こぐれ日録 KOGURE Diary 2010.2/1〜2/7


こぐれ日録678 2010年 2/1〜2/7

2/1(月)

履修説明会は、一応、全員出席なので、新年度のゼミ生に、これからの予定を伝えようとする。 新2回生21名中、10名には伝えられる。
新3回生9名中、5名には伝えられる。

留意点。説明会に出ても、すぐに帰ってしまう学生がいるので、携帯電話から、大学メールにメールすることだけでもさせるべきだったこと。
また、10名に、携帯からメールするよう指示したはずなのに、違うメールをした学生が多かったので、指示はゆっくり、しつこく言うべきだということ。

Eちゃんのレジュメはずいぶんよくなった。それにしてもメックの2008年度ってどんなファンドレイジングだったのだろう。

17時半から40分ほど、演劇部、劇団洗濯氣の卒業公演。今回卒業する学生は一人。よく一人でやってきたなあと思うと思わず涙(ほんとになんかそんな気持ちにさせるお芝居だったので)。

涙といえば、いま、魚住昭『野中広務 差別と権力』(講談社文庫、2006)を読み出して、朝から泣いていた。

出来なかったことは、成績入力。これは、明日の午後に終わる予定。


2/2(火)

10時の子どもの文化フォーラム実行委員会の前に、山科区役所まちづくり振興課のAさんから都はるみさんが歌っているテープを借りて、東部文化会館へ。
終わってから、Mさんに手を煩わせたあと、すぐに返却。

大学に上がり、成績400名分ほどを入力終了。一応、12日までなので、訂正可能にしておく。

かえって、夜、NHKスペシャル第8集『恐怖の中の平和』東西首脳は最終兵器・核を背負って対峙した。
フルシチョフがフィーチャーされていた。ケネディがどうもいまいち情けない人みたいに描かれている。


2/3(水)

今日は一日家。外はずいぶん寒かったみたい。夕方、駅まで歩くと、光と冷たさのギャップ。
昔は、中学入試は3月だったのに、1ヶ月以上早まっているのだなあ。新しく4月からできる京都橘中学校の入試もとっくに終わっていた。高校は大学のすぐあとのようだ。

ツイッターに入ったという丸井さん(精華小劇場、というよりこの場合は京都芸術センター・演劇計画の、といったほうがいいのかも知れない)から話があって、高校生を登場させようとしている、ということ。たしかに、高校生(もっと下の中学生)とアーツ(とりわけ、小劇場系演劇やコンテンポラリーダンス)というテーマは私もずいぶん興味がある。

6年間一環の場合、中学3年や高校1年というのは、実にのびやかに暮らせる時期で、教師としてはだれないようにしなくちゃ、とか大変なのだろうが、私なども柔道部から文芸部に移ってずいぶん本を読み詩を書き、ちょっとした文章を雑誌に出したりした。読書会もちょっとだけだったが、吉本隆明を呼んだりしたし、文化祭はウェーベルンを演奏したり(短い曲のはずなのに、ずいぶん長くなってまあめちゃくちゃ)、文士劇と称してギリシャ悲劇もどきをするのにただ無言でいいというのでちょい役した記憶。でも、一番印象に残っているのは、近くの商店街に布を買って体に巻きつけたのはいいけれど、本番落ちそうになって困ったことぐらいだが。

高校の授業料の無償化についてもどういう影響があるのか、大阪府の独自の上乗せをするとかというニュースもあって、気になるところ。いずれにせよ、高校現場にすこしでも余裕と自由が出てくることを祈るばかり。

さて、夜は、来客も帰り、ロバート・アルトマン映画の第四弾(バレエ・カンパニー、イメージズ、マッシュと見てきた:ずいぶん昔に見たプレイヤーはもう一度また見るつもり)『ウエディング』1978年、124分。コメディといえばコメディだが、ブラック・ユーモアとビデオの裏にあるように、大笑いというよりも、そうだよなあ、裏側は!っていう映画。原題が、A Weddingと「A 」であって、「The」でないところも、また批評的だ。大富豪の一軒家ウェイディングではあるが、どこでも結婚儀式なんてこんなようなもんさ、という主張だろう。

