こぐれ日録 KOGURE Diary 2002.5



147) 5/27〜5/30


5/27(月)

今日は、大阪市がらみの来客が2件、1件ダブルが青少年育成関係の話が3件。
さらに、TAM研の賑わいに、他大学生の訪問。その他、インターンシップのための書類づくりについて石野さんが相談に来たり、この前泣きながら相談しにきた学生が、解決しそうですと嬉しそうに報告に来たり。
私の研究室は月曜日から大忙しだ。

気が重かった話から。
少し前から周辺で騒がしかったのだが、5/2の「こぐれ日録」記載の件について、大阪市の村上文化集客部長と山崎文化振興課長が抗議しにやってきた。確かに、そこで書いた議員と関係者についてのコメントは本題と直接関係なかったから(もちろんそのことが気にはなるのは私以上に大阪市のスタッフであろうが)、この部分は大阪市との協議とは無関係な単なるぼくの感想である。そこがまぎらわしかったという抗議である。

ただ、5/2に相談したことの記述については間違っていなかったし、それについて書いたことをとやかく言わない姿勢は大阪市として潔いと思う。こちらもはっきりさせたものの、アーツアポリアなどを熱心にしているスタッフの反応が心配だったのだが、レンガ倉庫での事業が時限的であることについては割り切ってくれていたから、少し風波は立ったが結果はよかったのだろうと思う。

ただ来年度以降にレンガ倉庫内においてアーツアポリア以外の活動が無関係に起きるときに生じるかも知れない現象を少しシミュレートすることは当然必要であることにはかわりはない。

昼からTAM研。地域通貨班の買い物ゲームはなかなかに進まない。5月いっぱいにTAM研資金を使わないと返還しなくてはいけないのだが、彼女たちの行動範囲が余りにも狭いのと、とても節約家で慎重だからだ。何でもTAM研のためになるのではあるが。仕方なく1万円ほどの金庫は私が発注することにした。

立命館大学の経済学部の学生が研究室をうろちょろしている。京都学生フェスティバルのメンバーになった織田ゼミだった鈴木さんが同じ所でスタッフをしている彼を連れ回しているのだ。なかなかいい感じの学生だったが、これからアーツマネジメントについて考えてみようというところみたいだ(アーツ・カレンダーを登録したかしら?)。

朝、大学に向かう途中に山科青少年活動センターの竹田さんに会った。同じく通勤途上。この前私の研究室に行ったら自分の大学時代を思い出したという。岸和田の高校で本物を若いうちに見なければいけないといういい教師のもと、演劇とかに触れたのが大きな財産になっている彼女は、大学時代に、いまうちのTAM研がやっているようなことを自分たちのゼミ(広告研究)でやっていたらしい。

午後から大阪市中央青年センターの本田さんがやってくる。今年度のアートマネジメントセミナーとそのあとの青年芸術劇場の相談。(その間に、東山青少年活動センターの表美由紀さんから電話であるチラシをファックスで送る依頼があって、初めに書いたように青少年育成関係が集中した月曜日となったわけだ。)

地域NPOとの連携(委託費という処理が出来るようになったそうだ)ということなので、この前は東京のアーツワークスとしたが、出来れば関西のNPOと関わりたい。そこで、JAM Westはどうか?ということ。パナクリエイトに電話をしたら松本さんが東京出張だったので、彼と相談して返答することにした。
青年芸術劇場については、どこと関係するのか、dance boxとかも話に出たが、結論は出ず。予算は減少した。

実は朝の大阪市の一件があって、ちょっと暗い気分だったが、まあ意外とさらりと終わったのでほっとした(鈴木さんがノックもせずにぼくの研究室を開けると、その時はいつもと違う空気が流れていてびくっとしたらしい。彼女ぐらいだろうが、扉が閉まっていたらノックぐらいはしてもらうようにみんなに言わなくちゃなあ)。

京都互助会(月々5000円以上払っているから、潮時を見て解約しようと思うのだが、これがなかなか出来ないので少しは元を取ろうと)で、京都朝日シネマのチケットを500円で手に入れていたので、チャン・イーモウの『活きる』(1994年の作品で、131分あるがぜんぜん退屈させない大河ドラマ)を見た。

