こぐれ日録 KOGURE Diary 2002.2



119)2/18〜2/21

2/18(月)

大学でタフの受け付け方法などの打ち合わせ。「ファイル3」はおかげさまで100名を越えたから、当日組と事前申込者との整理をするために番号札を作ろうと話した。

そのあと、文化政策学部がこの1年間でどんなことをしたかをまとめる原稿を書く。私は、5つの分野だが、こぐれ日録があったりするので、そんなには手間取らなくてよかった。ただ、ゼミの後期についてはもっときちんとまとめる必要があるのだけれど、前期を中心に書いたものを利用してしまった。

ちょうど、次の原稿書きとして、大阪ガスの研究所の雑誌に執筆依頼がきていたので、喜んで書かせてもらいますとファックス。

ほんとにこの本から触発されることが多くて、じっくりと噛みしめながらやっと読み終えた。佐藤真『日常という名の鏡〜ドキュメンタリー映画の界隈』(凱風社、1997.10)。

《力ずくでつかむとポロポロと崩れ落ちてしまうもの。追えば追うほど、自分の影法師のように、実は後ろからついてくるもの。日々の暮らしの中では、当たり前すぎて口に出すのも憚れるようなもの。それがトウキョウの正体なのかもしれない。外国人の目や写真家のファインダーには確実に映るのであるから、トウキョウはちゃんとあるのだろう。だが、そのトウキョウは、はたして映画のフィルムに感光するのだろうか。》

佐藤真の「トウキョウ」といずれ出会う日が来るのだろう。アウトサイダーアーティストを描く映画が日常とか家族、家庭の形を淡々と描いたように、トウキョウが描かれるのか。カンサイとの違いも自ずからでるだろうし。色々な意味で楽しみすぎる。

ちょうど、パンプレスの「踊りまわり(8)」の原稿を書いていて、この「トウキョウ」という言葉をつい使わせてもらった。コラムの内容は津山での町家ダンスのことにする。
ちょうどアートファームの大森誠一さんが山陽新聞に連載を始めることになってより正確な文章を書かれていて、私の拙文とメールで交換した。両方を読んでいただくと、同じ対象を、立場の違いでこんなにも異なる書きぶりになるのかということが分かって面白いだろう(もちろん私のは身内が出ていることでダンスに絞ることになるとか軽口すぎるきらいもあるとか欠点が多いが)。

2/19(火)

豊中市役所人権文化部文化国際課(総務部職員研修所も共催)から「文化行政研修会の講演」依頼がメールであった。一度も会ったことのない担当者さんではあったが、ファックスの地図を元に豊中市立の福祉会館へ出かける。
職員研修の前に「行政の文化化ハンドブック」などの説明会を文化国際課の担当者がしていて、こういう形式は大阪市でも同じである(もうすぐ河島伸子さんに担当してもらうそうだ)。

テーマは「市民参画と文化環境」。副題として「アウトリーチ〜文化のユニバーサルデザイン論ことはじめ」。実に長くて面妖なものになってしまったが、実際はぐっと「アウトリーチ」に焦点を合わせて概説した。どれぐらいお役に立ったかどうか分からないが、芸術振興とか文化政策という場面で最も肝心なことになると思う、文化における「マイノリティ尊重」のことを中心に伝えようとした。

ただ、社会福祉施設系へのアウトリーチ以外に、まち系のアーツプロジェクトの話とかアーツアポリアの紹介など、きちんと話したいこともあったのだが、消化不良になってはいけないなと思い、的を絞ったことがどうであったか。なかなかレクチャーは上手くならないことを痛感する。

帰り、阪急岡町駅そばの豊中市立伝統芸能館をのぞいたり、「ギャラリー・アート・ボーン」という奥に長い画廊に立ち寄ったりした。ここは段ボールで額縁を作るワークショップをしたりなかなかカジュアルな画廊で、付近は一軒家が多く、閑静な住宅街である。

そのあと、アメリカ村へ立ち寄ったら火曜日はパルコデュオが休みで、松山賢展を見れず。

引き返し、ヘップホールで韓国のうたと踊りを楽しんだ。
HEP FIVE 学習塾民博シリーズ『韓国ソリの世界〜おと・うた・ことば〜』19時から21時前まで。「ソリ」はコリア固有語で、パンソリの「ソリ」。だから「声」でもあるし、さらに風の音などの「ものおと」や「言葉」あるいは、風の便りという意味まで含むとても重要な言葉であることがまず示される。

民博教授の朝倉敏夫さんと在日3世のアンソンミン(安聖民)さんの案内で、一緒に楽器のリズムを出したり「アリラン」のリフレインを歌ったり、最後は舞台に踊りに上がったりして、予想外の楽しさだった。それに韓日ワールドカップの影響もあるのだろうが、満員の会場でしかもとても参加者が熱心なのにも感心した。私はしなかったが、舞台に上がって楽器の演奏体験もあった。

アンさんはもうすぐ韓国漢陽大音楽学部修士を卒業するということ。並行して光州でパンソリを人間国宝について勉強(韓国では勉強といわないで同じ意味を「工夫」というらしい)していて、なかなかに司会でもあがらず堂に入ったもの。とてもカジュアルな大阪市生野区出身者。こちらも大勢の質問者の最後に、パンソリのピッチのことを質問したりもした。

賑やかにサムルノリが入ってきた冒頭。そして、ケンガリ、チン、チャング、プクの楽器の特色やアジアでは珍しく3拍子が多いことなどを実演を通しながら説明してもらって、とても有意義でこういうライブレクチャーをぜひ広めたいのものだと思う。

