こぐれ日録 KOGURE Diary 2010.12/27〜1/2(2011)


こぐれ日録725 2010年 12/27〜1/2(2011)

12/27(月)

冬休み期間になった。
こぐれ日乗(http://kogure.exblog.jp/)の訪問者も減っている。
9:50から、フォレオひらかたにあるシネコン(シネプレックス枚方)で、杉田成道監督『最後の忠臣蔵』(2010年、133分)がすこし前からやっているというので、見に行った。
討ち入り後の16年後のお話(史実を利用したフィクションで原作は小説らしい)。

杉田成道監督はテレビ出身(「北の国から」。宮沢りえを発見した人と書いてある)、一番の見所は、1922年生まれの美術監督、西岡善信のセット。そして、京都(糺の森、山科の随心院も使われているし、日本海側もある)、近江八幡、五個荘、琴平町の金丸座・・・地域文化資源研究に最適なフィルムコミッション的ありようではある。

最後というのは、残された人たちも何とか大石内蔵助の遺言で手当てされ(寺坂吉右衛門=佐藤浩市が演じる:三國連三郎の息子っていう感じがこの映画ではしてきた)、あとは、大石内蔵助の使用人(いまは骨董商)でこの映画の主役(小説では後半にすこし出るだけだそうだ)、瀬尾孫左衛門(役所広司)の「使命」を果たせば、その忠臣が終わるということだろう。

それにしても、孫左が育てる娘、可音訳の桜庭ななみは、「思います」とかずいぶんいまの天皇陛下さんみたいな言い方。気品のある言い方というと、どうしても皇室ぐらいしか思い浮かべられないのだろうね。桜庭ななみちゃん(1992年、鹿児島県生)は、忠臣蔵を知らなかったということだが、これは、平均的ティーンテイジャー像だろう。ゲームやアニメとかになったら変わるのだろうけれど。

17回忌というのが新鮮だった。7回忌、13回忌でだいたい終わってしまうように思う(25回忌もあろうが)。もちろん、13回忌というのはしたのだろうなあ、そのあと4年というのはすぐ(ひょっとしたら、7回忌の次に17回忌ということかも知れない。それはそれで合理的なり)。

あと、花嫁行列が夕方から夜にかけてというのが、面白かった。違うかも知れないが、江戸時代、町人は葬列は夜でしかだめという決まりがあって、それが明治以降解禁になって葬列が派手になって、そこから葬儀屋さんビジネスが始まるということを知っているので、町人の婚礼も派手にしてはいけない、ということで、夕方からの出発になったのかな?と思ったのだ、享保の改革の頃なので・・・

劇中、可音が見る人形浄瑠璃は、お初と徳兵衛とあったので、『曽根崎心中』(1703年)。映画上のことなのだ(お初の足にすがる徳兵衛と可音の素足を洗う孫左のエロスとタナトスが交差するショットを入れたりできる)が、時代的には、『心中天網島』(1720年)の頃。

このあたりは、海外への日本趣味演出なのだろうと思っていると、結構派手なちゃんばらシーンがあり、これは、どうして孫左が吉右衛門を殺そうとするのは分からず、これもまあ、海外向けかと思っていたら、最後に決定的なシーン(海外向け)があって、なるほど、ワーナー・ブラザース映画だなあとは思う。

でも、娯楽的な映画としては、実に良心的に出来ているようには思う。まあ、予告編での煩い映画ばかり見せられたあとということで、そのしっとりした映像がよりよく見えたことはあるが・・・

夜は、キャサリン・ヘップバーン映画鑑賞月間(笑)として10本目となる、クラレンス・ブラウン監督『愛の調べ』(1947年、118分)を楽しむ。映画監督ではなく、俳優を核にして映画を観るのは珍しい、ベティ・デイヴィスぐらいかな、前にやったのは。クリント・イーストウッドは監督であり出演ということだし。

たまたま、大きな画面で見た『最後の忠臣蔵』と同じく、これも、クララ・シューマンにロベルト・シューマン、リストにブラームスが出てくるもの。つまり、歴史上実在の人物とその音楽史をもとに、脚色(ブラームスの交響曲はそんなに早くは出来ないという誰もが知っているような部分もあるし、よく知らないので史実か虚構か分からないようなものもある)したもの。たまたま。

