こぐれ日録 KOGURE Diary 2010.1/18〜1/24


こぐれ日録676 2010年 1/18〜1/24

1/18(月)

世界劇場会議 国際フォーラム2010において、学生セッション(2/13)の司会役をすることになっているのだが、あわせて私も発表論文を出すということだったので(20日締め切り)、あさ、考えだす。結局、次の日(19日の朝に完成)に完成したのだが、どんなタイトルと目次かだけ、ここにアップしておく。2000〜4000字目安ということだったので、本文で3900字余とした。

『アーツマネジメント分類学―静態的分類から実践動機分類へ―』
(1)アーツマネジメント学のこれまで―はじめにかえて―
(2)アーツマネジメントにおける静態的分類
(3)実践動機視点によるアーツマネジメントの動態的分類の試み
(4)公共圏アーツプレースとしての劇場―おわりにかえて―

  もし、あと4000字ぐらい書けたら、ここでは、注に書いたことを展開したのかも知れない。 以下、注に書いたのは、<アーツの享受/評価視点からの分類論では、「おひとりアーツ」「親密圏アーツ」「組織内アーツ」「公共圏アーツ」「コミュニティアーツ(あるいは先端コモン圏アーツ)」と一応名づけているが、まだ、名づけのところから流動的であり、年度末に「アウトサイダーライブ」に関する調査報告をする予定なのでそのときまでにまとめる予定にしている>ということで、これで自分で自分にプレッシャーをかけることになった。

大学は3回生ゼミ。
一人は「電車とアート」という面白いテーマについて。これだったら、ダンスボックスとか大阪アーツアポリアとかで行われたものや、京阪電車の大津でのこのまえの文化祭など事例がそれなりにあるし、まあ、彼女が研究する間(せいぜい、今年の10月末ぐらいかな)に、きっと、自分で調査できる電車内アーツがあるだろうから、うまく事例とぶつかるように、私も目を凝らしておく必要がある。

あとの二人は、一人はライブハウス、もう一人は、ミニシアターといっていたのだが、写真。後者の写真については、記憶としての枠をつくるメディアとしての写真論のような感じのようで、これからだが、どういう基本文献を読ませたらいいのか、少し検討する必要がある。

卒業研究について、一人の学生が前に出る。自分の研究するかも知れないテーマを黒板に書き、ゼミ生たちが、その言葉で連想することを言わせて、その前のゼミ生がそれを黒板に書く。出てきたものが前と近いと隣、遠いと遠く。そうして、グルーピングが出来てくる。まあ、ある程度自分の研究方向を持っている学生はいいのだが、まず、自分の関心がどこにあるのか?と自問するために、ゼミという場を活用させていく。
まあ、ちょっと、そういう手法を最近しているようで、これは4月の新3回生ははじめからやっていこうと思う。

行政法については、去年の最後に行政行為をずいぶんしっかりやったので、あとの訴訟法や強制執行などは、実例などを使ってさらっといけばいいかということで、企画する。まあ、これはこれでよかったかな。


1/19(火)

朝早くおきて、きのうの日録に書いた論文を実は仕上げて、世界劇場会議にプロフィールと顔写真とともに送る。明日の配布資料のことを考えたり、ぼんやり。

15時となっていたが、14時ぐらいに山科区役所でリサイクルアートの審査。
かえっこバザールのことをまちづくり推進課のかたから聞かれる。山科音頭のテープは若い人の机の中にあるそうだ。また、何んとか音源を借りよう。2/14のふれあい山科のイベントの最後が山科女性会の人たちの山科音頭の踊りだそうだ。13日に名古屋から帰って、14日だけれど、それだけは見に行っておこうとおもう。出来れば、ゼミ生も来て欲しいのではあるが・・・そうだ、新2回生を集合させようかな?

あわてて、大津プリンスホテルへ。北村成美さんや林加奈さんもいて、アウトサイダーライブ研究会プラス、アメニティ・ネットワークフォーラム4の同時開催企画、アウトサイダーライブ「アーツというツールで支援のいらない場をつくってみよう!」。それにしても、すごい題ができていたな(びっくり)。

なんと、2/4〜2/6が京都橘大学の一般入試前期で、お仕事。
なのに、2/6のお昼、はじめが、ワークショップ「めくるめく紙芝居を体験する」プログラム3(かわるかも知れないけれど、一応:12:30〜14:30)、そして、続いてワークショップ「ひとのからだをタイカンする」プログラム414:4516:45)となっているのだ。プログラム3はもちろん、メックメンバーに林加奈、井上信太、そして、プログラム4は北村成美、湖南ダンスワークショップメンバー他、という豪華ダブルワークショップなのである。

まあ、私も、大津から大学に通う予定。2/5のプログラム1「アウトサイダーライブ事例あれやこれや」には間に合うかどうかぎりぎりだが、プログラム2「アーツというツールで支援のいらない場をつくってみよう!」は、私が進行役なのだ。一応、20:30〜22:30。もう就寝の時間じゃないか!

