こぐれ日録 KOGURE Diary 2002.8



169) 8/12〜8/15


8/12(月)

昨日の夕方から完全オフ状態。こういうときは日録ソネットもお休みして、大阪の野田の実家で東海から来た妹家族と両親とゆっくりと過ごしたことを簡単に報告するだけにする。

妹が言い出しにくそうに、娘たちがUSJに行きたいらしい・・と言う。いやいやこういうことでもない限り野田から3駅で行けてしまうユニバーサルスタジオ駅にはいかない・・。ということで、4人家族ぽく夏のユニバーサルスタジオジャパンへ凍ったお茶とおにぎり持って、さあ出発。

ゲートに入る前から、すでにここ一帯はアトラクションつきショッピングモールであることを確認する。マクドやキティー、ホテル群たち。アトラクションにはすべてお土産館が付随している。スヌーピーの館で乗ったジェットコースターの写真をかってに撮られて、即展示し売る仕掛けもなかなか巧み(4人で写っているから買ってしまうよなあ)。

でも、早く行ったこともあってへたへたになるまえに帰宅できよかった。万博などでの行列よりは並んでいても退屈しないよう、そして行列が日陰になるようそれなりに工夫されてもいたし、何しろ1年ぶりに妹家族と話したり姪っ子たちの成長を見るのはとても嬉しいことだから、こういうアトラクションとショッピングツアーも苦痛にはならない。

ただ、バックザフューチャーでのただがたがたするだけの映像騒動はみんな不評。E.T.あたりは妹は懐かしがっていたし、スヌーピーエリアのチューブ内をいくボートは姪っ子たちに受けていた。訓練された動物たちのショーはそれなりにぼくも楽しかった、人間(スタントマン)が大量の火薬とともに出てくるショーとなるとぐんなりするが。

今度は芳江と帰りにヘップファイブで買い物(彼女もいい靴が見つかりずらいので、ぼくのお奨めのリーボックを購入したり元ちとせ「ハイヌミカゼ」を買ったり)して、まあまず乗ることがないだろうから、観覧車に乗ろうとする。と、ここでも写真を撮られて(きっと断ることも出来たのだろうが、あとでひどかったら買わなくていいといわれるとつい撮るものだ、不倫の関係でもないし)、案の定帰りに買ってしまった。

どちらもデジカメの発達ということで記念写真ビジネスが復活しているわけか。もちろんプリクラとか写メールとかの無人化(自分化)も面白い現象ではある。が、テーマパークというシミュラークル型消費においては、即座のサービスによる販売がディズニーランド(USJ)化したサービススタッフのタイミングの良さで可能になるのだ。

どんな人がそこに写っていても大差はないものだけれど(購入されなかった写真は廃棄されるだろうから資源浪費的であることは疑いないし、その分も支払っている勘定になる)、そこには別の人ではないその瞬間の「私(たち)」が写っていることが購入する動機になるところが心憎い。ジェットコースターの写真1100円、ヘップ観覧車800円。

8/13(火)

一日中パジャマ。何もしないようにしていたが、9/30締め切りの6000字ほどの原稿の目次ぐらいは作ろうと以下のものだけを書いてみた。京都橘女子大学文化政策研究センターが発行する予定の『文化政策学の展開』(仮称)という冊子のちょうど真ん中ぐらいに来る予定(第3章第2節)の文章の骨組みである。よくみれば標題とサブタイトルを入れて14行である。お休みと思っていたソネットがここに顔を出したので少し番外的だがこれも疑似ソネットに仕立てよう。

【日録ソネット*9 20020813 あるいはソネット風な論文目次】

アーツマネジメントの現在に
リアルな「生」を取り戻す「術」としてのアーツを差しだせば

まずはアーツという「たのしい記号」のマネジメントへ
 アーツマネジメントする悦び生活の節目節目の儀式とお祭り
 「人工の記号」としての文化ゆっくりと耕される文化を選ぶ
 「術」、それは創出する文化 賢くたくみで、たのしい記号
そして芸術という仕事をきみも何とか続けて、みんなのまちにアーツの種を

