こぐれ日録 KOGURE Diary 2002.10



189) 10/21〜10/24

10/21(月)

この日録の読者が減っているみたいだと「こぐれ日録188」で嘆いていたら、カウンターはこの日録と連動していないかも知れないと鈴木さんから言われたのでほっとする。

読んだ本。飯沢耕太郎『写真美術館へようこそ』講談社現代新書、1996.2。
1991年の湾岸戦争の時に通信社が配信したサウジアラビア・カフジ沿岸の「油まみれの海鳥」の写真が、あとで「フセイン政権の極悪非道さを印象づけるために、アメリカをはじめとする多国籍軍側によって情報操作として意図的に流された映像」であったことが分かるわけだが、でも、もうこの写真の影響は思惑通りになったわけで、こういうときのメディアリテラシーとはどうすればいいのかと思ってしまうのも確か。

写真という広くはアーツ領域のものでもこういう風に悪用されるわけで、アーツによってこそ社会への確固とした批評精神が生まれるのだと言い続けている自分としては、アーツ「発信」(使いたくない言葉であることには変わりがないけど)が大事なのではなく(文化庁だと世界に日本の芸術を発信することが一番大事だと考えてしまいがち)、アーツの読解こそがいま求められているのだという注書きをしておく必要があることをこの一枚の写真から思ったりする。

2週間ぶりの地域文化行政論。いま京都造形芸術大学大学院(立命館大学政策科学学部のときから應典院に押し掛けインターンしたりCAVCで展覧会したりしていた)の辻牧子さんが大学に来て今度のCAVC(神戸アートビレッジセンターへアーツマネージャーインターン8名の一人として参加している)でのアートアニュアル「ミルフィーユ」のPRをしたいという。

ちょうど今回は美術館と自治体行政というねただったのでいい感じでフィット。実際、冒頭10分間ぐらい彼女に話してもらって、学生も僕の話よりもずっと熱心に聞いていた。どういうやり方でアーティストを選んでいるのかとか質問も出た。

久しぶりに(今日は36名が出席表を出した)感想をアップしておこう。
《神戸アートビレッジセンターのインターンスタッフの話が聞けてよかった。若手
アーティストを対象とした展覧会をインターンスタッフたちも含めてつくりあげている感じがした。》
《やはり外部の人から聞ける話はいいなあと思いました。トヨタアートマネジメント講座に少し興味を持ったのですが、締め切りが・・》
《ミルフィーユの名前にすごく興味を持ちました。題名は作家さんが決めることや、
この名前の由来がこの展覧会に合っていて、しかも出品作品をうまく表現できるなあと思いました。こんな風に題名をつけて内容をうまく表現できるのってすごいなあと思いました。》
《展示会がどのように成り立っているかがよくわかったし、裏方のような所に興味があるのでおもしろかったです。お客と作家の架け橋的役割をしたいという考えで仕事おこしをしているのに感動しました。私もそういう仕事を見つけたいです。》
《ミルフィーユという名前をただ響きだけで決めたんじゃなくて意味があるんだなと思いました。》

《どうやって企画を立てていくか。人を呼び込むかが少し見えました。「見せる」だけの美術館ではおもしろくないなっと思いました。》
《文化、アートに興味がある若者が自分のアートを披露できる場所があるっていうのはすごくいいことだと思います。》
《美術館は静かに作品を見なければならないというのは常識となっていますが、迷惑にならない程度に作品を見て話し合えるという雰囲気の美術館(展)があればいいのにな、と思います。例えば「この日はじっくり作品を見たい人用」「この日は語りながら展示を見たい人用」と分けてみるとか。そうすれば静かにじっくり見たい人の迷惑にならないし・・・》

《(この夏のアートめぐり)この夏私は忙しかった。私の一番好きなアートであるタトゥーにまつわる場所にたくさん出没してみた。カリフォルニアのオークランドでコンベンションを見てきた。タトゥーアーティストが各ショップごとにブースを持ち実演する。子どもをつれたタトゥー夫婦やタトゥーまみれのおじいちゃんなど老若男女が集まってきて皆それぞれの作品を自慢、評価しあっていた。日本でも過去何回かコンベンションが開かれたが、まだまだ暗いイメージはなくなっていない。早くまちがった情報をなくし、美しい芸術が正しく評価される日本になるようにアートマネジメントを進めていきたいと思った。》(やっぱり全然TAM研では活動しなくとも、うちのTAM研代表のいうことはすごいなあ・・ぜひいつかここで佐藤さんの愛するタトゥーマネジメントをさせてあげよう・・)

《和田さんと大川さんの話を聞いて、身体障害者の方々の劇(二人が劇団態変のテント公演のお手伝いをしたことを話してもらったから態変の劇のこと)はセリフがないということを知りました。セリフなしで劇を完成させるというとは、体で表現するということですね、見てみたいなと思いました。》
《久しぶりに辻さんにお会いした。mio(大川さんのこと)と発表したけど、やっぱりウダウダやった。辻さんとは大違い・・・まあ当たり前か。これからもこういう発表の場を自ら作っていって、きちんと自分の言葉を伝えるようになりたい。》

