こぐれ日録 KOGURE Diary 2010.2/22〜2/28


こぐれ日録681 2010年 2/22〜2/28

2/22(月)

夜、精華小劇場にだけ外出する予定だったが、億劫になりやめる。
映画などを見て過ごす。つい眠くなるようになったのは、年のせいもあるが飲酒も問題があるのでは?と妻に言われている。少し控えよう。

ずっとツイッターのタイムラインを眺めたり、さえずったりして時間が過ぎる。でも葬式演劇祭(仮称)のような話がかってに起きていたり、ツイッターが起点となって文化プロデュースが行われる可能性もあるのかも知れない。
http://togetter.com/li/6665

途中まで見ていて、ようやく最後まで見たのは、NHKスペシャル映像の世紀第9集『ベトナムの衝撃―アメリカ社会が揺らぎ始めた』1995.12.6放送、74分。ここまでしか買っていないが、20世紀の世界史を復習するのはもってこいのもの。ベトナムの僧侶の抗議焼身自殺の映像とウッドストック音楽祭のマリファナ・ヌード映像が混淆する時代。

エリック・ロメール追悼ということもあって買っておいたのは、6名のヌーヴェル・ヴァーグ監督によるオムニバス映画『パリところどころ PARIS VU PAR...』97分、1965年(ヌーヴェル・ヴァーグ時代の終焉期でもある)。それぞれ12分〜18分。
路上を歩いて、あるいは走って移動したり、素人を使ったり。偶然の効果とか無造作な構図とか。低予算で16ミリというのも一定の効果。でも、尻切れトンボに終わって気がつくと次に行っているというときもあった。

@ ジャン=ダニル・ボレ監督。声の低い娼婦とおどおどした青年。スパゲッティの食事のシーンが印象的。その食事分のお金だけ返そうとする娼婦。
A ジャン・ルーシュ監督。小さなアパートを購入した若夫婦。でも隣に大きな建物が建設されて、いらいら。そこに変な男、思いがけない結末。
B ジャン・ドゥーシュ監督。フランスに来る米国人というテーマは結構フランス映画にはよく出てくる。二人の男がとりかえばや、の世界。
C エリック・ロメール監督。主題は「エトワール広場」そのもの。車の間を走り抜ける人たち。傘の凶器性、スポーツ新聞、メトロでの婦人二人との関係。ぐるぐる回ってまた会ってしまう滑稽。舌打ちする都市の一こま。喜劇的でだいたいが男女間の小話風なのに、これは、シャツの販売員の悪夢のようでひたすら平凡な日常風景。
D ジャン=シュック・ゴダール監督。若い女が可愛いモデル風。手紙を二つ書いて封をする、なめて。そして特急便みたいなポストへ。おお、しまったわ、二人の男への手紙の内容が間違ったみたい。あわてて、二人の男のもとへ・・・ところが。コメディの基本。鉄の造形作家が本物だそうだ。
E クロード・シャブロル監督。家族の意思疎通はない。父親はメイドと浮気、母親は冷めている。ぼく(中学1年生ぐらいかな?)は無視して、音がなくなったりもする。


2/23(火)

今日も完全休暇。
このまえ、グレン・グールドはうなる声が邪魔なんですよねえ、と西洋クラシック音楽ファンの人に言われて、こちらはそういう風にレコードをコレクションしたりするほでもないので、そういう評価なのかなあと思う。
今日は、ザ・グレン・グールド・コレクションvol.3(「コンサートの終焉」)のあとに入っている、vol.4(「フーガへの情熱」)を楽しんだ。前者は少し前に見たのだが、かれが、コンサートをどうしてやめたのか、特にコンサートって有名な曲ばっかりしかできず、自分の力を発揮できないこと、そして、自分の録音したレコードの模倣になってしまう弊害などを語っていて興味深かった。

で、フーガ。ベルクのピアノ・ソナタ作品1の動きをタッチと楽しむ面白さ。後期のベートーヴェンが50年飛び越えてシェーンベルクの初期につながる話、そして、なんと、彼自身の声楽と弦楽四重奏曲のための作品「フーガを書いてごらんなさい」で締めくくられる。

この前、アウトサイダーライブアーティストに近似する動きの面白さをグレン・グールドには感じたが、逆に彼がライブをやめるようになるということを対置してみると何が分かるのか、少し宿題に。

パソコンはできるだけ開かずに(テレビでカーリングがあったりするのは困ったものだが)、読書をする午前中。共同通信社社会部編『沈黙のファイル―「瀬島龍三」とは何だったのか』(新潮文庫、1999年)は読了[なお、政治的な読み物として続いて読み出したのは、佐藤優『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社、2005年)]。