それにしても、吹き替えで、なんとルービンシュタインが実際は演奏しているということだが、キャサリンはじめみんな指がよく動いている。キャサリンがクララというのは、なんか芯がしっかりしすぎた肝っ玉母さんみたいな感じもあるが、でも、ブラームスが惚れるかも知れない、という素敵な部分もあって、さすが!とうなるばかり。

12/28(火)

夜、セミドキュメンタリー映画の流れで『市民ケーン』(オーソン・ウェルズ監督・脚本・主演、25歳当時というもの、1941年、119分)を観た。セミというより、擬似ドキュメンタリー風映画(謎説き「バラの蕾」)なのだが、痛切に当時の新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストを風刺しているし、自分自身をも客観的に眺めていて、いささか、ホラーぽい映画。火星人の襲来ラジオと同じような、いや、そのあとの確執からしても、よりスキャンダラスな政治映画ともいえる。

いまに続く、マスコミ権力支配というものの暴力性、国際政治までを動かしてしまう無謀性、その渦中のなかの虚しさ。マスコミ寡占の恐ろしさ、そして最近におけるクロスオーナシップの酷さを見せることをアメリカはしてきた(でももちろん除去できない)。

映画的にはいったりきたりで、内容もダブルし、事柄は断片・・・はじめは、眼がチカチカするカメラワークだったが。そのうちまあ慣れる。ずいぶん前に一度レンタルしたのに見かけてやめてしまったことを思い出す。小津安二郎がシンガポールで見てまっさきに評価したということが、分かるようで分からないようで・・ロー・アングルということが書かれていたが、それが上からのショットと切り替わるので、小津映画をまったく連想できなかったし、比較する意味があるのかどうか・・・もちろん、ずいぶん対照的という意味ではあれこれ思ったりはしたが・・・

今年は、前半、去年からの、何か政治的な爽やかな風を感じていたこともあったのだが、記者クラブ官僚支配などどんどん暗い世界に突入してきて、あっという間に終わったのか、まだ、粘るのねえ、やっぱり、プロだわ、小沢一郎さんは、という感じであるけれど(もうすこし彼を支える次のちゃんとした世代が動かなくちゃ)、ローカルな関西文化政策事情においても、お先真っ暗な話題ばかりがうごめいている。

大阪市政"http://www.city.osaka.lg.jp/yutoritomidori/page/0000105668.html"では、精華小劇場"http://seikatheatre.net/"は正式に今年度限りになったし、栗東さきら"http://openart.exblog.jp/13893293"の指定管理者の議決も予定通り東京の不動産屋さんに決まった、委員会とかの意思とは別に。

それとはまったく別の気色悪い話もあって、数日前から気になっている(結局は日建設計さんの営業なのだろうが"http://d.hatena.ne.jp/stnet/20100630/1277882145")・・・ (この方が日経の記事(12/24)を引用されているので参照のこと→"http://yohirai.asablo.jp/blog/2010/12/26/5608570")

京都市政にあって、京都会館を改築?して、100億円でオペラハウスにするという報道があって、まず、その中途半端なお金がいかにもつかみ金だなあという感じなのだが、どうして、オリックス不動産水族館のあと、貴族的なオペラなんぞに、「共汗」門川市長さんが手を染めるのだろうとかなりびっくりしているところ。

たぶん、西欧クラシックだって売れ筋的な話題をマスコミと大企業などとタイアップして、京都ブランド信奉者を文化観光として集めれば、ケチケチな地元民などあてにしないでも、けっこう、イベントチックに集客が見込め、うまくすると、中国あたりの高収入観光客に、水族館見物のあとは、蝶々夫人にトゥーランドットも高級ハイブラウオプションで、インターナショナルなアジアンハイクラスに変身できるよと「発信」しようやと考えているのかも知れない。


12/29(水)