最後のものは態変公演の炊き出しを手伝った和田恵さん自身のコメント。でも、彼女たちは発表するに値する経験をして発表しているから、ぼくとつとしていても本質を体感している。そのことが大川味央さんと二人(11/11.12に清風館1階で展覧会を企画中)のトークからにじんでいたから(なぜ楽な劇場でしないで野外で演劇をするのだと思う?と聞くと、まずいったのが身近に役者と観客が出会えることをあげるところからも)ずいぶん成長したものだと思う。

「自治体政策とユニバーサルデザイン」のサイトでの書評が出た。
http://www.kaigo-fukushi.com/110books/mbooks_kaigo-f.htm
ちゃんと読んで書かれた書評になっていて嬉しかった。このサイトでは車椅子対応の映画館や障碍者割引のある美術展の情報などもあってなかなかグッド。

毎日新聞介護福祉.com
http://www.kaigo-fukushi.com/

10/22(火)

秋はそれなりに忙しい。明日は大阪府の会議、明後日は京都府、明々後日は東京で日本アートマネジメント学会の会議。翌朝とんぼ返りで、土曜日は大学祭中のインターンゼミナールとかフリマ。日曜日は組合で餅つきとか。

見たいものがなかなか見られない。見てもなかなかに文章化できない。ちょっと悩ましいこのごろで、だからいらいらすることが多いのかも知れない(日曜日でちょっとのんびり出来た)。ご案内いただいている人たちには悪いけれど、そういうわけで行きますとファックスしながら行けなかったりするものがまた出ると思います。ごめんなさい(アンサンブルゾネと八時半だけはなんとか・・)。

朝に昭和音大の武濤さんから電話でオペラ研究所での来週月曜日にびわ湖ホールであるシンポジウム翌日の関係者表敬訪問のお願い電話。
昼に中谷教授から(25日は午後から東京へ行くため、会えないので残念だけれど)跡見女子大の片山さん来橘調査の件。アーツマネジメント周りで各地の調査がオーバーラップして行われている様子が分かっておかしい。

うちの大学劇団の中條さんがずっと白い男物のジャケットを探している。彼女のスリムな体型に合うかどうか。そういえば立命館の劇団に入っている工藤さんが着物を探し回っていた。それから、劇団飛び道具のボランティアをしている安藤さんが劇団の住所を調べにぼくの研究室に飛び込んできたり(関西の劇団リストはアゴラ劇場が昔やっていたように販売していなかったのだろうか)・・・。こんな小さな出来事たち、それらの混合物がアーツマネジメント的日常なんだろうし、こういう雑雑としたことをおもしろがることもいいのかも知れない。

15:40からは、コンソーシアム京都の地域文化行政論。昨日と同じ話をするのだが、こちらの方がつっこんで話すことになって時間がかかる。それは2度目ということもあるし、少ない人数(でも二桁に)ながら、少し抽象的な解説をしても反応があり真剣に聴いてくれるからでもある。

早く帰ってさきのイタリア語の勉強具合を聴いている。楽しんでやっているようだ。もっとピアノの練習をしていたらアレグロとか楽譜に登場する色々なイタリア語が分かったのにと言う。美術や音楽におけるイタリアの存在を感じたりするのも大切なことだ。

いまさきが学んでいるイタリア会館でのクラスが、このあとイタリアで料理の修業に行こうとしている人やフランス語を学んだので今度はイタリア語とかいう、さきよりもずっと大人の人たちでしかもかっこいい人たちから構成されているので、さきも必死に後ろからついていっているようだ。パスタやチーズ、オリーブオイル、そしてパンもお菓子もすべてイタリア風になっていて、イタリアの昔のポップス(エンニオ・モリコーネの作曲編曲の数々)のCDをずっと聴いているから、いまこぐれファミリーはイタリアの秋である。ビルエバンスの枯葉も流れてはいますが。

10/23(水)

高知の山本さんから、昔JIAMの頃、ずっと紙媒体で発行していたつれづれアーツ日記の2000年のある日を添付ファイルで欲しいと言われて家に帰って探すけれど、なぜか、2000年が全部ない。それまではフロッピーにして保存しているのだけれど、どうしたのだろう。

そんなわけで、ちょっと過去の日記を読んでいるとはまってしまう。今よりも暇だったせいで文章を加工していたりして、今より出来はいい感じがする。単純に忘れていることが多すぎてびっくりすることももちろんある。

そういえばこの前100%ORANGEの及川さんから、小説家で大阪市のサイトに連載している福永信さんの話が飛び出して、ぼくが一度彼に会いたいと書いてあったと指摘された。うーん、そうだった。でも、ギャラリーそわかで見かけた人が彼なのかなあと思ったりして、どこかで同じアーツの空気を絶対吸っているはずでもある。そこが関西の良いところ(狭いっていうこともあるが)。

午前中は、大阪府立現代美術センターで「文化スタッフ会議第1回美術部会」。一度にできなかったので、明日にも関学の教授に移った畑祥雄さんと国立国際美術館学芸課長の三木哲夫さんという人のヒアリングがある予定。今日は、ぼくと加藤義夫さんと原久子さんの3人。