戦争責任の自覚がなく、天下国家を論じる中曽根ブレーンとなった瀬島龍三を中心のドキュマメンタリー取材とインタビュー本(ちょっと焦点がぼけているところとインタビューがあとにいっぱいついているがそれは読みにくい)。
でも、インドネシア・韓国への戦後賠償がビジネスとなり伊藤忠などの商社を通じて、日本の政財界や相手国一部の特権階級だけをバックキックによって富裕へと導く欺瞞だったことを冒頭で明らかにしつつ、官僚制の一つの考察に資するものだった。

結論のところを、引用:
p298
《 私たちは、これまで瀬島龍三をはじめ旧陸軍のエリート参謀たちの歩みを追ってきた。彼らの軌跡は戦中・戦後の日本の光と影を形づくった。一年余の取材を終え、あらためて問い直してみよう。なぜ彼らはあの戦争を始めたのか。そして敗戦という事実をどううけとめたのか。

《「参謀本部は官僚組織の典型なんですね。失敗から学ばない。後戻りの勇気がない。上がコントロール能力を失っている。その欠陥が今の官僚組織にものの見事に持続している。この連載を読み、戦後五十年、日本人は何をやってきたのかと愕然としました」
 そう語るのは官僚制に詳しい北海道大学教授、山口二郎(37)。村山富市政権のブレーンだった。》 P299
《 1939年、満州国境ノモンハンで関東軍参謀の服部卓四郎と辻政信が独断専行でソ連との紛争を拡大し、惨敗した。だが服部らは陸軍中枢に昇進し、太平洋戦争の原動力となった。
 42年のガタルカナル戦では大本営命令の重圧で撤退が送れ、2万人余の死者を出した。》

P301
《 終戦後、日本に進駐した連合国軍は陸海軍の軍事官僚組織を解体し、それ以外の官僚組織を温存した。国家運営に不可欠だったからだ。再び山口二郎が言う。
「官僚だけが公共性の担い手で国益を体現するという官僚の自負心と国民の意識は、戦争をはさんでも変わっていない。軍がなくなった分だけ官僚がますます公共性を独占したと言えると思います」
 政治家のコントロールが利かない官僚主導の政策決定。官僚機構を指導するはずの政治家も十分に育たなかった。》


2/24(水)

10時からお昼休み(倉敷音楽祭とわらび座の関係を、たまたま食堂にいたゼミ生に知らせる)をまたいで、全学懇談会。これからの大学の未来について。
そのあと、FD勉強会。数学を教えるための模擬授業の様子を知る。
すこしツイッタータイムがあって、生協理事会。学科間の公平とかを私は考えていたが、学生自身のやる気重視の方向になった新事業。うまくいけば画期的になるはず。

研究室には、国民文化祭のまゆまろ君のバッチが届いていたり、朝日新聞名古屋本社の2/19(金)の夕刊が届いていたりした。私がコメントした記事は「劇場専属の市民劇団 地域に産声 ワークショップから発展 名古屋の小劇場七ツ寺共同スタジオ」という記事(升田愛子記者)。アトリエ劇研のシニア対象の市民劇団などの紹介もある。

一応、私が話して彼女がまとめてくれたコメント(「出会いの場に」)を書き抜いておく。
「劇場が、一過性のイベントにとどまらない演劇に出会える場になるための良い方法。演劇は場所や土地に根ざすものだが、これまで劇場は地域に向かい合っていないと見られがちだった。市民は演劇に関してはアマチュアでも、地域人としてはプロ。市民との出会いは、プロにとっても自分たちを見直す機会になるのではないか。」


2/25(木)

アウトサイダー研究会、大津市駅下車。報告書のまとめ方。アンケート調査のなかで詳細を聞きたい事例を8つばかりピックアップ。4名の研究員が当たる。原稿の締め切りが3/10でタイトだがみんな興味深い事例なので楽しみ。私も1万字、書かせてもらうことになった。いつもならすぐに書くのだがちょっとぐずぐずしている。でも、アーツマネジメントと障碍者福祉・教育を結ぶための方策的なことも書くべきだと分かったし、そろそろ着手しよう。宮澤賢治の「修羅は樹林に交響し/陥りくらむ天の椀から」(「春と修羅」の2行)を導きの灯りにしつつ。ということで、安易だが、仮題は「アウトサイダーライブ―交響する未来へ」。

午後は、学部教授会と大学評議会。「障がい者」とする博士論文を読んだり、「障害」とある大学ペーパーを見たりして、少し記述法について、気になったりする(私は「障碍」を使用しているが、新聞記事とかだったらどうなるのかなあ、とかいささか不安)。