あと、2/6は、21:30〜23:30で、プログラム5の公開研究会。まあ、これにも出席。そして、2/7は、9:30〜13:00ぐらいまで、プログラム6,7があって、リハと本番、アフタートークが続くという凄いプログラムなのだ。今日始めてみて、びっくり、嬉しいやら、なんで、入試なんや、と歎くやらで。
みて、びっくり、嬉しいやら、なんで、入試なんや、と歎くやらで。


1/20(水)

昨夜は、かなり眠いので早く寝た。

そのまえに、これはホントに世界史の復習に最適(もともとは、リュミエール兄弟の映画のはじまりのために買ったのだが)の『NHKスペシャル 映像の世紀第5集 世界は地獄を見た 無差別爆撃、ホロコースト、そして原爆』(1975.7.5放送)を見た。

そのなかの「学徒出陣」(日本の映像はそんなに多くないが、ときどき世界のなかに位置づけられる形で出てくる)は、雨のなか、学生も出兵するというものだが、そこで、天皇陛下万歳のシーンがあって、東条英機(たぶん)が、音頭を取る。そう、その万歳はやっぱり、降伏のバンザイではなく、掌が両方、内側にする万歳だった(確か、麻生太郎さんは、この形にこだわりがあると聞く)。ところが、学生たちは結構降伏のバンザイをしている。

時間は飛ぶが、今日は15時すぎから17時まで行われたキャリア関係の会議のあと、学部長とちょっとだけ飲んで帰ってから、昨夜の続き、『NHKスペシャル 映像の世紀第6集 独立の旗の下に 祖国統一に向けて、アジアは苦難の道を歩んだ』(1975.9.16放送)を見た。

孫文、ガンジーに毛沢東にホーチミン。ホーチミンが一番知らない有名人だった。日本が占領して万歳をさせているのを見ていると、これはみんな降参の万歳だった。

9時からのめくるめく紙芝居とダンスで理科の報告会(兼授業)は、短いぐらいの充実したものだった。児童教育の先生も学生も来ていただき感激。林加奈さんがいなくてもう本番やワークショップが出来るようになればいいという話しが、まさしく、メックの場が地域公共人材養成(生育)の場となりうるという証明のようで、嬉しかった。

北村成美さんは映像出演(井手上春香さんに、このとき井手上さんは何をしていますか?とけいちゃんが質問してくれて面白かった)だったが、昔授業を見たときよりも、ダンスそのものへと向かう潔さが明白ですごく心打たれるものだった。ダンスが体と私達の生きる場にある、それだけで、理科の授業でもあるし道徳や体育の授業、図工の授業でもあって、それ以上のものである可能性。そこに目をつぶって功利的に勉強にダンスが役だつ、というような、近視眼的な言い方はもう越えてきたなと思った。


1/21(木)

同大院は、最後の授業。
MOPのマキノノゾミさんが、私達のお芝居は、真剣なごっこ遊びというキーワードをつかっていて、たまたま、限界芸術が子どもの遊びから出ているということも言ったあとなんで(先端芸術が限界芸術を刺激するはなし)、タイミングがぴったりだった。
レポート提出は10名。いろいろ面白かったが、特にバラ(園:造園以外に園芸としてのバラ術)を、アーツ(限界芸術だろうな)と見て、それにアーツマネジメント理論をあてはめて考察したレポートが秀逸だった。

大阪成蹊大芸術学部は、23日の土曜日、4限目に補講ということになった(28日が口頭試問なので:まだ、卒論15名分をちゃんと読んでいない)。
めくるめく紙芝居が18時から山科青少年活動センターなので、まあ、間に合うからいいが。
この日は、小暮はなのライブもあって、いろいろ調整とかが悩ましい土曜日だったな。


1/22(金)

政治学概論Uは、2回シリーズで、MONOの『橋を渡ったら泣け』を政治学的に鑑賞するというものだった。学生の感想を少しアップしておきたい。
・・・・
◎ 演劇を見て、社会の仕組みや政治とは何かがもっと分からなくなった気がします(笑)。権力といかないまでも、人よりも優位な立場にあったりすると統制的になってしまったりだとか、利害調整の難しさを感じます。
 世界では多くの政治体制があって様々な宗教や伝統が複雑に絡まって存立しているので、ベストはなくてベターを模索しなくてはいけないと思いました。
 この授業を受講して、政治の制度や仕組みを正しく認識する必要を感じました。政治の話は誰でもすることはできますが、原理原則を理解しよりよくするためには何が重要かを考えていきたいです。

