こぐれ日録 KOGURE Diary 2002.10



186) 10/11〜10/13

11/11(金)

最近「こぐれ日録」の読者が1日一桁になってきたようで、ちょっと寂しい。まあ、あら探しのためにせっせと見ていた人もいたと言われているが、そういう人たちが少なくなったと思うことにしよう(そういう人たちだけが残ったという可能性もある?)。

さて今日は大学に行かなかったけれど(週休3日制を率先しているようでちょっと嬉しいけど、実は休日に働いてしまうからなあ)、アーツリボンゼミ生は日記を持ってきて、ドアの袋に入れただろうか。14日のダンスワークショップは果たしてどうなるだろう。

そうそう来年度からは専門ゼミも始まる。何という名前にしようかな。アーツリボンからアーツ○○ゼミとか○○アーツゼミ。ゼミ名を募集しようかな。
とりあえず思いつく名前:アーツカフェ、アーツ喫茶、アーツロケット、アーツリリース、アーツアゴラ、アーツアポリア、アーツリラックス、アーツ心地、アーツマインド、アーツフレンズ、アーツマーガレット、アーツトポス、クールアーツ、アーツクルー、スローアーツ、ホッとアーツ、クールアーツ、アーツジャム、アーツズー、アーツアプル、アーツフル・・。

うーんとゼミの最初はゼミの名前を考えるゼミにしょう。内容は、まずアーツカフェを実際に運営するゼミにしようと思っている(もう一つのテーマはそれぞれの進路/就職に関わる個人研究)。ただ経費のことがあるが、ふと、タフ3(まだ予算とか実際には白紙のものだけれど)と絡めて、タフ3(関西女性アーティストファイルの次回)を移動カフェというテーマにしてしまって、作ったカフェをゼミが引き取るというのはどうだろう。もちろん、タフ3の時は専門ゼミが授業として裏方をすることにして。

《一時的なカフェを作る女性アーティスト(インテリアコーディネータなど)のお知り合いがいたらぜひ教えてください(関西在住)。そのカフェで音楽やフリマ、小さなお芝居などをすることが考えられるタフ3の一つの個人的試案でして・・》

今日は、午前中関経連の第4回劇場文化研究会ワーキングチーム。「大阪のど真ん中に小劇場を取り戻す会」の呼びかけ人(6名)の一人としての岩崎正裕さんの話を聞いて意見交換。最後に今日の出席者から会費をいただくようにし向ければよかったなと反省。

終わってからgrafのビルで食事(socrates)。和風のグッズが売っていて手ぬぐいを買う。1300円は高かったけど。ギャラリー(gm)では《Re:》の中村ケンゴ展。

気持ちのいい午後なので、築港へ。CASOのインスタレーション的展示はそれぞれかなり見応えがあった。ベテランの森口宏一展、椎原保+藤枝守+井上明彦による「invisible ear」、そして池田啓子個展「LIGHT/FORM」。

「invisible ear」は説明を聞くとなるほどと思って、振動する紙を見上げたりする。なかなか遊歩道ができないので、屋上からリアル映像で写されている波(船も通り過ぎた)もこの辺りから目隠しにされたままだ。耳なし芳一が寺から海に連れ出されていくという話までここにはあるという。

他方、KEIKO IKEDAの鏡の影と光を使った展示は一目瞭然で、とてもすっきりしている。外光の変化をよく現しているし。

ミニマムアート系なのだろうが、抽象絵画を怖がらずに見る秘訣は、服の柄だと思えばいいと誰かが言っていたことを思い出してしまうほど楽しい。空間の柄が好きか嫌いか、気持ちいいかどうかで見れば実に簡単なことなのだろうと思う。

USJの宿舎のカフェに働いている若い美術家、村田真紀子さんがいて、中西美穂さん(もうすぐ始まる彼女らの展覧会をキュレーション)から紹介される。アメリカのビールをラッパ飲みしているとCASOに視察に来た大阪府議会のみなさんがやってきて、ちょっと面白い風景を作ることが出来た(極主観的に)。