どうして「生きる」ではなく「活きる」(原題は「活着」)なのだろうかと思って辞書を引くと「活」の欄には、「生き返る、生存する、暮らす、生活、いきいきしている。柔道で、気絶した人を蘇生させる法」と書いてあって、そうか、何とか生きながらえて暮らす感じがこの「活きる」というタイトルなのだと納得する。

この映画はまさしく、なんとか生き延びていく夫婦の話だ(献身的な妻を演じるのはコン・リー。強い気持ちをもつ前半の気丈の女性像と後半の病気がちの姿との幅がすごい)。私は瞬間的に後悔しても、結構そのこと自体を忘れる方なのだが、彼らのように重大な岐路での後悔ならきっとこうして幾度も幾度も、ああしなかったらよかったのにとこの夫婦のように言うだろう。日常場面での淡々とした終わり方も含めて実に庶民的で子どもの笑顔がかわいくてコメディタッチなのだが、全体的にはやっぱり悲喜こもごもの「悲」の割合の方が多い。

子どもがいなくなるのはつらいし、活きるために影絵の道具を捨てるのもつらい。大きな政治に翻弄されて、うそばっかりつくのもつらい。賭をして家財を失ったことが、共産党の世の中になって幸いしたと思っただろうが、即座に銃殺されるのを見せられるのは余りにもつらい。小便でズボンが濡れるという表現はうまいと思った。

少し映像的に血が多く流れてそういう場面が得意でない人にはきつい部分もあるかも知れない。影絵が文化大革命で焼き捨てなくてはいけなくなったり、あれほど革命に貢献していた町長が自己批判にいかなくてはいけなくなったりしたその文革の暗い時代を、中国はどう変えてきたのだろうか。こういう映像を通じても「文化政策」と国家(政治)の関係の難しさを感じさせてくれる。

主人公の男(グォ・ヨウ)は、はじめ(若くて博打ばかりしていたときは)、伊藤キムさんに似ているなあと思ったりした。頭の形とか。主人公の娘の旦那となる髭を生やした工場労働者エリートはアリオン音楽財団の飯田さんにとても似ていて、中国の人たちの顔ってやっぱり私たちに馴染みやすいし、中国の庶民を写す映画だから、そういう感情が引き起こされるのかも知れない。

5/28(火)

立命館アートマネジメント論。今日はBGMなく、BGV的に土曜日のCAP HOUSEとアントルポッの放課後の写真を見せ、アンケートの結果報告をし、「まちに出たアート」(橋本敏子)の例として、松山市の小坂2丁目「アートは鎹」のCATVビデオを見せた。いま見ると意外と新鮮な感じがする。昔は子どもの詩に美術したりフォークにしたりしたものが、ちょっと「大衆迎合的」(村田真)と思えたのだったが。

あとは、教科書を使って進むが、これは時間があっという間に過ぎる。モダンde平野すら終わらない。樋口よう子さんとしばたゆりさんのTシャツの他に、よれよれの灰塚アースワークス1995の岡崎乾二郎のカエル線画)のTシャツとか、ミュージアムシティ福岡(藤浩志によるもの)のTシャツを持って行っていたのに、そこまで全然行かず。でも、少し受講者は前回よりも増えていた。少し断念して教科書を買ってもらっているようだ。絶対に損をさせないよう授業するぞ!

時間つぶしにアバンティ。鷲田清一氏の新著に、「pro-」(前へ)が語頭につく単語が近代社会の「前のめり」の象徴として説かれていて、なるほどと立ち読みしながら内省する。つまり、未来志向の言葉としてpromise、progress、processとともに、project(計画という意味で)があるというのだ。

そこで、私は思うのだが、アーツプロジェクトでもこのプロジェクトという言葉を、もともとの空間的な「前面へ=投影」という意味として取り戻し、時間的な前のめりと未来管理型のあり方から先に開放されたアーツプロジェクトが、それ以外の前のめりの計画管理型まちづくりなどを開くことが要請されているのだろう。
あと、尾崎豊を戦後ポピュラー音楽史に位置づける「読むJ・POP」(田家秀樹)と100%ORANGEのイラストのハワイ案内が余りにもかわいいので買う。