◎ 最後の方のシーンで、八代さん(自分はレズだと身を守っていたが、ようやくいい伴侶が見つかったと歓んでいたのに、その男は自分が権力者になるのを怖れてまた去ってしまった)が「すぐどうでもよくなっちゃうのよね」と言うせりふが印象的だった。日本のメディアが政権交代をはじめとする世の中の重要なうごきを伝えても、ほんの少しの間人々の中で騒がれるだけで、すぐに興味を示さなくなる。すぐに「慣れ」てしまうのだろう。そこにあることが当然隣、「もう決まったし」「自分が言ってもしょうがないし」「どうでもいいし」という考えで意見すら言わず、『流れに任せる』。
 自分で考えて決めるということは、今の子どもたちに足りないものだと散々言われているが、社会の人々のほとんどができていないのではいだろうか。ラスト(エピローグ)のような、言葉や監修が違う人々をあれだけ集めた街はまさに李その社会ではないだろうか。

◎ ただ人が漂流する物語として見ていたらおもしろくなかったと思う。でも、政治学と思ってみたらすごく考えさせられました。政治家はイヤな人というイメージがあるけど、すごく基本にもどって考えると、あおの人たちがいなきゃ国が保てないんだと感じました。
 トップに立つ人は何かと“おかしく”なってしくものか、気になりました。鳩山さんがいままでのままの人格を保ってほしいです。・・・
・・・・
15時から、京都文化会館別館2階で、平成21年度文化ベンチャーコンペティション第4回実行委員会。来年度の方向性がだいぶん見えてくる。もうすこし、「芸術」を!という事務局の姿勢を応援したいもの。
1/30の15時半から、この場所(旧日銀京都支店の建物)にて、第2回文化ベンチャーネットワークの会がある。「くらしとアートをつなぐコト〜デザインのはじまり〜」。「京色パステル」と金箔を使っての「描き始め」&「デザインのはじまり」のはなし、そのあと、交流会。


1/23(土)

今朝は、2時に一度目が覚めたが、水を飲んでまた寝ようとしたら、断続的に4時50分まで、さまざまな夢の連鎖劇だった。でも、4時前と5時前では頭のすっきり感が随分違う。

昨夜ツイッターで上念さんが、「細君(さいくん)」とご自身の配偶者を呼ばれたら、通じなかったというような話題があり、自分の世代でもそういう古風な呼び方(「細君」)をする人たちは少ないだろうし、どちらかというと、夏目漱石などを読んで、よく、何々君の細君が・・という風に、同輩かそれ以下の人の配偶者を指す明治や大正の歴史的事実として、小さいときから印象付けられているとツイばったりした。

でも、あとで調べると、自分の配偶者である妻を「細君」と呼ぶところから転じて、同輩以下の妻をも「細君」と呼んだのだそうだ。

今朝は、インターネットに接続するとツイばることは確実なので、妻が起きてくる前の1時間、もう一度志賀直哉の「山科の記憶」をはじめとする「山科もの」4部作"http://www.hpmix.com/home/memi/C7_11.htm"のうち、「瑣事」と「晩秋」を読み直した、「細君」云々とは無関係に。
正確には、「晩秋」が「瑣事」の原稿のこと、そして、それを妻が第三者(むかし志賀宅に居候していた女性=田舎者と作中の私はいう)に告げ口されるという構成になっていて、その関係が面白いなとそういう目線で見ていた。

前置きが長くなった。それで、「細君」のことである。「瑣事」のなかに、自分(43歳)と仲居のお清(20歳)の関係を、客車にたまたま乗り合わせた、「六十近い半白の老人とその細君らしい二十三四の眉毛を剃り落とした女」になぞらえているシーンを見つけた、という次第。まあ、アラカンが「老人」というのも大正年間(14年に発表)らしいし、眉毛を剃り落とす女(眉毛を取るのは貴族などが感情の動きを読み取られまいとしたためという話を聞いたことがある)というのも、なかなか舞踏ぼくて興味深い。

