こぐれ日録 KOGURE Diary 2002.11



195) 11/11〜11/14

11/11(月)

昨日は打ち上げも派手にさせていただいたので、第2期リボンゼミ生はお疲れだったようだが、二村さんや鈴木さん、荒井さんなどがROUGH展を熱心に見ていて、少しずつ應典院はじめ外での活動が彼女たちを動かしつつあるのではないかと思う。

それに、昨年度の第1期リボンゼミ生の和田さんも照明の仕事をしたがっていた大川さん(彼女のデザインアレンジメントセンスはなかなかのものだ)と一緒になり、書道の妙さんにも誘いをかけて(彼女は写真にも長けていて、「天は二物を与える」という感じ)、このように自発的な展示を週末に設置してしまうほどになったのだから、かってにどんどん成長するのだと思う。

一方、土曜日はTAM研の上田さんと水野さんが丁寧に掃除をしたというし、日曜日も中條さんが手伝ったということで、TAM研の縁の下の力持ちパワーもじわじわと発揮できているのではないかとも思う(行間から嬉しさが滲んでいるでしょ)。桜の葉っぱが大分落ちているのだが、見上げると虫が食ったような穴が無数にあいていた。

それは多分虫が食ったのではなく、寒い空からの木漏れ日を、きれいに模様にするために開けられたのだろうかと思うような、限りなく地味な美しさだった。そしてそれはきっとありふれたものなのだろうが、展示を見ているぼくには、とても貴重なわくわくすることに思えて仕方がなくて、みんなに葉っぱの枯れ穴越しに空を見上げるように誘い出してしまう。

歌の上手い久保さんも椅子を作ったり楽しそうだ。今日は暖かくて風もなかったけれど、いつもこのようにうまく行かないということももちろんあるだろう。でも初心者ラックはラックとして素直に多くの来訪者を迎える歓びを味わえばいいのだろう。だって、これから失敗することの方がずっと多いことになるだろうからね。

3限目は地域文化行政論。文化政策制度における海外比較や、ぼくが思う生活文化論(文化芸術振興基本法における歪曲された茶道華道書道的「生活文化」との比較)の反応はなかなかにいい。イタリアの文化政策は何も知らないけれど(ボローニャの話ぐらいで)、さきと一緒に調べてみようかしらと悠長なことも思ったりする。最後に久保さんがROUGH展のPRトーク。彼女にはアカペラを歌ってもらおうと思っていたのだが・・・。

今日からやませいギャラリー(山科青少年活動センター1階)がオープンしたが、乗ったバスがそこへ向かわなかったので、大丸の『京都新世代いけばな展2002』を見て、明日の差し入れなどを買ったりして、19時には自宅に帰った。華道の「流」というのってまあまあへんてこりんだなと思いつつこれはやっぱり「生活文化」ではなく、かなり特殊な蛸壺文化だと再確認する。

なかでは、甲州流松本秀翠庵という人の地味な作品とか、これも地味で炭にしてしまうことの面白さも手伝ってちょっといいな(アーツとしても観れる)と思ったのが、中野天心(華道本能寺)という人のインスタレーションだった。とても見ていられないのはプラスチックを下品に使ったもので、それなら伝統的な生け花の方が格段いいに決まっていると訪ねてきた人もたぶん心の中で思っているはずだ。

実に久しぶりにテレビニュースを見て、そのまま日米野球を聞きながら昨日のデジカメのプリントアウトをしたりした。
ところで、忙しさにかまけて最近の日録は8月と打って変わって散文的なので、さきが芳江の誕生日プレゼントした絵付き詩を密かに書きつけておこうと思う。他力本願。


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【2002.11.6夜、おかあさんに贈ります。Saki。】

  摘みとった 花
  今日 一日中続く
  雨の
  そっと そばにおいてみる

  あいだには 喜びにふるえる
  一つだけの無が

  ゆれうごく 香りの
  あたたかい 影
  つらい人生の影 に
  重なりあう
  思い思い
  に過ごした
  あの日に
  もらった花 の
  重みを

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11/12(火)

天気予報ではお昼からまた寒気が北から入り込んで寒くなると言っていた。ところが、山科行きのバスに乗るために走って汗だくになるし、夜になってもぜんぜん暖かい。dBのホールの中では上着を脱いでもまだ汗が出て頭の中が朦朧としてきて焦点がなかなかに合わない。

今日読み終わった本。文春新書102『民族の世界地図』21世紀研究会編、2000.5。「民族のアイデンティティ」の話から始まって、民族と言語、宗教、民族移動、先住民族、民族紛争、中東・アラブとユダヤと各章とも文化と政治を巡るずっしりと重い主題がコンパクトによくまとまっている。

世界史の学習はこのような視点から紐解くようにすれば、もっともっと学習者がこれから生きるためにアクチュアルに感じ、その興味も倍増するのではないかと思う。読めばアルメニア人やクルド人、チェチェン紛争などについて断片的な事件ニューズ的知識しかなかったことを反省するし、アフリカのことも知らないことが多い。