長女はなにファドのCDを送る準備。日本語訳の歌詞があるものがもっとあればいいんだが・・・
5枚送る予定だが、とくに、カティア・ゲレイロ『ファド それはすべてか無であること』がすごかった。ポルトガルギターが、歌詞の深度が、アルトの声質が心を揺らす。

カティア・ゲレイロの経歴も興味深い:1976年南アフリカに生まれて、すぐにポルトガル領の アゾーレス諸島(日本を中心とする世界地図では切れていることが多いようだ)に移り、18才まですごし、医学部で外科医となるとともに、ファドの歌手という二束の草鞋の女性。歌のうまさだけだと、アナ・モウラのほうが上かも知れない。若くして注目されてきたジョアナ・アメンドエイラも侮れない(すこし味わいの深さ、というか癖がない分ちょっと個性的でない感じはする)。

ファドを聴いていたこともあって、ゼミ生がスキだといっていた、矢井田瞳のアンプラグドDVD(2005)を観ていると、なんかスケールがちんまり感じるのは仕方がないこと。でも、大学生のときに作ったという「How?」は聞いたことがあったし、鼻にかかった歌い方もあって、一番、津軽海峡・冬景色がすっと耳に届く。何をいっているのかが、判るのは、よく知っているということもあるが、メロディがなだらかだということもある。逆に、この10年ぐらいの歌手の歌は音が異常に飛ぶことも手伝って(英語が混じることもあるし)意味が聞き取れない。まあ、「マーブル色の日」は比較的聞きやすかった。

夜は、オーソン・ウェルズつながりで、1949年、105分『第三の男』(キャロル・リード監督)を観る。昨日観た『市民ケーン』よりは随分平凡、というか適度なポピュラー度。フィルム・ノワールといわれると、これか、と思うし判りやすく目がチカチカはしない。

『市民ケーン』では劇批評家役をしていて、ケーンの第2の妻の下手な舞台に辟易して、客席で当日パンフを破っていたジョセフ・コットンが主役(とはいっても、いささか間抜けなアメリカ人大衆小説家役)。チターが冒頭出てきて、有名なメロディを奏でる(チターって、昔そういえば、さきらの夏祭りに触らせてもらっていたものだった)。

「山科の里山にて」を読みたくて買った、森まゆみ『森の人 四手井綱英の九十年』(晶文社、2001年)は、森と林の違い、森林浴とかそういう俗説の間違いとか、とても興味深い話が満載だった。去年、11月26日、97歳(あと4日で98歳)でなくなられた山科を代表する方の一人で、山科物語の登場人物候補のお一人。
http://homepage2.nifty.com/deracine/misc/reading/morinohito.htm

四手井綱英のお住まいだったところにぜひうかがいたいと思っている。京都市山科区厨子奥矢倉町。京都薬科大学の近くのようだ。なんと、むかし四手井城がこのあたりにあって、300年ぐらいはいたという山科の郷士。「山科には医者が一人しかいなかった」p22、とか、山里という言葉があるので、里山という言葉もあっていいかと造語した話、昭和30年代のころ。昔は戸山とか外山、林学では農用林。反対語は奥山。

京都は街路樹が少なく、その剪定などがおかしい話→P211。樹木のある公園も少ない。分業ではなく、それぞれの分野が何でも一通りできる「マイスター」の大事さ(ドイツ)。

P224
「近くに鏡山小学校というのがあって、ずいぶん前、一人自然の好きな校長がいはって、校庭の一隅に池を掘って木を植えて、魚を飼い、昆虫を飼ってた。私もその校長さんに協力して、いまでいうビオトーブですね。木の苗を大学から持ってきたり、あまり大きくはないけども、なかなか立派な庭ができた。ところが校長が変わったらみんなつぶしました。それは地域でそれをつくるのに協力した人たちの気持ちをつぶすということでもあってね。あと誰もするやつがいない。」

P201
「前もいったように、不採算林でいいからそこから必要な木だけ取る。森は木の製造工場やなしに、いろんな木の見本市みたいにしたらいい。その中で人間が憩い、遊ぶ。キノコをとったり、ピクニックをしたり。それは金では換算できない価値ですね。妙な健康ランドや公園を金かけてつくるぐらいなら森の保全に税金を使っていいんです。」