アトリエ劇研演劇祭・オムニバス企画『センバツ!』19:06〜20:59。昨日、今日、明日と8チームが出る。司会はパンダのぬいぐるみ。声は別のところから聞こえてくる。予想外に面白かった。一人コント的トークで、TIP COLLECTIONでよく登場していた人たちと色合いが似ている。

ハラダリャン〈一人芝居〉。濡れたタオルで床を叩く。幼稚園の園長が押し入れて恐怖の虐待行為。ずっと床で寝ていたらよかったのに。後半は中国大使館に駆け込み亡命というネタを使ったもの。

前田剛志〈ビデオ・パフォーマンス〉「スパヌゲッティ」。ドビュッシーの「月の光」がすり切れたレコードで鳴る中、映像が初め抽象的なボヤケでなかなかの現代美術だと見ていたら故障だった。実際の映像はスパゲッティを食べて吐くまで。おばさんがうろうろしたり前で寝ていたりするのが受ける。パフォーマンスは小さくなった鉄腕アトムのシャツから引き出される瞬間芸の数々。アトム万引き、などなど。なかなかに個性的で侮れない才能を感じる。アトムから目薬、あっと間違った、二階からアトム。

休憩後、やみいち行動〈即興的演劇的行為〉「カレーなるギャツビー【甘口編】」。辛口編は京大文学部控室(ブンピカ)にて週末公演。「無料に決まっておろうが!」(24時の開始というのがいいね)。藤原康弘が暴れ足りないのか、終わりの挨拶の時にレスリングしていた。カレーが実際に作られていて、終わってからお客さんも食べたと思う。注文の多い料理店だと思わせて、最後にどんてん返しというか、飛び降り釜。

5/29(水)

今日は、ゼミ振り替えでお休みなので、暇。02年度のゼミ生が結構遊びにやってきた。正直嬉しい。色々な話題。老けて見られること。ゴキブリ10万匹。土葬か火葬か。ホテルブライトンシティ山科の平支配人が来ていて、12/2の山科文化芸能祭についてはゼミ生の意見を聞きつつ、何とか実施する方向で検討すると答えておく。

いつまでにするかは分からないが、ゼミの課題に一つの劇団やミュージシャンを取り上げて(自分がとても愛しているアーツの具体的体現者)、その年表を作り、日本や世界の動き、夏休みに調べる自分のまちの歴史、そして個人や家族の年表を対比するという作業をしてもらおうと思っている。後期最後はそれを発表し合えればいいのじゃあないかな。

DANCE BOX Renewal第1弾。fromミナミのど真ん中ホール。DANCE CIRCUS 19、Dance Box vol.81。葦田さんから、今回のレビューをダンスボックス通信(?)に書いてくださいと言われたので、ここにその原稿案を書いておこう(字数が決まったら教えてくださいね。リライトしますから)。