レンガ倉庫アーツアポリアライブラリーの文庫たちは綺麗に整理されていい感じ。いい時間をここで味わって欲しいので、会員が増えるといいな。また野放図文庫増やしますから(各文庫主によるトークというのも予定されていると上田のぞ美さんから聞いた)。

大阪から京都へ。拾得。19:13〜21:50。
BIKKE(LOVE JPOY)の歌の時間がそんなに多くなかった(8曲はあったけれど、19:50まで)ことと、はじめに歌ったのが意外だった。でもBIKKEは期待通りの透明感と安らぎ。あんまり歌っていないのかも知れない。水銀ヒステリアのCDを買おうとして忘れた。

バリ島が好きだそうだ。「幸せは自分で決める」、本当にそうだ。「柿」も好きだなあ。「ハートランド」(おくのおさむという人の曲)のシンプルな歌詞も忘れられない。渕上純子さんらと来年になって歌うそうだ、楽しみ。

次に東京から。くじらの杉林恭雄。短いぼっちゃんがり、小柄。激しい歌も多い。13〜4曲ほど歌ったようだ。ファンが一緒に歌っている。リクエストは激しい歌ばかり(鋼、横浜)。「横浜」はロックンロールぽい。裏声とか特徴。器用そう。民謡風の真っ黒鯨の吹き流しに続いて(テーマソング?)「夢見るための花」で締めくくる。BIKKEも登場してアンコールは「さぼてん」。

この間に読んだ本。木下直之『美術という見世物〜油絵茶屋の時代』ちくま学芸文庫、1999.6。

縁日の見世物小屋ではいまでも聞かれる「口上」。その口上がついていたパノラマなどの美術品の見世物的展示。そして、女性がお茶を出してくれるお茶屋付き油絵展覧会のことを知る。幕末から明治の初めの転換期のこと。
いままた美術という西欧の近代制度が来て堅苦しくしてしまった以前に戻りつつあるというわけか、ギャラリーガイドやギャラリーカフェとかの動きを見ると。

11/12(土)

はなが大学のゼミ(三上先生)で野口体操を習っている。それを寝床でやってもらった。骨を洗いましょうとかいう言葉だけを書くとびっくりするけれど、実にふんわかとした体の気づきの体操のようだ。今朝とくに頭痛がひどかったのだが、頭の方への体操に至らないまでに、すーっと頭痛がなくなってしまった。

水のようになってお尻とお尻、背中と背中、頭と頭を合わしていると、こんにゃく体操という別名はほんとうにそうだなと思う。大学というのはすぐに職業とか利益に結びつくものではなく、こういう生き方があるんだなあとか、こういう風にしてもいいんだという機会づくりの場なのだ。はなのように野口体操に出会えたり、劇団の人たちと一緒にランニングをしたりという寄り道と道草ができる時間があることで十分だとつくづく思う。

一見無駄なカリキュラムを散りばめているようで実にすごい気づきに至ることだってあるわけだから。前にさきらで太田省吾さんも同じようなことを言っていた、大学の演劇教育とは役に立たない回り道をすることだ、と。

それは昨日の(関経連での)岩崎さんの話と対照的である。昨日の話というのは、彼の出身大学がどんどんメジャー指向になっていて小劇場に目も向けない体制だ(昔もそうだったがまだ学生の中で反抗してきたグループがあった。が、いまはメジャー一辺倒に塗りつぶされている)ということで、何だかOBPアーツプロジェクトに参加するといいながら手続きが間に合わず遅れていることに見られるそこの堅い体質とも繋がっている。