ほんとに、いまの門川京都市長に聞かせたい。
おーい、梅小路公園でイルカショーさせようとしている市長がいるよ!でも誰もリコールもしないでほっているよ〜って四手井さんに告げ口している自分がバカみたいにいた。


12/30(木)

大正末期(1923〜25)の山科を舞台とした戯曲のイメージを考えるときの参考になるか、と思い、マキノノゾミ『MOTHER−君わらひたまふことなかれ』(而立書房、1994)を読む直す。うまいなあ、啄木と白秋、春夫、あんまり知らない平野万里。そこに革命家たち(大杉栄、菅野須賀子)、女性解放家(平塚明子)などが絡む。ちょうど、明治末期だ。

山科の郷士の研究書を大学の図書館でも見つけよう。とりあえず、四手井綱英に大野木秀次郎をチェックしておく。洛東迎賓館にも一度いっておく必要あり。

夜は、オーソン・ウェルズの3つめ。オセロみたいな顔だなあと思ったりする。
ロバート・スティーヴンソン監督『ジェーン・エア』(1944年、96分)。子役のエリザベス・テーラーがすぐに目に付く。ジョーン・フォンティンが原作(ブロンデ)とは違いかなりチャーミングなり。ホラーぽいお屋敷、閉じ込められた孤児院の学校の拷問的規律主義。
福祉政策がない19世紀前半のイギリス。孤児教育もそうだが、精神障害者への扱いもこのようだったのだろう。座敷牢だよねえと妻がいう。学校医や住み込みのお手伝いさんが世間とのキー。


12/31(金)

いつものようなオフの日。でも、2010年の最後という区切りがあると、ちょっと特別になる。
そして、雪。北大路あたりはかなりの積雪らしいが、こちら、八幡市は降っていても、路面は雨と同じだ。

<年の瀬ピクニック「愛と表現のために」>http://booksarch.exblog.jp/11664614/
12:31に大阪市役所前というのには、遅れて、12:34ぐらいに淀屋橋駅につくとちょうど、ピクニック隊がやってきた。なんというタイミングだろう。上田假奈代さんが先頭であるいている。なんと洋服!和服だと授乳とかが大変だからだそうだ、おお、強い母、そして、優しいお母さんだなあ。まず赤ん坊の名前を聴いたり、林加奈さんの赤ちゃんのことを話したり・・・

そうそう、第一回目、2007.12.30は、かなりものものしいパレードだった(http://kogure.exblog.jp/6620564/)。デモということになるようで、上田假奈代さんが、警察公安の許可をもらおうとしたりして、パレードの最後まで、ぼくらが買い物をするところまで、公安の人たちが付いてきたのを思い出す。

今回で、3回目?4回目?
なんか、公安もすぐにいなくなったようだ。女子比率が低いと何度も仙台に出稼ぎに行っている甲斐さんがいう。ピクニックなのである。看板も二つのみ。一つは、古本屋さんを研究する会が古本屋さんに行こうというもので、なんと間抜けで素敵な試みであろう。
さっそく、古本屋さんを2軒冷やかす。

650円で買わなかった本がいまだに気になっている。つり人社というところからの『友釣り芸術』というグラビアだ。この表紙のタイトルはかなりすごいと思う。共釣りは友を釣るのである。芸術といいきる潔さがどきもを抜く。アーツはまずどきもを抜けということなのだ。

ココルームに久しぶりに入る。日本酒を熱燗で飲む。400円なり。林檎を食べる。寄付箱に小銭を入れる。2年生の女の子がブルクミュラーのアラベスクを弾く。ぼくもシューマンのアラベスクぐらいいまでも弾けたらどんなにいいだろうと思っていたら、一緒にピクニックパレードしていた女性が、エリーゼのためにを弾いた後、ショパンのワルツを弾く、耳で覚えたという。すごいなあ、7番。たまたまワルツ集がある。

