こぐれ日録 KOGURE Diary 2002.12



201) 12/1〜12/5

12/1(日)

桃園会第24回公演『blue film』(作・演出:深津篤史)にはまだ時間があるので、最近できた大きなショッピングセンターに入る。その施設のためにできあがったピデストリアンデッキには子どもが色や模様をつけた紙の人型が手を結んでずっと続いている。

7年前、震災の頃そこは何だったのだろう。にょきにょき聳えるマンションたち、まだ建設中で薄い衣をかぶっているものもいくつかある。JR伊丹駅の方は阪急伊丹駅のようには全国放送されていなかったがもちろん同じように大きくそこは揺れ続いたのだろう。

が、白状すれば関西にいなかったぼくは(千葉県は震度1だと当日パンフにある)、1ヶ月後のサリン事件の方が正直強い震度を持って体感的にやってきたのが実際だった(動き出した財団でのあり方がそのカルト集団とだぶって仕方がないという個人的なことにも起因していたが)。

さて、伊丹AI・HALL。ほどよくいっぱい。桃園会の作品群のなかで重要な意味を持っていることは重々に知ってはいる。が、どろどろした性や薬のなかでうごめく群像や、からっぽな団地の空き地などの深津作品と向かい合いその輻輳した感情と思念のもつれ具合に格闘しつつ分からないなあと謎の部分を引きずる観劇体験とは微妙に違っていたのも確かだ。

たぶんそれは、阪神淡路大震災関連の芝居を観るときには、どうしても当事者ではなかったことなどに起因する気後れがぼくには少しあったからか、ちょっと桃園会の作品のなかでは比較的に客観的で冷静に観てしまったからだ。あるいは、そういう震災体験も自分としてはもっと普遍的な形で観るようにしていたとも思う。

でもこのお芝居ではそんなことはまるで関係なかった。自分の中で同じように軋む記憶があった(と錯覚した)。っそれは体験しなかったはずの記憶が呼び覚まされるような舞台だった。傾いたベンチ、白墨で線路が描かれているお猿の公園、始まる前から傾いた電線の右側にオレンジ色の光があたっている。

それはそこにたたずんでいたのが、小学校の同級生の死をラジオの報道でしか聞けなかった一人の女性、自分の家だけ壊れずにあった主人公かがり(江口恵美)であったことにもきっと起因していた。でもそれだけでもなかった。つまり、当事者でも7年の年月はそのあとに地表に降り積もる雨や風の累積によって強烈な記憶ですら少し薄くなる。

その記憶はベールに覆われいま老人が戦争体験を語るときのような物語的まなざしになりつつある。その記憶をすらぬぐい去るかのように、無色透明の全国展開しているショップ群からなる真新しいショッピングセンターが生まれたように思ってしまうこの場の味気ないせいなのだと思う。

駅近くにできたこれらの高層マンション群に新しい住人が住み、繰り替えず通勤と通学、そして小銭のおつりのように生まれた週末の日の余暇を、所在なげにこの人工地盤の上だけで完結させていったりもするこの街。地表の方はどんどん灰色の機能的コンクリに覆われ傷跡どころか、過去の暮らしの痕跡をよりいっそう希薄にさせていく。そんないまのここ伊丹の状態へとつながるアクチュアリティを持つ舞台であったからこそ、ぼくは客席で疎外されずに、舞台上の記憶の蘇りとともにあり続けられたのだと思う。

15:03〜16:50。ではこの間にぼくは何をどのように観たのだろうか。ブルーシートに覆われた街のかつての姿を、子どものマントに使われた工事用ブルーシートの端切れによって・・あるいは、一日中夕焼けの国にいるのに青い小瓶に閉じこもっているために、いつも青空しかみなかった怪獣の物語を、それが描かれたスケッチ帳によって。(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記403」に載せますね)

先ほど観た桃園会のお芝居は、別役実から北村想へ、北村想から伸びる演劇の流れをより太く深くするものではないかとウィングフィールドに急ぎながら思った。ぎりぎり(17:25)に到着。