アフリカにおける「ツチとフツ」間の虐殺はじめ、植民地政策によって部族(階層)意識を芽生えさせて差別マインドを形成したために現在の「部族」間紛争を各地にもたらしていることがいかに多いかを再認識するのもこの本の中でだ。

とりわけ最後の第8章は「生活に見られる民族観」で、姓名でわかる民族の出自、ジェンダーとの関係、衣装、住まい、結婚、食文化伝搬、フェアトレード、楽器などなど、個別に興味深いポイントが多く用意されている。この章からでもさきに読ませておきたいなと思う、イタリアのパスタの伝搬の話などで釣って。

朝は芳江に車で大学へ送ってもらう。研究室の本を家にある本といっしょにしてアーツアポリアライブラリーの野放図文庫としてまとめて送ってもらうためだ。
大学に来た芳江とROUGH展を覗く。少し風が強くはなっているが無事展覧会は成功してよかったなと思う。和田さんが昨日から少し展示を替えたりしていた。

昨日行けなかったやませいギャラリー企画展「あからはじまるうた」市居みか展へ。市居みかは、画家で絵本作家。木版の優しいちょっと昔風の懐かしい挿絵が印象的。葉書大のチラシが竹田さんから大学にすでに届いていて、学生にもうちの家族にも人気だ。展覧会の最終日に30日に「市居みかさんのおはなし会」もあり、無料なので近くに住む京都橘女子大学生は特にお奨め。

この山科青少年活動センターのロビーで、うちの大学院を社会人入学として志望する男性に会う(すでに別の大学院は受かっているらしい)。こんなことをいうと語弊があるだろうが、何とまあ奇特な人よとまず思った。

どんな大学院になるのか当事者でも見当がつかないのに、それでも熱心にしかも真剣に考えてもらっているなんて嬉しすぎる(それに女子大というのにも抵抗はないと言う)。彼と話しながらやっと、来年度からの大学院で彼ら彼女らとぼくがするべきことをおぼろげながら見つけだせような気がしてきた。

なま暖かい空気のまま夜になった新世界。酒を飲まないで食事をする店を探す。横の道を通ってみると、日活ポルノ映画館と並んで大衆劇場もあった。その近くに定食屋があって労務者のおっちゃんたちがカレーの大盛りを頼んでいるカウンターを見つけて座る。メンチカツ定食、税込み400円、何の衒いもない夕食である。

アートシアターdB、文化環境研究所のサイトにやっとここのことがアップされたのをすでに大谷さんも文ちゃんも知っていた。
客席はいい感じで満員である。交野市の小学校でのCa Ballet公演では子どもたちが乗りだしてみていたと小鹿さんが告げる。明日の小学校行きがますます楽しみになる。

Art Theater dBオープニングシリーズ、反進化論的ダンスパフォーマンス『PHANTOM』20:06〜21:29。構成:由良部正美、振付:由良部正美、黒子さなえ、映像:小池照男。さんざめく小池映像は踊りを濡らしていくラストにあって、その控えめな映像使用が印象的。
(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記398」にて)

11/13(水)

今日は教授会もなくこの前の應典院公開アーツリボンゼミの振替休講日ということもあり、大学に結局行かなかった(専門ゼミのことを聞きに来る学生のために午後から行こうかとも思っていたのだが)。

さらにいけないことだったが、19時からのOMS、TIP COLLECTIONにまたもや行かなかった。いったん家に帰って日録12日分を書いていると、はなが来て出来つつある新曲の始まりを聴くように言われて、ついその曲をはなが完成させるまで一緒につき合ってしまったからだ。

布団の波で、浮かぶのか泳ぐのか、今日はなぜか太陽と蜜柑が悪役になってしまう結構暗めの曲が出来つつあった。その産婆役というのか、彼女の作曲や作詞が出来るような環境づくりをしたり、メモったりしていると結構これも大変なのだ(でも楽しい)。なお、これは今度の17日のえるび(ちょり君の海の詩への返歌)に関する曲になる予定のものだ。

出かけたのは朝。宇治市立北槙島小学校の体育館。
向島駅。初めて降りる駅というのはどきどきする。丹波橋乗り換え、近鉄で二駅。プラットホームからのながめ、団地が続いている。京都市と宇治市の境目。向島図書館、向島文化センター、愛隣音楽センターがあるところは京都市らしい。

付近の地図をMapFanWebで打ち出すと、この北槙島小(このそばに宇治ブライトホールがプロットされていてここにも葬祭式典公益社があった)以外に3つも小学校があることが分かるが、つまりは団地街なのだ、この辺りは。保育園も多い。団地の窓、布団干しを写し組み合わせて抽象画のようにした合成写真を思い出す。まえからぼくも干し物づくしコレクションというのは狙っていたことの一つ(あとは表札づくし)。

