こぐれ日録 KOGURE Diary 2002.11



194) 11/8〜11/10

11/8(金)

今日が芳江の誕生日だということをぼくだけが忘れていて、はなとさきからきつい視線を浴びる。さき手づくりのケーキで蝋燭の火を消したのは本当に何年ぶりだろうと、お誕生日会がとっくに終わったあとに帰ってきたぼくに彼女は言う。さきの詩やはなのイラスト。ぼくが出来ることは何もない。本当は彼女に自由な創作の時間をプレゼントするのが一番いいのに違いないけれど。

11/2の「アートで景気回復になるか」のBS1放送(ほとんど見ていたし録画されていることを確認していたはずなのに)のビデオ録画を、改めて再生してみたら、ちゃんと映らず信号ばかりが波打っている。これでは、来週のコンソーシアム京都の授業に使えない。

今日、ソフマップで仕事用に個人研究費でデジカメを買ったのは嬉しいことなのだが、前のデジカメよりも小さい分、充電での撮影時間が半分近くになっていることに帰ってから気づき、いささかがっかり。

登場人物が役者に戻って一人ひとり、OMSの柱に触ってから退場する部分が一番目に焼き付いている、OMSでの最後の劇団太陽族のお芝居の初日。『そして夜に光った』作・演出:岩崎正裕。

意欲に満ちたグランドゼロ以降(なんていう言い方は流行ぽくてよくないのかも知れないが)の世界についての批評性、あるいは、「ポスト静かな演劇」を予感させる、対話の成立や関係性づくりに安住しないで行こうとする詩劇的な演出。19:05〜20〜48。

実にそうなのではあるが、初日(「ドラマ・ヌーボー」とむかし誰かが言っていたようないなかったような)のせいもあって、まだしっとりと熟成させていない感じが全体にあり、ザ・スズナリの頃にもう一度観た方がいいかなと思わせる舞台。

コーラス部分が一番しっとりとハモっていてアンサンブルしていた。役者的には(というよりも悲劇的な役柄的には、ということでもあるのかも知れないが)、美紀役の佐々木淳子に目がいった。

こう書いていると今日は大凶ぽいけれど、これもまた日常なのだし、「日録駅」というささやかなプラットフォームに立ち寄ってくるお客さんもこれから少しずつ出てきそうなので、楽しみ(この日録への忌憚のない意見が本当に書かれると少しこわかったりもするが)。

11/9(土)

忙しくも充実した週末。
午前中、JAM West例会。今年最後で12月はお休み。劇団らせん館の嶋田三朗さんらの話を聞く。地域創造で会ったことを向こうは忘れていたがぼくは覚えていた。多和田葉子さんとの出会いなど興味深い話。ベルリンの「文化ビール工場」はぜひ訪ねていきたいところだと思う。

伊丹市へ。文化施設をデジカメに入れてからアイホール(AI・HALL自主企画VOL.134)でプロジェクト・ナビ『想稿銀河鉄道の夜 ver.3.2』(作・演出:北村想)14:05〜15:45。少しお金がかかってもこれを地域文化行政論のメイン鑑賞作品にすればよかったなあと少し空いている客席を見ながら思う。

津村卓さんから北九州市の劇場建設の話を聞く(1300、700、200席)。ずっと市役所職員なのに市山さんが担当しているというのは何と凄いことでレアなことかがよく分かる。演劇環境として理想的な姿に近づける設計変更をしたという。年末に始まる北九州市美術館の企画も興味深いので、合わせて研究しに行きたいなと話す(この日録を北九州市演劇祭の誰かが読んでいることを願います。そして市山さんに伝えて欲しい・・)。

心斎橋の萬野美術館に初めて行く。『Private Luxury〜萬野コレ2002・現代美術とのコミュニケーション』。古美術の方がファミリアでないぼくにとっては、こういう企画は慣れ親しんだ現代美術を道しるべに古美術のよさを発見する展示として貴重である。ただ、暗い部屋の展示方法がいいかどうかは疑問。

お米ギャラリーでお米のグラタンやお好み焼きを食べてから、寺田町のらいふすぺーす102(藤原理恵子さんの自宅リビング)へ。『・・・と おどる・・・〜DANCE LIVE Vol.5』19:00〜19:58。

中西恵子がずっと風邪だったというが、平家物語の語りを聞くとああ、朗読術というのは学ぶべきものだなあと思う(うちのゼミ生の語りの稚拙さを思うと特にそうだ)。言葉遊びの詩(「ゆっくりゆきちゃん」のような時間を作るのがきっとこれからのアーツ環境づくりの最大の課題なのかも知れない)などもいいが、有名すぎてどうも通り一遍の知識だけになりがちの古典テキストを朗読することの大切さを、コンテンポラリーダンスの現場でかってに感じたりした(これもコンテンポラリーを道しるべにして古典文学を知った企画だった)。

福森慶之介のフルート即興と合わすダンス、朗読のコラボもなかなかのもの。ただ、今回は藤原理恵子演出がとても凝っていて、それを数名のお客にだけ鑑賞させるという「ラグジュアリー」すぎる企画で、福森さんはかなり大変そうだった。でも彼の踊りも間近で見られ、藤原さんの「健気(けなげ)ダンス」も健在で、終わってから美味しいビールを飲ませてもらう(差し入れをすればよかった)。途中失明の人たちの表現支援についての相談もこの交流会のときに生まれた。

11/10(日)

應典院へ。コモンズフェスタの最終日。公開ゼミの日だ。アーツ日記展示も今日で終わり。大学の入学課に頼まれた取材もあって、ちょっと、がさがさ。リハーサルをゼミ生がしていたが、私語がうるさくて迷惑をかけたようだ。これでも注意していたことなのだが。

ぼく的には、15:30〜17:00にきちんと収まった今回の公開ゼミは20名弱の方に見てもらい、さらに貴重な意見や感想、鋭い質問もしていただいたので、何とかこの1回生10名の力としては出来過ぎぐらいによくやってくれたのではないかと思っている。が、まあ、客観的に見たら何だろうなという部分も多いのかも知れない。特にはやり歌の「歌詞」をなぜ取り上げる意味があるのかという意見は実にそうだと思いつつ、でも、等身大でしか有り得ない若者たちのこれからの成長を見守って欲しいとも思う。

公開ゼミの前、中西美穂さんから、展示「By Your Side」についてのレクチャーをゼミ生みんなにしてもらった。公開ゼミを自分たちでするというのも学習としては意味があるとは思うが、このギャラリートークはよりアーツ体験としてより深いものになったはずだ思う。

その体験の彼女たちの感想が「美術作品はよくみなくちゃいけない」とか「奥深いもので自分たちだけではよく観れないものだ」とかいう単純な感想であり、いまの段階ではそんな言葉しか彼女たちは発せないとしても、次にコンテンポラリーなアーツに出会うときにきっとその初期体験が大きく化けるかも知れないからである。


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