こぐれ日録 KOGURE Diary 2010.4/26〜5/2


こぐれ日録690 2010年 4/26〜5/2

4/26(月)

学生だけでなく、教員も乗っていただいていいという話をきいたので、タチバナ・ライナーに乗ってみた。
丹波橋→六地蔵→京都橘大学 これで200円(回数券を買うと1枚多く買える:生協が窓口販売)。

9:40出発で丹波橋ですでに満員(28名)、六地蔵では、次に臨時がすぐにくるので待ってもらうように運転手さんがいっていた。10:08に着。この過程は、桃山御陵のところをとおり、京都橘高校の近くだし、六地蔵も京阪のところからJRへ行くし、めちゃ、身近なところを通るコースなり。

3回生ゼミ、なかなか来られない男子学生が来る。これからできるだけ出ようと励ます。
4回生ゼミ、6/20の子どもの文化フォーラムのチラシと当日パンフづくり。
かえっこバザールの仕組みイラストだけはモッチーによってあまりにもよくできているので、それだけ去年ものもだけ使うことにした。アンケートを書くと1ポイント、というところだけ注意しておく必要あり。

18時から教職員組合の総会。議長をさせられたが、文言修正意見がいっぱい出て大変だった。


4/27(火)

8時のタチバナライナーに乗ってみる。
8時39分着。いつもよりこれでもかかっているとのこと。雨のせいだろう。
クリスタルカフェで朝食とっているとしかん男子3回生と話す。1限目B201の色彩計画論がめちゃうるさいという。文学部の子達がとしかんってこんなにうるさいのかといっているそうだ。ちょっとのぞきにいく。おお、みんな朝食もって入っていく。出席をピッとするとまた出て行く、携帯をもって。これはまあ・・・

3限目、2回生ゼミ。
2回生ゼミの連中に、文化政策研究センターを見せる。ほとんどが初めてのようだ。建築インテリアの学生は有名ないすがあるのでみたことがあるようだが、こんなに資料があったり場所があるので、都市環境デザイン学科の学生への利用呼びかけが必要かも知れない。ぼくもここにいてくれると便利だし。

かえっこバザールのチラシ作りが出来ていて、どこがよいか、足りないところ、質問などを言ってもらう。振り仮名とか、地図のことなど。あとはそれぞれの担当をどううまく割り振るか、これが一番悩ましいことである。

終わった後、メールしておく。
・・・・
「今日はごくろうさま。欠席した人も大丈夫ですか。欠席のメール、Koさんのようにくださいね。チラシはずいぶんいいものが出来つつあります。4/30に出来そうなので、清風館奥の机の上におきますが、色は、どうしますか?2種類作ってもいいですが・・またチラシの担当の人(悪いけどKさんに意見集約)から教えてくださいね。
5/10から随時チラシを配布します。近くの学生さん中心にチラシのおき方を考えてもらいます。あと、一度下見に行きたいので、その都合も聞きますので、拡大されたかえっこ委員(KさんやSさんなどやってくれる人を含む名称にします)中心に都合のいいときをおしえください。
あわせて、インターネットでも流したり、掲示板に入れたりするので、文字情報も作ることが必要です。休んでいたけれど、Tさんたちのチームでそれをしてもらうといいなと思いますので、岸さんや佐古さんたちに聞いてください。Saさんたちのグループに聴いても教えてもらえるかも知れません。
会場設営のためには、29日にいける人たち中心でしたいです。
おもちゃの整理も手のあいた人がおおぜいいりますね。また、次のゼミの前に、学部長室に集まってそこから作業を始めたいと思いますので、5/11(火)の12:20ごろに、学部長室へみんな今度は集合してください。これから、火曜日の昼休みはあけておいてくださいね。また、グループごとに時間外に作業をちょっとしてもらうこともあるので、よろしく。」
・・・・

かえっこバザールのとき使った色テープが見つからないので、念のため、生協で、バックラーテープを注文しておく。野菜などのパッケージするテープ(ビニールの口を止める)もののようだ。

101名。都市とアーツ。5限目。今日は態変さんのゲストもなく、リュミエール兄弟の最初の映像を見せるまでは、レクチャー。寝ている男子もいたので、途中に、視覚芸術、実演芸術、言語芸術にアーツのジャンルを分類するような作業を入れてみる。これはまずまずよかった。サーカスや文楽などもあり。書が色々に入ることなど、漫画の分類も興味を持っている。

あさ、
最近お袋の話をじっと聴くことができるようになってきたと妻がいう。
2時間ぐらいはざらに電話をしているらしい。1926年、大正15年生まれ。

昨日の話では・・・
自分(お袋)は、女学校から上の師範学校に推薦でいけたし、自分もまたいきたかったが、戦時体制になりつつあり、女子挺身隊を志願。
これは非国民って言われるのが怖いということもあったが、周りの雰囲気、とくに、新聞やラジオの影響が大きかったと。

