こぐれ日録 KOGURE Diary 2010.8/2〜8/8


こぐれ日録704 2010年 8/2〜8/8

8/2(月)

京都市山科区役所区民部まちづくり推進課へ。
2回生ゼミ生3名(T.O.A)と、係長、担当と打ちあわせ。10〜12時。

今日は、エコアクションNO.1宣言2010(9/11、10〜15時、東部文化会館)のなかで、はじめてかえっこバザールを取り入れるので、それを学生たちと打ち合わせるということだったので、ぼくも同席する。

いままでとの違いは、まず、ゼミの授業ではなく、自発的な参加(とはいえ、発表してもらう課題の一つなので、アーツマネジメント、文化企画のための学習の場であることは変わりなし)。
また、テーマが文化ではなく、環境政策(エコ意識啓発)の一環ということ、そして、区役所や自治連合会などが中心なので、公的な色彩がより濃くなっていること。

さらに、5つの児童館の組織的な参加があり、団体への対応が必要になるが、小学校高学年あたりは、バンクマンなどになる可能性が強く、山科青少年活動センターの中高生ボランティアとの連動がうまくいけば、大学生たちは、裏方に回っていけることになる。

あと、テープやバンダナ(手ぬぐい)はこちらで提供。カゴは不足していたので、こちらのものにプラスする形。ハンコやカードは区役所で。
かえるポイントの発行はエコクイズ、エコゲーム、環境家計簿など。
お手伝いはもちろん、できれば、かえっこされないで残っているおもちゃたちをどう創造的に生かすのか?のアイディア募集などもしてほしいなと思ったが、いわず。
まだつめていないのは、アンケートの関係など。これもできるだけ、学生たちの自発的な発案で進めてもらいたいなと思っている。

そのあと、銀杏の木で食事。ここは野菜たっぷりでいいのだが、いささか出てくるのが遅いのでのんびりしたときむき。それにしても女性比率が高い(たぶん僕だけだったようだ、男性は)。
大学へ上って雑用など。
学部だけのパンフができていて、モチダちゃんが登場している。ぼくの研究室にまた来てね。

そのあと、2回生ゼミの懇親会。ちゃぼちゃぼだったか、ちょぼちょぼだったか。12名参加。
午前中は、静かでまじめ組さんたちといっぱいはなし、夜は、にぎやか明るい組さんとあれこれ。恋やセクス話題も明るく。プリクラもしたな。


8/3(火)

読書と昼寝。
夕方、はじめてパソコンのスイッチをつけて、8/13のレジュメと資料整理。
以下、そのレジュメ案
・・・・・・
+arts school 2010年8月13日(金) 19:00〜21:00 (開場18:30)
『アーツマネジメント入門 〜アーツとまちつかいの微妙な関係〜』
小暮宣雄  http://kogure.exblog.jp/ 
京都橘大学現代ビジネス学部都市環境デザイン学科教授 / プラス・アーツ 理事

(T)アーツマネジメントへ
   アーツは術・・学術・技術も必要だが、呪術や魔術、妖術も不可欠→藝術へ
アーツマネジメントは「と」「ま」「つ」

【資料1】アーツマネジメント分類学


(U)まちつかいへ
   「まちづくり」術 
     まちさがし(文化資源)、まちつたえ(文化伝承)、まちつかい(資源再活用)、 まちあそび(文化プロデュース)、まちおこし(活性化イベント)

   【資料2】交響する福祉へ−「アウトサイダーライブ」の萌芽から
第3章 ライブに出会うために−家庭、施設、劇場、寺社、カフェetc.
「アーツプレース」を探せ−アーツマネジメント学からの接近

(V)アウトサイダーアーツへ
   見届けるひと、見守るまち

【資料2】交響する福祉へ−「アウトサイダーライブ」の萌芽から
第1章 ボーダレスな世界−「限界芸術の作家」としての宮澤賢治
第2章 実演芸術を拡張し刺激する「アウトサイダーライブ」
第4章 福祉政策としてのアウトサイダーライブ−交響圏と公共圏

       【資料3】「アウトサイダーライブ」としての「めくるめく紙芝居」について


(W)限界芸術へ
親密圏と公共圏
 
【資料4】限界芸術のお話
【資料5】橋の朋だち 劇団態変・韓国公演を共に実現する会プロジェクトニュースペーパー


(X)宮澤賢治「農民芸術概論綱要」より

  農民芸術とは宇宙感情の 地人 個性と通ずる具体的なる表現である
  そは直感と情緒との内経験を素材としたる無意識或は有意の創造である
  そは常に実生活を肯定しこれを一層深化し高くせんとする
  そは人生と自然とを不断の芸術写真とし尽くることなき詩歌とし
  巨大な演劇舞踊として観照享受することを教へる
  そは人々の精神を交通せしめ その感情を社会化し遂に一切を究竟地まで導かんとする
  かくてわれらの芸術は新興文化の基礎である