これから多次元に広がるアーツマネジメントを楽しもう
 三種のマネジメント形態 営利企業/非営利民間/政府と行政
 アーティスツマネジメント=芸術家/芸術諸団体の経営的方策
 アーツプレイスマネジメント=文化施設/芸術機関の運営課題
 アーツサービスマネジメント=NPOとしてのサービス組織の台頭ひしひし

難しいけど総花支援じゃなくパブリックなアーツ投資を!
 限界芸術/先端芸術/市場芸術/伝統芸術/応用芸術/芸術療法
 可能性「術」エイブルアーツとコミュニケーション型アーツ
 ユニバーサルデザインとしての文化政策そこでの芸術の役割
つまり都市政策としての芸術投資は、自律する市民の場づくりであるから

8/14(水)

久しぶりの東京です(当分のあいだ、ですます調を試みたいと思います)。車内で柳宗悦の『民藝四十年』(岩波文庫、84.11)をほぼ読み終わる頃には新横浜を通りすぎました。プラットフォームに降りるといずこも同じ暑さです。いまは東京の人はここを離れ東京以外の人たちが少しここにやってきているのだろうと思います。ダンスビエンナーレを覗こうというのがメインの個人研究旅費申請の動機でしたが、お昼はミュージアムめぐりとぼんやり考えてはいました。

とりあえず品川駅から御殿山へ向かいます。品川駅の反対側にはどんどん高層のオフィスビルが建設されています。
大きな住宅の一つとして原美術館の建物があります。この建物を鑑賞すること、このような1938年に建てられた素敵な建物を美術館にすることの大切さを確認するためにここはとてもいいサンプルであることは確かです。この邸宅の建築家は渡辺仁ですから銀座の和光ビルや上野の東京国立博物館を同じ設計者の建物としてまた観察する楽しみを与えてもくれます。

いまは残念ながら『ヴィンセント・ギャロ レトロスペクティヴ 1977-2002』というマルチタレントの回顧展でした。したがって多くの作品があっても3通りぐらいのもの(私はゲイではないというペニスの落書き、花の平面、妻との写真をひっかいたもの)ですからあっというまに企画展自体は鑑賞しおわってしまいます。でも、入り口に置かれたバナナの平面とか展示の仕方は建物をうまく使っていて、ギャロという映画人であり音楽家でもある人物を愛する人たちには気持ちのいい空間を提供しているようです。

(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記374」をみてください。そうそう、日記に書き忘れたのですが、原美術館のミュージアムショップのガチャガチャで「ときたま」を買いました。100円の販売機は売り尽くしていて200円のものだけで、何が出てくるかわからない楽しみが駄菓子屋さん的のりで、出てきたのはバッチ「さわりたい」。これはぼくはつけれないのが残念でした。「ときたま」製造責任者/ときさゆり)

出かける前はオペラシティの展覧会をとりあえず考えていましたが、新幹線で読んだ柳宗悦の影響もあり(実はもともと彼の本を買ったのは民藝や民画=大津絵などが鶴見俊輔の定義する限界芸術であるかどうかがずっと疑問だからですが)、駒場東大前で降りて、日本民藝館に行くことにしました。とても苦手な自治省の先輩が大学時代にここへ同郷の人たちを案内していたことをよく吹聴していたのでここへ行くのをいままで敬遠していたのです。

ここ駒場東大前も、御殿山と同じように、お店屋さんの並びには「李朝木工唐津備前」と看板に書かれた骨董屋さんがあって、民藝館の影響を感じさせます。少し行くと高級住宅街が始まりカトリック教会があったりします。右には日本近代文学館、左に日本民藝館の矢印があって、少しするとそこに到着します。閉まっている日本民藝館西館(これは移築された民家だったようです)の彼方には大きなビルがそびえています。
(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記375」をみてください)

【日録ソネット*10 20020814 ダンス三昧】

踊りにもさまざまな味があってたまたまうまくそれらの味をつなぐと
とても満足してナプキンで口を拭うようにして席を立つことも出来るし
なんだか強烈な味同士がけんかしてしまってどうも後味が化学薬品みたい

になることもあって 鑑賞する方も踊りの味を消化する術がいるのですよね
長さの違いというのもダンス鑑賞には工夫がいって 今回のようにドイツの
女性が50分間いつ終わるのやら分からないし内むきすぎることばかりこだ