人生イベントの授業では、この前見た「ウェディングプランナー」の20年以上前の世界として比較できるけれど、コーディネーターが素人だとこんなにもっちゃり、仕切られずになっていくという例として見せることになるのかも。まあ、それよりも、本人の結婚どころではない群像劇。マリファナ、ホモ、麻薬注射、乱交・・・一応、花嫁のお母さんチューリップ・プレナー(キャロル・バーネット)が中心。チューリップという名前がなんだか可笑しくて仕方がなかったが。

しかし、4本見たが、アルトマン映画というのは、時代やその風俗に即しているのだろうが、時代を越えて鑑賞されていくのかどうか、うーん、いまいち疑問な感じがする。


2/4(木)

入試業務の1日目。
3教科の監督。ずっと、主担当だったので、マイクで説明。
配布や回収、写真照合は、あと5名が担当。明日、明後日は、平。

帰ってきて、明日に使うかも知れないレジュメを作る。
・・・・
アウトサイダーライブ研究会 序文骨子 大津プリンスホテル

小暮宣雄2010-02-05
アーツをもっと!―アウトサイダーライブ研究に期待して

個人的視点だが、アーツマネジメントと地域芸術環境づくりの観点から「アウトサイダーライブ」の魅力に接近 してきた
(T) アーツをもっと!
もっと!@ ジャンルひろげ   美術・映像(アート)<+音楽・演劇・舞踊(ダンス)≦ライブ

もっと!A にない手ひろげ   専門家<+非専門家≦アウトサイダー

もっと!B 場・機会ひろげ   専門施設(ホール・劇場)≦ カフェ、まちかど、寺院、学校・・

もっと!C かかわりひろげ   手法の開拓:公演≦ワークショップ、お手本・型どおり                    →創発的、即興的
                   アーティストとの多様なかかわり 習い事からの脱却
もっと!D まだ見ぬものへ   見過ごされたもの、
                   見たことがないもの、
                   見られなくなったもの、
                   見たくないと拒否していたもの
                   ≒まだ見ぬものへ、と未来を想うことの幸せ

(U)障碍者のアーツをめぐる論点
@ バリアフリーアーツ論   障碍者でもアーツができる、という発想 ノーマライゼーション
キャッチアップ論、ユニバーサルアーツ論
A 障碍それ自身個性論    比較できないアーツ → 世界に唯一つのアーツ論 (≒?障碍者こそこれからのアーツの主導者だ)
  Bマイノリティアーツ論   障碍者ならではの個性がもともとアーツに適している
                   ただし、介護サポートの必要性
                 健常者こそ、障碍者レベルまでキャッチアップすべし論

(V)アウトサイダーライブの公共性論をめぐる論点
@ アーツそれ自身公共性!論     福祉現場にアーツを!主義 アーツ性善説
A アーツを公共のツールに!論  福祉現場をアーツで!主義  
         福祉社会はアーツを取り入れることで、
         風通しのよい(≒より自由な)公共性を手に入れることが出来る
         アーツが社会に向かい合い、
         なんらかの便益を与えることが実証されたときに
         はじめて公共性が証明される 
         アーツがアーツ以外の成果評価を期待される考え方
・・・・


2/5(金)

入試の2日目。
2教科なので、14時前には終わる。
あとは、書道の実技とか、転学とか転学科とかの面接などで、私はそれはなく、ちょっと事務をして、大津プリンスホテルへいく。アウトサイダーライブ研究会が2つ。
今朝プリントアウトしたレジュメ4枚は、印刷しておいたので、もって行くが、今日はいらないかも知れない。

ホテルでは、本体の第4回アメニティー・ネットワーク・フォーラムが始まっているようで、となりでは、アウトサイダーライブ展もきれいに展示されている。奥ではセミナー、すごく盛況だった。
展示は見たが、17時半になったので、となりの井上信太さんたちがすご〜くかわいくステキに空間デザインしていただいたライブ会場に行く。

椅子をどう並べるかであれこれ。結局、円状にしていた。いい感じだ。まんなかにソファー。それもアートで。ただ、入り口の長いすに人が多く、アサダさんの近くには人がいない。ちょっと入り口の長いすを、一つ減らすか、中に入りやすくしたほうがよりよかったかも知れない。いい飾りつけだったのだが、映像がみづらいので、脚立で撤去してもらったシャツもあり。

でも、ホテルの椅子を急遽出していただいて、多くの人達が北村成美さんの話と実演(これは質問者の熱心さが引き出した創発的行為)を注視していた。そのあと、林加奈さん。その前もあとも、彼女とその仲間たちが音を鳴らしている。映像の音なのかどうかが分かりづらいのは、最近、加奈さんがiPhoneを買って、それに夢中だからだ。

