こぐれ日録 KOGURE Diary 2002.3



125)3/11〜3/14

3/11(月)

久しぶりに風邪をひいて家でごろごろいると、喉の痛みや関節のこりがよく感じられる。きっと気持ちはのんびりしているようでも身体のほうは疲れているから風邪をひいて、休めと言ってくれているのだろう。

宗男証人喚問劇場は見ないようにしようなと芳江と話していたのに、結局ぼくの方からテレビをつけてしまった。
つい、こう畳みかけて質問すればいいのになと民主党の議員などの質問には歯がゆく思ってしまうことが多い。自分ばかりがしゃべっていて相手から言葉を引き出すことをまるで出来ていないのね。

辻本議員に対する宗男証人の興奮を見ていると、パソコンの機種選定に絡んで暴力団とつながりが濃いと言われていた議員から、毎週金曜日夕方に恫喝されていた時代を思い出す(結局、自分は権力に屈しなかったと思ったら隣の課が対応していて、かつこちらが選定したメーカーもその議員と繋がるようになっていたとあとで知ったりもした)。当時の教育長がその議員とクラブのママと平日ゴルフをしたあとの宴会の席に予算案を説明に行くという、いまからみればやくざ映画のワンシーンのような時代のことである。

能動的な音楽療法(「うたごえクラブ」)をドキュメントしているという興味から読みだした『老人さん〜ある特養老人ホームの試み』。文藝春秋、2001.5、著者は山内喜美子(62年福岡県生まれ)。取材の間にたまたま介護保険の実施当初の混乱があったので、施設福祉と在宅福祉、福祉と医療などの関係問題がよりビビッドに見えるようになっている。

読み出すと私の両親や、すでに亡くなった芳江の両親、とりわけ施設に入って芳江の顔も分からなくなった彼女の母のことを思う。亡くなった私の祖母が徐々に呆けだしていくときの母の困惑も少しかいま見たが、全然自分はほおかむりしていることが多かった。

「うたごえクラブ」については、本文にあるように療法というよりも「生活の質」の向上に関わるもののようである。

《音楽療法はホスピスや福祉施設で近年盛んになってきているが、音楽家の演奏を聴いたり、好きな曲をリクエストする受け身のスタイルにとどまっていることが多い。水郷荘の場合は利用者が自主的に集うクラブの形で行われ、老人たちがそれぞれ楽器を持って演奏をする。全員が積極的とはいえないにしても、自分が手にした楽器で音を鳴らすという行為だけ見ても十分、参加型といえるだろう。ほかにも生け花や陶芸、わいわいクラブ(風船バレーなど軽い運動をしたり、リハビリを取り入れたゲームをして楽しむ時間)など、いくつかクラブがある中で、全利用者のうちの三分の二が参加するうたごえクラブは一番人気である。》

『スロー・イズ・ビューティフル〜遅さとしての文化』(辻信一、2001.9、平凡社)。この本うたの主張については、週末の2つのトークの際にも援用しとても助けてもらった。いろいろ言及したりしたいが、ゆっくりとこの本を噛みしめるのが一番だろう。

そのなかに、「スローネスとしての文化」という、文化人類学者である著者の核となる終章があり、いままでの自分の「文化」概念を変える必要性を感じだしたので、ちょっとだけコメントしたい。まず、「なんとか学入門」という書はあるが「出門」というのは聞かないという書き出しから笑ってしまう。卒業制作を担当する専門ゼミの名前は「アーツマネジメント(学)出門」がいいかも知れない。

さて、辻信一はあえて「文化」概念を拡大しないで使おうという。カルチュラル・スタディーズなどにみられるような「文化のグローバル化」への対応(消費文化や情報文化への言及)を行わないのだ。もちろん「芸術」に限るなんてしない。文化人類学が従来から扱ってきた「文化」、それは「もともと地域的で、特定の生態系の中で育まれた土着的(ヴァナキュラー)なもの」である。

《ある特定のサイズやペースを越えた時から、ある文化を文化としてきた本質的な何かが、失われ、あるいは損なわれる。そんな時に至っては、それを文化と呼ばないことにしよう。ことばを拡張してまで現実に合わせることはせず、本来の「文化」に備わっているはずの「小ささ」と「遅さ」に固執しよう。》

はっきり言ってこれはマニフェストの文章だから、文化についての学問的な記述ではないかも知れない。価値としての文化という擁護論を行っていることは明白だ。「人の身の丈にふさわしいスピードやペースがあるように、文化にはそれにふさわしい遅さがある。人と自然との関わりや、人と人との関わりには、適正なリズムや緩急というものがあるだろう」。「ぼくは思うのだが、本来、文化とは社会の中にそうした『節度』を組み込むメカニズムないのだろうか」。

