こぐれ日録 KOGURE Diary 2002.12



205) 12/16〜12/19

12/16(月)

地域文化行政論(第9回)では、後半に舞鶴のレンガ建造物などの写真を見せるとすこぶる評判が良かった。気づくと授業アンケートを取り忘れていて21日には必ず取らなくちゃいけない。研究室に戻るといつものようにいる小西さんではなくで小林さんがいた。最近彼女は大学にちゃんと通っているのだ。オイリュトミーについての関心などいろいろと彼女の自主的な探索能力は前からすごかった。それにしても、ピッコロに関わっているはずのHさんは大丈夫だろうか。バラシで怪我をして授業に出れませんとメールがあったし。

さあ、伊丹アイホールで『南半球の渦』(作・演出:土田英生)を観ようと帰りかけたのだが、雨は降り出すし、明日大学に寄らないのでパソコンが重いわ、風邪気味でちょっとしんどいわで、パスさせてもらった。山口さんごめんなさい。昨夜に行けば良かった。こう書くと渕上さん(相棒が船戸さんでなくてやりにくい感じがしたが、彼女の音楽性はそこでもしっかりと流されずあった)や黒子さん(彼女の娘さんもきっとダンスしているのだろうから、彼女には親子のダンス教室というのをやってもらいたいものだなあ)には悪いけれど。

12/17(火)

今日は京都橘女子大学には行かず。午前中はあるところである集まり。Wさんが書かないでくれと言っていたので、色々えん曲に書いてみたがやっぱりすべて削除する。こうした方が秘密っぽくてすごいことをしているようで(実際しているんですが)面白い。

午後はコンソーシアム京都で地域文化行政論(第11回)。後半は『あいだ』にのっていた東京都美術館館長のインタビューを照屋さんに助けてもらってみんなで眺めた。戦前から強い政治力を持つ美術団体展と美術館のあり方など現実の問題点が、ナショナル・ギャラリーなるいまどき350億円もかけて造る国の巨大貸し館へと拡大するのだなあということが何となく理解されたらいいかと思う。

前半(こちらがメイン)は、自治体政策にかかわるユニバーサルデザインの話をした。今日は男女参画、多文化共生、観光地ルネッサンスで次回にユニスポをしてアーツアクセスとしてのユニバーサルデザインでまとめようかと思っている。福祉に興味のある学生などに好感を持たれた。来年度は得意でないとかいわずに、もう少しこの部分を膨らませていった方がいいかも知れない(写真とかあればいいなあ)。

OMSの二人芝居(佳梯かこ、宇佐美亨)海のサーカス『杏仁豆腐のココロ』はクリスマスイブに相応しい、しかもいまの寂しい時代にマッチした心温まるお芝居。いろいろと自分の過去を思い出さされた。作・演出:鄭義信(ちょん・ういしん、彼も客入れを少ししたりしていたし、芝居が始まると卓のところで観ていて、昔新宿梁山泊で役者として観たときとその優しい雰囲気が変わっていない)。

19:08〜21:00。幅広い客層で、平日なのに満席。鄭義信が映画などで活躍しているからなのか、それとも再演されるこの作品が広く紹介されていて、小劇場演劇のなかではより広い客層に受けるものだということが事前に情報となって流れていたからか、そこの所は分からない。

佳梯かこがぱっとしない気の強い女性、小夜子を好演するのは、彼女の実力から当たり前だろうが、それにしても、宇佐美亨が演じる情けない男、達郎(でも家事の才能はすごいし実は力があるはずなのにいじけている)とのやりとりを観ていると、何だか実際の彼女もそうなのかなあと思ったりするぐらいに、舞台と日常の差をなくした気持ちにさせられるほどに精密な描写による演出だと思った。

ぼくはいまの関心からでもあるが、下ろした胎児の供養についてが詳細に語られていて、すごくそこに興味を持って聞いていた。16週目を超えると胎児は供養しないといけないと言われて白い小さな箱に入れて火葬するのだが、少しの灰しか残らなかったという所などにディテールまできちんとした調べ方をしていると感心した。焼く温度と時間(副葬品に色物を入れないことなども必要)というのは火葬場の腕の見せ所で、遺骨を大切にする日本では焼きすぎてはだけで、骨を白くきれいに残すのが大事なポイントなのだそうだ。