市営住宅、住宅都市整備公団住宅、民間マンションなどがひしめいているところで、少し前にこの辺りで確か事件があったのではなかったかと思い出そうとする、が思い出せない。迷子の子犬の貼り紙。KYOTO COOP。きっとここに住んでいたらこんなありふれた風景を書きつけたりしないだろう。

街路樹の赤い実。黄葉。セイタカアワダチソウから身を守るススキの穂群れ。初めての場所を歩くときの高揚感と不安感。ちゃんと小学校にたどり着けるのだろうか。地図は古いものではなかったか。日にちを間違っていなかったか。地図の縮小が違っていてとても実は遠いところではなかったか。

校内無断立入禁止。パトロール実施中、北槙島小PTA。すんなりと目的の場所にたどり着ける。門は一つしか開いていないのでぐるっと回ることになる。ぼくは怪しまれる可能性が強いと思ったので今日はノータイだがスーツ姿である。大和警備保障の人たちが道ばたに溜まっている。

9時前。遅れて校門に向かう男の子。足取りはのろのろしている。
「まっかな秋」の歌詞が門の横に大きく書かれている。一乗寺「喫茶のん」でタイバンの人とはなとが歌った歌だ。インターンフォンで来校を告げてから中に入る。

今日は小鹿さんはいないので、今日北村成美演出振付の「シンデレラ」を公演するCa・Balletの制作の大内玲子さん(びわ湖ホールの人がボランティアしているのだった)に挨拶。するとうちの2回生の小林さんも来る予定だという。よかった。

事務の方が校長室へどうぞという。そこで原田豊範校長に会って少し話を聞く。芸術鑑賞は毎年1回行っていて、去年は人形劇だった。宇治市教育委員会では補助が出ないのですべて保護者負担となっていて(一人当たり700円)、PTAからの助成も出ている。こういう場合は収入額は特に児童数が大きく影響するわけだ。

開場は10分前。体育館前にはすでに担任の先生に連れられて子どもたちが開くのを待っている。昨日よりも風が冷たいがまだ辛抱できないほど体育館内も寒くはなかった。

初めの回(9:45から50分間)は、小学校1年、2年、6年と養護学級2クラス。そのあと照明のチェックなどの休憩を挟んで、11:30から3年、4年、5年が鑑賞した。鑑賞児童数は250名弱ずつということになるだろう。
(Ca・Ballet『シンデレラ』小学校バージョンの詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記399」をみてね)

11/14(木)

専門演習を選ぶために学生が研究室を巡っている。1回生のとき以来ご無沙汰していたアーツリボンゼミ1回生の渡里さんが来てぼくの研究室がごちゃごちゃしているなあとびっくりしている。昨年はさっぱりしたものだったからなあ。彼女は文章を書くことが苦にならないし、難しいことを書くのではなく、分かりやすく文章を書くライターみたいになるのが夢だと。P.A.N.PRESSのバックナンバーを持っていった(彼女は果たして小原さんに電話する勇気を出しただろうか)。

劇団四季が大好きだという学生も来る。顔は見かけるがあんまり知らない学生だ。ほかの劇団も四季のように素晴らしくしたいという(うーん)。京都劇場の運営の変遷とか駅ビルの経営などを知りたいとも。そうそう文化開発という発想なら端先生の方がいいよね(傷つけないようにしつつぼくとの違いに気付いてもらうのはとても難しい)。ぼくの方は劇場ありきということではなくアーツをもっと伝えたいというアーツ志向なんだよなあ(それに・・・)。

TAM研はHPづくりのことなど。そのためにもデジカメを購入してどんどん使っていきたいし、TAM研の名刺デザインを清水君あたりを講師に招いて教えてもらいながら作っていくこともしたい(将来はTAM研がデザイン請負機関になればいいな)ので、あと5万円未配布の予算を小森さんか木下さんに要求しなくちゃいけない。自分でしたら早いのだが、めんどくさいけどあえて学生にやらせようと思う。

そのあと、京都府庁の明治時代に出来た旧館の会議室で第5回「京の文化振興プラン策定検討会議(文化振興・条例)」に出る。中庭がなかなかにいい雰囲気。場所にこだわる劇団やダンスグループに見せてみたいところだ。会議室はストーブにやかん。河島さんが膝が寒いといってぼくのオレンジ色の帽子を膝掛けに代用しているがこれはあんまり役立ちそうにない。

ヒアリングは邦楽界のこととその学校教育との関係。京都市芸の久保田敏子さんという教授と京都府教育庁高校教育課の福田指導主事が話してくれる。邦楽をも対象とするアーツNPO法人が京都府内にあると人材バンクなどの情報インフラづくりを府庁と一緒に出来るのだが。

少し時間が空いたが、18時半から京都橘高校で連合組合会議。来年度から高校はすべてのコースで男女共学となる。去年よりも応募人数はぐっと増えているらしい。理事会側の方に任せてもなかなか進まないから、組合としても高大連携のちゃんとしたビジョンを創って提案することも必要だなあ(特に高校のAコースとの関連)ということを話したりした。


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