ああ。自分のように、文化を最広義(つまり、文化とは「遺伝子によらない人間活動の、すべてにおける情報の蓄積と伝達」)に定義してしまって、「文化」というものを無味乾燥にしてしまおうとする戦略と逆だから、すごく気になっているのだ。

文化政策学部の人にならなければ、昔と同じくそうやって文化を広く定義してあたかも文化を大切にするような素振りをしながら完全に無化し無視することが精神上一番いいやり方(それはまあ「文化庁」との確執という低次元の戦略でもあったが)であった。でもこの大学にいる限りは少なくとも、そうはいかなくなった。

思い切って、文化という概念を辻信一氏にならって小ささと遅さで限ることにしてみたいと思う。もちろん、伝統社会では、それが小さいとか遅いとか思われていたわけではないだろう。だから、今への警鐘としての(相対的なアンチテーゼとしての)文化概念だと重々知りながらでも、文化を彼と同じように使ってみようかと思う。

そうすると、「芸術文化」ということばは使えなくなる。いまでも文化の1つである芸術を指す言葉と同じだから芸術文化=芸術としてきた。これが文化をこのように限って使うとすっきりと「芸術文化」という言葉自体を捨てることができるのだ(次に述べる意味での「文化芸術」と同義になるから)。気持ちいいね。

そして、そしてである。いままで気持ち悪がっていた「文化芸術」ということばを積極的に定義できる。つまり文化芸術とは、小ささと遅さをいまでも持っている「文化」に繋がる「芸術」であるとなるのだ。

その逆は「非文化」芸術、つまりグローバル芸術、大量生産と消費に基づく商業的マーケティングに基づく芸術である。それらは芸術でないなどと芸術次元として争うことなく、対象とすべき「文化」ではないとして、文化次元で無視できるということになるわけである。これですっきりと「文化芸術振興の基本」が見据えられる。

そのほか、この本の中では、頑張らないことや、パラリンピックのおかしさなど色々同感したことがある。おいおい援用することになると思う。スロー・シンキングする快感。でも「遅」という漢字をポジティブに使うことは、正直まだ戸惑てちる。遅く生きる、遅く行く、という遅生/遅行=ちいきを考えつつも。

3/12(火)

大阪ガスの研究所からの依頼原稿がかなり進む。スローアーツのおかげだ。それにしてもOMSの閉鎖についての報道(京都新聞)で、老朽化とともに経常赤字1億円という部分には色々考えさせられる。ホール部分を大阪ガスのメセナとして赤字云々ではなく考えられなかったのだろうか?場所がなくなったら、今後戯曲賞以外のOMSの活動はどこでどうするのだろう。スタッフは?

風邪も少しよさそうなので、蹴上から画廊を巡る。ギャラリー・すずきでは、飯田教子『ザ・スパイラル』。陶になった多色の折り紙の組み合わせ。床にうねっている。

アートスペース虹では、在日コリアン2世である朴一南(PAK IL NAM)展『(ここにハングル文字が本当は書かれている)-間-GAP』。静かで暖かい抽象である。紺色と白の作品以外にも、多色のもの、そして心惹かれた黄土色の平面があった。熊谷さんからKYOTO ART MAPへの協賛についてのお話。

gallery coco『あいまいな身体2』森口ゆたか個展。映像。顔の真ん中をつぶした口の映像と、覗く手の映像の二つ。
galerie 16『佐々木直美展』。Life -2002・03。小振りな平面。一色。キャンバスに織りがついているものがあって、これが特に気になった。

京都大学吉田寮食堂ホール。新宿のシアタートップスを思い出させるように観客席が上に登っていて、そこが満席になっている。東京サンシャインボーイズを一番前で見て芳江にバンバン叩かれたことを思い出す。今日もベンチ席が揺れていた。ゲーム世代でないぼくでもにやっとさせられる部分も多い。

ヨーロッパ企画第10回公演『冬のユリゲラー2002』サイキックシチュエーションコメディ。19:09〜20:57。作・演出/上田誠。「カフェ・ド・念力」に、エスパーたちが集まっている。その密かな集まりに間違ってエスパーでないびっくり系の「細男」(細い隙間をすり抜けられるという特技を持っていると自称する男)が来てしまう。さあ、大変。シチュエーションコメディの典型である。