  おお朋だちよ いっしょに正しい力を併せ われらのすべての田園とわれらのすべての生活を一つの大きな第四次元の芸術に創りあげようではないか・・・


8/4(水)

昨夜から、京都橘大学文化政策研究センターができたころに一括して購入していた文化DVDの一つ、世界の民俗芸能(堺国際芸術芸能フェスティバル2000-2002)の第4巻、インドネシア共和国のレオグ・ボノロゴとダントラ・マディア、カンボジア王国のクメール文化協会舞踊団、それに、タイ王国のチェンマイ・ドラマティック・アーツ・カレッジの堺での野外公演を見ている。

後者は、東南アジアの観光シーンにはいつも出てくるような優雅でしなやかな手を使った女性舞踊。色っぽいなと思ったり、木琴のようなものの演奏が実に洗練されているなあとか、そういう単純な印象。他方、インドネシアのものは、滑稽な大道芸風であって、とくに、レオグ・ポノロゴは公演でのんびりやっていて、はじめ、インドネシアでの日本人観光客向けののんびりしたアマチュアビデオ撮影かと思ったぐらい、いい感じの適当なだらだらっとした時間がとても面白かった。

お墓参りの一日。
姫路のタクシーはいまいち愛想が悪いことが多いのだが、今年は例外的に歴史に詳しく、ぼくたちがいく真言宗不動院もすぐにわかって(山野井町)くれていて助かった。

ここは、池田家の時代には、菩提寺だったところで、そのあと、明治時代(1870年)に、別のところにあった不動院が移ったというような話をしていて、酒井家が上州からきたので、たぶん、小暮一族も一緒に来たのかと思っているとかいう話をしたりして、姫路に少しだけ生息しているはずの、小暮の血筋をこの運転手さんはこれから探るのかも知れない。

つまり、小暮は木暮と同じく、上州に多く、上州前橋にいた酒井のお殿様と一緒にきたという言い伝えがある。ただ、古い墓(奥津城)は神道式であるので、池田家との関係をちょっと思ったりもする。

帰りも同じタクシー会社にする。駅前のお好み焼き屋さんに姫路おでんとあったので、入る。なかなかおいしかった(でも、72.4キロに夜なった)。


8/5(木)

精華小劇場で終わってから呆然としていた。公演時間が長いとかそういう問題ではないなあというのがはじめて思った感想にならない感想。そして、これは、生前だが、一種の殯だなあと、これも、なくなる前の妻に寄り添う画家である夫の話なのに、そう思った。ともに死を経験すること。

お見舞いの少年少女までふくめて、登場する人たちはそれぞれに名演、熱演である。とくに、小母さん役の川井直美。もちろん、久我五郎役(作者の分身、文学者ではなく画家になっているが)の紀伊川淳は、もう乗り移っているように・・・孤独の作家に対して、逆に、美緒子役の武田暁は、ある透明な普遍性、純粋な存在の痕跡・・ひたすら静かに死を待つ意識のようであるが、じつは、意識化の動揺がすぐに顔や体の反応にでる分つらい。五郎は、海岸で暴れる、荒れ模様の海水浴場。もう冷たく、きっとくらげもでているはずだ。そのブイにいる医者。ブイという一点でこの劇を換喩的に表す。

桃園会弟39回公演『a tide of classics 三好十郎・浮標』作:三好十郎、演出:深津篤史(しげふみ)。
19:35〜22:07。間に10分の休憩、ただし、前半が2時間ぐらいある。

戦前から戦後にかけての小説家・詩人、そして劇作家、三好十郎。でも、ぼくはほとんど知らない人(ひょっとしたら、芸創でみたかも知れないが)。そして、『浮標(ブイ)』、2003年に、新国立劇場で公演されたらしいのだが、まったく知らなかった作品。
http://kogure.exblog.jp/11088632/

ひところでいえば、自分史的演劇だが、彼自身がプロレタリアート文学からの転向者であることから、私演劇にはならないところが、見所。妻、操さんをなくして7年後にようやく上演するという、その7年間の葛藤と昇華を思ったりもする。