まあるい劇場(宮崎市)の舞台がちょっと動画で出てこないこともあったけれど、最近のインターネットまで活用した見せ方っていうのが面白いし、アサダさんはDJ者としても前からやっていることもあるが、抜群である。

そのあと、1500円まで使える食券をもらって、うろちょろ。みんなは一度行って出た中華料理に行ったようだが私は、ビールとサラミで1500円弱だったので、それですます。ちょっとおなかが足りなくなりそうなので、サッポロロング缶500mlを買って会場に。あと、船橋の山本さんや浜松の久保田さんにもビールを買っていこうかと思ったが、まあ、飲みながらしたかったら自分で買うだろうし、そういう余裕はないかも知れないので、一人飲みながら、ひたすらチューブを吹いていた。

二人の話は30分強あって、そのあと質問もあり、そして、前のセッションから熱心に質問されていた方(糸をかしの河北さん)が、実は、豊中でアウトサイダーライブ活動を10数年に渡ってやってこられたつわものの方だと判明したので、彼、河北英一さんにもお話を聞く。
2/20(土)には、『素のままフェスタ2010』があって、アウトサイダーライブがいっぱいだそうだ。
平成21年度豊中市市民公益活動推進助成金事業:アクア文化ホール

英会話を障碍者に教えることが、さりげなく、かなり面白い展開があるのかも?とか発見いろいろ。
障碍の重さと軽さにおいての違いなど、もういちどきめ細かく考察すべき点もいろいろ。

人形芝居「ぬくぬく座」と、なんと、ちんどんや「てんてこまい座」。まだキオの制作だったことのまきくにひこさんが言葉を寄せていて、障碍者ちんどんの姉貴ぶんがここにあったのか、とびっくり。

えてして、全国といえど、研究会というもの、だいたいは知っている人(知人の知人はまた知人だったりして)だけの情報で終わってしまうことが多い。
ところが、こういう大きな全国大会だからこそ、広がるし、じつは、関西にはまだまだ宝の山があったのか!と驚く。時間切れになったが、もう一つ、宝がありそうだし、なんとかしたいというもうチャーミングでかわいい参加者もいて、そのまま飲み会みたいになれる居酒屋がこのあたりになさそうなのが寂しかった。

一人22階にあがり、もう一本ロング缶をのんで寝る。


2/6(土)

大津プリンスホテルの窓の下、びわ湖が雪景色。アマチュア映像作家が、『土俵』づくりのドキュメントをようやく許可されて写したというテレビに注目。4日かけて、呼び出し(40人ほどいるらしい)が、終わった土俵を丁寧に掃き清め壊してから新しい土俵を作る。これが、神事であることはいうまでもない。

早く大学へ。雪が風で舞う。2教科、3日目なので、教員の数も随分減った。教室も清香館の2階の二つの大きい教室で足りるぐらいの数。ブログ更新。ツイッターもちょっと。

そのあと、またホテルへ。
すでに、ワークショップ「めくるめく紙芝居を体験する」(ナビゲーター:林加奈)は終わっていて、巻紙にも画用紙にもかなりの量の絵が描かれている。
つぎのワークショップ「ひとのからだをタイカンする」(ナビゲーター:北村成美)の途中に入ると、太陽クラブのみんなもダンスしていて、いつも以上に積極的でのびのび。

湖南グループ(ダンスのワークショップを北村さんたちと続けていて、糸賀一雄記念賞音楽祭ではおなじみの面々である)のみなさんがとてもいい刺激になっているのではないかと思う。
やっぱり、他流試合というか、交流ってホントに大切。あいこさんが近くのブースでみやぎダンスと関わっているっていうパンフがあったと報告してくれているし、全国のネットワークのすごさが嬉しい。
Jちゃんが絵をいっぱい描いてしかもしげやんナビゲートのダンスに入っているのが驚き。
うまくもっていくことができれば参加するのだなあ。

いろいろな方から、どうやったらアーティストが探せますか?といわれる。埼玉の方には、とっさに、エイジアスとかアートNPO法人の方々に聞かれたらどうですか?と答えておいた。