わってもしようがないじゃないかと突っ込みたくなるようなことを踊って
いたあとに難波のしげやんがやってくるとその25分がもう嬉しくて嬉し
くて仕方がなくなるというつながりの妙味があったたまたまだろうが

うまいつながりになったと思うわけそれだから休憩が長くなっても舞台転換
の問題はすっとんだので それにしてもそのドイツ人のダンス仕草を受け継
いでしげやんがよくもまあたこ焼き味にしてくれたことよ今日の影絵は三林
かおるさんで 鏡の中の私というテーマがi.d.では大きな動く影としてダンス
するのですがそれにしても缶コーヒー飲み干して拍手が起きたのには驚いた。

ダンスビエンナーレTOKYO、19:07〜21:08。青山円形劇場。
Eプログラム アンナ・フーバー(ドイツ)「unsichbarst」、北村成美「i.d.」(2000)、山田うん「スカイラーク」Sky/Lark(2001)

ソネットにうまくダンスの印象を3つとも書くというのは至難の業で、スカイラークにおける足立智美の演奏の様子を今回はいつもよりもよく見えたのでそれもはめ込もうと思ったけれど主題をうまくつなげられませんでした。ただ、ダンス三昧という意味での3つの味ということでは、しげやんのあとに短くてコンパクトな山田うんの踊りには、アンナ・フーバーを凝縮した雰囲気(ちょっと青木マリにも似ていたなあ)もあって、いい感じのダンス鑑賞後味になったと思います。山田うんが14分間だけというのはぼくにとったら短すぎたんですけれど(初めの人と逆でもいいなんていうのはよくないのでしょうね)。

8/15(木)

コープ.イン.渋谷というところから「こどもの城」は歩いて10分ぐらいで、その道ぞいに伊藤豊雄建築設計事務所があったり銀杏荘という最近お目にかからないような宿泊所がったりします。

今朝は2階のBリハーサル室で『こどもとコンテンポラリーダンス〜ダンスを体験するワークショップ』を見学させていただきました。10時半から12時まで。無料ということもあったのでしょうが、申し込み17名、実際の参加者は12名とお盆にしては多い参加です。バレエをやっている女の子が多いせいかみんな自主的に準備体操を始めています。

講師の北村成美、通称しげやんは準備体操もいらなかったねえとあとで話しています。影絵の三林かおるさんがアシスタントです。コンテンポラリーダンスを観たことのある男の子もいます(男子は2名で一人は女の子にぶつかってしまいましたが、すごく体の柔らかい子でした)。

ワークショップはエアロビクス的なダンスもちょっと取り入れて、気がつくと、振付をこれから創作するために必要な5つの動きがちゃんとやっていたという優れものです。
「回転する、歩く、寝転がる、起きあがる、ちょっとジャンプする」。

これをもっと時間があれば自由に組み合わせてコンテンポラリーダンスを小学生たちが自分で創るというところまでいったのですが、それでも子どもたちの意見を聞きながら作品が出来、それを練習していくうちに基本的なリズムが出来ていきます。しげやんのダンスの核のようなものをワークショップをのぞくことでかいまみられました。これがワークショップ見学の醍醐味といえるでしょう。

見学には久しぶりに会った堤康彦さん(NPO法人ASIAS=特定非営利活動法人芸術家と子どもたち代表)もいて、彼の隣には挨拶はしませんでしたが小学校の先生も見えていたのでした。ASIASにとっては嬉しい悲鳴なのでしょうが、最近は学校側の要望が多様化していてなかなかうまくアーティストをマッチングできないという悩みが多いということで、そういう意味でも生徒にうまく対応できるダンサーのニーズがますます増えることは確実のようでした。ASIASのオフィスは豊島区の旧千川小学校3階にあるので、アーツNPO法人と閉校利用というテーマでもいろいろ調査する事ができそうだなとも思います。活動記録集もいただきました。

終わってすぐにしげやんとかおるちゃんの二人はこれからディープラッツに下見に行くと言うことなので、ぼくは初台に行こうかとか写真美術館で子どもの展示があると堤さんに聞いたのでそれに行こうかとかも思ったのですが、どうも東京をうろうろする気持ちになれず結局早く帰ることにしました。


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