沈黙交易をここルームでしたいんだと、アフリカから帰ってきて、なぜかここにいる「闘う人類学者」さんがいう。みんな、関西弁ではないなあと思って面白い。釜ヶ崎には全国から人が集まってくる、アフリカからさえも(笑)。


2011/1/1(土)

2011年という一年が始まる。
ツイッター同士での謹賀新年という交換がいまどきである。
この「こぐれ日乗」(こぐれ日録・日記)をよかったなと思う。
のんびり書いていこうと思うので、今年もよろしくお願いいたします。

さて、正月の朝は、舞楽と能楽。テレビですますが、これに、昨日録画していた歌舞伎が加わってなかなかに伝統芸能を楽しむ一日のはじまり。

宮内庁式部職楽部での演奏。
どうしても、舞台セットにしか見えない内装(笑)。
6時から20分は、右方の舞(朝鮮からの渡来舞楽)「白浜(ほうひん)」。笙がなく、篳篥と高麗笛の合奏が強い緊張感を与えつつ、舞は途中で装束を崩して、何かおかしみ(古代のものなので、いささか、理解を超えるが)表現しているという解説がある。三ノ鼓。

6:35〜7:35は、能楽。前は7時からではなかったかな?出だしを見損なう。
「羽衣 和合之舞」。三世梅若万三郎(1941年)。小柄で細い羽衣。宝生閑、大倉源次郎・・・
それにしても、1時間のほとんどが舞いという物語性(竹取物語が周知だからこそか)の少なさが、能楽としての羽衣伝説の特色。

そして、京都南座で先月公演された顔見世代歌舞伎のなかから、伊賀越道中双六の「沼津」の段。忠臣蔵を見せるよりも学生にはこちらのほうが理解しやすいだろうなあ(客席との応答が若干大衆喜劇的であるし)と思いつつ見る(でも、義太夫狂言ゆえに、語りの言葉は意味が聞き取れない語句がけっこうある)
それにしても、伊賀越道中双六といえど、「沼津」以外はまったく見たことがないので、どんな敵討ち物語なのか知らないなあと思いつつ
(http://www5e.biglobe.ne.jp/~freddy/watching93.htm などで荒木又衛門=唐木政右衛門か!とかすこし勉強)、その軽妙な片岡三兄弟の辛みを楽しむ。

15代目片岡仁左衛門(1944年生まれ)のすぐ上の兄さんが、片岡秀太郎(女形)、そして、その兄が片岡我當。15代目のお父さんが13代目(連続してドキュメンタリー映画でその晩年を見たことがある:東中野BOX)、そして、13代目のお父さんが11代目。12代目は実在されていたようでが、14代目はなくなったあとに贈与されたという。13代目は養子であることなどをウイキペディアで教えられる。

今日届いた、ファドのシンガーは、アナ・モウラ。1979年生まれ。
囁くような声もあり、コブシも使いつつ、石川さゆりみたいだなあとか、いささか勝手な連想をする。
ファドと日本の演歌との比較。きっと誰かしているのかも知れないが、ぼくもたまにしてみたいかも。
そうそう、はなから電話があったとき、お父さんの方がファド詳しいかも?って笑っていた。ポルトガル語の勉強をはながすればずいぶん世界が広がるだろうと、親的に期待している自分がいる(二女からは、なかなか郵便物が届かないという電話あり。妻が心配している。12/10に出したものも届かず)。

私の妹とその娘たちからの電話もあり。軽自動車を初売りで買ったと上の姪っ子。もう卒業だなあ(卒業式のとき、こちらは韓国にいる予定なのでちとさびし)、卒論が通過したら、だけど。

夜は、田荘荘『呉清源―極みの棋譜』(2006年中国映画、106分)。ドキュメンタリー的な回想録。実際の老呉清源さんとその奥さん、そして、二人の役をする役者さん、チャン・チェンさん、伊藤歩さんの4人が庭で語らっている冒頭。さるにも縄張りがあるという雑談なのだが、囲碁の世界の闘いとつながっているのかも知れないし、政治的なこととは無縁だった、天才棋士が、それでも、めちゃくちゃ翻弄された中国と日本、映画では出てこないが、台湾と中共、読売新聞と囲碁の協会(あるいはNHK?)とか、あれこれあったはずで、そんなことを見終わったあと、ふと思ったりする。

