こぐれ日録 KOGURE Diary 2002.4



134)4/12〜4/14

4/12(金)

新入生キャンプ。去年と同じく長浜である。うちのDクラスは階段から落っこちた学生など2名のお休み。春は怪我とか風邪とか気をつけないといけない。目が痛くて困っている学生もいる。

ホテルで株式会社黒壁の女性職員から話を聞く。徹夜の残業で開業にこぎつけた話が面白い。ガラスを売るようになったのはまるで偶然であったらしい。
去年と違って、肌寒い。それでもアイスクリームが売れている。黒壁でビー玉を買い、地ビールの黒ビールを買う。

少しはずれた『北国街道安藤家』という長浜歴史遺産のお家(安藤家は長浜十人衆の1つでその中でも三年寄に選ばれる家)に入る。200円。静かでいい。庭の楓は春にまず赤く葉が開いて、そのあとに緑になり、秋にはもっと鮮やかに紅くなるという。

渡り廊下を通って、離れの“小蘭亭”に入る。ここは撮影禁止。絵はがきが販売されている。(この頃は福田大観と名乗っていた)北大路魯山人が、1912年(魯山人30歳)以降、食客として長浜を訪れ、この“小蘭亭”に来ては天井画や襖絵を描いたという。

彼は中国や朝鮮に渡ったあとなので、それらの影響が強く、明るい水色や朱色の文字がデザイン的に踊っている。愉快な部屋で、若々しい。どこかキッチュな感じもある。柱の節の金箔を塗って、わざわざ木目を墨で入れたりするお茶目さもある。

アーティストの逗留、食客という制度は、いまのアーティストインレジデンスの先駆けであり、そういう面では、東洋にも古くからある創造支援ともいえる。

ホテルに戻って夕食のあとに、親睦会。6つのクラスが15分間ずつ出し物を出す。「大きな蕪」をやったクラスや、ゲームなど。ラップぽい学生がいてこれは今までにないタイプの子かも知れない。うちの学生たちは一番きまじめなものになった。始まりと終わりだけでも何らかの演出アドバイスをしてあげればよかったかも知れない。

夜、去年よりは酒を飲む量をセーブした。寝たのも2時ぐらい。話をオリターらとしていたが、学祭で業者の選定で悩んでいる学生がいて、業者をはずして自分らでプロデュースしたらと話したのだが、メジャーなものが必要みたいで残念だなあ。出前しますという劇団衛星など、自分たちで企画しても来てくれそうな劇団や講談がいるんだし、あと音楽ライブでもうまく全国ツアーにひっかかれば、色々候補はあるのだろうけど。

4/13(土)

今日も寒い。クラスコンパを5/15に設定。2時間以上通学にかかる学生がけっこういるので、15時から始めることに。出来れば、洛中に出てくる方が雰囲気はいいのだろうが、25名というキャパを考えると探すのがめんどうだ。

琵琶湖博物館では植物が専門の学芸員の方から、きっちり15分間お話をしてもらった。分かりやすい話。ディズニーランドの楽しさと博物館の楽しさの違い。直後の刺激と一緒に行った人たちとのコミュニケーション促進効果(1週間後のアンケート)がテーマパークの楽しさ。一方、博物館では、楽しみ方の種類が異なる。つまり、自分なりの発見の楽しさである、それぞれ違う発見を持つことが面白いのだ。

琵琶湖博物館の3つの理念(モットー)は、1)テーマ「人間と湖」を明確にし続けること。2)フィールド(現場、地域、具体的には滋賀県)へ誘うものであること。つまり、入り口づくり。そして、3)人びとの交流の場になることであるという。これらの話のあと、1時間見学。

クラス以外の学生と話をしていて、また色々知る。滋賀県立大学人間文化学部生活文化科を受けた学生もいて、ここって細馬宏通さんところだなあ、と帰ってからHPを見たりした(難しくてさきには無理かも知れないが、生物や化学も好きで一方酵母パンや絵本を作ったりイタリアやイランの文化に興味を持つさきにぴったりの所だなと思う)。