いま もまた新聞(テレビはあんまり見ていないかな?)では色々政治の話をしているが、よく考えれば、戦前から、朝日新聞をずっととってきたのだから、 戦前と同じように同じ新聞が本当でないこと(戦争に勝っているとかそういうこと)を書いているのかも知れないとこの数年ようやく気づいた。そう思うと新聞 やテレビで話されていることが何なのか疑うようになってきた、と。

まあ、妻はこの83歳のお袋の話をずっと聴いていて、小暮家にやってきてよかったなあとしみじみ思ったとのこと。ありがたし。でも、お袋は回りの人たちはテレビ信者だから変なことはいえない、だからあんたにだけ言うのだ・・ といっているという。


4/28(水)

4時すぎに目が覚める。何がアレルゲンかは判らないが、花粉症がはじまっている。昨日、男山の麓を歩いていて、とつぜん、はくしょん発作。ふと横を見ると躑躅の花。おまえかい?と聞いてみる、しかし、答えず(笑)。

さて、すこし前やっていた、西脇順三郎の詩の朗読をビデオに撮るというのをちょっとする。『禮記』より「水仙」。「/せきれいの鳴くせせらぎの/」・・・ここは覚えていた。どうしてかというと、中学生のとき読んで、作詩において真似をした(那珂太郎さんの『音楽』とともに)から。

そのあと、中島みゆき、4枚目のアルバム(1978.4.10)『愛していると云ってくれ』を通して聴く。なんといっても初めの詩の朗読から「玲子」に続くところで、心が満杯になって、1972年という著作権の印のあるとても若いときの曲(20歳か21歳ぐらいであろう)「化粧」で、こっちも泣いてしまうほどである。


4/29(木、昭和の日)

昨夜は、大岡俊彦監督(脚本も)『いけちゃんとぼく』(107分、2009年)を見る。ぼくは泣いていたが隣の妻は涙もろくなったわね、という。あさ、原作(西原理恵子、角川書店、2006年)を一緒に点検。ここが膨らんだね、とか、ここが違うねとか。ホントは逆に見たほうがいいのだろうが。授業のなかでこれを使えないかとか思いつつ。

13時からめくるめく紙芝居プロジェクト。やませい。新しく1回生が2名くることはわかっていたが、障碍のある女性が1名参加することになることは予期していなかった。彼女は、はじまりから現代アート的パフォーマンスをしてくれる。風船をたかくたかく空に飛ばすのをみんなで見るというもの。
林加奈さんがすこし遠ざかっても、メックは存続できるのか?というテーマで11月までは行おうと改めて思う。井手上さんがきてもらうこと、ヨッシーさんが音楽リズムをとってももらうことなど、色々な支えがもちろん必要であるが・・・(帰って、ハナジョスさんのブログに書き込みをしておいた)。

夜は、岡本喜八監督『赤毛』(1969年、116分)を見る。黒澤明監督における三船俊郎は映画そのものが臭いしその主人公としての彼もイマイチなので敬遠するが、ここではなかなかにばかっぽくて好感度高し。岩下志麻もいいが、個人的には吉村実子がタイプだと改めて思う。寺田農の若いインテリスリの役割が狂言廻し的に巧み。


昭和の日にちなんで、ブログに以下をアップしました。
・・・・
自治体へ出向して選挙事務を所管するポストにつくたび、選挙の前になるとしばしばマスコミ(記者クラブ)とは飲み会をしていた。もちろん、役所持ちである。
同じように、警察の取り締まり課長さんやその部下ともしたが(これは交互に予算を出しあって懇親していたように思う)、マスコミとも選挙事務を通じて色々な駆け引きをする。

記者クラブさんのねらいは、いうまでもなく、それぞれのメディアにおける視聴率アップと販売促進である。
だから、できるだけ、開票を早く、インターバルを短く出せと要求してくる。つまり、自分たちが楽して役所に報道のための下準備をいっぱいするように要望書を出してくるのである。
こちらは、それをすればするほど全体の事務が遅れるし輻輳化する、国の選挙事務費はけっこうついているが、結局は、国税が無駄に使われていくのもいやだし、持ち出しや気苦労もいやなので調整する、というわけであれこれ調整する(記者を接待していい気にさせておく)。

だが、得票率を上げよと親省の選挙部長から諄々といわれているので、その協力をマスコミにいわれれば、してやらねばならない。
まあ、もともと投票箱に入ってしまえば、その選挙結果が決まっているものを、徐々にあけるだけで報道になるというのだから、こちらがマスコミの下請けさせられているなあと内心はあほくさと思いつつ、記者クラブの連中と飲む。これで色々それ以外のことの貸しをつくればいいのだと広報課長とかその上司の総務部長には言われているのであった。