残念なのは、呉清源さんの言葉などが小さい文字で画面にでるのだが、ぼくらのテレビ、そして、眼のかすみでは、読み取れないので、その字の大きさは何とかしてほしいとたびたび思う。でも、映像の美しさは並外れていた。チャン・チェンのたどたどしい、言葉と動き。その奇妙なまでに自分の動きを殺したような歩き方、走り方。
そして、バスに乗り、突然降り、引き返す。池にはまる。トラックに乗って・・

帰化するようにいわれて、一度はやめて中国に戻り、また日本に戻っていつしか、日本籍になる。
日本における戦前の中国人蔑視のなかで、でも、その際立った才能と勝負の力への畏敬・愛惜・・・ひとつひとつに意味があるようでなく、また、なにかであるような仕草。眼鏡が信仰活動(紅卍字会)に熱心に入り込む(これは妻となった女性の影響力も大きいのだろうが)頃からなくなるのも、気になった点。あとで調べて、あれが、双葉山かとか思ったり、広島原爆のエピソードが奇妙だったり(あさにすでに囲碁をしていたのか?)・・

世界紅卍字会(こうまんじかい)は、中国における新宗教運動。双葉山や呉清源夫妻が日本で関わるのは、その関係もありつつ、独自の新宗教活動を戦中戦後に行った、璽宇。鉱山業を営む峰村恭平がはじめたが、そのうち、病気になった峰村にかわり長岡良子が中心となり、璽光尊と自らを称し、かなりシャーマン的な活動を行った、ということ。


1/2(日)

いかにもな、お正月怠惰状態なり。
酒を飲み高校サッカーを視聴す。
情けないぐらい、その漢字が読めなかった本あり。森鴎外全集第21巻(岩波書店、1973)。
でも、かなり面白い。エヅアルト・フォン・ハルトマンの「美の哲学」の大綱を編述したという鴎外の「審美綱領」である(明治32年=1899年6月:森林太郎・大村西崖−「識」とある)。

p302「藝術を分かちて、低級藝術、覊絆藝術、自由藝術の三となす。自由藝術は実世間の準志なきもの、覊絆藝術は実世間の準志あるものにして、並にみな独立せり。低級藝術は二者より卑しくして、いまだ独立すること能はず、二者の役するところとなるものなり。・・・」

宮澤賢治『農民芸術概論綱要』のうち、一番わかりづらい項目「農民芸術の分野」。ここの「準志」という単語の元が、鴎外の「審美綱領」からだったのである(マロリ・フロム・川端康雄訳『宮沢賢治の理想』p143-148、晶文社、1984年)。「準志」というのは、実世間に役立つもの、(有)用ということで、いまでいう「応用芸術」に近い概念かも知れない。「志」とあるのは、実目的というニュアンスか。ハルトマンの独語がわかるとより理解が進むのかも知れない。

(あとで調べると、http://nominbungaku.web.fc2.com/nonfic-aikawa-kenji.htmlに「鴎外は、ドイツ語 zweck(英語のpurpose)に、単に「目的」だけでなく、「目的、ないし用途」と意味に幅をもたせて「準志」と訳した」とあった。

鴎外(ハルトマン)は、官能のうち、触覚、味覚、嗅覚は「美なる現象」を生まない(「香、味、触を卑菅(合中知、至境)とす」p228)という。
ところが、賢治においては、「香味光蝕生活準志に表現あれば 料理と生産とを生ず」となってきて、鴎外にはないような「料理」を農民芸術としての可能性とするような記述になっている。
1899年から1926年の違い、そして、学問上の世界と実践へと向かう世界との違いなのだろうかしら、とあれこれ思ったりするところだ。

池宮彰一郎『最後の忠臣蔵』角川文庫、2004年)を読み終わる。4編のうち、表題作は最後。映画がどのように変えたのかも面白いし、前の3編もなかなかに面白い。内蔵助的「体制への異議申立」方法がこの歴史小説における考察部分の中心である。


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