夏休みにこころがとても近づいている(あとは採点と入力だけだ〜〜)。

時間の余裕をみて、滝廉太郎のことを書いていたら、17時。
でも近大から一乗寺の「のん」まで2時間で着く。長女はながすこしして自転車で到着。
満員、のんのパパさんが病気なのだそうだ。
三上ようへいさん(彼も病気)の相棒・鈴木こうさんがお手伝い。

初めて聞く廣石雅信さんの歌はしっかりとしていた。若々しい声である。ひがしのひとしさんが小さなギターで少し伴奏していた(気がつくと)。
年齢相当の小さな市民農園での話とかほのぼのしている歌もあるし、社会と向き合いおかしいことはおかしいと思い続けいい続けてきた人だとうなあ、と思わせる歌も多い。最後の京橋のアパッチさんの歌とか、とりわけ大好きだ。MCも面白く、たとえば、知覧の特攻記念館の変質とか、心にぐさりとくる。

10分のお休み。
他方、ひがしのひとしさんの小声演奏はより小声になる。しかし、よく聞き取れる。聞こうという気持ちの問題であることがよくわかる。
(のんママさんのお手伝いをずっとしていた、やさしい、元南河内万歳一座出身の)鈴木こうさんのバイオリンやギターの伴奏も本番一発のスリリングさもあるが、じつにいい感じ。終わっても、小声でブラッサンスとかフランス人がいたせいもあってうたっているhがしのさん・・・


7/18(日)

ツイッター遊びにふけっていて、めくるめく紙芝居プロジェクトには、少し遅れて(13時からだったが)、JR山科駅着。細い道をいっていると、若者たちが、空き家なのか、貸し部屋なのか、そういうところに集まっていて、山科醍醐こどものひろばの男性(若者)たちが、私に声をかける。新しいセンターができたそうだ。
京都創造機構(もっと長そうだったな、地域とかついていたっけな)の関係もあるのか、新しい動きが出ているようで、新しい代表さんにも会って、第2部です!とかいってはった。

その直後、女性2名から、JR山科駅を尋ねられて、教える。よく声をかけられる日だ。
すでに、スポーツ室ではヨガ体操。いちど、ちゃんと何も見ないで自分たちができるようになるまで特訓がいるかも知れないな。でも、林加奈さんがいなくなる〜効果はこういう自発的活動として、随所にでている。

なんだか、部活みたいだなあ、という声もある。いつものだらだら感が減少している。でも、いまではお客さんではないので、たしかに部活、自主連。そこに、クラブコーチが指導するっていうタイプになっているのかも知れない。メックシュー団ね。

今度の再演(京都プチ山うさぎ事件簿)は、ダンスシーンが多いし、歌もけっこうある。歌のかわりもちょっと心配だが、今日は来ていなかったので、ゆずこダンスの練習。ひざかっくんをする人も決まって、これは味がある。だい2のゆずこちゃんとのコンビは、大きい人、小さい人の山下残−納谷衣美を髣髴とさせる風合いあり。面白くなりそう〜

2時間がすぎて、大会議室へ。ここでは、音楽即興。ところが、今日は時間があるので、4つの組に分かれて(総勢18名ぐらい)、題名をつけてひとつの音楽作品を共同でつくることになった。
ぼくらは「赤い色が好き」と題名にして、それをつぶやいた女性がいつもはなかなか加わらないので、彼女が加わることをぼくのなかの目標としてやってみた。けっこう、楽しんで、なかなかシュールなビキニ人形をキューキュー言わしていて、よかったなと思う。N君のギターはギターを提供していただいたおかげでとてもよく響き、彼もかなり得意そうだった。

帰り、下でおやつ。中学2年生1名3年生2名の女子3人がいつもいて(今日は小学6年生の男子を拾ったとかいってつれている、「カシパ」だという。なるほど、お菓子パーティか。彼女たちは、ぼくに、なにか面白くてそんなことをしているの?とか、そんな歌は嫌いだとか(ガキにはわからんわな、そりゃ:もちろん、自分たちの音楽選好がいかに狭く操作されていることを気づくことがあるのかどうか、これは大学生とか一般的にも同じことなので、ほんとは怒っても仕方がないのですけれどww)、アイフォーン?とか、かなり意識している。


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