民博で3/21から『2002年ソウルスタイル〜李さん一家の素顔のくらし』展が始まるのも楽しみだ。7/16まであって、しかも毎日曜日の午後に今日登場したサムルノリやアンソンミンの演奏(唄)が「みんぱくマダン」で行われるということ。

2/20(水)

完全に怠惰な一日。ずっとテレビで予算委員会中継を見ていた。チャンネルによって田中真紀子議員の肌の色が違うのが気になった。
他人事になったなあという感慨がわき起こってくる。私の昔の先輩(自治省から国会議員になった人)たちがふっと映像に映る。現役の外務省官僚はかなり情けない答弁をしている。地方議会も知らないだろうから、まるで慣れていないのだろう。

ほっとするのでもなく、哀れむのでもなく、もちろん寂しいわけでもないのだが、どうも判別できない感情がテレビで国会答弁を見ていると感じる。リタイヤした人と同じように昼間テレビを見て近くの図書館で夕刊を眺める。
予算委員会ではドアのそばでうろうろ資料を渡したりしただけだったが、お父さんも昔あそこで働いていたなどと家族にいう自分をおかしがりながら。

2/21(木)

大学に寄って明日(関西女性アーティストファイル)の確認をしたあと、膳所駅へ。今日から3/4まで、大津西武の6階催事場にて『アウトサイダーアーティストと鯉江良二・展』〜土踊る DANCING CLAY〜が始まるのだ。この展覧会は共催が甲西町にできた(福)滋賀県社会福祉事業団、主催/アート・インパクトinしが実行委員会。

アートディレクターははたよしこ。近くの売り場から流れてくるお雛祭りの歌が大きいですね、とはたさんに言う。昨日に搬入をしていたときはまるで気づかなかったのですけど、と彼女は言っていたが、そのうちにボリュームが少し下がった気がした。

それでワークショップを鯉江さん(彼は愛知県立芸術大学教授でもある)と作業所の作家たちが行い、作ったものを籾殻をかぶせて野辺で焼いている一部始終を記録したビデオも見やすくなる(中でも粘土を叩く音が印象的で、場内に響いている)。

この展覧会の企画上の特色は、あえて「アウトサイダーアーティスト」という言葉を使って、障害者アートという言い方やエイブルアートというカテゴライズの問題にも意識を向けようとしている。そして、「陶芸界の最先端において絶えず挑戦的な制作を続けている」作家と障碍のある人たちの作品を並列に見せることが試みられている。

これは、会場内の売り場でも同じことがおきていて、値段は桁が1つぐらいは違っていても、同じ場所に鯉江良二の器と滋賀の作家たちの小物が一緒に売られている。私も花瓶にも湯飲みにもなる500円の陶器と、顔の装飾が剽軽な小皿(600円)を2枚購入した。

300円で頒布しているカタログには作者の経歴がきちんと綴られ、その丹念な作業にまず敬服する。そこには作家の出身学校や受賞歴、展覧歴が書かれているのではなく、彼ら彼女らの作っている様子やふだんの性格をディレクターなどの目を通して紹介されるもので、実はこういう形で逆にすべての作家の紹介もすべきではないかと私は思っている。
(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記323」をみてね)

音楽リサイタルのチラシや当日パンフ紹介において、特にアウトリーチを意識したものではそうではないかと思っていて、明日のタフの当日パンフはそういう面でも上田假奈代さんにいいサンプルを作ってもらったなあと感謝したいと思う。

電視游戯科学舘『ノスフェラトゥ』19:03〜20:49。脚本・演出:国本浩康。岡野真大がコミカルな役どころでゲスト出演している。制作のところには、TAM研の安藤きくの名前もあり。
3週間、26ステージ。なんとまあ、小原啓渡さんも思い切ったことをしたのだろう。今日も綺麗に満席。客席は100名前後かな。2名分追加でイスを出して対応していた。

アートコンプレックス1928に入って驚いた。入り口が舞台になるのだ。これはきっと初めての使い方だろうと思う。客席にはみんなステージを通って幕を逆に開けていくことになる。だから客席に座っていると、お客さんが後から来て幕を開け、すでに座っている私たちと目を合わすことになる。

これだけで、今回の舞台の力の入れようが分かる。思ったよりも色彩は抑えられていて、大きな恐竜の骸骨が最後に出てくるまで、2階席にオブジェで置かれているのだが、ここが自然史博物館じゃないかと錯覚するぐらいだった。同じく2階のステンドグラスも気になる。

「浅草一二階」が人びとの注目を浴びなくなった頃。大正時代。この塔は自殺の名所となり、帝都の好奇のうわさ話の源になっていた。おおっ、細馬さんの名著を読んでいるのかな(電視游戯科学舘初期の作品らしいからこの舞台の方が出版よりは早いだろうけれど)。

見世物小屋を愛する医者。異形の赤子の出産。明治の東京を形づくった祖父を持つ探偵。過去から不死となって彷徨う兄。それを殺そうとする弟。大河マンガの世界と共通するものがある。でも、小劇場を初めて見た3人組(若いサラリーマンとOL)がとても興奮していたのを帰り目撃してちょっと嬉しくなった。

あとは踊りとかスペクタクルの洗練さの問題があるが、こんなに若い劇団がロングランをすること自体、とてもいい経験になるだろうと思う。体力には十分気をつけて27日まで乗り切ってもらいたいものだ。


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