昨日観なかった水の会vol.6『じゃのめの砂』も実に面白かった。17:38〜19:03。作・演出:奥野将章。だめすぎる男たちのお話。田舎の相撲にかかわる文化施設。そこの料理も相撲ゆかりの名前でまったく「いけてない」。なにもかも「いけてない」施設とその運営スタッフに地元の相撲サークルの連中。だれも強くなりたいわけではない。「居場所」が欲しいだけなのだ。でも負けると尾を引く。

出口のないだるーい世界。ボランティアしているわけでもなく、趣味で「エンジョイする」のでもなく、もちろん向上していく生涯学習なんてもっとも遠い人たち。仲間としてもあんまりつきあいたくない感じの連中ばかり。寂しい歌。30万円のオーディオをローン買いする、衝動的でおかしな浪費。

そこにも死という悲しさがやってくる。不器用な悲しさ、寂しさ。その不器用さが、逆に本源的な寂しさになること。17:38〜19:03。べたなまわしとはみ出してちょっと見えたあのもの、そしてあざのあるだぶついたお尻の哀しさが、桃園会の透明感とえらくかけ離れた泥絵の様な味わいを醸していた。

ほんとにウィングフィールドから近くてよかった。Sam&Dave、クラブのようなダイニングバー。ちょうど33歳になる上田假奈代さんの生誕33周年記念祭。少ないかと彼女は心配していたがなかなかの盛況。33というコミカルな二人組が歌っているときに入る。

あとは強制百人一首というのを楽しむ。これは下の句の札を頭につけて、読み上げられると、その札の人を捜し握手するというもの。時間がかなりかかったが、見知らぬ人と和歌で楽しむということは、百人一首の遊びを考えた人もきっと思いつかなかっただろうと思いつつ(貝合わせも優雅だけれど)、クラブと百人一首という取り合わせもまた異様だなあと面白く見ていた。明日のこともあるので自分は早く帰ったが、きっと結構遅くまで誕生パーティというクラブ遊びは続いたことだろう。

12/2(月)

巻上公一さんが拾得に来ていたのに結局行けなかった。「日録駅」の予定には書いたのにごめんなさい。

丹野賢一さんからdiaryをまた書き出したとメールが来て読んでいると実に面白い。やっぱり海外なのだ。大リーグみたいなことにどうしてもなるのが癪だけど、やっぱり実力のあるパフォーマーがヨーロッパで評価されると嬉しい。日本がダメだというばかりではなくて、彼我相互に外の視点からの評価が必要だと思う。そのために国内でしないといけないことが山積するばかりなのだが。

今日は中西美穂さんがゲストに来てくれた。京都橘女子大学での地域行政文化論は彼女と一緒にワークシートを書くという作業を通じて、実りの多い授業となった。アーツマネージャーって厳しい現実なのだという感想もあったが、彼女自身が堂々として気負いもなくしかもフレッシュなので、みんなとてもよく話を聴いていた。できれば、学生から彼女へ対して課題や質問をもっと出して欲しいが(留学生の方が積極的でしっかりしている)。

うちの専門ゼミを希望したという2回生編入の留学生(ほとんど初対面)が相談に来る。熱心だ。でもなかなかに彼女がいいたいことが伝わらない。韓国語が分かればいいのだが。韓国の事情を知らないのでぼくはアーツマネジメントなんて一緒にすぐには研究し仕事探しに助力などできないだろうなあとは思う。

が、大学院も行きたいということなので、逆に案内してもらいつつ韓国をフィールドにしたいという欲望も出てくる(韓国舞踊には特に関心があるので)。やっぱり問題はゼミ選びの方法論の確立だろうし、このままだとアーツマネジメント担当の教員不足がますます強くなるのではないかとも思う。

12/3(火)

変な日。夜中にひと騒動もあったし。
コンソーシアム京都(今日はなんと6名)の講義を終わってから、バスで40分。とりあえず京都造形芸術大学の春秋座に初めて入れたことはよかった。もっと歌舞伎ちっくかと思ったらわりかしニュートラルなホールだった。花道は本格的だけれど。