気になっている、といえば、オリックス不動産立京都水族館の記事。もう手遅れなのかどうかすら分かっていない。そういう市長はんや市議会議員はんををえらびはった京都市民はんの問題どすえ・・・とは思うけれど、アバンティホールを売却しはったり(龍谷大学に1.9億円)、ネオリベラル政治(公的支出を減らし小さな政府にして、あとは市場原理で市民の消費欲求を刺激して企業の活性化に資するように誘導する)の典型が東京都や大阪府とともに京都市でも行われているので興味深いとはいえる。

http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P20100224000198&genre=A2&area=K00 (京都新聞、2010.2.25木、朝刊)より市長答弁を中心に一部引用:
《 オリックス不動産の水族館建設が計画される京都市下京区の梅小路公園の再整備に対し、・・・・答弁で門川大作市長は、周辺地域の島原文化や伝統産業、市場などと連携した事業戦略を策定し、地域活性化を目指す方針を示した。・・・・門川市長は「伝統工芸や食文化など地域資源を生かしたソフト事業の検討を進めている」と答えた。

《 周辺は仏壇生産地で、高い伝統工芸技術が集まるほか、島原文化、市中央卸売市場などが集積する。市は商店街や住民らと連携し、これらの資源を水族館客にアピールする仕掛けづくりに取り組む。・・・・門川市長は「芝生や樹木の植栽を取り入れた緑化駐車場の設置を検討しており、都心部の緑を次世代に継承していく」と述べた。・・・門川市長は「京都府の子ども向け施設の満足度は都道府県44位」との民間調査データを引用し「市に新たな魅力が加わると確信している」と反論した。》

仏教徒は、基本的には、殺生はよくないという教えを守ってはるだろうし、魚の放下(これは岩清水八幡宮でも行われる)行事などもあるので、そもそも「水族館」に魚類や水生哺乳類を閉じ込めることとは適合しずらいようで、反対の方がいらっしゃる(法然院の梶田真章さんなど http://www.eonet.ne.jp/~qzu03325/concept.html 参照)、それも興味深いところ。お膝元の本願寺さんは、どういうスタンスなのかも、知りたいな。


2/26(金)

原稿に着手しないまま、日々が流れる。今日は、手帖を忘れたので大学に行き、生協の支払いとか次年度企画の構想案を専務に渡すなどをしたあと、瀬田駅へ。
雨。バス。200円。
『シュウゾウ・アヅチ・ガリバーEX-SIGN展』(2/27〜4/11)。
シュウゾウ・アヅチ・ガリバー(本名:安土修三)さんは、旧瀬田町(現・大津市)生まれ、膳所高校(同窓生が多い)、立命館大学哲学科出身のアーティストを滋賀近代美術館で取り上げた展覧会のオープニングに顔を出す。打楽器奏者がいてびっくりすると又従兄弟だったりして、滋賀の人たちが多くおられて(守山野外美術展のお二人とか)いろいろ挨拶。堀尾さんもいらっしゃる。

企画は、主任学芸員の山本淳夫さん。地下のスタジオで製作をしたり展示案を考えたりしたそうだ。立派な図録。展示されていなかった作品とか記録などもかなり入っているように思われる。展示室がぎっしりだったので見落とした部分もあったかも知れないが。

パフォーマンスアートをかなり早く(高校生から)行って来た、知る人ぞ知るの美術家、行動的思索家・・一言でいうとクールで都会的。でも、まじめというのでもなく不真面目とか哄笑、パロディとは程遠い。飄々としているようでけっこう追求しているようにも見える。どういうふうに見えるかをそんなに意識していないように思えるのは、作家、本人のいまの姿と淡々としたご挨拶を聞いたからかも知れない。美術館で作品だけと出会うのと本人もいるところで見るとの違いもなかなかに感じられて、それはそれで興味ぶかい。

スコップの商標ラベルがかわいいとか、どうでもいいところも結構楽しみつつ、二次会行きのバスに便乗して草津へ行き、伊丹駅まで、各駅停車。AI・HALL。ステージがDJブースやミラーボールがあり、屋根があって、美術から1980年代仕様を意識している感じ。

現代演劇レトロスペクティヴ。旭区の大阪市立芸術創造館の終わってしまった企画を思い出す。でも、もう少し近過去のもので、今回は如月小春の初期作品、1980年の『家、世の果ての・・・・・・』(極東退屈道場+水の会)。作:如月小春、演出:林慎一郎。19:36から130分。