一般的に考えても、いまどきの私立芸術系大学が「勝ち組」(アーツには勝ち組がないというエッセイをもうすぐ発表しますが)として拡大していこうとすると、下手をするとこういうこと(ex.演劇のサクセスストーリーづくり〜卒業生に劇団四季の俳優が出るとか何とか)になるんだなあと他山の石(反面教師)として実に興味深い。これは「勝ち組」とか「サクセスストーリー」とかをアーツの世界で使うことの気持ち悪さ=違和感ともつながってくる。

経済での「勝ち組」というときの「経済」はグローバリズム経済(略して「グロ経」、グロテスクな経済という意味も入っていいでしょ?)であって、もちろん地域通貨などで模索している、もう一つの=オルタナティブな経済(とりあえず「オル経」)が可能としうるかも知れないオル経的仕組み(アーティストとして持続できる、もう一つのサクセスストーリー=サステイナブルストーリー)というのは大切だと思っている。

(野口体操のおかげにより)リラックスした体で碧水ホールへ。今日はロビーコンサート、ぎっしりの人たち。途中ではギネスビールも実費で飲める。アイルランド音楽の夕べ『セタンタ来日公演』18:07〜19:58。

シンプルなトリオの演奏。ディル・ラス=フィドルとフィン・マックギンティ=ギター(歌)、ハンズ・アラキ=アイリッシュフルート(歌)。フルートは色々な種類を持ち替え、アンコールでは尺八も披露。ハンズは日本人とアイルランド系アメリカ人の二世で、なんと祖先は近江水口藩士の子で尺八の名手だったらしい。

二人の女性が最後になってアイリッシュダンスを踊り出したのが印象的。また前の席の男性も1曲リールのときだったかジグのときだったかに踊っていてなかなかに気持ちのよいステップをしていた。ダンスも一緒にしたいけれど、結構ぴょんぴょん跳ぶものだからしんどいだろうなと思う。

スリップジグというジグ(6/8拍子)に似ているけれど9/8拍子のリズムの音楽も演奏された。どこかジグより踊る方も難しそうな揺れがあって興味深かった。ディルの顔はアメリカのカントリーにいるとても人の良いオジサンの顔。フィンによるギターの指使いを見られなかったのが残念。ギターがリズムと通奏低音を受け持っていて大切な支えだなあと思う。

昔中村とうようさんのレクチャーでアメリカ音楽の源流としてアイルランド移民たちの役割の重要さを指摘していたことを思い出す(アフリカ起源とともに)。また全然別のことだけど、日本音楽が三味線が入る前まで、低音楽器をなくしてしまっていたという話(この前の加藤種男さんのレクチャー)もふと頭に浮かぶ。

ミナクチバヤシは聴けたかな?セタンタは明日には北島町立創世ホールで演奏することになっている。USJでの演奏というスケジュールもあって(一人ずつ)笑ってしまう。

11/13(日)

今回は早々とパンプレスvol.42の原稿を書いてからフェスティバルゲートへと向かう。ダンスボックスの入り口を写して原稿に添える写真にしようと思いつつ。新世界アーツパーク事業の始まり始まり。大阪市の芸術文化アクションプランも何とかイベントだけではなくなってきた。本格化することの大切さを思いながら出来るだけ伝えていこうと思う。

それにつけても今度のコラム『踊りまわり(12)〜アーツに勝ち組もルールもない』は少し大上段に構えたものになってしまった。前回が慌てて書いた家族ネタだったからそれと合わしてもらうとちょうど中和していいのだが。

やはり行く前に、メールマガジンaw-mlで、「NHK BS1インターネットディベート『アート振興なくして景気回復なし!?〜日本再生の鍵はアートが握っている?』(11/2 23:00〜23:49放送予定) http://www.nhk.or.jp/debate/」を知ったので、早速チェック。