ただ、出演者がエスパーたちなので、難局を切り開くのは一見簡単である。ところが、彼らは一旦マスメディアの餌食にされると普通に生活できないことをすでに学習している。だから、見つからないこと。見つかっても他言されないこと。

自分の才能やすごさを分かって欲しいけれど、大騒ぎされては困る、そんなアンビバレントな心情WPをおかしく描く作品。前に見たステージよりもずっと気持ちのいいアンサンブルになっていたし、キャラクターも個性的だ。

ただ、三谷幸喜がテレビや商業演劇に移ったように、毒のない(社会批評性をもっと隠微でいいから浮き立たせておけば、マスコミは手を伸ばさないだろうけれど)彼らも同じようになるのかどうか、そんなこともちょっと頭をよぎる。

3/13(水)

さっそくKYOTO ART MAPの件でアートスペース虹の熊谷さんが大学へ。いま女性起業家セミナーで企業から協賛金をもらうことで画策しているところだから、協賛金(3万円)を出すという発想は正直わが大学にないと事務局の本音もあった。
が、PR効果(数万部が京都市内の数多くの画廊群に散らばる)や今後の教育研究のことを考えれば(京都の芸術系大学のうち私学はみんな参加しているのだし)、もう少し早く話があると通しやすかったなあと思う。

熊谷さんがローティーンの頃、NHKラジオの第2放送で毎週(20時から22時)欠かさず舞台中継を熱心に聞いていたという話を聞いた。「幕間」とか言っていたのは放送番組名かそれをもとにした本かは忘れた。

が、新劇(1950年代という絶頂期の新劇)を聴くというのは、ラジオドラマではないからどんなものだったか、とても興味があるし、今よりも聴取者の想像力が格段豊かだったということは確かだなあと思う、確かにお能をラジオで聴くというのはいまでもあるが。

あと、女性歴史研究所の季刊誌「クロノス」に書いた「京の女たち」シリーズ「しなやかなアーツマネージャーたち」の原稿をあらかじめ見てもらっておく。

午後からは、京都橘女子大学文化政策研究センター運営委員会があり、教授会、学部教授会と続く。大学院設置のために自分が出したと思っていた書類を完全に出し忘れていたことに気づく。明日追加するねとあやまって帰宅。

ビールを買ってきて正解。さきは無事、山梨県立農林高等学校に合格していた。3年間、食品加工の勉強をして次のステップを考えてくれればいいなあ。少し落ち着いて。

3/14(木)

午前中、家の用事をしてから午後大学へ。いま就職活動している学生から相談を受ける。エントリーシートとかを書くのだが、なかなかに自分の夢や志と訪問企業とが結びつかないという。

KYOTO ART MAPの協賛の件は大丈夫になったので、松尾恵さんへ電話。5月にギャラリーを回る校外演習をすればマップがとても役立つし、6/2のタフ2の告知もマップやHPで出来るわけだ。

森小路で降りて大阪市立芸術創造館へ。「『2線級のお芝居殺っています。』みなさ〜ん!あんまり面白くないですよ!」と俗悪ぽい作りのチラシに書かれている「デス電所」という若い劇団をはじめて見て、観劇速報に久しぶりにアップした。以下の通り。

《デス電所 『輪廻は斬りつける〜ツヤマ・ミーツ・アサマ・ハッシャ・グラインドコア』見どころ:凍り付くような間 総合:☆☆☆☆
初めてみたのですが、最初の30分間は天才集団現れると思い、そのあとの1時間は、これからとても期待できると喜び、あとの40分間は徐々にそうでもないかなあと再考したりうつらうつらしました。少なくとも最後の20分間をなくしていたら、☆5つだったと思います。》

作・演出:竹内佑、19:05〜20:12。観客の参加場面の仕掛けが豊富:袋に入っているものを、指示によって順番に開けたり、赤、青、黄色の3つの紙を選んで、客席の意思を伝えたり。「コミュニケーションに関する脳天気なナレーションとディスコミュニケーション=暴力とのギャップ」を瞬間的に提示する冒頭にはどきりとさせられた。

終了20分前ぐらいに、ここまでしか出来なかったので、と突然終える場面があった(ここですっきりと切断したらよかった)のに、まただらだら続いて、そこで色々つじつま合わせみたいな物語が語られて、それは蛇足。心配しないで、もっとぶちぶちと場面を切り苛んでいけばいいと思う。

役者、なかなかにきわどくおかしい。大人計画やナイロン100℃のメンバーを思い出す。特に空豆きみどりをしていた松本人志まねの人や、女優陣、山田千絵、山村涼子、田嶋杏子に注目した。


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