前半はいささか退屈していた(昔ってこんなのだったのかなあ、「静かな演劇」以前って、と客観的な遠い眼差し中心だった)が、それがベースになって、徐々に80年代の自分に戻っていくような不思議な感覚。気持ちだけ若くなっていって、最後はうっすら涙が出てしまった。行き止まり、出口なし。ぶらさがった死体が人形でしかない都市を透明にしかも叙情的に描くことが、この時代は演劇で出来ていたという感慨もあって。


2/27(土)

目がかゆい。晩春から花粉症が発症するのが自分だったのに、もう反応しているのか。
目薬を差しながら森小路を行く。駅前の工事。今年度末は特に工事が多いように思う。
ラーメン店が多い街。前はお好み屋が多い印象があったのは、乾さんと食べたことを思い出すからか。大阪市立芸術創造館。僧侶姿の男性がいる。

清流劇場。誰の紹介かと聞かれ、思わず「田中君」というと、となりで、田中孝弥さんが笑っている。そんなに親しい友達でもないのに、どうして「君」って言ってしまったのだろう、すこし恥ずかしい。
このチラシはバイリンガルで書かれていることもあって、ちょっとよく分からなかった。
分からないまま、13時から60分強のインターナショナルステージ「The Cradle」(作:田中孝弥、演出:ザシャ・ベルナー)を見る。英語と日本が混じりあい、字幕が出たり出なかったり。そのうち、ちょっとドイツ語、あとポルトガルかスペイン語など。

テーマは「移民やアイデンティティー、そして文化の壁についての物語」と田中さん。
つまりは、人間たちがかってに作った国境という壁を越えることをめぐる苦痛、軋轢。エピソードな断片の積み重ね。ギターの歌あり。客席との絡みがけっこうある。前でなくてよかったが、目が痛いので、字幕がよく見えない。

廊下にいったん出て今度は、日本語(全リンダさんだけコリアン語が混じる:観客の一部に受けていたのが印象的)のお芝居。でも、テーマはやっぱり、国境と格差、支配と奴隷、そして、健康と差別のミュージカル(これをミュージカルとぼくは思っていて、これがミュージカルだと他の人も思ってもらえれば、ぼくはミュージカル好きである:ちょっとかってな論理構成だけど、さ)。90分。

『SALT』作・演出:田中孝弥。この前、河童えびセンを持ち帰って来てビールとともに食べていると、妻がとても塩についてチェックが厳しく、すぐにこれは妻に見せねばと思う。
そして、この肝っ玉かあさんや寿歌(ほぎうた)を参照(オマージュ)して鑑賞し楽しみまくったステージはちょうど帰ってきた次女に見せたいと思う。

哀しいとか思うシーンもあるが、いい加減すぎる宣教師でガンジーもどきなイシダトーショウさんがまあ、とてもいい味で(ひょっとしたら、もともとは外国人がやる役柄で実際、台詞を入れる余裕がなかったのかも知れないが)、いやあ、こういうの、大好きなのだ、芝居づくりの裏側見せをしつつ(自己批評的)、でも、きちんと前向きにマーチするお芝居!ヤッホーという気持ちになってから、目のかゆみもふっとぶ。

前の席で下手側だったので、英語の字幕はちょっとしか見なかった(上手に座ればまだ見られたが)が、どうも、シーンの説明をしているもので、外国人には鑑賞の手助けになるかも。音楽と演奏:仙波宏文さん。魔瑠さんから、うるさい、とか言われるのも、おかし。13時からのお芝居をぼくの横で見ていた。

時間調整に横浜とんこつラーメン、キャベツいっぱい。ちゃんと薄味にするが、けっこう味がついている。ご飯無料だが、700円。

ヘップホールは、MONO第37回公演『赤い薬』作・演出:土田英生。彼もずっと出ているのは、再演だからだろうか。最近の終わり方とはずいぶん違うなあと思ったりする(この一抹の寂しさもまたいまの時代を映しているのかも知れないが)。「−初恋」や「きゅうりの味」の頃の作品。いささか、スリラーテイストだが「こどもの一生」的な展開ではなく、日常が少しずつ狂って行く世界。MONOのお芝居にゲームは定番。

客演は、ワンダリングパーティ(あごうさんが客席におられた)の山本麻貴(少しハスキーな声が今回はとてもいい味、しっかりしているなあ、看護士さんって、とふと、18歳のとき入院していた頃を思い出す)。