午前中、昨日からカバンに入れていた、ちくま新書660(2007年)『仏教と日本人』を読み終える。阿満利麿(あま・とりまろ)という著者は、1939年生まれで、仏教(とくに、法然や親鸞)への思いが強く、NHKディレクターという経歴の人。でも、この本は、日本における自然宗教と仏教との関係が民俗学を活用して語られてなかなかに面白かった。最後の第6章が「葬式仏教」とあることもあって、買ったのだが、それよりも、地蔵菩薩、不動明王、そして観音信仰の話しなど勉強になった。

とくに、なぜ、日本だけにお地蔵さん信仰が盛んになったのか?を「塞(さえ)の神」信仰から解き明かした第1章は、授業でも使える導入だ。どうして、お地蔵さんは石で造られているのか?どうして、村の境にあるのか?さらに、一番テレビ的ネタかも知れないが、頭が丸いのか?という話などなど。「地蔵和讃」の文言はぜひ音源を取り寄せて聞きたいものだ。

以下のこと(とくに鉾町には地蔵さんがいないとなると地蔵盆はしているのかどうか?)、あとでより調べたい話なので、その箇所は引用しておきたい。
P32《・・・愛宕山の修験者たちは、近畿地方から東海地方にかけて、各地で町内ごと、ムラごとに地蔵講を設け、地蔵信仰を普及したが、のちにはそれが、京都の町々などに今も残る、「地蔵盆」の期限の一つになったと考えられている(五来重『宗教歳時記』、高取正男「地蔵信仰と民俗信仰」)。
《 ちなみに、京都市内の町内ごとに祀る地蔵は、町ごとのガードマンであり、町内と町内とが明確に「境界」をもって区別されている証でもある。思わぬところで、「塞の神」が生きているのである。だが、祇園祭の担い手である「鉾(ほこ)町」には、こうした地蔵は祀られていない。愛宕神社と八坂神社との棲み分けであろうか。》

あとで調べておきたいこと。
○ 「自然宗教では、人の死は、タマとカラの分離を意味する」p195
  タマ ミタマ タマシヒ ⇔  カラ カラダ ミガラ ナキガラ

○ 「日本にある現在の寺院の90パーセントは、1467年から1665年までの200年間に建立されているという(武田聴洲『民俗仏教と祖先信仰』)」p197

○ 「靖国神社の祭神たちは、二基の霊代(たましろ)で祀られているが、一基には二人の元皇族が、他の一基には二百数十万の「英霊」が祀られている。こうした差別が生じるのは、靖国神社の宗教に「平等」という観念が欠落しているからであろう。」p207

朝のつぶやき:瀬戸内あたりのアートイベントとは何の関係もないが、愛知のアートイベントはかなり前、なんか関係していたようなこともあって(なにも役にも立っていたいのだろうが)、8/20のレセプションとか、10月終わりのローザスなどの招待状が届いている、無意味に2通も。
長者町にはナウィンなどがいるようだし、覗いてみたいようにも思うが、まだ、なんとなく億劫で封筒をあけてまたしめる。


8/6(金)

広島被爆の命日。爆撃作戦の責任者、カーチス・ルメイが当時の防衛庁長官小泉純也の強い推薦で、佐藤栄作総理によって勲章をもらった、ということの意味(従米日本の戦後からいままで)を考えたりした朝。

京都市東山青少年活動センターの表さんが、これがこぐれゼミ(というよりも、都市環境デザイン学科の教員や学生全員)にとても役立つ企画ではないか!とさそってくださっていた、東山フェスタの一つに向かう。

残念ながら、こぐれゼミは誰も参加しなかったが、この強い光線のなかでも、じつに面白く将来的に工夫次第で色々なことに応用できるワークショップを13時半から16時すぎまで楽しんだ。

「クラフトペーパーで路地作り!〜違った角度から路地を覗いてみませんか?〜」。
ナビゲーターの岡田翔さん(立命館大学映像学部映像学科3回生)の発想は、周りが動画づくりなのにたいして、手触りのあるものを作りたいということで、古い欧州のぞきからくりをヒントに、まちなみや家の構造をのぞいて立体的に感じて眺めるという発想になったのだというような、説明のあと、あじき路地に実際に行く。

東山のセンターから一本道。大黒湯の手前をちょっと曲がったところにあじき路地はあった。でも、京阪五条駅からのぼった途中、近道のため五建ういろうのところを曲がってこの付近を歩いていつもいくのだがまるで気づいていなかった。