大阪トリエンナーレ事業の見直しの話が中心。ぼくはたまたま森岡正博「生命学に何ができるか〜脳死・フェミニズム・優生思想」(勁草書房)を読んでいたので、彼は大阪府立大学の教員であることもあり、紹介する。アーティストだけ、展覧会だけという時代ではないねという話が中心になる。

慌てて京都橘女子大学に着くと上田假奈代さんが携帯で話をしていた。「えるび」は産みの苦しみのようだ。
彼女たち審査委員さんはサクサクと提言審査を終えたようで、彼女は13時半からの金武教員との対談(丸井さんのニューデザイン第1号になる予定の次号のニューズレター用)まで木陰で一服していた模様。

そこへ河原教員がやってきて午前中の防犯教室のことをきく。うちのゼミ生は4名の参加だったようだ。質問形式でつっこんで出来たようだが、色々と改善点もあるようだ。

それから教授会があり、専門ゼミのことを議論する学部教授会へ。
専門ゼミが3限になった(前は2限と言っていたはず)のが残念だが、それでもお昼のアーツカフェ演習は可能だろう。学生がゼミ選びの大切さを分かっているかどうかが大きな議論となった。ぼくとしては2回生前期の事例研究は学生が好きに選んで、どんな学生でも受け入れるスタンスを取ったわけだが、これは来年度も変わりがない(発表用紙をA4に統一してあとで端教員のように冊子にすることを楽にしようとは思うが)。

けれど、来年度からの専門ゼミでは、アーツに深くコミットし出している学生で、世間ではどうしてその良さかが分からないのだろうと思っている学生のみを対象としたい(いままでは、正直なところアーツマネジメントには行けず学生がアーツのアウトリーチ対象としてあった)。だから、学生に教員たちを選ばせるばかりでなくこちらも学生たちを選びたいということを発言しておく。

10/24(木)

TAM研は大学祭でのチャリティ準備で活気あり。臨ま研というまちづくりの同じような研究グループがすでにホームページを持っていると知るとがぜん、自分たちも作ろうという声があがっておかしい。

14時半から「京の文化振興プラン策定検討会議」。エラート音楽事務所代表の津川孝さんからは、西洋クラシック音楽演奏家の状況を聴く。アルティの自主事業が大きな力を持っていることの確認。いまの演奏会では65歳以上のお客さんが半分ぐらいはいることの受け止めも色々あるだろう。

京都の音楽事情というなかの特定部分(ジャンルとしても一部だし、演奏家という職人の話だけでなくぼくはやっぱり創造する作曲家の話も聴きたい)であるということはもちろん理解しながら話を聴くが、様々なホールの事情が分かって面白い(ex.びあ湖ホール小ホールのプログラムがすべて関東の演奏家だということなど)。

次に京都デジタルアーカイブ研究センターのお三方からデジタルアーカイブの話。このセンターがいつも行くキャンパスプラザ京都の6階にあることを知らなかった。そういえば、大きなフィルムを持って上がる人を見かけたことがある。二条城や京都市美術館の作品をデジタル化している。産業化するには知的財産権の面で色々ネックがあるということ。地下鉄のボディーがすごい絵に包まれたものがあったが、ここのトライアルだったというのも発見。

昨日行けなかった神戸アートビレッジセンターのアンサンブル・ゾネの公演にやっと間に合う。ということで、今日行く予定だった燐光群(ピッコロシアター)の公演は開始時間の関係もあり、行けなかった。神戸アートビレッジセンターのアートアニュアルの準備が進んでいて、地下の男トイレから女性たちが出てきて何だろうと見に行くと楽しいドローイングが見つかって、今年の展覧会を学生にもっと告知しようと思う。

Ensemble Sonne Contemporary Dance Performance『Still Burning 静けさの中に』。19:31〜20:26。構成・振付・演出:岡登志子、音楽構成・演奏:フリッツ・シッターレー(Fritz Sitterle)。照明プラン:岩村原太、音響:苫谷典子、照明:福本和歌子、衣裳:萩田良子、制作:宮川佳子。

鑑賞中のノートに「(静けさの中に)ばらばらと落ちていくようだ」というフレーズを汚い走り書きで書いてあって、そのシーンは特定されたものではなくふーっとその言葉が踊りの傍らからやってきたものだったように思う。あとは、「みんなモザイク」とか「ゴームリー彫刻の腕の広がり」、「魚の泳ぎ」(実は「鯨の唄」の中のシーンだったかも知れない)などが書かれている。

中でも一番印象的だったから書き留めた言葉は、「腕が闇に溶ける」で、つまり「静けさの中で、腕が闇に溶ける」となる。いまでは、このフレーズがこのダンスには一番ふさわしいように思っている。

終了後、ワインなどで歓談。静かな紹介。久しぶりに八木さんにあったり、さきらの山本さんからダンスのワークショップの話(白井剛さんのアシスタントをしていた小鹿さんのことなど)をした。(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記393」をみてください)


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