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【踊る気持ちがある限りサーカスは続く】

「ミナミのど真ん中ホール」を探していると、yumさんがパチンコ屋の前に立っていてあっけなく見つかる。ほっ。3階に上ると広くてトロンとしたロビー。落ち着かない。でも、いつものダンスボックスの人たち顔が見えて、ほっ。箱よりもソフトが大事、人が大切。幾たび繰り返してもこの一つの事実に立ち合わない限り、何も会得したことにはならない!と思いつつ夕暮れの空を潜ってホールに入る。110ぐらいの椅子。藤堂さんが観たい席が見つからないと困っている。踊りを見せたい!見たいという気持ちの人たちが作りあげたトリイホールのようにはいかないのは当たり前か。後ろでは遠すぎる。前では出入りが見えてしまう、と。
さてダンスサーカス。きっかり1時間(私は20時開始の部)。5つのダンスが闇から現れ終了の兆しもさほど見せないようにしてまた闇に沈んでいく。一つ舞台転換があったが、1時間がシンプルに編集されて拍手でとぎれずに連続して鑑賞する形をとっていた。
まず三澤奈央「オイディプス」。白い坊主頭の男がぼうっとそこに立っている。ぼうぼうっとゆらめいて、小刻みに躰(からだ)を震わせ。床への接吻へ。死の臭いよりも「性」の臭いが強く風に縺れて漂った。ハム+サムは女性のデュオ。滑稽系の範ちゅうなのかな。ぴこぴことした音と動きがうまく連動している。手の動きが巧み。
若井博人「始まりの上に立って」。天井を向いている。光に目玉が機能していないはずだ。手が肩を叩く。自分で自分の音を見つける。2つの腕がデュオのように対話する。途中は音もたてずゆらゆらの腕。また音が生まれ出て激しく、床とも音で対話する。
中村広子「ぴおじあ」。彼女もはじまりは音楽も使わずそこにいる。みんな、再生を願ってまず自分の躰だけで踊りその原点をダンスボックスのリニューアルに捧げようとしているかのようで。ちょっとおセンチになる。音が始まる。やむと動きが止まる。シンプルな関係の始まり。
最後は花沙「Darkness at noon」。外見は、実に普通の若い女性の出で立ち。それは、さっぱりとしてスマートで、口臭なし、体臭なし、むだな体毛なしで気を使い、怖いところには近付かない女性たちのようだ。電車でよく見かけるそんな女性のタイプ。でも、そこからぎこちなく引っ張られていく躰と心。あれれ、何かによって。ダンスによって?無意識の世界に?突然の転倒。リズムが躰をとらえた。もうダンスから逃れない気持ち。でも普通の感覚は残っている。それも大切だとその躰も思っているように見える。

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5/30(木)

芳江がぎっくり腰。せっかく木版画を習っていこうとした矢先だったが、まあ、少しのんびりすれば大丈夫だろう、骨粗鬆症ではなかったみたいだし。

コンソーシアム京都のアーツ&セラピーは私の番。癒しのロックンローラー尾崎豊の死と、冗談のように(色々あったのだろうが)10年で解散したザ・ブルーハーツがテーマ。ライブ空間における疑似宗教的一体感や、疑似共同体意識のようなもの、あるいは小さなライブハウスと大きな会場の違いなどを映像で見てもらおうと思った。

森岡正博の「宗教なき時代を生きるために」を導入として使うのは去年と同じだが、今回は、生きる意味や自由について語る部分では共通性がある2つの対照的なライブ画像。それを比較しつつ鑑賞して、何かを感じてもらえればと思った。死んでしまった尾崎豊の悲劇や問題点を云々するのは卑怯な感じもないでもないが、ある時代における音楽と若者社会心理、そこにおける癒し癒される関係の特徴を考えるのには、10年経ったいまだからこそ可能なようにも思う。

どうしてもザ・ブルーハーツの方を多く紹介したくなるけれど、ようやく直視できるようになった尾崎のライブも3曲ほど流す。高いところに上って後ろの二人の人に支えてもらいながら、イエスキリストを意識した台詞を言う場面から、ギターや電子ピアノの弾き語りでけっこう心にしみる場面を選んだ。以下、受講者の感想を少しピックアップする。

@・・自由でいたいのに、カリスマとか一人の支配を求めてしまう、そしてその中で「自由」を感じるなんて、この矛盾した仕組みはなぜなんだろう?と単純に疑問。・・なんやかんや言っても「ライブ」はイイですね。やっぱり。打ち合わせしていないのに、みんなが同じようにシンクロする気持ち良さ、これは“動の癒し”ってやるつなんでしょう…。

@表現者が表現を通して癒されていくのだろうが、受け手を意識しすぎるとだんだん苦しくなっていくのかもしれない。アーティストに限らず、何でもいえることなのだろうけれど…。

@ブルーハーツはここ何年前からか好きになり、よく聴いています。いつになっても伝わるメッセージ性がやはりすばらしいと感じます。なんというか、カッコイイ。うん。死なない。死にません。死にたくないです。・・・ラジオ、たまたまきいていました。本当に。NHKFM、ミュージックスクエアですね。中村タカコさんのDJの。…あれが解散なんて知らなかったです。ビックリ。