土日しかあいていないお店(そこに住んでいることが条件で、全国公募されて、6つの新しい住人が活動)のうち、2つを見学させていただく。ここは、みんな黒く塗られて、地下水のポンプ(袋小路奥の井戸は塞がれていた)の水も冷たく、100年近くたった長屋とそのほそ〜い路地(実家、野田の路地よりずいぶん細い)がとてもいい感じにいまに伝えられている。南が平屋長屋で北側は2階長屋というのも日当たりにずいぶん考慮されたつくり。南の長屋はほんとに小さい。江戸時代の長屋そのものだ。三畳板間に四畳半の畳部屋。ただ京の畳なので少し広い感じはする。

説明の場所は、「日曜日のパン屋さん」、「織家まりきこ」の南1という長屋。オーナーは92歳の安食(あじき)さんで、その娘さんの熊倉さんが実際をとりまとめている。映画の撮影場所になったり、9月には京都テレビで特集されたり、だるま商店というグラフィックユニットが随心院の調度品になったりしていることをうれしそうに話されていたのが印象的。

帰って、キットを使って自分たちでのぞきからくりを作る。みんな同じものなのだが、微妙に違っていくのが面白い。あえて、反対向きにする人もいる。ぼくは一味何かを加えようとあれこれ。大藤さんと色々しゃべっていたりして、時間はあっという間。ウクレレ建築物保存計画の伊達伸明さんのことなどを話すが、町の記憶をいかに伝えるかという現代美術領域の試みについて、演劇をやりつつ、徐々にまちつかい、まちのこしへとシフトしている活動家、創作者へ、基礎知識などを伝える必要についてもちょっと思った。

時間があったので、六道の辻へ。地下に埋められた鐘をついてみたり、地蔵さん、水子供養などを垣間見る。このあたりの信仰はそんなに衰退していない感じがする。

フロムの『自由からの逃走』のはじめのほう、ルターやカルヴァン、とくに、ルターについての心理的説明はあんまり興味のない部分だっただが、逆に新鮮に思える。ウェーバーとはかなり違ういささか強引な解釈のようにも思えるが。

19時からは、アーツバーの委員会。2回生が一人参加。成安造形大のデザイナーさんとアーツマネジメント志望者さんも参加。学生が5名になるとかっこがつく。デザインの基本もきまりほっとする。そのあと、酔心で懇親会。京都産業大からの出向の方から、コンソーシアムの50名の職員さんの構成などを聞く(3年契約のスタッフさんのほうは大変だなあ)。


8/7(土)

いやあ、林加奈さんは、やっぱり、すごい。
スクワット、今日は50回しかしていなかったので、あと50回とやりだす。
やませいのスポーツ室、午後6時。
妊娠八ヶ月をすぎているが、じつに身軽である。
ヨガ、いやあ、すごい。もう、足ふらふらになっちゃう・・・

一番感心したのは、自分が歌うのをこらえて、みんながめくるめく紙芝居のテーマソングやゆずこダンスの歌を歌うのをじっと聞いていたこと。
もうすぐ生まれてくる子供の声をもう加奈さんは聴いているのだなと思った。
アーティストが創る爆発力とともに、聴き取る静謐力を備えたとき、どんなにすごくなるのか。 お母さんになる加奈さんを眺めていて、でも、京都からいなくなっちゃうことの寂しさをより感じて。

エリッヒ・フロム『自由からの逃走』(東京創元社、初版は1951年、訳者は日高六郎)。1941年の出版。ナチズム、ファシズムへと逃走してしまったのか?を明かす本なのだが、ここに、こんなねずみアニメの話があってびっくりした(p148-9。大学生のときにはまったく気づかなかったorここまで読まなかった箇所)。
エリッフ・フロム『自由からの逃走』(東京創元社、初版は1951年、訳者は日高六郎)。1941年の出版。ナチズム、ファシズムへと逃走してしまったのか?を明かす本なのだが、ここに、こんなねずみアニメの話があってびっくりした(p148-9。大学生のときにはまったく気づかなかったorここまで読まなかった箇所)。

なお、つぎの文章中、「この同じような恐怖と無意味の感情」とは、直前の「個人のできるのは、行進する兵士は無限のベルトにとっくむ労働者のように、歩調をあわせることだけである。
かれは行為することはできる。しかし独立や意味の意識は消えている」をうけている。「恐怖」は、買手への広告や政治宣伝による個人の無力化、組織的な失業、戦争の脅威など、すこし前のパラグラフも受けている。