最近は、もう開票ゼロでも出口調査とかあれこれとバイトなどを使って当確を出す。どれほど無駄でばかげていて、しかも恣意的な報道が生まれてしまいがちなものに、多くのカネをマスコミは選挙につかっているのだろうか。
早いほうがあたかもその能力があるように見えるのでそれがいきがいの記者とかもいるもかもしれない。
まったくもってばかばかしい。そのお金は、NHKなら、その原資は視聴者から出ていのであり、半強制的な徴収だから、それは税金みたいなものだ。
民放だって、コマーシャル費だが、それは消費者へと転嫁され、その一部は消費税として上納される。

なにが、政治とカネかとも思う。そういうマスコミが政治をカネにしているのではないか。
選挙にカネをかけすぎる、というのは、自分たちのことではないか。
ツイッターが750万人ということで、まだまだ有権者の1割もないのかも知れない。
でも、意識のある人たちが相対的に多いようにも思われる。

どこか、勇気のますマスコミが、目先の視聴率や販売低下防止策として行ってきたことを、すっぱりと卒業しないか。
たとえば、つまらない政治家お笑い番組だとか、事件(検察などの操作的イベント)のたびごとに行う電話無差別とかいう内閣支持率調査・人気調査などという「世論」的なアンケート(マッチポンプ的話題づくり)とか、選挙予測のための膨大な聞き込み調査とか、選挙日当日の無駄に色々スタジオを移動するような速報番組とかは、もう時代遅れもはなはだしいから、きれいさっぱり、とやめにしないか?

そのかわりに、もっと争点をきちんとまじめに出し、諸外国との比較などを正確に静かに考えるような番組を作らないか。こしずつ、これでも人びとはメディアリテラシーをつけつつあるのだから、きっと、そういうメディアだけが選択されるようになり、どんな政治的な延命策を行っても滅びるメディアは滅びるだろう。

日本のマスコミが護送船団方式をそのままやっていたら、きっと、諸外国のメディアが日本で活躍するだろう。それはそれでいいのかも知れない。もうすでにそうなっているのかも知れない。
それでも、まあ、自分はずっと日本国民だったご縁もあるし、県の選挙管理委員会の事務局長とかもしていた因果もあるので、ちょっと、愛国心をいささか出すのも昭和天皇のお誕生日にはいいのかも知れないと思ってつぶやいてみる。

また、ツイッターにあさは、こんなことをつぶやいていたのでした。
・・・・
春の叙勲は、昭和天皇誕生日にされるのですね。
倉本(聡)さんか〜
生前叙勲もまた1955年体制の装置でしたね。
地方課長の時など市町村長をコントロールする便利な制度でした。
お金が要らない名誉配分装置。


4/30(金)

夜は、稲垣浩監督自身の映画(1943年)のリメイク、『無法松の一生(1958年、108分)』を楽しむ。
ここの三船敏郎も悪くなく、高峰秀子が余りにもよく(岩下志麻と比較にならないぐらいに)。
劇場についての映像資料にもなるし、小倉祇園太鼓の文化資源論にも使えるなとか思ったりもしつつ、純情な男の映画という系譜を辿る必要もまた思った。

時間は遡るが、今日もまた、早く目が覚めてしまって’朝の4時)、ぼーとしているお昼だった。
T限目の都市と文化資源は54名。何か低調な気がする。自分的には、泉鏡花『多神教』のリーディングは実にスリリングでいい感じかと思うのだが、見上げると2/3はうつぶしたままである。
いまの戯曲を見せたら、戯曲自身をはじめてみるようなので、それは興味を持ったようだ。MONOと弘前劇場を見せる。後者は同時多発部分あり。
もう学生の注意が続いていないのが判るので、このあと、邦楽入門へと進む当初の予定は中止。義太夫からというのも渋いのだけれど・・・
で、UAのドレミノテレビの総集編を少し見せてみる。5年ぐらい前のものか。UAのことをどうも知らない(この映像が若いからかな?)ということにも気づいた。

2限目は政治学概論。前回、かなりきつく2回生文学部の男子に私語がひどいという抗議があったので、うるさそうな一群をここががん細胞だなあ、教科書だれももてきてないなあ、とすこししつこく注意しておく。111名。松下政経塾の国会議員リストをコピーして配ったりしつつ(たまたま教科書に「松下政経塾の国会議員にインターンシップする学生」の会話があったからではあるが、京都関係者が多いし原口大臣については総務省の選挙部の仕事へと話をする糸口に役立った)、国会議員はどんな仕事をしているのか、族議員とは何なのか、そんな話をする。

