こぐれ日録 KOGURE Diary 2002.10



190) 10/25〜10/27

10/25(金)

午後からJAM Westの松本事務局長と一緒に東京へ。道中さまざまな打ち合わせ。この出張は日本アートマネジメント学会の代表者会(こどもの城会議室)なのだが、実はぼくはこの会にははじめてなのでどきどきだった。結果的には、会長も新しく決まり、行ってみて本当によかったと思っている。

全体の事務局をずっとやってもらっている山崎さんの苦労をこれからは出来るだけシェアしてこの学会の良いこことである各部会の自治をより主体的に発展しようと話し合った。

また、仙台での全国大会も無事行われる(11/16、『せんだい演劇工房10-BOX〜試しながらじっくり演劇を創る空間〜』にて)ことになりほっとする。場所も新しい仙台市文化行政の施設で(志賀野課長にはうちのゼミ生もヒアリングしてお世話になっています)実験的なライブも行われはじめているところなのでとても期待できる。ぜひ、全国からのご参集を(ぼくは初めのパネルと松本さんの発表の同伴者)。

久しぶりにスパイラルの地下CAIで、松本さんとだけの2次会。酔った勢いでちょっと一方的に彼にいいすぎたかなあと反省する。ぼくもなかなか自分のでたらめさ(自己の押しつけ)に気がつかないことが多いのだからなあ。でも彼に偉そうに言ったのだから自分をよりきちんとするようにしなくちゃいけない。

10/26(土)

朝早くコープイン渋谷(室内が綺麗になってよかった)を出て大学へ向かう。すでにTAM研協力のチャリティバザーが始まっていた。中嶋さんと小西さんはインターゼミナールの発表があるし、1回生はみんな食べ物屋を出しているので店番が大変だけれど、ウサギの耳をつけたり(重富さん)マフィアの恰好をしたりして(小西さん)みんな楽しみつつフリマをしていた。

中條さんらの劇団洗濯気の公演は明日観ることにして、今日は楽しみにしていた劇団八時半公演『火花みたいに』を選択した。大阪市立芸術創造館。いい感じでいっぱい。

19:38〜20:59。作・演出:鈴江俊郎。女性の歌がBGM。始まるときに流れていた曲は短調で3拍子だった。登場人物の中で一度ボーカルとしてメジャーデビューしたことのある足立ふゆ(北村優)が出てくるので、その関連もあっての選曲なのだろう。

場所は「おべんとくまさん」という母娘孫の三代(創業者の祖母は登場しない)でやっている小さなお弁当製造販売屋さんの2階。抽象的な部分は少なくて実に日常のクリアで雑雑としたな世界を調子よく描いている。

舞台美術(柴田隆弘)の回転もシーンの転換の時に行われて、どうしても固定された場面だけでは一面的になる部分を回避している。
それでも、斜めから見ても、裏から見てもそれは相変わらず現実からは逃れられず、ここはそういうささやかなお弁当屋さんの事務所兼休憩室であることには違いない。帳簿が合わない大熊啓子(中村美保)は34歳の店長であり、17歳の娘萌(厳愛玲)の若いお母さんでもある。啓子と萌の関係が主な軸の一つとなっている。

DVで離婚したはずの元夫(萌の父)への電話を待ってしまう女としての啓子、啓子はお弁当屋さんをはじめた母親のようにはなりたくないと思って早く結婚したことから、登場しない啓子と母親との関係、その母親とそのまた母親(髪結いという職業婦人)との関係が遡及的に示される。続く連鎖をいまへと辿ってみせることになる。

あとはみんなシフトで動くアルバイターたち。中沢ユウキチ(森田成一)と高井戸やよい(東理子)の中学以来の恋愛問題(サッカー選手だったユウキチへの憧れからの出発)に足立が絡む軸。過去の栄光といまの現実の落差で悩むユウキチと足立。

それに河村姉妹(姉みき=福田尚子、妹まき=田之室かおり)のプラスとマイナス補足関係の軸が絡んで、人限群像劇になってゆく。世界がリアルでなくなってすりガラスになってしまう。そんな神経を病む姉みきを河村まきはお世話をしている。が、その姉が次第に(あのしゃべり方のままではあるが)窮地のお弁当屋さんへコミットすることで元気になって行く。それに反比例するように、まきの方がすりガラス状態になる恐れもあった。

ラスト前に危機と天啓がある。リアルな日常を超える場面。会話から詩劇へ。そのパタンは八時半芝居の特色である。それまでの同じ言葉の重なりとかちょっと少年王者舘風の、逃げられないどう仕草反復の罠とかがあった前半のために、この詩劇のシーンがおり際立つ。そして、外の赤い花の列が明るく照らされて。

《火花みたいに苦しくなる。火花みたいにあこがれて、闇の暗さにあこがれて、そこに求められるようなまばゆい明るさにあこがれて、・・・》

リフレインはまきのソロからみんなへと伸びて、より心を打つ。

《私たちは望みを持って、望みを持ってしまうから、苦しくなる。火花みたいに苦しくなる。火花みたいにあこがれて、闇の暗さにあこがれて、・・・》

10/27(日)

大学祭2日目。今日はずっとチャリティバザーの店番をして、一緒に売っていた中嶋さん、小西さん、上田さん、水野さんと打ち上げ(「餐間」の中に初めて入ったがこの辺りではコンパをしたりするのに珍しくぴったりのお店だと思う。なお劇団洗濯気のメンバーの一人はここでサルモネラ菌によって寝込んだと主張している?そうだけど)。

昨日観なかった大学劇団の劇団洗濯気による『切り裂きジャックを待ちながら』(原作:有栖川有栖、脚本:京都橘女子大学文芸部有志)を観る。13時過ぎから約1時間。終わってから中條さんはもう清風館のピロティ(たちばな軒先劇場)ではしないでしょうと言っていたが、室内ではない場所故の開放感があっていい感じだった。

ぜひ大いに色々な人たちが、ここで演劇やダンス、音楽ライブをやって欲しいし、彼女たちはうまくやったために、充分できるものだということを証明した。風が強くて寒かったけれどこれはチラシなどで厚着を呼びかけるなど色々工夫はいるとしても、野外なのだから仕方がないことである。

うちのアーツリボンゼミの荒井さん(ここに入って照明を楽しそうにやっている)が「劇団員がぼくのこの日録に何を書かれるかとても心配しています」という。正直、室内よりも演技を大げさなのは意図していたというのでそれはおいといて。今度室内でするときには学外で行われる演劇ワークショップとかに参加して(鈴江俊郎さんとか深津篤史さん、土田英生さんらの芝居も観て)いまの演劇の台詞劇を吸収すると実に伸びる劇団なのになあ、と、そのたたずまいの古風な前説や挨拶にも惹かれながら終わって思ったことだけを書いておこう。荒井さんの心配を鑑みつつ、ね。


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