夜は公開研究会。レジュメの1/3だけ説明。あとはぶらぶら。
ちょうど、ワークショップが終わって何もないときに、自民党の大村秀章さんと毎日新聞の与良正男さんがのぞきにきてくれる。出演の前とか後の隙間に。とりわけ、大村さんは、拡声器につなげたホールを鳴らす私を見て挑戦する茶目っ気が政治家的で面白かった。鳴らし方を教えてあげると鳴るようになりだして、嬉しそう。負けん気が強い人なのかも知れない。

写真などの会場風景は、井上信太さんのブログがステキにくわしい。

http://grandsheep.exblog.jp/13673690/


2/7(日)

ホテルで7時半まで寝ていた。8時半に食堂へ。同じエレベーターに奈良美智さんがいて、帰るところのようだ。
9時に集合。
今日は太陽クラブの面々は雄琴温泉なので、北村成美さんたちの湖南グループ中心。でも、けっこうな人数。昨夜、林加奈さんたちが妄想で紙芝居の物語りを作っていたので、もうリハーサルも本番的なもので、びっくり。きっかけもなく、しげやんの動きで始まるようなもの。

音はアサダワタルさんや坂井くん、Eちゃんなどが中心になってやっているので、ぼくも混ぜてもらっている。湖南のいつも元気に踊る男性が一人音に夢中になっていて、なかなかの芸達者な感じ。最近、音に電子音が混じるようになっている。(ゼミ生では、Kちゃんも静かに踊っていたな)。
リハサールの2回目には、飛び入りの女性にも音楽とかダンスとかを少し。

12時から30分弱、本番。ぶじ終了。風船の仕掛けはかなりあれこれ工夫していたなとは思う。人力でわーって投げ入れてもよかったかも知れないが、こういう仕掛けをあれこれ議論するっていうのも面白い。メックと違って全編ダンスがちりばめられていて、アンコールもダンスだ。メックでは、逆にダンスはそんなにやっていないし、どうもやる人は少ないって思っていたが、しげやんみたいに真剣に向き合うナビゲーターに入ってもらうとがらりと変わるのかも、とおもった。

でも、メックの太陽クラブには音楽即興のよさがある、これは、長所としてますます伸ばしつつ、体のコンタクトムーブも入れていく余裕もそろそろあるのかも知れない。いや、パタパタダンスとかすでにあるっていればあるので、再構成なども手がけたいし、ガラライブみたいなものだって出来そうだし。

魚住昭『野中広務 差別と権力』(講談社文庫、2006)読了。佐藤優と著者との対談などがある。早速佐藤さんの本を注文する、魚住さんの著作2冊とともに。すこし、最後のところ引用。

P358(「潮目を見る」政治家であって、潮目をつくりだすタイプではない野中広務の特質のまとめのところ)
《 野中が政界の出世階段を駆け上ったのは、その時々の政治状況に素早く反応し、周囲が求めるバイプ役や「裏の掃除役」を完璧にこなしてきたからである。そこには一貫した政治思想やイデオロギーは見られない。融通無碍に変化する彼の政治行動の通底する思想を読みとろうとしてもほとんど徒労に終わってしまう。
《 だが、半世紀にわたる彼の政治人生でまったく変わらなかった思いもある。差別を乗り越えるのは、他人に頼らず自力で道を切り開くしかないという確信と、差別の「再生産」につながりかねない行為への激しい憎悪である。・・・・》

P392(2003年9月21日、野中の最後の自民党総務会での発言より)
《「総務大臣に予定されておる麻生政調会長。あなたは大勇会の会合で『野中のような部落出身者を日本の総理にはできないわなあ』とおっしゃった。・・・君のような人間がわが党の政策をやり、これから大臣ポストについていく。こんなことで人権啓発なんてできようはずがないんだ。私は絶対に許さん!」
《 野中の激しい言葉に総務会の空気は凍りついた。麻生は何も答えず、顔を真っ赤にしてうつむいたままだった。》

p393
《 この国の歴史で被差別部落出身の事実を隠さずに政治活動を行い、権力の中枢にまでたとりついた人間は野中しかいない。彼は「人間はなした仕事によって評価をされるのだ。そういう道筋を俺がひこう」と心に誓いながら、誰も足を踏み入れたことのない険しい山道を登ってきた。ようやく頂上にたどり着こうとしたところで耳に飛び込んできた麻生の言葉は、彼の半世紀にわたる苦闘の意味を全否定するものだったにちがいない。》


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