狂言(はじくれ法師)もお能(望恨歌)も創作もので、はじめの狂言は口舌も明確だし、女性が悪女という狂言パタンでない(でも、しっかり者だし積極的に恋愛を主導するところは中世の躍動的な部分をうまくいまに生かしていると思う)所など面白い発見がいくつもあった。

ただ、お能の方は当日パンフの詞章を膝に置いて内容を確認しつつ見ればよかったと悔やんだ。ワキやツレ、地謡はよく聞こえたが、シテの声は面のせいもあったがほとんど単語部分すら判明できなかった。そのためか舞もただゆっくりよろよろしていて(そういう老婆を演じているのだろうが何かしらのメリハリがあったほうがいいように思った)、長いなあ以上の感興が沸いてこない。

やっぱりせっかくなら能楽堂で古典のお能(できれば普段は観れないレアもの)をみたいものだと思うのは、狂言も含めて、新作といえどこういう作品では様式的な冒険はとても少ないためもあるし、能楽堂の空間とこのようなホールの空間との大きな違いがどうしても生じるからだろうと思った。

12/4(水)

今日は教授会とか学長選挙とか色々があって(基礎ゼミは9日の山科芸能文化祭の練習)、あと京都橘女子学園の創立100周年の学内的パーティが夜あった(学園創立の場所である御所の西側の京都ブライトンホテル)。そのあと、武藤さんが志賀入学部長を捜していて、そんなこともあり、何となく彼がいつも行く飲み屋へ出かけた。

一緒に細川学生部長もいて、彼とは初めてきちんと話してめちゃめちゃ盛り上がって、気が付くとどうも2時を回っていたらしい。ゴジラとかATG映画のこととか、彼は本当に面白くて(いつもは独特の口調ばかりが印象的だったが)、文学部も固いだけじゃないんだなあと感心した。

12/5(木)

志賀さんも細川さんも1時限目から授業があるというので大丈夫だったろうかと思いつつ、のんびり大学へ。バスを乗り間違えて変な停留所から大学をめざして歩いていたら、ソレイユ(学生寮)がやましな警察署の後ろにあることを初めて知ったりした。

18時から打ち合わせをアートシアターdBのカフェでやっていたら、あやうくエメスズキさんのダンスに間に合わなくなりそうだった(19時半開演を20時開演と間違っていたのだ)。2つの作品(30分と20分)からなっていて、なかに休憩があった。エメ スズキ、aquanoise#3、four seasons3/4。林檎のside Aの標題はmouth on the planet、ソロのside Bは、hibiscus zyanose。

席に着くとリンゴが置いてあり、舞台上にもリンゴが並んでいる。椎名林檎のMDの背に「椎名林ご」と書いていたら、1回生が笑っていたのを思い出す。「リンゴ」と「林檎」、「りんご」、「RINGO」・・では同じ赤い果物を指す文字表記でも、イメージが大きく変わる。

今回の前半のダンスは、あえて表記すれば「林ご」かも知れない。出始めのかじる音はてっきり客席の人かと思った。正座で一つの「林ご」をかじりあう。「林ご」が静物画のように映される。黒い衣裳に白い帯。後ろ側がほわほわしている。

大笑いはしないけれど、その大口のあっけんからんがなかなかにインパクトがあり、疲れないし眠くもならない4人の楽しい踊りだった。言葉にならないおしゃべり。途切れる音楽、CDが傷ついたときに鳴るような。かわいいおばあさんのように背中を丸め。鳥のような格好で、「林ご」が広く散らばりそのぱたぱたはいつしかくたびれる。

後半はエメスズキのソロ。朱色のワンピース、マリリンモンローみたいな大きな口、裸足。映画のワンシーンみたいに。昔の実験映画みたいな味わい。舌まるめるところは舞踏的エレメントも混じっているがまるっきしの舞踏ではなく、ビジュアルの計算が結構突き放した感じがあって、そこに陶酔系のメロドラマにならない秘密があるのだと思った。


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