《 アメリカの一般の人間が、この同じような恐怖と無意味の感情にどれほどみたされているかは、ミッキーマウスの映画の人気をみれば、はっきりとわかる。ミッキーマウスの一つの主題は・・常につぎのようなことである。すなわち、小さなものが圧倒的に強力なものに迫害され危険にさらされている。強いものは小さなものを、殺したりのみこんだりしようとする。小さなものは逃げさり、結局は逃亡に成功し、ときには敵に害を与えるのである。・・・・強力なにくにくしい敵におびやかされる小さなものは、明らかに観客自身である。それはかれがどのように感じるかの表現であり、自分自身を同一視することのできる状況である。しかしもちろん、ハッピー・エンドがなければ、いつまでも魅力はつづかない。・・・しかし―そしてこれはこの「ハッピー・エンド」の悲しい部分ではあるが―かれの救済は、たいてい、逃げさる能力と予測しがたい偶然とに負っている。巨大なものがかれを捕まえることができないのは、その偶然のためである。》p148-9


8/8(日)

8/1、8/7のあとのオープンキャンパス。8/1は異常なぐらい多かったようだが、今日はいつもぐらいで、それは他の大学もやっているから、と入学課スタッフ。
歩いていると、サミーちゃんが案内していて、がんばっているなあ、オリーブ組とか思っていたら、ぼくのミニレクもスタッフに入ってくれていて、サミーにも参加してもらって、完全即興60分授業を終了。

父母やお兄さんもいれての19名だが、文化プロデュースってこんなもので、まあ、いいのである。裏番組に河野洋平先生の講義もあるし、好きなイベントについては、19人全員に話してもらったし、最後、感想も親御さん以外は全部話してもらえたし。終わって清風館に戻ろうとすると、山口県から来た親子さんがいたので、研究室で、あれこれ。

と、1回生のTAM研ふーちゃんもきてだべる。ふーちゃんも「観光」で検索してうちを探したのかとかいろいろ話していると面白い。

18時半開始に間に合うように大学を出たのに、茨木駅付近から寝てしまい、結局、東淀川の態変事務所へは30分遅刻してしまった共実会議議題はいっぱい:ともじつニュースの第2号の内容、趙博さん中心の支援ライブ12/24に一緒に出てもらいたい音楽家依頼について、カンパチラシの内容と挟み込み、金満里さんへの清先生(近大)のインタビューの内容などなどを打ち合わせ。

ウェブデザインをしてはる新しいメンバーがどんどんコピーのあり方とか、印刷編集のことを提案してもらえるので、とてもデジタルに弱いメンバーたちにとっては、有難い見方。芸大だったので、アーツマネジメントの授業が懐かしいという話とか、箕面のこととか、意外とつながっていてびっくり。

朝からツイッターでつぶやいていたことは、アーツマネジメントという仮のカタカナ語を日本語化するという話からの発展。
◎ 書道、茶道、歌道、花道、香道・・・この「道」を通路と考える。つまり、through(通って)とする。書を通じて言葉を美しく、あるいは丁寧に伝える、茶を通じて交通する、歌を通じて想いを残す・・・とすると、アーツマネジメントは、「芸術道」といえないか?

◎ 商店街や町内会のまちおこし、まちづくりは、自分たち同士が寄り集まって保守化高齢化愚痴化既得権守り化している。逆に、「よそ者・ばか者・若者」を受け入れた商店街がいま輝いている〜と1990年代まちおこしコンサルさんたちがよくいってはりました。商店街振興組合連合会の会長さんも

◎ よそ者も観光政策とも絡んで面白いのですがぼくは「バカ者」の価値転換が一番興味深い。そしてどちらもアウトサイダー。若者も若者宿に入る前は外。これに化け物が加味すれば・・

◎ 「よそ者(=広告代理店、という前提)の街づくりへの参加というお話、その地域の現況を理解しないままでの「ご提案」が多く地域をこわしてきた」は、そのとおりと思います。で、電通あたりが自分たち「よそ者」に従うと儲かるぞと、ふるさと創生のころ宣伝しはった

◎ 結局、アウトサイダーアーツとぼくが最近よく言っているのは、アーツ(芸術)は、そもそも、アウトサイダー(境界人)としての矜持と諦観、そして自省がいるのでは?ということなのかも知れません。出しにつかっているのではないけれど・・・アーティストの安易な社会包摂が一番あやういので。

◎ 藝術家(者)と藝樂家(者)=アーツ享受者をあわせて、鑑賞者側からみて、藝樂する。アーツプレースは藝樂館、あるいは樂館、アーツカンパニーは藝団

◎ そうですね。藝道樂なのかも知れません。樂道としたのは、鑑賞もまた結構道のりステップがいって一種、修行的であるからなんです〜 RT @ Tomoaky88 鑑賞は楽道ではなく道楽では?


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