昨日に読んだ、佐藤優(まさる)『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社、2005)のことをちょっとだけ。お正月の拘置所の料理とかも興味深かったが、やっぱり、外務省における派閥が習得する語学別であること、外務省内部の潮流(2000年以前)の分類など外交関係にことを知らないのでずいぶん勉強になる。つまり、狭義の「新米主義」、第2が「アジア主義」、そして、佐藤さんたちロシアスクールたちとの関係が深そうな「地政学論」という第3の潮流があると佐藤さん。

最後の「地政学論」というのは(p58)、「日本、アメリカ、中国、ロシアの四大国によるパワーゲームの時代が始まったのであり、この中で、最も距離のある日本とロシアの関係を近づけることが、日本にとってもロシアにとっても、そして地域全体にとってもプラスになる」という考え方。

どうして鈴木宗男さんが逮捕されたのか、という分析は以下のもの。P292〜3にかけて。
「・・現在の日本では、内政におけるケインズ型公平配分路線からハイエク型傾斜配分路線への転換、外交における地政学的国際協調主義から排外主義的ナショナリズムへの転換という二つの線で「時代のけじめ」をつける必要があり、その線が交差するところに鈴木宗男氏がいるので、どうも国策捜査の対象になったのではいかという構図が見えてきた。」

今日読んだのは、窪田順生『死体の経済学』(小学館、2009)。エンバーミングとそれに準じた防腐手法などのニュービジネスがとりわけ興味深い。


2/28(日)

妻と次女は昨日私が見た清流劇場『SALT』へ、私は、神戸アートビレッジセンターに、アンサンブル・ゾネのダンスを身に行く。名古屋の愛知芸術文化センターの近くでダンスをしたり、来週は東京・両国のシアターX(カイ)での公演・・コンスタンスにゾネさんはダンスを続けてはるなあとしみじみ。ダンスを私が見だしたのが、1990年代はじめだったから、ちょうど、ゾネさんはそのあたりから活動を開始。15年以上のキャリア。

Ensemble Sonne『Fleeting Light』つかの間の光。構成・振付・演出:岡登志子。60分。だいたい20分ごとに大きな転換があるように思えた。岡さんはじめアンザンブル・ゾネのメンバー6名に、柿尾優(いまは、コンタクトゴンゾで有名かな)、中村恩恵(私は始めてかも知れない。ノイズムで見たかも知れない。少しゾネの人たちとは違う佇まいの部分があったの、この人かな?と思っているが自信はなし)。

男性の二人(柿尾優、糸瀬公二)、とくに柿尾のダンスがずいぶん、ゾネの流れるような、かなり抽象的で優しいステージに異化作用を与える。といっても、それほど破壊したり分断するということまでには至らない。その一つには、一貫した音楽。予めセットされているものもあるのかも知れないが、内橋和久(いまはウィーン在住)のギターが、舞台と向き合い支えているからかも知れない。

舞台美術の大きな白いカーテン。流れるような白さ。でも、白を強調するのではなく、無色の縦の静かな滝のような美術。当日パンフにもそれが添付されている。繊細なステージ。照明プランは岩村原太(清流劇場の照明をちょうどしているっていうことになるのかも)。
ときおり、断片的に特徴アル身体動作にまるで雲から指す一条の光線に出会ったように、はーっとなったりはするが、それは次第にまたユニゾン的なずれの持続と交替、幾重にも出退を繰り返し生まれる積み重なる時と時の襞が、ダンス記号の交差を超えて気持ちよくつながっていく。

抽象的な淡い比喩で恐縮だが、うっすらと振る春の雪のように積もったと思ったら、消えていく、そんな世界。

帰って、のんびり、喜劇タッチのフランソワ・トリュフォー映画を楽しむ。
『夜霧の恋人たち』92分、1968年。ヌーヴェル・ヴァーグの波は一つ一つの湖や沼、滝となっていく時代。アントワーヌ・ドワネル(ジャン=ピエール・レオー)って、ひょっとしたら『大人は判ってくれない』の少年が大きくなった姿かも?とようやく気づく。
おお、『家庭』の前のドワネル物として買っておいたのだが、こういう風につながるのか、それにしても、同情も共感もそっと避ける面白い青年像を作ったものだとあとでしみじみ。不順な動機で兵隊になるが、みんなサボってやめらされ、ホテルの警備も一晩だけ。ひょんなことで採用される探偵仕事も底辺飛行(私立探偵のテクニックとかクライアントとかが喜劇そのものだったなあ)。

夫人に恋して、英語の勉強をする動機も笑えるし、ムッシューとの言い間違えや速達便の地下道の仕組みなど、パリの街それ自身が重要な主役になっている。クリスティーヌ(クロード・ジャド)との夫婦生活を先に見ていたので、こういうふうにつながるのかって見てしまったが、それはそれで面白かった。


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