椥辻で降りて、洛中へ。大阪ガスの雑誌原稿用に1928ビルや京都芸術センターを撮しながら、劇団八時半による現代演劇試演プログラム7にのぞむ。遠藤寿美子さんが、彼女のことを取り上げたこの前の拙稿を(女性歴史文化研究所『クロノス16号』)嬉しかったのでコピーしてみんなに渡した、と。ほっとした。

この春で3年目を迎えた京都芸術センターの事業の中でも、実によく考えられている実験的な企画の1つがこの試演プログラムである。公開試演会と記者会見がセットにあることが多いが、劇評家・ジャーナリストだけで一般のモニターに公開しないことも出来る。(今日も公演後の記者会見は、ちょっとキャンプで疲れすぎていたので、内容的には新しい発見も多く気になる作品ではあったが失礼した。)

さて、劇団八時半『ママ』作・演出:山岡徳貴子。15:42から始まったことはメモったのだが、終わった時刻をメモらなかった。ただ、初めに松田正隆さんから約80分間という説明があったので、それぐらいの長さだったことは確かだ。

劇団八時半の代表である鈴江俊郎は俳優に専念し、今度の10/25〜27の公演では彼が作演出をする予定らしい。劇団に二人の劇作家がいるようになるというのは、いま注目すべき動きだろうと思う。(詳細はアーツ・カレンダー「こぐれ日記337」にて)

4/14(日)

ぐっすりと眠る。


辺見庸『自動起床装置』(91.8、文藝春秋)を読む。2つの中編小説が入っている。90年に書かれた「迷い旅」はデスマス調で海外派遣員のレポートを少し幻想的にしたものだなあと思ったぐらいだが、翌年に発表された「自動起床装置」は芥川賞を取るだけのことがあり、とても面白かった。ちょっと世界中の樹木の蘊蓄のところがまどろっこしい感じもするが。

「眠り」と寝覚めがテーマ。今日観た『ここからは遠い国』における、トラックでの眠りのこととも呼応する。

寝れないことと起きれないこと。起こすバイトと起床する自動機械との闘い。
ファーストフードに犯されてダイエットしている文明的危機と同型のさまが、きちんと小説になっている。もちろん、新聞社特有の場面があって、そういう意味では取材場所は作者の働いていた所で、モデルがいるのだろうなとは思った。

伊丹アイホール。ここに向かいながら、来年の新入生キャンプにお芝居を見るという設定は出来ないだろうかと考える。たとえば、いまから見る劇団太陽族は金曜のソワレから始まっているが、金曜のマチネをプレビュー的に私たちだけ(200名にはならないぐらい)に見せてもらうことが出来ればいいのだけれど(もちろん料金を払って。これはガラス館でも払っているから問題はないだろう)。来年の4/11(金)予定がもう分かっているかなと思いつつアイホールに入る。

『ここからは遠い国』。岩崎正裕の作演出。名作である。15:42〜17:52。長い作品だし、よく見ている内容なのに、いささかもだれない。気合いのこもった演出だからだろう。そして、いまだ過去にならない問題だからでもあろう。

オウム真理教世界と家族の世界の狭間に漂っている義正(森本研典)と義正の母親(岸部孝子)のかっちりした親子関係の演技に、3姉妹が鮮やかに呼応している。
いまごろ、末っ子の真理(金田典子)とその友達2名も擬似的3姉妹を演じようとしていて、この芝居の構造が立体的になっていることを初めて分かったりする。特に長女信子を演じていた前田有香子(いままでは余り意識に残っていなかった女優さん)に注目した。

黄色いカナリヤや篭の鳥のことは少し事件が遠ざかってしまって意味性が変わってしまったかも知れない。しかしながら、21世紀になったいまをまた考えようとする演出でもあって、真面目にお芝居をすることが恥ずかしいことではないことを改めて思う観劇だった。

帰って、新しいリボンゼミ生12名の携帯電話にメールをする。きまじめにどんな内容を日記に書いたらいいかを聞く学生もいた。


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