あと、中年以上の女性にとっては、痴呆老人の介護のことがずしりと響いたのだろうと思う。特に昔しか思い出さないお母さん(小夜子を棄てて別の男に行ってそこでまた娘トシコを生んでいる母)の徘徊は、いまの小夜子と種違いのトシコさんとの微妙な関係を浮き彫りにしていて、人生のラストをいかにうまく迎えるのか、そんなことに多くの人がココロを寄せることになった。

小夜子と達郎のこの二人は、いままさにチンドン屋を廃業してこの母の記憶にある「桜の園」から別れようとする夜だから、もちろん七面鳥ではなくおでん、シャンパンではなく「立山」、そしてクリスマスケーキではなくコンビニの杏仁豆腐が二つ、プルプルする夜だったのだ。

12/18(水)

基礎ゼミはこれで全体で集まるのは最後(来年の2回は個別相談とか日記提出となる。考えてみればそれぐらいの時間分量はこの前の山科芸能文化祭だけでもやってしまっているわけだ)。

そんなこともあり、来年度にダンスの簡単なワークショップなどを基礎ゼミでやってもらおうと思っている小鹿ゆかりさんにスペシャルゲストで来てもらって、彼女が農業をしたいと思った中学生の頃から、アーツスタッフネットワークとビーグッドカフェに至るいままでを、シゲヤンの鈴鹿邸でのダンスワークショップなどの映像付きで話してもらった。

そのあと、小体育館へ行って(スポーツの先生がここを使うことを忘れていて慌てて卓球台をかたしてくれた)、少し身体を暖めてワークショップのさわりをしてもらう。シェープアップになるお尻歩きはきつかったが、みんな真剣だった。シェープアップというキーワードはなかなかに効く。

ちゃんとトレパンの着替えを持ってくる学生がいると思えば、ダッフルコートを着たまましゃべりながらの学生もいて、まあ、今年のゼミはこんなものだろうからと諦めもついて怒ったりしないでがまんしていると、小鹿さんは思ったよりなかなか反応がよかったとあとで言っていた。

多分教員というのは気になる部分ばかりが拡大して落ち込むので、実は多くはよくやっているということを見落とす傾向にあるのだろうと反省もする。来年度のタフ3についても彼女に相談する。オーガニックフード(スローライフ)が絡んでくるとやっぱり面白いには違いない。近くの農家や婦人会との関連を彼女がすぐにいって、やっぱり農学研究をしていたことは伊達でないなと思う。

教授会が思ったとおり長くなって、近鉄小劇場の燐光群/グッドフェローズ「阿部定と睦夫」は行けなかった。坂手さんごめんなさい。

12/19(木)

ホントに多忙になって、いま19日何をしたのかなかなかに思い出せない。そうそう、午前中関経連の集まり。提言への追い込み。午後は京都府の会議。河島さんと、つい最近会ったのはいつだったかしらと二人で言い合うほど、どちらも時間感覚がなくなっているほどの師走なのね。

フェスゲのアートシアターdBでセレノグラフィカ『無数の感染、無数の処方箋』。19:36〜20:51。3本の作品を続けて観ると、二人(隅地茉歩、阿比留修一)のダンスがどんどん多様になり発展していることがよく分かるし、二人の運動能力のレベルの高さがよく知られる(最後の中腰でのおかしなダンス作品では特に〜これが「樹下の双魚」かな?)。

ぼくがうっかりして当日パンフを忘れたことを言い訳にして(初めの作品は夏に芸術見本市で観たことがあるので「水鏡」だと思うけれど、やっぱりこういういい空間で観るのとあの見本市会場で観るのとは大違いだった)、しかも上念省三さんもいたので彼がきっと素晴らしいレビューを書くと思うので隅地さんには悪いけれど今回は書くことをパスさせていただいます、ごめんね。

が、でもじゃれみさユニットとはまた別の味わいのある男女ユニットがこうしてあることがきっと関西のダンスの幅と深さを広げることをぼくもきちんと思ったことだけは書いておこうと思う。休憩の案内をする文さんの後ろでまだごちゃごちゃしている二人とか、何だか全体を構成する部分が特に面白くて、このdBのスタッフとの関係がダンスボックスの強みであるということも言えるし、今年最後のダンス鑑賞がこういう次のステップを予感させる公演で終われるのも とても嬉しいことである(ただdBである21日の第1回「アートキャバレー」にいけないのが残念!)。


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