学生たちや色々な方がここに書き込めば面白いと思って、ぼくも一つ書いてみる(以下の文章は投稿したものから少し字句を修正したもの)
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あなたは、どんなアートを振興してほしいですか?
意見No.00016 
ハンドル名 小暮宣雄(今のところ本名を書いたのはぼくだけみたい)
都道府県 京都府 性別 男 年齢 47
Subject 評価の定まっていないアーツ(色々な芸術)の環境づくりを
《内容》
文化庁がアーツプランで振興している団体を見ると、すでに評価が定まっていて、しかも今日的ではない(古くてかつ西欧文化への追従的な)ものばかりでがっかりしています。
たとえば、音楽では19世紀的なオペラやオーケストラという形態をとっているものとそれをアマチュアがお稽古しているものを後生大事にしていることが大きな間違いです(ダンスではバレエとお稽古ごとである「現代舞踊」。同じく美術では印象派などとお稽古ごとの各種団体展)。
他方、上のような人気のない西欧クラシックもの以外でやってほしいジャンルを世間に無造作に聞くとコマーシャルで成立するような出し物になってしまいます。でもマーケットで可能なものに税金を投入するのは公共ではしてはいけない罪悪なのです(マーケットを歪めるから)。また、ホールの稼働率を上げる(採算性を上げる)という目的は手段と目的を混同した誤った考えです。
ですからジャンルを問わず実験的なもの、先鋭的なもの、評価が定まっていないものたちへの暖かい視線が希求されています。とりあえず、アーツプランの支援をすべてやめて、非営利のアーツNPO法人への税制支援へと変えるべきです。

500字という制約があってアウトリーチのことも書きたかったがまた追加的に投稿出来そうだし、どんどん他の人たちが書いてくれるだろう。

休日でもあり、フェスゲーもそれなりに賑やか。メリーゴーランドに子どもたちが乗っている。上を回るジェットコースターはうるさくていやだけど、ぐるぐる回る木馬は町なかの遊園地に相応しくてほのぼのする。でもステージで拡声器が大きくカラオケ歌バンドが出ていてその音楽が実に耳障り。大阪プロレスの呼び声の方がずっと臨場感があって(切実だしこれこそダウンタウン)好きだ。

それにしても通天閣に人が並んでいるのに驚く。大谷燠さんに聞くと人気が戻っているという。
そうこうしているうちにフェスティバルゲート3fのart theater dBのネオンに灯りがともる。この前(10/7)は「at theater dB」になっていた、「r」の灯りがつかなくて。カフェ「4竕(デシリットル)」もできあがり、階段を上がると変な王様の椅子もある。で、そこに上って座っていると大谷さんから土足厳禁と言われる。

今日は飲み物のみ(ジュースとかはちょっと高いかな?)。でも、厨房にいる人たちはみんな一所懸命にパイやサラダを作っている。明日から販売するという。オープン前の緊張感っていいね。こういう所をテレビなどもドキュメントするといいのに。

カフェの壁際には立方体の箱がガラスケースつきでうまくランダム置かれていて、ビデオが販売されていたり、関係書籍などが閲覧できるようになっている。お客さんもそこでは小さなステージに上がるような気分がして、ダンスを楽しむ前後のリッチ感や脱日常性を演出してくれそうだ。

初めて座る階段席。椅子が4列も入って前後が詰まっているから、客入れは少し工夫がいる。うまく空いている客席を跨いでいくといい。定員130名。今日は満員で椅子のないところにも宮北さん(英語の通訳をしていた)らが座っていた。

Asia Contemporary Dance Festival 2002、今日はA-GROUP。15:06〜17:03。3人(韓国、台湾、香港)がソロでインドネシアだけデュオ。18分、17分(休憩が20分)、31分、26分。終わってからトーク30分余。

去年もそう思ったがアジアのコンテンポラリーダンスを見ながら関西のダンスもなかなかの力があるなあと逆に思ってしまう。アジア大会の陸上などを見ると中国が圧倒的に強いけれど、そういう水準の違いはなくて、それぞれが刺激し合ってもっと面白いものが出来る可能性に満ちている。だからアーツはいいのだ。
(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記392」をみてね)


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