午後、2回生ゼミ生3名がチラシの訂正案を作って研究室にもってくる。ゼミのうち4名が西宇治高校で演劇をクラス単位でしていた連中が集まったという。文化プロデュースに来る学生は高校時代の経験が大きいことがよくわかる。
チラシを800部すって、A3拡大も40部。それを清風館奥の机においておく。これで学生がおきチラシなどへと持っていく準備終了。

4回生ゼミ生が、パレードを商業施設で制作する卒業研究をしたいという相談に来る。オーケーだが自分が楽器を吹くことになるので、もう一人記録しそのプロジェクトを客観的に観察するゼミ生がいたほうがいいよとはいっておく。


5/1(土)

今日は大学院、担当の学生は発表しないので、メーデーに行く。
去年も日記を見ると行っていたので、組合の執行委員長にずいぶん前になってからほとんど出ているのかも知れない。まだ、京都橘大学になってからの旗がないことに気づく。前のは女子大のもので、うちの有名な書道の先生に書いてもらったものだから、いつも、これはかなりの値段で売れると杉山先生あたりがよく言っていたな。

ホテルオークラの地下の居酒屋でビールと焼酎。昼はよく酔う。でも昨年はもっと飲んだぼんやりとした記憶(そして・・)。帰ろうとしたら無性にラーメンが食べたくなる。理性がなくなるので、また0.5キロぐらい太る。

広島中日。めずらしくNHKがしていてぼんやり。続いて阪神巨人。今年は阪神が強いようで、捕手の力がとても野球を支配することをまざまざと見せられる。

苦戦している、新しい科目、都市と文化資源のアーツ的なフィーチャーは「声」。もちろん、限界芸術との絡み。柳田國男を読むわけだが、素材がなかなか拡散していてうまく授業化できない。

これはちょっと面白いな、と思っているのは、NHK東京放送児童合唱団+山本直純指揮の1969年録音のCD(児童合唱と管弦楽のための組曲「えんそく」など)にはいっていた「いちでたちばな」のお手玉唄。

大阪ではお手玉ではなく「おじゃみ」といっていて、周りが姉さんばかりだったので、ぼくが小さいときはまだよくおじゃみで遊んでいる風景が目前にあってぼくも少しはやっていたような記憶があるのだが。

そこで、今日は、CD『お手玉の唄』を数回聴いている。安藤豊四季、野口愛ピアノ。新居浜少年少女合唱団。数え歌と手遊び唄が合体し、ときどきの時事戦局が唱えられる。歌唱と歌謡と語りと遊び。うまく伝えられるか、もうすこし・・


5/2(日)

いい天気。バスを守山でうまく接続でき、しかも導き人がいらっしゃったので、埋蔵文化センター前駅から、東光寺までスムーズにいけた。
第三回守山野外美術展 お寺deアートin東光寺  HAIZAI★ART。去年はゼミ生のえっちゃんと一緒に行き、鮨きりの神社祭礼も見たことを思い出す。

今回は、テーマができ、限界芸術について、自分たち(M-fat=モファというグループが主催者である)なりに展開しているので、またまた面白さがアップしている。
手作り楽器。チンドン隊。チンドン屋さんのメロディーということで、「美しき天然」(1902年作曲。もとの歌詩はその前にできていたもの)をバイオリンで演奏しているそうで、実は、歌詞をあることを知らなかったという話もまた面白い。

「美しき天然」は、チンドン屋さんの前史のヂンタとの関係が大きく、それと別に寄席との関係(五人囃子、寄席の人寄せ口上と鳴物)から、竹に雀や四丁目、千鳥など、下座音楽がチンドン屋音楽の定番になるという話を林加奈さんにしようと思ったが、どういう音階かという話が急にあって、とりあえず、民謡音階を示す。

つまり、せっかくなので、ご当地チンドン音楽を作ろうということのようだ。それなら、テトラコルドを簡単に説明できたらよかったのだが、鍵盤ハーモニカの黒鍵を使うのでいいか、とそう話したら、結局、明治以降のヨナ抜き音階になってしまっていた。まあ、いいか。Cで終わらないように云えばよかったとちょっと思ったけれど。あとで練り歩きあり。

林加奈さんに6/4の特別講演の書類を渡す。どうもメールチェックをほとんどしていないようだ。紙芝居は、大津プリンスでできたものをまずやっていて、これがいかにシュールかを思い出す。二つ目は天国へつづくみち、ここでも去年したような気がするが、これも、大津市の唐崎作業所でできたもの。

今回一番面白かったのは、主催者の一人のおばあさんがコレクションしていたマッチで、とりわけ、ほっけないほどシンプルなものが、限界芸術の王様のようで、かつ、ミニマムアート的尖がりがあって、楽しすぎる。あと、インタビューもあって、これは、その前に男の子が限界インタビューをぼくにしてこれもまた楽し。

写真はこちら http://kogure.exblog.jp/10539969/
とこちら http://kogure.exblog.jp/10540062/


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