@(尾崎豊を見ながら、なぜかX JAPANを思い出したという学生や、いまは浜崎あゆみぐらいだろうが、尾崎やブルーハーツみたいな連中はいないようだと現在を考える学生などが多いなかで)一体自由とは何なのでしょうか。自由になりたいと思いました。10代の頃のことです。いまは、自由とは何なのかということをすごく考えてしまいます。自由=幸せだと思っていました。けれどもいまは自由が幸せなことなのか、私にはわからなくなっています。ブルーハーツも尾崎ももういないけれど、いまでも「いる」んだなと思います。私にとっては、それが“Mr.Children”です。彼らがいつかいなくなってしまったとしても、私の中にはずっと「いつづける」と思います。(ミスチルが自分の支えという受講者は他にもいた)

@歌を“癒し”の一つとして私も思っていた。その代表の一人が尾崎豊だと思う。…人のできないこと、心の奥底で人が望んでいること(マニュアルや世間体をきにしないで)を巧みに表現していると思った。それは人の心にガツンとくるし、ドキッとさせられる。自分の欲望を自分のかわりにかなえてくれるとファンに期待されるのもわかった。しかし、不特定多数のファンからの癒しの願いをひとりでひきうけてはいけないと思った。ファンの苦しみや絶望などの重荷をひとりでうけいれていると思った。それが尾崎を死(←「ファンの完璧な癒し」)に追いやったのだと思った。自由を求めるあまり本当の音楽(音を楽しむこと)をしていないと思った。

@演歌ですね。正論を叫んで酔っているように見えました。聴衆も歌い手も、特に聴く側。残念ながら、尾崎豊は器が無かったのかと思いました。(始めてこの授業をうけた美術系の学生)

@尾崎豊やブルーハーツの音楽をきいていると時がとまった感じというか、回りが見えなくて尾崎やブルハの中に入りこんでしまう状態になる。歌詞にすごく共感できるのもあるし、本人たちの力がすごく伝わってくる。そこに癒しの力があるのだろう。私はブルーハーツのファンでもあり、ハイローズのファンでもあって、ハイローズのコンサートも2回ほど見に行った。でもヒロトやマーシーのビデオでの姿を見ていたら、やっぱりブルーハーツの時の方がすごく楽しそうだった。

@最近は「癒し」という言葉がとても簡単なもののように扱われているので、そういう意味での「癒し」という言葉は嫌いなのですが、今回の授業でやっぱり「癒し」とはそんなに軽々しく口にできるものではないし、自分が誰かを「癒し」てやる、やれるというような意識をもつことが、一番怖いな、と思いました。それくらいならむしろ、自分を癒すために何ができるかを一番に考えた方がいいと思います。

@最後に「みんな死ぬなよ!」とブルーハーツが言っていたけど、「自分を強くもっていろよ」ともきこえた。この人は、自分をしっかりもって、強い人なんやと思いました。どの分野であれ、人を癒す仕事の人は、自分を出して、他人の事を感じて、強い意志を持ち自分をしっかり持たないといけない。そのためには自分を分かる事が大切だと思いました。

……
まだまだ、心に響く感想を書いてもらって、これは私の力ではもちろんなくて、引用したテキストやビデオライブの力なのだけれど、授業はアーツと受講生をうまくつなぐ媒介者としての仕事だなあと、ちょっと満足しつつ大学へ向かった(終わってからもなかなか興奮が冷めずに、ずっと私に語りかけていた学生たちがいたので、少しバスを乗り過ごしたりはしたが)。

また一人の学生の相談を聴いてから、OBPアーツプロジェクトの記録のための座談会収録。パナクリエイトの松本さんと松下電器の前西さんが来る。

18時からインターンシップの事前学習会。5人のうち編入生の2名はよく知らない事もあり、終わってから近くのウサギ屋で食事。この曜日はとてもハードなカリキュラムだったようで、話していると突然、がくっと一人がなったが、なんとか帰ってほっとする。


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