で、「細君」=妻である。この場合、同輩と見ているということが「細君」という呼び方で分かる。同輩というのは、友達を「○○君」と呼ぶところから、その続きで、その君呼びの連続として細君が自然と出てくるのかも(連想的に)。では、目上の奥様の場合、「細君」と呼んだ例はないのかどうか。まあ、何かの折に細君が出てきたら、チェックしてみよう(些細なことだが、志賀直哉を読み出すと、そういう微細な心の機微みたいなところにずいぶん注目させられるのである)。

あと、「瑣事」には英語がけっこう出てくる。ポケットやオートバイ、「活動のロケーション」は別としても、ヴァニティーとイリュージョンがキーワードになっていて、とりわけ、お清(「彼」=話者の浮気相手)の「女の一種のヴァニティー」だと解する、というところなど、出だしの重要なところで使っている。あんまり、志賀直哉とモダンな外来語は結びつかない先入見があったので、ちょっと意外で面白い。

大学に行って、200人ぐらいあるレポート採点をしてから、大阪成蹊大学に行こうと思ったが、とりあえず、同大院のレポート採点(といっても11名のみ)をして、あとは、NHKの『映像の世紀第7集:勝者の世界分割』を見る。「東西の冷戦はヤルタ会談から始まった」という副題があるように、戦後の重要な国際政治の話。これは、来年度の授業に少し使えそうだ。「デモ」のシーンもあって、これは限界芸術論向け。

長岡京から山科へ。山科青少年活動センター着。時間があったので成蹊の学生の成績評価をする。
そのあと、めくるめく紙芝居。太陽クラブのみんなはいろいろ重なり、また、2回生はレポートに追われたということで、5名のみ。
でも、とても楽しかった。すごく長く続いた即興音楽で、歌というか、ラップみたいなものもやってみる。
2/5-7のアウトサイダーライブがあることがちゃんと伝わっていなかったようで、これも心配の種。でも、なるようになるさ。わたしの場合はそれよりも争いなくやりすごせるかどうかが心配かも。

帰り、そういうこともあって、駅を間違ったり、黒色の手提げ袋を忘れたり、プラットフォームで倒れたり、帰って八つ当たりしたり。散々。
黒い袋のなかは、『岡山の民俗』という買ったばかりの古本。これは、岡山の民謡(ゼミ生の研究課題)が最後にのっていたから。あとは、アウトサイダーライブのちらしと、原稿のコピーなどなど。あとで考えると、京阪三条のプラットフォームの椅子に置き忘れていたのかも知れない。そうなのに、丹波橋で特急で下りたとき、あ、電車に忘れたと思って、足がもつれてばたん。車掌さんが止めてくれていて、みんなが見る中、特急に戻ったが、黒い袋は見当たらず。


1/24(日)

親戚の結婚式と披露宴に呼んでいただいたので、神戸元町にあるホテルへ、妻と行く。
結婚式は、花嫁さんはもとより、出席する女性人はその衣装のことなので、何かと大変だ。
まあ、それが、ハレ(晴れ着、晴れ姿、晴れ晴れ)の意味でもあるのだろうが。

親父のお葬式(2004年11月)以来にお会いする方がすでに控え室にいらっしゃって、その奥様ともども、この「こぐれ日乗」を読んでいただいているのだという。映画「靖国」のことを私が書いていたこととか、いろいろご存知で少し恥ずかしい。
ところで、とその方が質問されたのは、「日乗」の意味だった。日蓮宗との関係をお持ちですか?ということのようで、いえいえ、ただの「日記」なんですが、かっこつけて「日乗」っていっているだけです、と答える。他の方からは、そういう質問をしていただいたことがなかったので、新鮮な質問だった。

確かに、日蓮、日奥、日親、日像・・・なるほど。それに、最近のこぐれ日録(日乗)は、蓮如とか最近そういう話題も多いことだし。
結婚式は、神道式だった。祝詞、笙の生演奏がなかなかいい響き。親族が立ったり座ったりすることが多く、隣のお袋には少し重労働だったが、彼女も張り切って綺麗な着物をきて列席していた。

披露宴は35階の港が見えるルーム。バイオリンとピアノの生演奏である。列席するみんながリクエストした曲が演奏される。私がリクエストしたバッハも流れて、そういう心遣いが最近の結婚披露宴には随所に見られた。

帰って、少し写したデジカメを見た後、時間がありそうなので、学生も見たといっていて、いろいろ話題だった社会派作品、阪本順治監督の「闇の子供たち」(137分、2008年8月2日公開)を見る。長い映画なのだが、ラストはかなりはしょった印象があるのは、テーマが重くて多いことからなのだろう。原作はもっと色々なことを語っているのかも知れず、映画で取捨選択することの難しさを見ながら思った。最後の歌は好みではないが、メロディーがそのあと少し頭に残る。


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